〜叶笑side〜
「叶笑さん?」
そう言って退院する準備をしていた私の元へ来たのは、私の彼氏の親友だった。
「ごめん。退院の準備ができたらさ、退院する前に陽斗の元へ行ってくれないか?」
「私なんかが行ってもいいの?記憶、忘れちゃったのに」
……自分でも何か大切なものを一つ、完全に失ってしまったような気がした。
それが何か、自分では思い出せなかったけど、私の話に付き合ってくれた岩下さんの指導があって、気づくことができた。
かといって、そうだったんだ、程度にしか思わなかった。そんな自分が、大嫌いだ。
このまま陽斗を忘れていってしまうのが、私はいつも怖くてたまらない。
こんな彼女、いらなかったよね……
「資格とか、そう言う話じゃない。叶笑さんは行かなくちゃならない。陽斗はちゃんと叶笑に向き合ってきた。だから、今度はキミの番なんだよ。……お願い。キミの彼氏の親友からの頼み、聞いてくれるか?」
「……わかった」
「俺は、もう帰るからさ、二人でゆっくりと話をしてきて」
病室を去った岩下さんを見送ってから、せっせと準備を進める。
できるだけ早く、彼の、陽斗の病室まで行かなきゃ…!!
そのまま、私は病室を飛び出して、大好きな彼氏の元へ走って向かった。
そんな私は、ノックをしないままドアを開け、駆け足で陽斗の元に近づく。
「はぁはぁ、っごめん!」
「か、叶笑?もう退院できるんだよね。おめでとう!」
……違う。私はお祝いしてもらえる立場なんかじゃない。謝らないといけないことがあるんだ。
「……もしかしたらさ、岩下さんに聞いたかもしれないけど、私、記憶を少し無くしちゃった」
私は頭を下げた。肩くらいの髪が、さらさらと音を立てた。
「あぁ、聞いたよ。でも、俺は気にしてないから顔を上げて?」
ゆっくりと顔をあげると、そこにはなぜかしら笑っている彼氏の姿があった。
お、怒ってないの?こんな彼女がいたって、ただただ迷惑なだけでしょ?
「俺さ、別にもう長い命じゃないから、叶笑が少しくらい記憶を失ってしまったって大丈夫。それよりも、俺の死のせいで叶笑を悲しませたくない。できることなら、別れたいって思ったこともあったよ」
やや伏せがちに言葉を吐く彼は、自分の死を受け止められた人の顔はしてなかった。
きっと、それは私のせいだ。でも、それでもいいと、私は思った。
……だって、心残りがあった方が少しでも長く生きれそうな気がしたから。私は、陽斗が死ぬなんて耐えられない。
「俺、本気で別れようと思ったんだ……でも、できなかった。やっぱ、俺には叶笑しかいなかった。…情けない男でごめん」
「全然情けなくなんかないよ!私にとって、陽斗はとても大切な存在なんだよ?……陽斗が死んじゃうのは嫌だ。とても悲しいよ。とても苦しいよっ。でも、私がそれを願える立場じゃないことくらい、分かってるっ……」