「どうしてそれを……」

「麒堂家から連絡が来た。逃げ帰った黎羅さんがすべてを白状したそうだ。女中を利用してあなたにプレッシャーをかけたこと、あなたを部屋から逃がしたこと、濡れ衣を着せようとしたこと。赤いかつらをかぶって部屋に侵入したことも、なにもかも」

 珠夏はほっとした。これで冤罪は晴れた。

「だからこそ麒堂家が手をまわしてくれたし、取引先にも面目を保つことができた」

 耀斗は簡単に言っているが、この一週間は謝罪行脚だったと女中のひそひそ話で知っている。毎夜、疲れ果てて帰って来る姿も見ている。「穏便に」の裏にどれだけの労力があったのだろう。

 彼は疲れを感じさせない微笑を珠夏に見せる。

「企みを働いたところで、麒麟の仁の性質は彼女も持っている。自分を責め、罪悪感も相当だっただろう」

 珠夏は黎羅の黄金の髪と瞳を思い出す。

 愛を手に入れるために画策し、だけど同時に罪を抱え、彼女はどれだけ苦しかったのだろう。そうまでして手に入れたい愛があったのに、結局は身を守るために逃げ出した。その事実もまた、良心の呵責となることだろう。

「黎羅さんは虎守家からは出て行ったよ。当主によって、大学卒業後は田舎の農家に就職を決められた。畑仕事をしながら反省しろ、ということらしい」

 麒麟は新芽をはぐくむ力があるという。その力を彼女も受け継いでいるなら、きっと作物はよく育つだろう。

「あなたが離婚を言い出したのは、黎羅さんのせいだね? なにを言われた?」

 珠夏は首を振った。

「あなたと黎羅さんが両想いだと思ったので、邪魔な私はいなくなったほうがいいと思いました」

「どうしてそんな誤解を。俺は昔からあなただけを見ていたというのに」

 驚いて、珠夏は彼を見る。

 ダイヤのような瞳がやわらかく弧を描いて珠夏を見つめ返した。

「俺たちは子供のころに会ったことがある。あなたは覚えていないようだけど」

 珠夏は首をひねった。
 こんなに美しい人に子供のころに会った覚えなんてない。

「あのとき俺は変化していた。あなたは犬に襲われていた俺を助けてくれたんだ」

 あ、と思い至った。

 白っぽい猫が犬に吠えられている場面に出くわして、恐ろしかった。犬も怖かったが、それ以上に猫が怖かった。猫にしては妙に四肢が太かった。今から思うに、あれは猫ではなく子虎だったのだ。