結局、俺が送ってくことになった。俺としてはすごく嬉しい。
と言っても、彼女は今、本当に耳が聞こえないから会話はほとんど無いのだけれど。
それでも、彼女を守れるのなら、今だけでもそばにいられるのなら、俺にとっては幸せなことだ。
…水臭い内容っぽくなったけど、でも、これが俺の本心であり事実だ。
さりげなさを装い、俺が車道側で歩き、彼女と手を繋ぐ。
手を繋いだ最初の方は、叶笑は緊張してたっぽいけど今ではもう、お互いの手の形が馴染んでしまっていてどこか心地いい。
少し前も、こんなことがあったなぁ。叶笑といると、時間が経つのがあっという間だ。
そして、ちょうど今、太陽が沈もうとしている。あと十分もしないうちに、きっと世界がこれ以上ないくらいに真っ赤になる。
本当は高いところから夕陽が見れればよかったのだけれど、この辺は平地だし、建物も多い方だから無理そうだ。
「…ぁ、あ、あー!」
どこからか声が聞こえてきた、と思ったら、叶笑が喋った声だった。
「陽斗!私、耳が聞こえるようになったよ!」
「意外と早かったね。これで結構安心安心。会話もできるし、寂しい帰り道にはならなさそうだねー?」
「さ、寂しい、って陽斗は思ってたんだ?寂しがりやさんだね!」
「はぁ?ちげえよ、バカか。叶笑の方こそ、寂しかったんじゃない?さっき動揺してたし」
「ど、動揺なんて!」
あっははははっ!二人同時に吹き出す。あぁ、楽しいな。二人でからかっては笑い合う。幸せなひとときだ。
「今日も私を送ってくれてありがとう。またね」
微かに照れている叶笑に、今も俺の心は音を立てる。
「うん、少し前も今日みたいなことがあっただろ?それを思い出して、懐かしかったよ」
「な、懐かしい?……あれ、前にそんなことがあったっけ?」
俺は耳を疑った。もしかして覚えていないのだろうか。約束の話もそうだったけど、たまに記憶が曖昧な時が彼女にはある。
でも、前までは俺と叶笑の記憶の違いなんてなく、スムーズに話が進んでいっていた。
これって、難聴と関係があったりするのだろうか。
…いくら考えても分からなかった俺は、彼女に説明をすることにした。
「へぇ、そんなことがあったんだ。…ごめん、よく思い出せないや」
申し訳なさそうな彼女の顔。この展開も二度目だ。あの時も、覚えてなくてごめんってしばらく謝ってばかりだった。
「そんな申し訳ないって顔すんなよ。俺は、叶笑の笑った顔の方が好きだから」
そう言って、彼女の顔を見ることもなく、俺は俺の家に向かって足を進めた。
背中から俺を抜かすように、強く大きな風が吹いた。__小さな雫と一緒に。
俺がこんなにも、女子のことを大切な存在だと思える日が来るなんて、少し前は思ってもなかっただろう。
彼女に好きと言ってしまったけど、叶笑はどう思ったのだろうか。どう受け止めたのだろうか。
まだ、俺は笑顔が、としか言っていないから大丈夫だと願いたい。
そうして、俺も無事に家に帰ることができた。
だけどまさか、この決断に大きく後悔をすることになるなんて、この時は神様以外、誰も知る由もなかった。