〜砂畑叶笑(すなはた かなえ)side〜
退屈だ、本当に退屈だ。どうして何にもないのに生きているんだろう。別に勉強が得意なわけでもないし、運動もそこそこ。
私にはなんの取り柄もないのに、なぜ生きていかなければいけないのか。誰にもバレないようにそっとため息をついた。
空ってこんなにくすんでいたっけ?
「ねぇねぇねぇ!見てよこれ、陽斗が書いた小説だって。すごくない?そう思わない?叶笑」
いきなり話しかけられたことに驚きつつも、自然を装って言葉を返す。
「そうだね、私にはこんなすごい小説なんて書けやしないから本当に尊敬するよ」
「だねだねっ!私なんてまだ原稿用紙三枚しか書けてないのに、陽斗はもうほとんど書けてるよ」
「でもさ、美月も三枚書けてるんでしょ?あと二枚じゃん。頑張ればいけるよ」
「えぇ?本当?」
「本当だよ、嘘なんかつくわけないじゃん。私なんかまだ二枚目だし」
今は国語で短編小説を書く時間だ。眠すぎてうとうとしている男子もちらほらいる。
そんな中、だいたい三十分で小説を書き終えたのが私の友達である美月(みづき)が話題に出した柳瀬陽斗だった。
彼は成績優秀、運動神経も良い、スタイルも良くて顔も良いし、おまけに性格も良い。
誰からにも好かれていてまるで太陽のような人だった。今は学級長もやっている。
そんな彼が書いた小説の内容はだいたいこんな感じ。
ある日、とても悲しそうな顔をして道を歩いている同じクラスの女の子がいた。
放って置けなくてつい話しかけると、彼女は涙を流していた。
そんな彼女の涙を見て守りたいと思った彼は、徐々に彼女との距離を縮めて恋をする。
付き合い始めた二人に悲劇が襲いかかる。彼女が病気になってしまったのだ。
弱っていく彼女は、彼に秘密にしていた過去をうち明かす。聞き終えた彼は彼女とずっと一緒にいると誓った。
無事、病気に耐えた彼女とそばにいて支えていた彼は誰にも切ることのできない糸で結ばれ、ともに生涯を終えた。
という話だった。陽斗が書きそうで書かなさそうな話に少し驚きながらも、なんて都合のいい話なんだろうと思った。
少なくとも私の場合は大切な人だったとしても、抱えている秘密を話すことはできない。
こんな透明な物語、私には到底書けそうにない。だから私は諦めて、ありきたりな物語を書いた。
ある日、ある男の子に出逢った。純粋な優しさを持つ彼のことが頭から離れなくなり、恋をする。
初めはすれ違いながらも、お互いの弱い部分も認め合って生きていく。付き合うこともでき、幸せな日々を送った。
という、どこにでもありそうな物語。どっちにしたって私には無縁の世界。今の現実でさえ、生きている心地がしないのに。
理想を並べて書いたような雑な物語。なのに、
「叶笑さんが書く物語、すごく読みやすいし純粋で綺麗な物語だね」
「えっ?」
「あぁ、驚かせてごめん。でも、いい物語だったよ」
そう言って過ぎ去っていったのは紛れもない陽斗さんだった。