そんな中、俺は叶笑の部屋を訪ねた。もしかしたら俺のことなんて、もう忘れてしまっているのかもしれない。
それでも、別に良いかな、と思う。いずれ、俺だって死ぬんだし、その頃には誰も俺のことは覚えていない。
「…叶笑?…俺のこと、誰かわかる?」
「……陽斗。聞いたよ、お父さんのこと。私、そばに居てあげられなくて、本当にごめん」
俺は情けない人間だ。好きな人に謝らせてしまっている。困らせてしまっている。
「別に叶笑が謝ることじゃないから。俺は、大丈夫。俺は、叶笑のことが心配だ」
「私は見ての通り、記憶は徐々に減っていっている感じはするけど、陽斗よりは全然元気だよ。陽斗、自分の顔見て見た?」
…彼女はどこにあったのか分からない手鏡を俺に向けてきた。「ほら、ひどいでしょ?」と言って。
確かに、俺の顔はひどくなっている気がする。でも、もうどうでもいい……
「私、そんな陽斗に会いたいとは思わない。辛いのは分かるけど、一番辛かったのは陽斗ではないでしょ?」
「……」
「あなたのお父さんやお母さんが一番悔しかったと思うし、何より、悲しかったはずだよ。子供の成長を見届けたかったはずだよ。それなのに、そんなに期待してくれている成長に応えないで、いつまでもぐずぐずなんてしてられないと思う」
…俺の成長なんて、興味あったのかなぁ。
「私、部外者なのにごめんね。でも、私が親の立場なら、そう思うから」
…男なのに、いつまでも萎れているのって、超ダサくないか?
せめて、みんなに見える場面だけでも元気でいる、それが男じゃないのか?…確信はないけど。
でも、そう思わせてくれたのは俺の好きな人であり、俺にとって、唯一、命をかけても守りたい人だ。
俺は、絶対に彼女だけは守ってみせる。俺の自慢の家族たちのように、俺も有意義な時間を過ごそう。
「叶笑、ありがとう。…元気出た。さすが、俺の彼女だ」
少し目に涙が溜まってしまっていたと思うけど、それに彼女は気づいていないふりをしてくれた。
「もうっ!急に都合のいいこと言わないの!」
そう言って、俺たちは微笑みあった。
いつかの、大切な日に向かって、俺は歩いていく。