「俺の一族は白虎……猫みたいなものだ。だが、変化ができるのは俺くらいだし、あなたの前では変化をしない。あなたが嫁入りをしても、怖い思いをすることはないと思う」
 彼はいったん体を離した。

「俺と結婚してほしい」
 まっすぐに見つめられ、珠夏はかーっと赤くなった。

「はい」
 珠夏は思わず承諾した。

 彼は優しく微笑し、また彼女を抱きしめた。

***

 思い出して、珠夏は当時の自分を呪った。

 あのときは完全に雰囲気に呑まれていた。はい、なんて返事をしなければ良かったのに。

 彼も彼だ。なんで抱きしめるなんてことしたんだ。

 思い出しただけで顔が熱くなる。顔を両手で覆い、長椅子に倒れ込んだ。

 だが、そうしていてもなにも解決しない。

 着物の合わせ目に入れていたスマホを取り出す。圏外の表示を見て、ため息をついた。

 あのとき、珠夏が結婚を了承したため、婚約が成立した。

 高校を卒業するとすぐに婚姻届けを書かされた。

 珠夏が大学を卒業するまでは別居、と親同士で決められていた。

 だから、珠夏は焔宮(ほのみや)から虎守に苗字が変わったものの、生活は変わらなかった。

 入れ違うように大学を卒業した彼は、親の経営する会社に就職し、すぐさま海外支社に転勤となった。

 そのため、会ったのはお見合いのときとプロポーズされたときの二回だけだ。

 彼からの連絡はなかった。

 三回目に会ったのが結婚式のとき。

 そのときすでに彼は起業しており、呉服業だからと白無垢を用意され、着せられた。

 式の日からは彼の家に住むことになっていた。

 ちょっと待ってほしい、という珠夏の意志は汲んでもらえなかった。

 お前だけの結婚じゃないんだ。

 両親にそう言われて、なにも言えなくなった。

 姉だけは自分の味方をして両親を止めようとしてくれた。

 姉は珠夏が猫に襲われて以来、過保護だった。

 珠夏が婚約した当時、跡取りである姉の紅羽はすでに婿をとっていた。

 青龍の一族の青年だったが、変化もできないし異能もない。優しい男性で、紅羽とは恋愛結婚だった。