今日は離婚日和だ。きっとそうだ。
 虎守珠夏(こがみしゅか)は足を止め、薄い金色の目を庭に向けた。

 渡り廊下から見える庭園には春の陽気が満ち、桜が咲き誇っている。手入れされた松の緑との対比がまた美しい。池の水面に桜が映っていて、錦鯉がその姿を揺らした。

 彼女はため息をついて、再び歩きだした。

 目的の扉の前に立つと、緋色の(あわせ)の襟を直した。腰まである銀朱の髪は結い上げられ、玉飾りのついた金のかんざしが挿してある。

 彼女が深呼吸をすると、垂らした(びん)の髪が揺れた。

 こんなにどきどきするのは、二十三年の人生で初かもしれない。

 気持ちはすぐに怯みそうになる。恐怖で手が震えるし、足だって震えている。

 だけど、もう耐えられない。早く出て行ったほうがみんな幸せになれる。

 そう思い、ノックする。
 どうぞ、と返事があった。

 扉を開けると、和洋折衷の部屋が目に入る。
 夫である虎守耀斗(こがみあきと)の部屋に入るのは初めてだった。

 藍色の着物を着た彼は、和風のデスクに向かってなにか書き物をしていた。が、珠夏が入ると手を止めて顔を上げた。

 今日も美しい。

 珠夏は思わずみとれた。白金(プラチナ)の髪に金剛石(ダイヤモンド)のような虹色の瞳。異能こそないが、彼ほど白虎の一族の特徴が出ている人はいない。白虎に変化(へんげ)した姿も美しいと聞いている。

 血が薄まった現代においては、たいていの人は変化(へんげ)もできないし日本人らしい外見をしている。

「あなたから来るとは珍しい」

 彼は微笑した。二十七歳には見えない落ち着いた微笑みだった。次期当主としての品格を備え、堂々としている。

 珠夏が答えられずにいると、彼はさらに言った。

「着物、似合っているよ」
「ありがとうございます」

 花をあしらった緋色の正絹(しょうけん)の袷に、柚葉(ゆずは)色の帯を締めていた。半襟にも同色の刺繍が入っている。帯締めは金と朱の絹糸(けんし)()り合わせたものだった。

 すべて彼の見立てだった。この屋敷に来てからずっと、彼に与えられた着物ばかりを着ている。