『嘘をついてはいけない』
嘘をつくと嫌われちゃうよと、昔からよく母に教えられてきた。その記憶が毎日毎日と私を追い詰める。罪悪感に蝕まれながらも、それでも私は嘘をつくことをやめれない。
夏の暑い日差しに照らされながら今日も学校に向かう。
朱莉(あかり)〜!これ昨日のドラマで最近はやってるやつなんだけど見た?」
「見た見た!生徒と教師の禁断の恋でしょー。俳優も神崎湊(かんざきみなと)とかセンスよすぎだよね!」
「やっぱり!朱莉ならわかってくれると思ったんだよね」
教室につくなり里奈(りな)が目を輝かせながら嬉しそうに頷いた。私も笑顔を作りながら面白おかしく会話を続けていると他の友達も集まってきて、机を囲んだ。
私たちは五人グループで仲良く学校生活を送っていた。授業が始まるチャイムがなると私はほっと安心した。危なかった、そう思いながら私は胸を撫で下ろす。
私は流行りというものに疎く、朱莉が言っていたドラマも俳優もなにも知らなかった。ちょうどテレビで昨日ドラマの予告と神崎湊という名前をたまたま覚えていただけだった。
なんで私が嘘をついたのか。それは「知らない」と答えて合わないと思われることを避けるためだ。私は嫌われるということを極度に怖がった。
嫌われたくない。誰かの一番でいたい。そうするには私が相手に合わせればいいから。
「明日遊ぶ場所さ。最近できたカフェかプールだったらどっちがいいかな」
「私はカフェかな。日焼けしたくないし」
「えー、私はプール行きたい」
「朱莉は?」
「うーん、私はどっちでもいいよ」
グールプで意見が割れた時は決まって私はこう言う。これがどちらからも嫌がられない最善の答え方だと思っていたからだ。
家で友達の投稿を見ているとグループの子が二人で遊びに行ってる写真をあげていた。えっ、私誘われてない。どうして誘ってくれなかったんだとこの二人の仲が良くなることに不安でいっぱいになった。
本当は家で本を読んだり、ひとりでいることが好きだった。でも遊びに誘われたら絶対に断らないようにした。夏休みには遊ぶ予定をいっぱいたてた。予定の埋まっているカレンダーを見るとなんだか気が休まった。大丈夫、私はひとりじゃないとそう思えた。
「朱莉がやっぱ一番だわ!」
会話の中でそう言われると自分が肯定されてるように感じがして安心した。
移動教室だった私たちは立ち上がり、教室に向かう。すると前から歩いてきた悠真(ゆうま)と目が合った。少し目にかかった前髪から覗かせる目は大きく私を見つているようだ。
「朱莉...」
私は聞こえてないように誤魔化して視線を落とす。何か言いたげな顔をした悠真の隣を少し駆け足で通り過ぎた。
「朱莉、さっき誰か呼んでなかった?」
「そうだったかな?気のせいだよ」
私は下を見つめたまま歩いた。あからさますぎたかなと後から少し後悔した。
悠真は家も近く親同士で仲がよかったため、保育園のときからの幼なじみでよく遊んでいた。優しくて誰からも好かれる悠真は私とも仲良くしてくれた。
ある日、クラスの子でいつも男子とよく話している子のことを「男好き」「きもい」と話しているのを聞いた。それから私は周りの目が気になって、悠真を避けるようになってしまった。
そんな毎日に生きづらさを感じながらも私は必死に今までのことが崩れないようにみんなから嫌われないようにしてきた。
そんなある日、グループで映画を見に行くことになった。
「私はこのホラー映画が見たいんだけど!」
里奈が携帯で予告動画を私たちに見せながら言った。ホラーって確か。私は隣にいる杏奈に視線を向ける。
「あー、私ホラーはちょっと苦手なんだよね。違うのにしない?」
「大丈夫だってみんなで見るんだし、たかが映画だよ!」
里奈はよっぽどこの映画が見たかったのか、ホラーが苦手な杏奈の話を聞こうとしなかった。結局その話は里奈が押しとうしホラー映画に決まった。
次の日に遅れて教室に入るといつもなら後ろでかたまってるはずのみんなが今日は里奈と杏奈で二対二で別れていた。私は近くにいたい里奈に「おはよう」と声をかける。
「ねーッ!朱莉聞いてよ」
里奈は何かを怒っているように私に駆け寄ってきた。
「昨日ホラー映画でってみんなで話して決めたじゃん?なのに杏奈たちが私が無理やり決めたとか言って、他のクラスの子に自己中だとか、愚痴ってたらしいだけど!」
里奈は「まじありえない」と杏奈たちを睨みつけた。そんな里奈をなだめつつも次の放課に杏奈に話を聞いた。
「私嫌だって言ってんのにさ。里奈って前から思ってたけど、ほんとわがままで自分勝手だよね」
「それな。里奈まじ最低だし、自分でわかってないの終わってるよね」
ふたりの話に頷くこともできずに私は仲直りするように里奈に話してみた。でも里奈は自分の味方をしてくれないことが気に入らなかったのか納得いかないように黙り込んだ。
「てか朱里はどっちが悪いと思うの。あっちだよね?」
「私は...」
里奈が自分の意見を押しとうしたから杏奈が怒るのわかるけど、それを愚痴るのも違うと思った。きっと里奈は私が「うん」と頷けば、嬉しそうに「だよね」と返すだろう。自分の考えをまとめるのに三秒、里奈の求めるものを探すのに五秒かかった。
「悪口言った杏奈も悪いけど、里奈も少し話すべきだったのかなぁーなんて......」
恐る恐る言って俯かせていた顔をチラッと里奈の顔に視線を向けた。あっ、間違えた。私は一瞬でそう思った。周りの目を気にしていると嫌でもなんとなくの感情がわかってしまう。里奈は眉を寄せながら不機嫌に「ふーん」と言った。
もうその日は一日中、居心地が悪かった。
憂鬱に思いながら今日も重たいドアを開く。すると廊下まで響く高い声が聞こえて、前を向くと今日はいつものように四人仲良く後ろで笑いながら話していた。
みんな仲直りしたんだ。私はほっとしながらみんなのところに歩いて言った。
「おはよう」
「あー、おはよ」
私が輪に入り、挨拶するとさっきまで笑っていた空気が一気に重くなった。その雰囲気に私は変な汗が滲み出した。明らかにいつもと違う冷たい態度。
「トイレ行こ」
みんなそう言って、私の前を通り過ぎると背中からクスクス笑われているのを感じた。
私は頭が真っ白になった。えっ、私なにかしたっけ?どうしよう。どうしよう。一気に周りの酸素が薄くなったように息が浅くなった。
「大丈夫、大丈夫」
私は自分に言い聞かせるようにひとり何度も呟いた。
けれど、引きつった笑顔で何度も話しかけても結果は今朝と同じだった。無視されるかまたは笑われるか。
こんな状況なのにいつもと変わりない青空に私だけが取り残されているようで不安を倍増させた。
自分でも理解できずにそのまま一日がすぎた。委員会活動で帰るのが遅くなった私は夕日に照らされながら静かな廊下を歩く。長く伸びた影がゆらゆら揺れている。教室に近づくにつれ静まり返っていた廊下に甲高い声が響き私の耳に聞こえた。
私は駆け足で教室に戻ると壁に隠れながらドアの前で立ち止まった。
「ほんと朱莉とは前から話し合わないと思ってたんだよね。だって絶対話こっちに合わせてるじゃん」
「だよね。誰も朱莉のこと言わないから思ってるの私だけだと思ってた!」
そこには私の話で盛り上がるみんなの姿があった。私は息をするのも忘れて話に耳を澄ませた。
「朱莉の誰にも嫌われないようにしてるのうざかったんだよね」
「みんなに好かれたいの丸見えだよね。はっきり言わないところとか」
驚きに打たれた。気づけば、私はその場から逃げるように走り出していた。もう私が耐えれなかった。なにも考えたくなくて苦しくなるまで全力で走った。里奈たちに言われた言葉が頭から離れない。
「はぁ、はぁ」
「朱莉ッ!」
後ろから大きく呼ばれた声に私はゆっくりと振り返った。そこには息を荒らげながら心配そうに駆け寄ってきた悠真の姿があった。
「たまたま門で、お前を見かけて......様子がおかしかったから心配で」
私の顔に出ていたのか、悠真は呼吸を整えながらどうしてという疑問に答えた。
さっきまで我慢していた熱いものが込み上げてきて、なぜだか悠真の前では抑えきれなかった。
「ひっ......うぅ...」
堪えている声が漏れる。止めようとしているのに止まれと思うほど、止まらなくなっている気がした。悠真は汗を拭いながら辺りを見渡す。
「一旦座ろう...な?」
最初は戸惑っていた悠真は私の手をそっと引いた。その優しい声と暖かい手に私は誘導され近くにある公園のベンチに座った。
悠真が優しく聞いてくるから私は今日あったことを全部吐き出していた。
「嫌われないようにすることがそんなに悪いことなのッ」
今まで張り詰めていた細い細い糸がプツンと切れてしまった。今まで何日もかけて、頑張ってきたのに終わる時は一瞬だ。どんだけ泣いていたのか悠真は私の横で黙ってずっと話を聞いてくれていた。
わかってはいた。嘘でできた絆なんて、意味ないって。私は一度気持ちを落ち着かせるために大きく空気を吸って体に行き渡らせた。
「いきなりごめん。私悠真のこと勝手に避けてたのに」
落ち着いてくると悠真に申し訳なくて身勝手だなと思った。
「いいよ。俺ももっと早く話聞いてやればよかったのに悪い」
悠真はなんでもなさそうに優しく私に笑いかけた。
「そんなやつら気にしなくていいよ。無理しなくたって朱莉のことわかってくれる人はいるから」
「でも......やっぱりひとりになるのは怖い」
「お前、手の抜き方知らないから、詰め込みすぎるんだよ」
もし新しく友達ができたとしても、きっと私はまた怖くなって嘘をついてしまう。
「でも大丈夫だって、そうなっても俺がいてやるからさ」
この言葉に別の意味が隠れていることに気づかないまま、私は顔を上げる。すると 悠真が照れながら笑うから私も釣られて笑っていた。
「じゃあ、もう大丈夫かも」
どうして気づかなかったんだろ。本当の自分でも受け入れてくれる人がこんなに近くにいたのに。ひとり味方がいてくれるならそれでいいのに。今まで繕ってきた私が意味ないのなら繕わなきても変わらない。
「じゃあ、久しぶりに次の日休みどっか出かけるか」
「うん」
さっきまでの汗を撫でるような風が居心地よかった。 ほんと今までなににそんな必死だったのかといきなり肩の力が抜けて私は力なく頷いた。
「なら、今流行ってるあの映画が見るか、最近できた大型のゲームセンターだったらどっちがいい」
「どっ、」
私は開いた口を一度閉じた。そして悠真を見つめる。
「ゲームセンターでボウリングしたい!」
私は力ずよくそう答えると悠真は「おぉ、じゃあ勝負な」と拳を握って見せた。
やっと言えた。