一時間ほどで診察は終わった。相変わらず、私の耳が急に聞こえなくなる症状についてはまだ、よく分かっていなかった。
でも、今のところみんなともうまくいってると思うし軽く思い留めるだけにする。
彼はと言うと、結局診察室の前に居てくれていた。正直なところ、結構安心したから彼に待っててくれてありがとう、と感謝を伝える。
すると、彼はどこか照れ臭そうに返事をした。
「べ、別に…三十分ごとに診察室の前に来ようと思って、図書室から立ち寄ったらちょうど出てきただけだよ」
そう言うけれど照れ臭そうにしてたってことは、私のために何度も診察室の前に来てくれたってことだろう。
何分ごとにかは知らないけど、図書室には居たっぽいからわざわざ行き来してくれたんだと思う。
そうして私たちは帰路につく。私と彼の家は方面は一緒だけど、それぞれの家につながる道はやや違う。
だから病院から少しした道で陽斗とは一回別れると思っていたけど、彼は私についてくれていた。
「いいの?この道を通ると、陽斗は結構遠回りになっちゃうよ?帰りが遅くなるよ?」
今は午後六時半。私は家までは歩いて一時間弱程。そうすると、彼の帰りは私よりも三十分弱ほど遅くなる。
結果、彼は午後八時近くになってしまうことでもあるのだ。
「本当、叶笑は疑問形が好きだねー。俺は大丈夫だよ!それに、まぁまぁ足は速いつもりだし帰りが遅くなりそうなら走るよ。
体力ももう少しつけないといけないし」
「…それじゃあ意味がないじゃん。申し訳ないからここでいいよ」
それにそんなに話せる内容もないし、途中で私の耳が聞こえなくなってしまったら会話すらできない。
迷惑をかけるだけの私では嫌なのだ。
「ばーか!…それとも何?俺とは一緒に帰りたくないのは俺のことが嫌いだから?」
「……」
「あのなぁ、俺はさ、ただただ叶笑のことが心配なだけなんだよ。途中で耳が聞こえなくなってまた事故に巻き込まれたら、俺が叶笑の何百倍も後悔するんだよ」
それは違う、と思った。たとえ私が事故にあったとしても、私の方が陽斗の何千倍も申し訳なくなる。
また迷惑をかけてしまった、少しだったとしても心配にさせてしまったことに耐えられない。私は弱いから。
それに、わざわざ先生に許可をもらってまでお見舞いに来てくれているのに、病院に来る頻度が増えてしまったらそれこそ後悔する。
これ以上もう、大切な時間を奪いたくない。
「でも、別々で帰ろう?陽斗の大切な時間はもっと別のことに使った方がいいんだよ」
そう言って私は彼の返事も聞かずに、彼とは違う道を歩く。
……あれ?なんで私たちは仲良くなったんだったっけ?
「っ叶笑!!お前は本当にバカだよ!俺の気持ちも少しは考えろよ!」
思わず振り向くと、走って来た彼に抱きしめられた。
「ぇえ?ちょっと、陽斗?」
表情を伺うと彼は真面目な顔をしていて、多分走ったせいだけど頬がやや赤く染まっていた。
ってどころじゃない。不意に抱きしめられたことに驚きつつも少し嬉しく思った自分がいて戸惑う。
「叶笑のばか……本当にバカな奴……意地でも俺は叶笑を一人で帰させないから」
そう言った彼は急に私から体を離し、そしてまた急に手をとった。
「あ、あ、あのぅ?」
「叶笑の家の前までこの手は絶対に離さないから」
そういう彼の目には決意が灯っていて揺らぐことはなさそうだった。
結局、従うしかなさそうだ。
私は分かった、と言うかわりに手をそっと握り返した。