お姉ちゃんのせいじゃないと言ったが、責任感の強い紅羽は、これからは自分が珠夏を守ると宣言したのだった。

 紅羽は変化できなくなった珠夏を必死に慰めてもくれた。

 完全な変化をすると、時として神に呼ばれて戻れなくなるというわ。だから変化なんてできなくていいのよ。

 慰める紅羽の声は優しくて、いつも珠夏は励まされて来た。

 完璧な変化がどのような状態を指しているのか、伝承は残っていない。

 だが、変化をしたものが飛び立ったまま帰って来なかった、という記録だけは残っている。

 おそらくは獣に襲われて帰れなくなったのだろうと珠夏は思っていた。

 自分は戻って来られて幸運だった。
 かつても今も、帰る家がある。それだけで幸せだ。だから。

「穏便に離婚したいの。お願い」
 珠夏は紅羽の顔を覗き込んで言った。

 紅羽は珠夏を見つめ返し、大きく息を吐いた。
「あなたがそう言うなら今はひくけど。絶対にあの男は許さないわ」

 珠夏はうつむいた。

 結婚を甘く見過ぎていた。
 人生での大きなことだとわかっていたのに。

 自分のトラウマの深さもわかっていなかった。
 食べちゃいたいという一言にあれほど拒否反応を示すとは思っても見なかった。

 怖くて怖くて、その意味を考える余裕など彼女にはなかった。

「私が守るから」
 紅羽は珠夏を抱きしめた。
 耀斗とは違う体温に、珠夏の胸がぎゅっと痛んだ。

***

 耀斗は仕事の手を休め、窓の外を眺めた。

 つい、と鳥が空を横切った。

 今頃、珠夏はなにをしているだろうか。

 青空を見つめ、耀斗は彼女を思う。

 明日の展示会を終えたら、ようやく彼女と話せる。離婚を翻意させなくてはならない。

 初めて会ったとき、珠夏はまだ子供で、自分を見て震えていた。

 そのとき耀斗は変化(へんげ)していた。彼もまた子供だったので、白虎に変身した姿はぱっと見で猫のようだった。