しばらくして、デンカは走るのをやめて歩いた。
 静穂はおとなしくそれについて行く。

 まるでこの洞窟を知っているかのようなデンカの歩調を信じることにしたのだ。

 洞窟は湿っていて滑りやすく、でこぼこして歩きにくかった。坂になっていないのがせめてもの救いだ。

「こんなことになるなんて」
 こぼれたつぶやきに、デンカが顔をあげる。

「私、身代わりなのよ」

 あやかしの国との回廊発生から二年後、友好的な不可侵であるという証明のために、両国の代表者の婚姻が行われることになった。

 そこに白羽の矢が立ったのが、当時十二歳の静穂の双子の姉、弦坂花帆(つるさかかほ)だった。

 連絡は打診ではなく、決定の通達だった。

 サラリーマンの家庭だが、先代までは退魔をなりわいとしていてあやかしの知識が多少なりともあり、敵対的でもない。それらの条件が合致したようだった。

「初めはお姉ちゃんが選ばれたんだけどね。お姉ちゃんには好きな人がいて、だから私が身代わりに立候補したの。一卵性の双子だから顔も年齢も一緒。バレないと思ったんだけどなあ」

「親は反対しなかったのか?」
 問われて、静穂は首をふる。

「反対したわよ。バレたらどうなるかわからないって。だけど花帆が家出しちゃって。そこまで嫌なら、私が立候補してるんだしって、入れ替わりを認めてくれたの。それから引っ越しして入れ替わりをばれないようにしたりして、大変だった」

 引っ越した先では花帆は静穂に、静穂は花帆になった。

 初めは緊張したが、あちらからはなんの音沙汰もなく、拍子抜けした。

 ときおり来る政府からの連絡に無難な返事をしてやり過ごした。

 婚約状態のまま四年が過ぎ、十六歳で婚姻届けが出された。が、ふだんは弦坂花帆のまま家族とすごしていたので生活はほぼ変わらず、結婚した実感などなかった。

「今まで会いに来なかったんだから、これからも会わないと思ったのに」

 なりすましたまま、そうして円満に一生を終えると思い始めていた。自由に恋ができないのはさみしかったが、姉を救えたならそれでいいと思った。

 ふと、静穂は気が付く。
 自分とデンカしかいないのに、声がしたような。