彼の病室の前まで来て、一気に勇気を失ってしまった。
岩下さんの様子から見るに、陽斗の容体が悪くなったことはなんとなく察した。
ずっと近くにいなかった私が急に彼のところへ行ってもいいのかな?
彼に拒絶されるのが怖い。
岩下さんが嘘をついてるようには見えなかったけれど、本当は陽斗がもう私のことなんてどうでもよかったら……
それに、私自身も、弱った彼の姿を見るのは心苦しいし、そんな勇気が持てない。
後少ししか時間が残されていないのだと、認めたくない。
「叶笑さん?」
「ごめんなさい。怖くなって…本当に陽斗のそばまで行ってもいいの?今更なのに」
「行ってっ」
短く、そこまで大きい声だったわけではないけれど、込み上げるものを押さえているかのように発せられた岩下さんの声に、私は何も言えなくなった。
「言い方悪いけど、あなたの意見はこちらは望んでない。陽斗のことが好きなら、今すぐに彼のところへ行って」
伏せがちの岩下さんの目が、かすかに揺らいだ気がした。
「叶笑さんは陽斗のことが好きなの?」
そんなの、答えは一つに決まってる。
「大好きっ」
意を決してドアを開ける。ノックをするのを忘れたけれど、もう、そんなのに気にしていられない。
このままの自分じゃ嫌だ。
ドアを開けた音が聞こえたのか、大好きでたまらない陽斗がこちらを振り向いた。
そして、綺麗にまんまるに目を見開いて口をあんぐり開けている。
そんな様子でさえ可愛い、とか思ってしまう私はもう、間違いなく陽斗ラブだ。
「え、叶笑?来てくれたの?」
「岩下さんに呼ばれたよ。……ねぇ、まだ死んじゃだめだよ?もっと生きてよっ」
あぁ、こんなはずじゃなかったのにな。
気づけばポロポロと溢れる涙で、視界は歪み、口の中にしょっぱい味が広がっていた。
「んじゃ、俺は一旦帰るわ。あとは二人でゆっくり話して?」
そう言って立ち去った岩下さんの背中は寂しそうだ。
申し訳ない。私なんかのために大切な人たちを巻き込んでしまっている。
「叶笑、俺さ、多分、もう、そう長くは生きられない」
せっかく落ち着きかけた涙がぶり返す。
そんな私を見て、陽斗は困ったような笑みを浮かべていた。