「俺が言ったのは、あなたが魅力的だという意味だ」

 言われて、ようやく珠夏は思い出す。男性が女性を口説くときにも、赤ちゃんをかわいがる表現としても、食べちゃいたいくらいかわいい、という言葉は使われている。

「昔は白虎の人が朱雀の人を食べちゃったって教えられてたから……」
 言い訳するように言うと、耀斗はくすっと笑った。

「人を食うなんて、するわけがない」
「だって……」

「江戸時代の文献を見た。両家が仲たがいをした原因は、白虎の家が飼っていた猫が、朱雀の家で飼われていた鳥を食べてしまったからだ。白虎者が朱雀の者を食べるというのは、それが歪んで伝わったのだろう」

「ぜんぜん知りませんでした」
 耀斗は苦笑するように息をついた。

「じゃあ、私は絶対に食べられたりはしないんですね」
 珠夏はほっと息をついた。全身から力が抜けた。心の中のなにかが溶けて、消えていく。

 もはや彼は怖くなかった。ただ愛しい気持ちだけが泉のように湧き出してくる。

 珠夏がまとう空気がかわったのを察し、耀斗もまた安堵した。

 別の意味で食べてしまいたいが、という言葉を飲み込み、耀斗は言う。

「食べられた鳥には災難だし、飼い主には悲痛なできごとだっただろう。だが、何百年も前に起きたできごとに縛られてあなたをあきらめるなんて、俺にはできなかった」

 耀斗は目を細めて珠夏を見た。

「あなたの変化(へんげ)、見事だった。スズメは一説に朱雀のヒナだという。子供だったあなたがスズメに変化したのは、そういうことだろう」

 つまり、最初から珠夏は朱雀に変化できていたということになる。

 珠夏は唖然としてしまった。確かに以前、彼からその説を聞いたことがあった。だが、ただの説だと思っていた。

「離婚は、受け入れるよ」
 続いた耀斗の言葉に、さらに珠夏は衝撃を受けた。

 好きだったと言われたあとに離婚を承諾されるとは思いもしなかった。

 だが、やはりショーを台無しにしたのだし、姉は彼を燃やそうとしたし、自分だって彼を危うい目に遭わせた。離婚は当然だろう。

 そうして、今の今まで一言も謝っていない自分に気が付いた。

「ごめんなさい、ショーを台無しにした上に危ない目に遭わせて」

 珠夏は立ち上がり、彼がそうしたように頭を下げた。