「珠夏さん?」
 声をかけるが、返事はない。

 慌てて入ると、人の気配はまったくなかった。彼女に与えた着物が畳まれて長椅子に載っていた。

 部屋の隅々まで確認するが、珠夏はどこにもいない。
「なぜ」
 耀斗は顔をしかめた。

 どうやって出たというのか。
 部屋を出て、どこへ行ったというのか。

 だが、世間知らずな彼女の行く先など知れている。
 耀斗はすぐに焔宮家へと車を走らせた。



 耀斗が焔宮家に着いたとき、すでに夜の九時をまわっていた。
 連絡もない訪問に、対応に出た紅羽は不快さを隠さなかった。

 門の内には入れたものの、玄関から先には入れなかった。外に彼を立たせたまま、紅羽はきつく彼をにらむ。
「こんな時間に失礼ですよ」
「申し訳ない。妻を迎えに来ました」
 耀斗は臆することなく答えた。

「妹は来てません」
「どうして隠すのですか?」
「隠してなどおりません」
 いらいらと紅羽は答える。

「力づくでも返してもらいます」
 耀斗が入ろうとするのを、紅羽は押しとどめた。

「白虎は失礼極まりない! そのようなところに珠夏を置いてはおけません! さっさと離婚なさい!」
「彼女が離婚を申し出たのはあなたの差し金か」

「珠夏が口にした言葉を疑うとは」
 耀斗の視界の隅に銀朱が揺れた。

 奥からそっと覗いた珠夏は、耀斗と目が合うと慌てて顔をひっこめた。

「珠夏さん!」
「お帰りあれ。帰らねば力づくで追い出しましょうぞ」
 紅羽の口調が変わった。

 彼女がふっと息を吹くと、小さな焔がちらりと揺らめいた。