だが、いつかは言わなければならない。遅くとも夜には珠夏が脱走したことがバレる。

「私、離婚する」
「どうして?」
 紅羽の声に不機嫌が混じる。

 珠夏は答えられない。彼には別に好きな人がいるらしいなんて。そんなことを言って、せっかく和解した両家がまたいがみあうことになったら。

 いっそ、離婚を撤回して戻るべきだろうか。

 だが、あの家は針のむしろだ。
 恐怖とせめぎあう恋心を抱え、想いあう二人に胸を焦がして生きていくなど、想像するだけでもつらい。

「怒らないで。私のわがままなの」

「わがままじゃないでしょう。私の大事な妹を離婚したいと思うまで追い詰めるなんて」
 紅羽はすくっと立ち上がった。

「さすが、長いこと朱雀をばかにしてきただけのことはあるわ。弱いくせに。文句言ってやるわ」

「待って、なにも言わないで!」
 珠夏は慌てて止める。

「どうしてよ!」
「離婚は認めないって言われてるの」

「認めないって、何様なの!」
 紅羽が激高したので、珠夏はまた慌てた。

 この調子では、軟禁されたと教えたらどれだけ怒るかわからない。鷹に変身して飛んでいって、火を噴いて家ごと燃やしかねない。

「お姉ちゃん、落ち着いて」
「落ち着いてられないわよ! ぜひ嫁にほしいとか言っておいて大切にできないなんて。絶対に離婚させるわ!」
 紅羽は怒りに目を燃やす。今にも殴り込みに行きそうだ。

「大丈夫だから」
 珠夏は必死に紅羽をなだめる。

 紅羽は、珠夏が猫に襲われた原因の一端が自分にあると思い込んでいて、だから昔から過保護だった。

 もっと自分がしっかり見ていればよかった。
 そう言って、紅羽は珠夏に泣いて謝った。