珠夏は気になるものを見つけてそちらに目をやった。

 衣桁(いこう)に掛けられた白い着物だった。白無垢だ、とすぐに分かった。自分も先月、彼との神前式で着たばかりだ。

 が、これは自分が着たものではない。吉祥文様の図案が違っているし、煌めくストーンがあしらわれ、いっそうに華やかだ。誰のための白無垢だろう、と珠夏は悲しく眺めた。

 耀斗は呉服を製造、販売する会社を経営している。彼が起業して軌道に載せたという。

 だから仕事の品かもしれない。だが、職場ではなくわざわざ部屋に置いてあるのだ、特別なものに違いない。

「ああ、これは今度の展示会で行われる新作発表会に使う着物だよ。昔のファッションショーはラストをウェディングドレスで締めたというから、白無垢で最後を飾ることにしたんだ。ダイヤを縫い付けるなんて普通はしない。白虎は金属の属性、鉱物も我らの属性のものだから、象徴的に付けてみたんだ」

 珠夏の視線を追った彼はそう説明した。

「それで、ご用件は?」

 聞かれて、珠夏は震える手をもう片方の手でおさえた。
 もう一度深呼吸をしてから、珠夏は言った。

「離婚、してほしいんです」

 彼は驚いて立ち上がった。
 麻の葉の模様が入った飾り障子から、やわらかな日が差し込んでいた。白金の髪にまとわるように光が揺れる。

「どういう冗談かな」
 彼は気を取り直したようにそう言った。

「冗談ではないです」
 珠夏は言い返した。

「誰かになにか言われたのか?」
 彼の声が優しくて、珠夏の胸はしめつけられた。

「違います。私の判断です」
「……私たちの結婚が、ただの結婚がじゃないことはわかっているね?」

 彼は珠夏に歩み寄った。
 珠夏は言葉に詰まった。

 彼も珠夏も五神と言われる神の加護を受ける一族だ。

 五神は玄武、青龍、白虎、朱雀、麒麟を指して言う。玄武は水、青龍は木、白虎は金、朱雀は火、麒麟は土の性質を持つ。

 五神の加護を受けた各一族は繁栄し、古代より日本を支えて来た。