いつも通り教室に戻った時間が悪かった。一気に後悔の波が押し寄せて溺れていく。まさかの彼が、教室の隅で静かに泣いていた。

「な、な、な、なんで今ここに居るの……」

思わず声に出してしまった。私はまた溺れる。

「え、叶笑さん?……あ、そっか部活が終わったのか」

彼は一瞬、驚いた顔をしていたけどすぐにバツの悪そうな顔になる。気まずさのあまり、何もできないで二人は押し黙る。

何か話した方が良いのか考えているとそっと彼が口を開く。


「叶笑さんは何か秘密にしていることとか、ある?」


「え、秘密にしていること、ですか?」

急な話題で驚いて聞き返してしまった私に彼は頷く。

「そう、秘密にしていること。叶笑さんは無さそうだね。どう?」

「そりゃぁ、少しはありますけど……」

「そっか、そうだね。人だもん。秘密の一つや二つはあるよね」

普段なら見せない曇った表情に切なげな声、何より瞳が揺れている。こんな陽斗さんは見たことが無くて、胸がなんだか苦しくなった。

「陽斗さんは、何か秘密にしていることはあるんですか?」

恐る恐る聞く私は、三度目の後悔の波にまた溺れる。彼が悲しそうに微かに口を歪めたからだ。

「ご、ごめんなさい。言いたくなければ言わなくても良いですから……」

慌てて謝る私に、いつもの表情に戻った彼は意地悪そうな笑みを浮かべた。

「ごめん、秘密にしていることはあるけど内容は秘密」

「太陽のようなあなたにもたくさん秘密がありそうですね」

「太陽……?」

しまった。彼をみると案の定、怪訝そうで警戒してそうな顔をしている。いつだって私は地雷を踏む。

でも、もう言ってしまったものはしょうがないと開き直って思っていたことを伝えることにした。


「陽斗さんはいつも笑っていて、何もかもが完璧で、いつも誰かを照らしています。だから、あなたは太陽のようだなって……思ったんです」

「君の眼には、俺はそう言うふうに見えているんだね。ちょっと安心」

悲しそうで嬉しそうな顔をした彼は言葉を続ける。

「俺は猫を被っているから、本当の俺はそんなに眩しいような存在じゃない」

「……え?」

訳が分からない。太陽だと思っていたのは彼の仮面?なぜそんなことをする必要があったのだろうか。

「ごめん、俺は今日はもう帰るわ」

そう言って寂しげな背中で教室を去る陽斗さんを、ただ呆然として見ていた。

「そろそろ、私、彼の前から消えてなくなりたい」

後悔だらけの一日に、私は終止符を打った。