叶笑の話によると、腕と足の骨折は事実らしい。実際に彼女の腕と足には包帯がぐるぐる巻かれている。
だが、脳への損傷はないらしい。それなのに、たまに耳が聞こえなくなる時があるんだとか。
「私は今日の朝にはもう、意識は戻ってたんだ。でも、初めは医師たちの声が聞こえなかったの。だから脳の神経が傷ついて難聴になってしまったって考えてたっぽいんだけどね。でも、少し時間が経ったら聞こえるようになったの」
医師が言うには、目覚めた時は事故によるショックの影響で時間が経ってそのショックが和らいだことで今は耳が聞こえるようになった
って考えてたらしいが、また叶笑の耳が聞こえづらくなった。そのことで最終的な結論がわからなくなってしまった。
「いつどうなるかなんて分からないから、みんなには難聴ってことにしてるんだ。初めからそのほうがいいかなって思ったから。でも、陽斗には嘘をついたらダメだなって思ったから難聴のふりをしてないの。あ、でも言いふらさないでね?私が、実は耳がある程度聞こえるってこと」
「言うわけない。大切な秘密、なんでしょ?秘密は秘密にしておくよ。岩下も、絶対に言いふらすなよ」
「分かってるって。大切な親友の彼女さんを傷つけるわけないない。安心してね」
おおおおい!と心の中では叫んでいた。まだ完全に叶笑の気持ちはわかったわけではないのに勝手に彼女とか言ってもらっては困る。
ちらっと叶笑を見てみると別になんともって感じの顔をしていた。それに、岩下に向かって頭を下げていた。
「岩下さんもありがとう。絶対に言いふらさないでください」
「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ。あとは二人でゆっくり話でもしといて?また明日な、陽斗」
「おう」
「叶笑、実は俺、岩下には仮面を剥いだ姿も見せれるようになったんだ。叶笑のおかげだよ。ありがとう」
「私は何にもしてないよ。それは陽斗自身の強さだよ?自信を持ってね?」
穏やかな時間が流れてゆく。他愛のない会話をしながら笑いあったり、少し怒りあったりしていた。
ずっとこのまま時が流れていけばいいのに。ずっと一緒にいたいな、なんて考えていたり。
「あ、そうそう、明日はハンド部は夜練なんだ。だからお見舞いの時間が短くなる。ごめんね?」
「なんでそんなことで謝るの?別に一週間に一回来てくれるだけで十分だよ」
「え、もしかして俺のこと嫌い?来てほしくないの?」
それだったら傷つくなぁ。いや、何がなんであれ毎日来てやる。そして、近いうちにスマホもあげよう。
でも、あげるんだったらいつがいいんだろう。誕生日もわからないし、遅く渡しすぎても何があるか分かんないし……
うーん、悩むなぁ。でも、悩むことも別にいいかもしれない。彼女との時間を考えてる感じがしてワクワクする。……流石にきもいか?
「おーい、結局毎日来てもいいの?俺は意地でも来たいんだけど」
「……」
「かーなーえー、そんなに考え込む?悲しいなぁ」
「……」
おかしいなこれは。もしかして今、聞こえなくなった?タイミングと言うものがあるでしょうが……
初めから難聴で会話をするのが厳しいと思っていたので、会話専用のノートとペンを準備していた。
それをリュックの中から取り出して文字を書き込む。叶笑は俺の様子をじっと見ていた。
【もしかして耳が聞こえなくなった?】
【ごめん、聞こえなくなっちゃった。お見舞いのことだけど来てほしくなくないし、陽斗のこと嫌いじゃないから毎日来てもいいよ】
俺は口パクでやった!と言ったあと、さらに文字を綴る。
【なんかさ、交換日記みたいでいいね!青春だなぁ】
【私も余ったノートがあるから、それも使って交換しあう?私は陽斗の毎日が知りたいから、一冊で交換すると二日に一日がわからないじゃん?だから二冊。伝わる?】
彼女は口パクで語彙力なくてごめんと言っているように見えた。
叶笑には申し訳なさそうな表情は似合わないから、俺はもちろんこう書いた。
【もちろん伝わったよ。オッケー二冊にしようか】
そうして俺たちは交換日記をすることになったのだった。