……嫌だ。
 私は今日もそんなことを思う。

 学校に行くのが憂鬱でたまらない。
 行かなくて良かったなら、私は行かないのに。まあ、学校に行きたくて行く人は少ないだろうけど。 

 ……まあ、あいつらは別かな。
 学校に行くのが楽しみでならないんだろう。
 友達と話したいからじゃない。勉強をしたいからじゃない。
 私を虐めて、嘲笑いたいのだ。
 あのひん曲がった笑顔を思い出すと、苛苛してくる。

 その気持ちを紛らわせるために私は昨日書いた日記をパラパラと開いた。

 これほど口を悪くしたことはない。
 昨日は特にイライラしていて、厨二病っぽいことを書いた。でも、不思議と恥ずかしいとは思わなかった。
 それに、私はいじめを受けてから、自分の醜さをよく思い知ったと思う。
 これまで生きている中で、許さない、とか、殺したい、とか、そんなこと思ったことはなかったというのに。

 私は、いい子でいたはずだ。
 自分で言うのもなんだが、私は十分に良い子を演じられていたはずだ。はすだった。
 そんな私の何かが気に触ったのか、彼女らは私をいじめ始めた。

「……パン、焼かないと」

 私の一日の時間割はこうだ。

 まず、六時半に起きて、顔を洗って、朝ごはんを作る。ちなみに、食パンとコーンスープにハムエッグだ。

 この時に、私はお母さんの分も作る。
 サランラップを被せて、手紙を書く。まあ、手紙と言うほど大層なものではないけれど。

【お母さん、これ朝ごはんです。食べてね︎^_^】

「よし」

 私は一息をつき、階段をのぼる。

 その次に、歯を磨く。
 そして、シワがないか確認して、服を着る。
 派手すぎず、ただ興味がないと思われない程度の位置に髪を結ぶ。前髪は揺れすぎると邪魔なので、少しだけ固めておく。これも、やりすぎ注意だ。今日は風が強いらしい。

 気づいたらもう七時四十分だ。
 ……お母さん。

 気になってお母さんの部屋のドアを少しだけ開くと、汗臭さとお酒、煙草が混じったような匂いが鼻に入ってくる。

「くさ……」
 
 すぐにドアを閉める。

「はぁ……一体、昨日は何をしていたんだか」
 
 そういえば、夜中に音がした。
 笑い声も聞こえていたから、誰かを家に上げていたんだろう。
 私は何事もなかったようにドアを閉めた。
 そして、電気と火のチェックをする。問題がないことを確かめて、玄関へ向かった。
 靴を履いてドアノブに手を当てる。

「じゃあ……行ってきます」


 お母さんが、おかしいことは、ずっと前から知っていた。
 男の人と手を繋いで歩いていたこと。
 それを友達に見られて、笑われたこと。
 あの時、自分がどういう顔をしていたのか分からない。でも、きっと酷い顔をしていたと思う。

 いつも通り笑うこともできなかった。友達に話しかけられても、何も答えられなかった。そのせいで、友達は私のことがつまらないと思ったのか、その次の日から無視をされるようになった。

 まだ、いじめというものには近づいていなかったと思う。
 でも、その友達が無視をするようになってから、「この子は無視していい子なんだ」とか、「この子を無視しなくちゃ、私が嫌われるかも」などと思った人が多数になった。
 それから、クラス全員が私を無視するということを始めるのに、時間はかからなかった。

 お母さんのせいだとは言い難い。
 私があの時もっと、反応が出来ていれば、友達の言葉が耳に入っていたら、何かが変わっていたかもしれない。 

 でも、それでも。

 お母さんが男の人とつるんでいなければ。お母さんがもっとしっかりしていれば。
 私はそう思ってやまなかった。

 
 まあ、結局は、お母さんのせいにしたかったのだ。

 ◇◇◇

 頭から臭いものが流れた。

「ぎゃはは! きったなぁ〜! ちょっとぉ、そんな汚いかっこで教室入ってこないでくれる?」
「…………」

 そこで私は頭に流れたものが、掃除に使った汚い水だということに気づいた。

「……ほら、黙ってないでどっかいけよぉ!」
「……っ!」

 そう言って私の体を突き飛ばした。
 足がもつれて、お尻から転ぶ。
 ……いった……。
 やり返したら、もっと酷くなると経験済みだ。
 とりあえず黙っておく。
 そんな私を嘲笑うと、くるりと彼女は背に返り、自分の取り巻きと一緒に机に向かっていった。

「…………」

 そんな私を可哀想な目で見る人、笑っている人、自分は関係ないとそっぽを向く人とで分かれた。

「……みんな、ひどいなぁ……」

 誰にも聞こえない声で、ぼそりと呟いた。

 ……髪の毛は、どうしようか。

 とりあえず、洗面所へ向かった。


「……あーあ……せっかく髪固めたのに、無駄になっちゃったじゃん……」
 
 体育用にと、タオルを持ってきていて助かった。
 髪をポンポンと優しく叩いて、鏡を見る。
 髪はまだびっしょりと濡れていた。

「あはは…………ひっどい顔……」

 泣きそうな顔をしている自分の顔の頬を叩く。

「まだ私は、負けてないでしょ……」

 先生にどうやって言い訳をしようかと考えながら、教室へ戻った。