「逃げるのなら、お手伝いいたします。さあ、お早く」
「でも……」

「今を逃すと、次はいつ助けに来られるかわかりません」
 珠夏が見つめると、黎羅は黙ってうなずいた。

「……お願いします」
 珠夏が言うと、黎羅は優しく微笑した。



 珠夏は黎羅に渡された女中服に着替えた。

 洋服は久しぶりだった。足元がスース―して心もとなくて、珠夏はなんどもスカートを引っ張った。

 黎羅が扉を開け、珠夏がそれに続いた。

 黎羅に隠されるようにして移動して外に出た。

 タクシーが待機していて、黎羅は珠夏をそれに乗せた。

「まずはご実家にお逃げなさいませ。ご家族に事情を話せば匿っていただけるでしょう」
 珠夏はうなずく。もとより、それ以外に逃げ場などない。

「どうぞ、ご自由になってくださいませ」
 黎羅は別れ際、そう言った。

 タクシーの扉がばたんと閉じられ、車は発進した。

 自由に。
 珠夏はその言葉が胸にひっかかった。

 大学までは親に守られ、就職することもなく嫁いだ。学生時代にバイトもしたことはないし、家事もしたことはない。だから自分には生活力がまったくない。

 そんな自分が自由に生きることなんてできるのだろうか。

 窓の外を見ると、青い空を背に、鳥が翼を広げていた。



 実家に帰ると、連絡のない帰宅に姉が驚いた。
 珠夏は洋間のリビングに通された。

 家を出てから一カ月ほどしかたっていないのに、なんだか懐かしくて涙が出そうだった。

「どうしたの急に。そのかっこうは?」
 ソファに並んで座り、紅羽がきく。問いには答えず、珠夏は逆にきいた。

「お父さんとお母さんは?」
「海外旅行中。あなたが嫁に行って肩の荷が下りたとか言って。聞いてなかった?」

「うん……」
 暗い顔をしている珠夏に、紅羽は顔をしかめる。

「なにがあったの?」
 珠夏はとっさに答えられない。