いつまでもずっと隣で、くだらないことで喧嘩したかったよ。
最期の未練は、君そのものだ。
こうなるのなら、最初に関わらなければ良かったんだ。
君も、俺も、辛くなんてない結果が待っていたのかもしれないのに。
だけど、俺が死んで君を守れるのは嬉しいな。
それは、君と俺が出会ったから生まれた道だから、俺が死ぬのは正解なんだろう。
「別に忘れられても良いんじゃないですか?」
不意に聞こえてきたその声に、俺は意表をつかれる。
「忘れていても、あなたが覚えているのならそれで良いんじゃないですか?叶笑様も忘れたくて忘れてしまうわけではないですし、どうせ人間は歳を取ったら記憶は曖昧になる生き物なんですから」
亡霊さんのいうとおりだ。別に、歳を取ったら認知症にでもなって忘れる日は来るかもしれない。
叶笑の場合、それが早かっただけで、結局はみんな忘れるんだ。
「そりゃあ、覚えているのが一番なんですけどね?だけど、それが全てじゃない。きっと、記憶を忘れても心に残るものはあると思いますよ?」
いつになく穏やかな顔をする亡霊さんのその言葉に納得する自分がいた。
心に残るもの……君が俺といる間に感じた感情は、そう簡単には消えないよね?
自分の心に正直に、だけど他人のことも考えた判断ができるようになった君なら、きっと忘れないでくれるよね?
記憶は忘れても、その感情さえ覚えていてくれるのならば、それでいい。
「叶笑様は、あなたと出会ってから表情が豊かになりました。輝きました。だから、ありがとうございます」
「お礼を言うのは俺の方です。吹っ切れない俺に、正しい言葉をくれました。心の支えになりました。ありがとうございます」
お互いに深く礼をする。
顔を上げた時の亡霊さんの表情は、叶笑とは違う笑い方だった。
この人も人間の頃の記憶はほとんどないんだろう。
それでも、こうやって俺たちを導いてくれる亡霊さんたちはかっこいい。
俺が死んだら、俺も亡霊となって働こうかな。
そして、もっと歳を取った叶笑と本当のお別れをしよう。
徐々にぼんやりしていく視界の中で、確かに俺は見た。
亡霊さんの姿が高校生くらいの女性に変わっていたところを。
肩で切り揃えられた栗色のふわふわとした髪の毛に、麦茶のような色の瞳。
「元気でね」
そう言った彼女の言葉を最後に、俺たちはもう二度と会うことは無くなった。