かつては各一族の者はみな変化(へんげ)ができたし、異能を持っていたという。

 時代とともに血は薄まり、それらの能力を持つ者は減った。外見は普通の日本人に近付いた。

 各種族はかつては友好的であったというのに、江戸時代から、なにゆえにか白虎と朱雀だけは反目しあっていた。

 明治以降から先代までにおいては冷戦状態だった。あからさまな対立はなくなったようだが、敵対していたことに変わりはない。

 両家の当代が和解し、その証としての縁談が持ち上がった。

「政略結婚とはいえ断ることもできた。それをあなたは承諾した。今になって反故にしたいとは」

 彼が迫って来て、珠夏は思わずあとじさる。

 が、すぐに壁に塞がれた。逃げ場はない。自分を守るように胸の前で震える手を組んだ。

「恋愛結婚した夫婦でも離婚することはあります」
 負けじと言い返すが、その声は弱い。

「そういう問題ではない」
「それに、本当に結婚したい人がいるんですよね?」
 珠夏が言うと、彼の目が不快そうに細まった。

「式をあげて、一生をともにすると神々に宣した相手はあなただ」
 確かに、神前でそういう宣誓をした。だが。

 珠夏は泣きそうな目で彼を見た。
 彼を美しいとは思う。だが、同時にわいてくる恐怖は抑えようもない。

「離婚は許さない。あなたには反省してもらう必要があるな」
 耀斗の虹色の瞳がきらりと光る。

 珠夏の体がふわりと浮いた。
 気が付いたときには米俵のように彼に抱えあげられていた。

「なにするんですか!」
「暴れると落ちるよ」
 笑うように彼は言う。

 珠夏は固まって動けなくなった。

 そのまま彼に運ばれて、彼女の私室として与えられていたのとは別の部屋に連れて行かれる。

 美しく整えられた部屋だった。

 家具は飾り気がないが、濃茶の色が洒落ていた。抹茶色の長椅子(ソファ)は革製で、象牙色の絨毯によく合っていた。

 奥には畳の敷かれた小上がりがある。床の間には見事な掛け軸がかけられていた。障子のような衝立の下部には牡丹の透かし彫りが美しい。