また話を戻すが、居酒屋のラインナップはアルコール類は紹介した通りだが、実はスーパー銭湯同様に麦茶と水は無料で提供させて貰っている。
だがジュースや炭酸飲料などは料金を頂くことにしている。
特にオロポは最早サウナーの定番となっており、今ではサウナ明けには飲むべき飲料との意見が多い。
その為この屋台街にはオロポは必須となっていた。
そして提供される料理だが、正に何でもありの様相になってきているのだが、やはりサ飯が注目を浴びそうだ。
極力サウナビレッジとの棲み分けは行いたいのが本音だが、今ではスーパー銭湯とサウナビレッジとの棲み分けは無くなっている。
その為この屋台街のサ飯は月一で限定メニューを導入するというチャレンジングな内容にすることにした。
此処はどうしても俺の出番になりそうだ。
それは即ち、俺が月に一度はサ飯の限定メニューを導入しなければならないということだ。
ここは困ったら日本に返って情報を掻き集めるしかない。
日本ならば情報に溢れているだろうから心配には及ばないのだが・・・
オープン時に提供する新たなサ飯は、坦々つけ麺と辛味噌ホルモン焼き、そして鉄板キムチ豚チーズ焼きにした。
これならば問題無いと思えるラインナップだ。
フレイズがいちゃもんをつけてきそうなものだが問答無用でやっつけてやろう。
最早フレイズでは俺には全く敵わない。
あいつの相手はもう慣れっこだ。
俺に敵いたければまずは時間停止を覚えるがいい。
まあフレイズには無理でしょうがね。
それを分かってか最近のフレイズは俺には挑まなくなってきていた。
あのバカも少しは反省を学んだみたいだ。
何でもありの食事とは言ったものの、ちゃんと説明をすると。
先ずはやはりサウナ島産の野菜をふんだんに使ったサラダがある。
ミックスサラダから始まり、水菜サラダや大根サラダや海藻サラダにコールスロー、そして定番のツナサラダ。
それ以外にもサラダは多い。
更にはドレッシングも豊富だ。
ノンオイルや、胡麻、紫蘇、シーザー、オニオン、チーズ等、好きに使っていい事になっている。
このドレッシングだが、始めて俺が作ってみた時にはなかなかの騒動があった。
実はアイリスさんにここぞとばかりに叱られてしまったのだ。
野菜に煩いアイリスさんから、
「こんな食べ方があるなんて聞いていませんわ!」
恐ろしい程に詰め寄られてしまった。
アイリスさんの本気の怒りは無茶苦茶怖い。
アイリスさん曰く、
「これならば、野菜嫌いの子供達でもたくさん食べられますでしょ?」
納得の話だった。
すいません・・・ごめんなさい・・・あなたには逆らいません・・・
ぐうの音も出なかった。
サウナ島の裏番長の意見は絶大である。
それに何より的を得ている。
俺はアイリスさんには逆らわない事を再度確認した。
アイリスさん怖えよー!
すんませんした!
次に串物が充実している。
焼き鳥、豚串、牛串から始まり、ネギマ、つくね、軟骨、串カツ等を取り揃えている。
焼き鳥は塩とタレがあり、タレの開発にはそれなりに時間が掛かった。
醤油ベースに変わりは無いのだが、試行錯誤を繰り返してやっとこの味に辿り着いた。
門外不出にしたいタレが出来上がっている。
でもここは惜しげも無く尋ねられればレシピは公開した。
一部スタッフからそれを望まない声もあったのだが、それよりもタレ文化が広まって欲しいとの望みもあったからだ。
タレは実に奥深い。
ラーメンと同様に人生を掛けても答えに辿り着けない程の物であると俺は考えている。
現に前に獲ることができた鰻だが、まだ鰻重のタレは完成していない。
まだ試行錯誤を繰り返している。
ゼノンに約束してしまった手前、ここは手を抜くことは出来ない。
継ぎ足しを重ねる濃厚なタレを造りたい。
ここまでくると最早俺の趣味ではあるのだが、ここは納得できるまで提供はしないつもりである。
待たせてすまんなゼノンよ・・・
最高のタレを作ってやるからな。
因みに鰻の塩焼きはゼノンに作ってやった。
「鰻とはこんなに美味しい魚であったのか!」
相当口に合ったみたいだ、ゼノンはとても満足そうにしていた。
そんな拘りはいいとしてだ。
次に外せないのはたこ焼き、焼きそば、ラーメン、お好み焼きだ。
屋台にこれが無いのは頷けない。
そして俺はいかせんを作り、玉せんを作ってみた。
そして身内から大絶賛されてしまった。
「これは食事なのか?お菓子なのか?」
「このパリパリ感と卵の抱擁感が良い!」
「紅ショウガがいいアクセントになっている!」
好きに食レポしてくれていた。
エリカに至っては、
「ディスイズ、ジャパニーズフーズ!」
英語で叫んでいた。
好きにしてくださいな。
他にも定食系や丼物、おつまみ等もある。
ここで宴会になることは無いだろうがおつまみは必要だろう。
小食の人もいるだろうしね。
それに一品物を頼みたい者もいるだろう。
後は揚げ物だ。
から揚げは外せないしフライドポテトも定番だ。
それにコロッケ等もある。
他にはアジフライやエビフライ、クリームコロッケもある。
揚げ物はいくらでも増やすことは出来るがまずはこれぐらいにしておいた。
いくらでも増やせば良いという物でも無いだろう。
そして遂にこれに俺は手を出した。
ポテチである。
無茶苦茶ヒットしそうだ。
既に身内には絶大な支持を受けており、アイリスさんが特に大のお気に入りの様子。
連日作って欲しいとおねだりされている。
アイリスさんにおねだりされたら答えるしかない。
裏番長に逆らわないと決めたばかりだからね。
俺はギルとエルを巻き込んで黙々と大量のポテチを作ることになった。
やれやれだ。
味付けは塩とコンソメだ。
他にも色々と出来るが、収集が付かなくなる為ここまでにしておいた。
本当に余裕が出来た時に手を加えるとしよう。
すまないが今はこれで勘弁して欲しい。
次はノリ塩辺りか?
今回のスーパー銭湯の別館を造るに当たり、従業員を大幅に募集しなければならない。
その前にまずは社員寮の建設だ。
ここはランドールさんに丸投げした。
そして実はこの時ランドールさんは、俺の指導により『分離』を獲得していた。
俺の経験として、確か『加工』と『分離』がレベルアップしたことで『合成』を獲得できたと覚えている。
そのことを伝えると、
「島野さんありがとう、レベルアップに励むよ」
手を差し伸べてきたので、握り返しがてら『神力贈呈』で神力を分けておいた。
ニヤリと口元を緩めるランドールさん。
ここは現場に入るべきと社員寮の建設に勤しんでいた。
有難いことである。
新入社員の募集だがここも丸投げすることにした。
丸投げ先は安定のエリカである。
今ではエリカは俺の丸投げ先ナンバーワンの異名を誇っている。
何故かエリカは俺からの丸投げを喜ぶ傾向にある。
何とも不思議である。
マーク曰く、
「島野さんに頼られて嬉しいんですよ」
とのことだったが、俺にはよく分からん感覚である。
だって面倒事を押し付けられているんだよ?
本当にいいのかい?
俺は嫌だな。
間違いなく投げ返すだろう。
エリカは実に大体的に新人募集を行っていた。
それは南半球に限らず『シマーノ』にも行っていた。
これは収取が付かなくなるぞエリカ君よ。
知らないぞ?
魔物達の信仰心を舐めてはいけない。
相当数の応募人数になるに決まっている。
流石に首領陣は応募しないだろうが、それ以外の魔物達は我先にと応募するに決まっている。
実際俺の予想は正しく。
殆どの魔物達が新入社員募集に反応した。
但しここはエリカも黙ってはいない。
エリカはいつくかの条件を付けていた。
まずは読み書き計算が出来ること。
次に社員寮に住むことが出来ること。
使用期間は半年とする。
『鑑定』魔法を受け、鑑定書と職務経歴書と履歴書を持参すること。
推薦状などは受け付けない。
等々・・・
ガチガチじゃないか・・・
流石はエリカだ。
身体検査は厳重で、簡単にはいかないぞとの暗黙のプレッシャーを感じる。
にしても履歴書は未だしも職務経歴書って・・・
やり過ぎじゃね?
これによって随分と応募者が減るであろうと思われたがそうはいかなかった。
それはそうであろう。
特に魔物達に関しては読み書き計算に関しては、ゴン先生の教えによりほぼ全ての魔物達が出来ている。
それにその他の条件も簡単にクリアするだろう。
それぐらいあいつらはサウナ島を愛しているのだ。
魔物達にしてみれば、サウナ島に行く為に日々の労働を頑張っていると言っても過言ではないのだから。
そんなサウナ島の従業員に成れるのならどれだけのハードルでも乗り越えてくるに違いない。
これはもしかしたら新入社員のほとんどが魔物達になるのかもしれないな・・・
俺はそんな気がする・・・
その予想は間違ってはいなかった。
応募者の九割は魔物達になっていた。
ていうか・・・南半球の皆さん・・・大丈夫ですか?
勉強して下さいよ・・・
思いの外読み書き計算が出来る者が少なかったみたいだ・・・
そして俺はマークから相談を受けることになっていた。
その原因はゴブオクンである。
あいつは何を勘違いしたのか面接でやらかしたみたいだ。
「おいらは島野様から一目置かれている」
「おいらは島野様に認められている」
「おらはノン様にも気にいられている」
「ゴン先生には何度も褒められた」
等々、好きに宣ったらしい。
マークも俺がゴブオクンを気に入っている事を知っている為、判断に悩んだみたいだ。
それはエリカも同様であったらしい。
俺は問答無用で、
「不採用だ!」
との決断を下した。
ゴブオクン・・・反省しなさい!
この決断にマークとエリカは胸を撫で降ろしていた。
やれやれだ。
スーパー銭湯の別館の試運転を終えた俺達は反省会を行うことになった。
参加者は島野一家と旧メンバーとエリカである。
そしてオブザーバーにエリスとゼノンだ。
神様ズからは五郎さんのみ参加して貰っている。
他の神様ズは此方から御遠慮願った。
真面な意見を貰えるとは思えなかったし、これ以上参加されると収取が付かなくなるに決まっている。
早速意見が飛び交った、
「島野、これはこれでいいんじゃねえか?個人的には風呂がねえのが物足りねえがな」
「主、此処にならずっと一日中居れます!」
「テントサウナは強烈です!」
「バレルサウナは玄人受けしそうです」
「休憩室の寛ぎ感がいいです」
「サ飯は人気が出るでしょうね」
好きに言っている。
ていうか反省会になっていない。
籠手入れ出来る意見が欲しかったのだが・・・
ここは上手く行っていると受け止めておこう。
という事で解散!
速攻で反省会は終わってしまった。
ていうか反省会に成っていない。
後日、
遂に残念な上級神にバイトを与えることにした。
これならばなんとかなるだろう。
それに以前にクビになった事が相当堪えたのか、
「島野、お願いだ!俺を再雇用してくれ!もうこれ以上アイリスに殴られたくないんだ!」
連日俺の所に嘆願に来ていた。
その度にもう少し待てと俺はスカイクラウンを追いやっていた。
「絶対だぞ、頼むぞ!」
そこまで反省しているならチャンスを与えようと思う。
にしてもその動機がね・・・どうなんだろうね?・・・
深くは考えないようにしよう。
俺は巻き込まれたくは無いからな。
俺は暇を見つけてはハングライダーとパラシュートを造った。
ハングライダーの骨組みはカーボン、そして羽の素材は安定のアラクネの糸だ。
まずは試しにとハングライダーを五個造り先ずはギルと一緒に飛んでみた。
ギルなら失敗しても何とかなるだろう。
飛べるしね。
エアーズロックの縁に発射装置を造った。
この発射装置は案外簡単な構造をしている。
鉄でローラーを造って、それをいくつも並べてその上に簡単なボードを乗せる。
そしてそのボードには二本の太いゴムが繋がっており、大きなパイプに括り付けられている。
その上に腹ばいになって準備完了。
ボードをスタッフに引っ張って貰って合図と共にハングライダーごと発射されるのだ。
推進力を得たハングライダーはそのままエアーズロックの縁から上空に飛び立つ。
そしてこれが面白いぐらいに楽しかった。
ギルも楽しかったのか、何度も何度もハングライダーで飛んでいた。
そこにノンとエルも加わって大空の旅を楽しんだ。
そして浮遊魔法を取得できていないゴンがハングライダーに乗ることになった。
ゴンは少し緊張気味だが、
「失敗しても、ちゃんと助けてやるから安心しろ」
俺のこの発言に腹を決めた様で鼻息荒くやる気に満ちていた。
ゴンがエアーズロックから飛び出した。
並走して俺も飛んでいる。
流石は聖獣だ、運動神経抜群である。
ゴンは速攻で乗れるようになっていた。
「主!楽しいです!それにこの感覚を掴めれば私も浮遊魔法を取得できそうです!」
自信満々で言っていた。
なるほど、そんな副産物もあって良いのかも。
レケは始めから、
「楽しいぜー!フォウー!」
全開で楽しんでいた。
こいつは恐怖心が薄い様だ。
何なら一度落ちてみたらいい。
レケなら死なないだろう。
多分・・・
一番ビビりなのがエクスだった。
「マスター・・・本当にやるのかよ?・・・」
無茶苦茶顔が引き攣っていた。
「エクス・・・お前ギルの能力を使えるんじゃないのか?だったら飛ぶことぐらい出来るだろう?」
「いや・・・そうだけど・・・実は怖くて一度も飛んだことがないんだよ・・・」
何だそれ?
ただの高所恐怖症か?
「まあいい、やってみろ。お前は一応神だから死ぬことはないからな」
「そうだけど・・・」
「ええい!いいからやるぞ!気合を入れろ!」
何だか腹が立ってきた。
俺は『念動』で強引にエクスを捕まえてボードに乗せた。
「マスター!止めてくれ!死んじゃうよ!」
「エクス!諦めろ!いいか、ハングライダーのバランスにだけ気を付けろ!行くぞ!」
「ああ!そんな!」
俺は問答無用でエクスを発射した。
「ビエエエエーーー!!!」
叫びつつも大空へと飛び立つエクス。
しょうがないので俺も並走することにした。
エクスは必死でハングライダーにしがみ付いていた。
何とかバランスを取ろうとしている。
しょうがないので『念動』で体勢を整えてやった。
すると次第に飛んでいる感覚に慣れてきたエクス。
多少の緊張感が残っているが上手くバランスを取れる様になってきていた。
「エクス、どうだ?」
「マスター!おいら飛んでるぞ!やった!飛んでるぞ!」
何とか飛べたみたいだ。
このビビり小僧め。
手のかかる奴だな。
その後自信がついたのか浮遊魔法も時々使う様になっていた。
そしてその発言通りゴンが浮遊魔法を覚えていた。
「主!私も飛べる様になりました!」
嬉しそうに報告してくれた。
はやりゴンは感覚派みたいだ。
透明化の時もそうだったけど身体で覚える質の様だ。
でも未だ転移魔法は覚えていない。
こればかりは別物なんだろうな・・・もしかして転移の魔法は無いのかな?
次にスカイダイビングだ。
こちらは簡単だ。
パラシュートを背負ってボードに乗って上空に投げ飛ばされるだけだ。
難しいのはパラシュートを開くタイミングだ。
此処は各自の判断に任せるしか無いのだが、念の為運営する上ではここで開かないといけないという高さを調べておく必要がある。
ギルとノンとゴンとエルとで何度も試しては、大体この辺だなという高さを割り出した。
それを天使と悪魔に伝えた。
こうしてエアーズロックに一大レジャー施設が出来上がった。
ここの運営は天使と悪魔に任せることにした。
そしてここの安全指導員兼監視役として、スカイクラウンがバイトを行うことに成ったのである。
間違うと死人が出るぞとの俺の脅しに姿勢を正すスカイクラウンであった。
やはりこいつも神なのだろう、この一言が相当堪えたみたいでプレオープン時を見る限り真面目に働いていた。
うん、常にそうあって欲しい。
でも俺はこっそりとあいつは当てにならないので、監視員は天使と悪魔に常時四名は配置する様に伝えた。
天使と悪魔も飛べるのだからどうにかなるだろう。
ただ空中で巨人族を支えるだけの力は無いだろう。
四人居ればどうにかなるのでなかろうか?
最悪の為と考えて浮遊の魔法を付与してある魔石を必ず装備するという安全対策も施している。
ここまでやれば問題ないはずだ。
後は事故が起こらない事を祈るばかりだ。
後日スカイクラウンから、
「俺は天職と出会えたみたいだ、ありがとう島野」
等と感謝されてしまった。
まあ浮かぶことしか出来ないお前の転職はこれしかないでしょうね。
それに実の所、スカイクランは自分が浮かぶだけでは無く浮かんでいることをサポートしたり、見ることが好きみたいだ。
ここは百歩譲って流石は大空の神と言っておこう。
やれやれだ。
分身体を得たエアーズロックだが、何をして貰うかと考えた結果、まずはサウナ島の受付業務を手伝って貰うことにした。
というのもいい加減北半球での転移扉ネットワークを構築しなければいけないからだ。
エアーズロックには行く行くはその転移扉ネットワークの責任者兼扉の運営者になって貰おうと考えたのだ。
エアーズロックは何でも熟す器用な一面があるから大丈夫だろう。
それに『シマーノ』に連れて行ったのだが、それなりの人気者になっていた。
こいつも神様扱いされている。
厳密には違うみたいだが似たような者だろう。
実際にアイリスさんと違ってこいつは神力が使えるからね。
それに俺が認めている奴だと首領陣に話したところ、その影響力は絶大であった。
噂の中にはファンクラブが立ち上がったというものまであったからね。
現在の構想は先ずは拠点となる受付を『シマーノ』に設置する。
そして転移扉を繋げる予定の国はルイベント、ドラゴム、ドミニオンとなる。
ドミニオンはもう繋がっているけどね。
まずは北半球のみでしか基本的には繋げない。
因みにエアーズロック本体は南半球扱いの為このネットワークには加えない。
現在も北半球から南半球に渡ることが出来るのは『シマーノ』の魔物達と、一部の認められた者達のみとなっている。
一部の認められた者とはダイコクさんとポタリーさんのことだ。
この二人が稀にお付きの者を連れてくるのだが、ここは申し訳ないのだが厳重に対応させて貰っている。
それは『鑑定』の魔道具にて『鑑定』を受けて貰うことだ。
今はまだ全面的に認める訳にはいかないし、こちらとしても一切の隙も見せるつもりはない。
というのもまだイヤーズの残党が紛れ込む可能性がゼロではないからだ。
もう実質あの国はただのイヤーズでありラファエルの影響下には無い。
しかし、過去にラファエルが無慈悲に行った指令が生きている可能性が否定できないのだ。
俺としてはあと半年以上は解放するつもりはない。
というのもエリカの様に『隠蔽』の魔法を使える者もいるからだ。
それにゴンが得意とする『変化』の魔法もある。
紛れ込むことは出来なくはないのだ。
まぁそこまでする事は考えづらいのだが・・・念には念を入れておきたい。
先日スターシップをサウナ島で見かけたが、ちゃんと受付では『鑑定』を受けたみたいだ。
この重要度をランドは熟知している為、受付サイドとしても相手が国王で会ったとしても譲らなかったみたいだ。
特にサウナ島は立場や地位に関係なく皆が平等にがモットーである。
特別扱いなんてあり得ない。
スターシップ相手でも気は一切使わない。
家のスタッフ達はそれを熟知している。
もしスターシップがゴミをその辺に捨てようものなら間違いなく注意されるだろう。
下手をすればガードナーに連行されるかもしれない・・・
それはダイコクさんやポタリーさんも同様である。
ここのコンセプトは変わらないし、今後も変えるつもりは全く無い。
それは仮に相手が創造神の爺さんであったとしても同じである。
おそらくマーク辺りは始めはビビるかもしれないが、慣れればすぐに扱いは一般人のそれになるだろうと思う。
俺は始めから特別扱いするつもりは全く無いのだけどね。
そしてこの北半球の転移扉ネットワークに関する構想は、既にダイコクさんとポタリーさんには共有済である。
ダイコクさんからは今の直ぐにでも南半球と繋げて欲しいとは言われているが、そうは問屋が卸さない。
この人は自分が暗殺未遂や誘拐未遂になったことを知らないのだからしょうがないが、安全第一である。
ポタリーさんに関しては、
「旦那に全て任せるよ」
の一点張りである。
俺はポタリーさんから全幅の信頼を受けているみたいだ。
話は脱線するのだが、ポタリーさんはやはり俺の睨んだ通り、ゴンガスの親父さんと相当仲が良くなったみたいだ。
二人は直ぐに打ち解けていた。
神としての親和性があるのだろう。
実際陶磁器に関しては親父さんも造っていたからね。
お互いの技術交流も進んでおり、赤レンガ工房でポタリーさんをしょっちゅう見かける事になった。
またポタリーさんもそれなりの酒豪の為、たまにスーパー銭湯の大食堂で宴席を開いているのを見かける。
それにその豪胆な性格が受けているのだろう。
ポタリーさんはドワーフ達とも仲が良い。
流石は陶磁器の神様だ。
一方ダイコクさんはよくエンゾさんと会談を開いているみたいだ。
場所は迎賓館の個室だ。
その為、二人がどんな交流を行っているのかは不明だ。
俺の予想としては経済の話を喧々諤々と行っているに違いないだろうと思う。
今でも北半球と南半球の間の金貨の相場は定まっておらず、二人は頭を悩ませていた。
その為、金貨の両替はあまり上手くいってはいないのが現実だ。
それでは良く無いとここは暫定処置として金の含有量で両替は行われているが、本当はそうであってはならないとエンゾさんが言っていた。
こないだ相談された所としては、問題点は北半球からの輸入があまり進みそうにないということだった。
南半球の商品の質が高く、北半球からして見ると輸入過多になりそうだという話だったのだ。
唯一北半球から輸入を行えそうなのは『シマーノ』ぐらいだと言う話だった。
その他の国からの仕入れとなると、ポタリーさんの陶磁器以外は今のところ見当たらないらしい。
そういった経済的な不健康状態を気に要らないエンゾさんがそれを許す訳が無く。
打開策の無い現状に二人は頭を悩ませていた。
最近は減ったが、このサウナ島にお金が集まってきている現状にも未だエンゾさんは不機嫌なのである。
俺が娯楽を南半球の国々に広げたことで少しは解消されたみたいだが、まだまだこの不健康状態は解消できそうもない。
そこに輪をかけてエアーズロックが現れてしまったのだ。
俺はもしかしたらいつかはエンゾさんに首を絞められるのかもしれない。
それも後ろから・・・
まぁでも今では多少は諦めてくれている様で、今は自分が今後経営する喫茶店に全力を注いでいるみたいだ。
その為顔を見かけると、新たなスイーツのレシピを教えろと俺はしょっちゅう連行されてしまう。
俺はそんなに暇ではないのですがね・・・
勘弁して下さいよ・・・
話を戻すが北半球の転移扉ネットワークは、エアーズロックの開発が落ち着き次第、着手しようと考えている。
分身体のエアーズロックも既にダイコクさんとポタリーさんには引き合わせてあり、交流は始まっている。
エアーズロックは体育会系の好青年の為、直ぐに馴染んでいた。
こいつは相当に使える。
正直言ってありがたい。
実にいい人材を確保できたと思う。
そしていよいよスーパー銭湯の別館のプレオープンを迎えることになっていた。
ここは考え処である。
というのも遠慮を知らない神様ズ、熱気に沸いている『シマーノ』の魔物達、空気を読まない上級神、参加メンバーに困ってしまったのだ。
スーパー銭湯の時は簡単だった。
神様ズに何人連れて来てくれで済んだからだ。
今ではそのネットワークが広がり過ぎている。
それに使用後のアンケートにも真面に応えてくれるとも思えない人達が多い・・・
正直困った・・・
そこで俺は裏技を使う事にした。
ある意味奥の手とも言える。
それを分かってはいるのだが、俺は問答無用で念話を繋げることにした、
「もしもし、アイルさん。聞こえていますか?」
「ええ、聞こえていますよ。守」
「よかった、アイルさん。サウナを楽しんでみませんか?」
正に禁じ手である。
時の神アイルさんを俺はサウナ島に呼び込むことにしたのだ。
察しの良いアイルさんなら俺が何も言わずとも状況を理解してくれるに決まっている。
それに神界から見ているに違いない。
他の者達を黙らせるには打って付けの神選だ。
これで不要な申し入れも無くなるだろうし、皆な襟を正してくれるだろう。
フフフ・・・
俺を舐めて貰っては困る。
いつでも他人の褌で相撲を取る準備は出来ていますのでね!
「あら、嬉しい申し入れね。じゃあお言葉に甘えようかしら」
「どうぞサウナを楽しんで下さい」
「あの人もサウナに入りたいかしら?」
「えっ!創造神様ですか?」
マジか?遂に爺さんもサウナに入るのか?
これは面白いことになってきましたよ!
「そうよ、興味があると以前言っていたのよ」
「へえー、誘ってくれてもいいですよ」
「そうねえ、そこは考えとくわ」
「そうですか、ではお待ちしておりますので近く起こし下さいね」
「そうね、じゃあ明日伺おうかしら?」
「了解です!」
「じゃあ明日ね」
「お待ちしています!」
しめしめだ・・・これで少しは神様ズや他の面々も背筋が伸びることだろう。
フフフ・・・
スーパー銭湯の別館プレオープン初日。
スーパー銭湯には緊張が走っていた。
俺は前もって、
「神界からゲストが来るから」
こう宣言しておいたのである。
察しのいい神様ズは戦々恐々としていた。
特にオリビアさん達女神一同の緊張感が半端ない。
通常運転は五郎さんとウィンドミルさんとアクアマリンさんぐらいだ。
珍しくアースラさんまで強張っている。
何でそんなにアイルさんに身構える必要があるのだろうか?
俺には分からんな。
面倒見のいい女神さんですよ。
まあスパルタだったけど。
それにここはサウナ島ですよ?
特別扱いはしませんけど?
そしてその時は突如訪れた。
スーパー銭湯の受付にアイルさんが転移してきたのだ。
息を飲む一同。
まるで時が止まったかの如く静まり返っている。
ん?んん?
あらま、本当に時を止めてんじゃんよ。
何をやってんの?アイルさん。
「アイルさん何をやっているんですか?」
「守、久しぶりね」
「ええ、で、何で時を止めたんですか?」
「少し守と話したいなと思って」
「話ですか?」
こっちは特にありませんが・・・
「そうよ、今後についてね」
やっぱりか・・・
「・・・」
「担当直入に聞くけど、この先どうするつもりなの?」
「どうするって、それは何についてですか?」
本当は分かっている、何を聞かれているのかは。
しまったな・・・呼ぶんじゃなかったな?
藪蛇だったか?
「・・・分かっているんでしょ?」
「はい・・・」
「まだ、心の整理がついて無いみたいね」
「そうですね・・・まだ、何とも・・・」
「ふう・・・急かすつもりはないけど、時間は有限よ」
「はい・・・」
「あなたの修業も、もう終着点は見えているんだからね」
「分かっていますよ・・・」
「ならいいけど・・・まあいいわ、今日はサウナとサウナ島を目一杯楽しませて貰うわね!」
アイルさんは表情を改めてにこやかになった。
「ありがとうございます!」
要らぬ心配をかけてしまっていたみたいだ。
でも・・・ここは俺のペースでやらせて欲しい。
まだやりたいことが沢山あり過ぎる。
まだまだサウナ満喫生活を捨てきれない。
それに俺には・・・
ここは気分を変えよう。
「じゃあ時間停止を解除しますね」
「お願いね」
俺が指パッチンすると時が動き出した。
俺以外の者達からは単にアイルさんが転移してきたように見えたことだろう。
一瞬の間の後に大歓声が挙がった。
「うおお!女神降臨!」
「時の神来たー!」
「無茶苦茶美人!」
「おお!神々しい!」
好きに騒いでいる。
満更でも無いみたいでアイルさんは手を振って答えていた。
ナイスな笑顔を添えて。
この人結構楽しんでんじゃん。
「さて、アイルさん。まずはこの衣服に着替えてください」
「守、それはいいけど、スーパー銭湯を先に堪能させて貰えない?」
おお!分かってんじゃないですか。
勿論結構です!
「いいですよ、じゃあ一時間後にここに集合しましょう」
「もうちょっと時間が欲しいわね、二時間後にしましょう」
「分かりました、お待ちしております!」
スーパー銭湯を楽しむ気満々じゃないですか!
良いですねー、うんうん。
「ウィンドミル、アクアマリン、教えて貰えるかしら?」
「いいよー、母様」
「着いて来てー」
通常営業の二人がアテンドしてくれるみたいだ。
三人は連れ立って二階に続く階段を登っていった。
その後を女神一同が一定の距離を置いて着いて行った。
やれやれだ。
五郎さんが俺の側に近寄って来る。
「で、島野。あの別嬪さんは誰なんでえ?」
「時の神、アイルさんですよ」
「ほう、てことは創造神の嫁ってことだな」
「ですね」
「後で挨拶しねえとな」
五郎さんも通常運転だ。
この人は誰が相手でも変わらないな。
五郎さんらしいとも受け取れる。
なんとも心強い。
頼れるのはよき隣人ということか?
他の男神達は眼をハートにしていた。
ランドールさんに至っては鼻血を流していた。
何でだよ!
ゴンガスの親父さんの眼がハートマークになっているのはちょっと笑える。
さてさて、俺もまずは風呂とサウナを満喫しましょうかね。
男神達と連れ立ってスーパー銭湯の風呂場に向かった。
一通りスーパー銭湯を堪能し、約束の集合場所に向かうと既にアイルさんは俺を待っていた。
後日聞いたのだがマッサージ機にド嵌りしていたらしい。
気持ちは良く分かる、気持ち良いよねーマッサージ機。
「すいません、待たせてしまいましたか?」
「今来たところだから大丈夫よ」
「それはよかった、後言い忘れていましたが今日はプレオープンですし、こちらからお呼びしましたので俺が奢りますが、次からは料金は貰いますからね」
「あら?そうなの?」
「はい、それにここサウナ島では立場や地位に関係なく皆が平等にがモットーですので、アイルさんもそれに従ってくださいね。一般人扱いです」
俺の発言にざわつく神様ズ。
何人かが引いているのも肌で感じる。
「分かったわ、そうね。従いましょう・・・そうだ守!ちょっといいかしら?」
「どうしましたか?」
そう言い終わるや否な、俺は備蓄倉庫の前に転移していた。
ん?どうしてだ?
アイルさんが俺の隣に立ち、
「倉庫の中に入ってもいい?」
何故だか備蓄倉庫の中に入りたいみたいだ。
「いいですけど・・・」
アイルさんは問答無用で備蓄倉庫の中に入り、備蓄してある食料品に手を翳した。
「時間経過」
そう呟いていた。
対象となる食材の時間が経過していくのが分かる。
というのも俺だから分かるのだろう。
時を意識できるからね。
これが他の者ならば何のことかさっぱり分からないだろうと思う。
これはもしかして・・・
「これでいくら貰えるかしら?」
「なんと!『熟成』の上位能力ですか?」
「ウフフ、秘密よ」
やってくれる。
俺が『熟成』で行っているアルコールや醤油、味噌や肉の熟成まで全ての作業が一瞬にして行われていた。
流石は時の神だ。
時間経過とは素晴らしい!これはパクらなければいけない。
これは恐らく食料品だけに関わらず、物質全てに適用できる能力だ。
にしてもこれはいくら差し上げたらいいんだろうか?
全く分からん。
でも時間を買ったということになるよな。
いったいどれだけの価値になるのだろうか・・・
「ちょっと金額が妥当かは分かりませんが、金貨三十枚でどうでしょうか?」
「金貨三十枚?まあそれぐらいでいいでしょう」
俺は『収納』から金貨を取り出して渡しておいた。
後で会社に請求しよう。
アイルさんが指パッチンを行うと皆が待つスーパー銭湯に転移した。
では、別館に行きましょうかね。
「じゃあ行きますよ」
「楽しみね」
俺は別館に繋がる転移扉に手をかけてアイルさんと共に別館に向かうことにした。
別館に移るとスタッフ達からの元気な挨拶に迎えられた。
「天空のサウナにようこそ!」
天空のサウナ、素晴らしい響きです!
何て甘美な言葉なのだろう。
これだけでもう整いそうである。
俺に続いてアイルさんが転移扉を潜る。
別館を見渡してアイルさんが言った、
「良いわねこの雰囲気、神界から見ていたけどやっぱり現地で見ると全く違うはね」
そうでしょう、そうでしょう!そりゃあ肌で感じないとね。
「ではここからは俺がアテンドさせて貰いましょう、まずはバレルサウナなんて如何でしょうか?」
既に俺はバレルサウナに入る気満々です!
「行きましょう。遂に私も初サウナね」
俺はアイルさんをバレルサウナに誘導した。
まずはアロマ水を選択することにした。
「何のフレーバーにしましょうか?」
「ハーブなんてどうかしら?」
通ですねー、ナイスな選択です。
「了解です」
俺は桶にハーブのアロマ水を移して、柄杓を持ってバレルサウナに入る。
心地良い熱気が俺達を包み込む。
室温を確認すると八十五度だった。
いいですねー、最適な温度です。
スタッフの皆さんグッジョブ!
俺の隣にアイルさんが腰かける。
「これがバレルサウナ・・・結構熱いわね」
「これが良いんですよ」
自分でもそれと分かるぐらい俺はどや顔しているな。
「そうなのね・・・」
「少し汗をかいてからセルフロウリュウをしましょう」
汗をかく前のロウリュウは肌が痛くなるからね。
焦りは禁物です。
「分かったわ・・・サウナの事は守に任せるわ」
お任せください!
俺達は無言でじっくりとバレルサウナを堪能する。
数分経過すると良い感じで汗をかきだした。
バレルサウナの狭いけど窮屈ではない感覚が癖になる。
我ながら素晴らしいサウナを造ったもんだ。
「そろそろセルフロウリュウをしましょうか?」
「そうね、どうすればいい?」
「まずは柄杓でアロマ水を掬って、このサウナストーンに回す様にゆっくりとかけてください」
柄杓を受け取るとアイルさんがサウナストーンにゆっくりとアロマ水をかける。
サウナストーンがジュウジュウと音を立てている。
心地の良い音だ。
蒸気が体を優しく包み込む。
そして一気に身体が温まる。
「結構強烈ね・・・」
「でも気持ちいいですよね?」
「そうね・・・」
その後俺達は数分間バレルサウナを楽しんだ。
「じゃあ水風呂に入りましょうか」
「良いわね」
俺達は連れ立ってバレルサウナを出て泳げる水風呂へと向かう。
掛け水をしてから一気に泳げる水風呂に飛び込む。
「ああ・・・最高・・・」
「気持ちいい・・・」
火照った身体が一気に熱を失う。
其れと共に感じる体の内側の熱。
俺は泳いで滝へと向かい頭から水を被った。
ドバドバと大量の水が頭を打ち付ける。
ここはもっと過激にいこう。
俺は神石に手を添えて神力を流し込む。
すると滝の水量が増した。
これは強烈だ!
水飛沫が飛び捲っている。
泳げる水風呂を出て外気浴場へと向かう。
アイルさんも同行している。
パパとギルの整い部屋に入りインフィニティーチェアーを勧める。
インフィニティーチェアーに腰かけて椅子を目一杯後ろに倒す。
そして心拍数に意識を傾ける。
此処からは『黄金の整い』の時間だ。
俺は複式呼吸を始める。
隣を見るとアイルさんも『黄金の整い』を始めていた。
特に指導は必要なさそうだ。
恐らく神界から見ていたのだろう。
俺達は『黄金の整い』を堪能した。
もはや言葉は要らない。
心地よい感覚に身を任せよう。
俺達は最高の余韻を楽しんだ。
「守・・・最高ね!」
アイルさんが万遍の笑顔と共に親指が挙がっていた。
お褒め頂き光栄です!
「ですよね!」
サウナを楽しんでくれている様で何よりです。
「それに『黄金の整い』よ、舐めていたわ、最高じゃないの!」
「そうですよね!最高ですよね!」
有頂天になりそうだ。
同意を得られて光栄です!
「さて、今度はテントサウナに行きましょうか?」
「そうね、行きましょう」
アイルさんもサウナスイッチが入ったみたいだ。
自然な笑顔で頷いてる。
バレルサウナに続いて今度はテントサウナだ。
アロマ水のフレーバーはローズに変更した。
連れ立って俺達はテントサウナに入る。
室温は九十度だった。
先程のバレルサウナよりも若干熱を感じるが強烈という程ではない。
「テントサウナもこじんまりしているけどいいわね」
「ですよね、このテントサウナは少人数で楽しんで貰いたいと思って造ったんですよ」
「なるほどね」
「家族や友人と利用して欲しいと考えたんです」
「良いわね」
どうやらこちらも賛同を得られたみたいだ。
「こちらも少し温まってからセルフロウリュウを行いましょう」
「分かったわ」
俺達はじっくりと五分ほどテントサウナを堪能した。
「そろそろかしら?」
「そうですね、こちらはセルフロウリュウの水の量に気を付けてくださいね」
「というと?」
「入れ過ぎると一気に温度が上がり過ぎてしまうんです」
「なるほど、流石は守、上級サウナーね」
アイルさんは慎重にアロマ水をサウナストーンにかけていた。
「本当だ、少しの量で充分に蒸気が上がるわね」
「テントサウナは狭いこともあって、蒸気が周り易いんです」
「そういうことね」
実はこれは経験談なのだが、初めてのテントサウナで調子に乗ってアロマ水をドバドバかけてしまって、火傷するかと思うぐらいの蒸気が発生したことがあったのだ。
俺はテントサウナから脱兎のごとく逃げ出したことを覚えている。
あれは酷かった。
加減は大事ということだ。
それにしてもローズの香りに癒される。
ローズも悪く無いな。
女性人気が高いのも頷ける。
「ではそろそろ出ましょうか?」
「そうね」
次に向かったのは炭酸水風呂だ。
掛け水をしてから炭酸水風呂に飛び込む。
通常の水風呂とは違う感覚に心が躍る。
シャキッとした感触に身体が引き締まった。
ゴールデンボウルが・・・ちょっと痛いぐらいだ。
「守、これも良いわね」
「ですよね!」
ですよね!しか言ってないな俺。
勘弁して下さいな。
だって同意してくれたら嬉しいじゃないか。
再びパパとギルの整い部屋に入って『黄金の整い』を堪能する俺達。
最高だ、このまま昇天してしまいそうだ。
隣を見るとアイルさんがとても寛いだ表情をしていた。
得意げになる俺。
ここに新たにサウナジャンキーが誕生したな。
最後にもう一度バレルサウナと泳げる水風呂を堪能して『黄金の整い』を終えた。
「守、癖になるかも・・・」
「分かりますよ・・・」
「これはあの人に自慢しなくちゃね」
「ご自由にどうぞ」
「こんな楽しみ方があったとは・・・ずっと気になっていたけど・・・来てよかったわ」
「・・・ありがとうございます」
その後余韻に浸ってからパパとギルの整い部屋を後にした。
まずは乾燥部屋で衣服を乾かし食事を摂ることにした。
「守、お勧めはあって?」
「そうですね、サ飯なんていかがでしょうか?」
「サ飯ね、試してみましょうか」
「じゃあ担々つけ麺なんてどうでしょうか?」
「それを頂こうかしら」
「あと飲み物は何にしますか?俺は生ビールにします」
「そうね、ここは郷に入れば郷に従えで私も生ビールにしましょうか」
「注文してきますので待っててください」
俺は注文をしにブースに向かった。
坦々つけ麺を二人前注文し、生ビールを二杯受け取ってから、食事の出来上がりを待つ。
一度テーブルに戻りロッカー番号を呼ばれるのを待つことになる。
これは食事が出来上がったら、ロッカーの番号を呼ばれることに成っているシステムだ。
拡声魔法を付与してある魔石に魔力を通して、大声でロッカー番号を呼ばれることに成っている。
本当は出来上がりを報せるセンサーを造りたかったのだが、魔法や神の能力を駆使しても、今の所代替え案が見当たらなかった。
神の能力も万能とは言えないな。
まあそんなもんだろう。
さてまずは生ビールを頂きましょうかね。
アイルさんにジョッキを渡して乾杯する。
「「乾杯!」」
ジョッキを重ねて幸せの音が響き渡る。
ゴクゴクと一気に生ビールを飲み干す俺。
最高だ!喉に潤いと生ビールのほろ苦さが充満する。
アイルさんも一気に生ビールを煽っていた。
うーん、豪快です!
「パァ・・・クゥー!旨い!守!喉に染みるわね!」
「ですよね!」
やっぱり今日はこれしか言って無いな。
「これは癖になるわね」
「初サウナを楽しんでくれた様で俺は嬉しいですよ」
「誘って貰って嬉しかったわ、また来させて貰うわね」
「もちろんです!」
ここでサウナ明けの五郎さんが混じってきた。
「よう島野、そろそろ紹介してくれや」
「五郎さん、紹介しますね。時の神アイルさんです」
アイルさんは五郎さんを見ると笑顔で自己紹介を行った。
「温泉街の五郎ね、アイルよ。よろしくね」
「アイルさんか、えれえ別嬪さんじゃねえか、ええ!島野、独り占めするんじゃねえぞ!」
五郎さんはご機嫌な様子。
「五郎さんも生ビールで良かったですか?」
「ああ、すまねえな」
俺は五郎さんの為にブースに生ビールを注文しに行った。
ここはお替りが必要かと俺とアイルさんの分も注文する。
後輩としては先輩を立てねばなるまい。
五郎さんは俺の席の隣に腰かけてアイルさんと寛いでいる。
流石は五郎さんだ、すんなりと打ち解けている。
受付で生ビールを受け取ると席に向かう。
すると興味深い会話が耳に飛び込んできた。
「するってえと、あの声の主はやはり創造神ってことかい?」
「そうよ、あの時実は私もあの人の隣にいたのよ」
「本当かい?」
「ええ、五郎の事は私が見つけたのよ。絶対スカウトすべきだってね」
「かあー!そうなのかい!アイルさんが儂を見つけて創造神が儂をスカウトしてくれたって事かい、嬉しいじゃねえか。創造神にもお礼を言わねえとな!」
「五郎さんどうぞ!アイルさんお替りが要りますよね?」
「島野、気が利くじゃねえか」
「あら守、ありがとうね」
再び乾杯する俺達。
「それで、ちょっと聞こえてましたけど、どういうことなんですか?五郎さんの事はアイルさんが見つけて、スカウトは創造神様がしたってことなんですか?」
「そうよ、実は私にはあの人程ではないけれど、地球を見る能力があるのね」
ちょっと待て、そんな話を気軽にしてもいいのかい?
完全な個人情報では?
「五郎を見つけた時は嬉しかったわ、こんな逸材がいるんだってね」
「かあー!嬉しい事言ってくれるじゃねか!ええ!アイルさんよ、今度儂の温泉街に来てくれや、最高のおもてなしを約束しようじゃねえか!」
何時になく五郎さんが浮かれている。
するとここでウィンドミルさんとアクアマリンさんも混じってきた。
「母様いたー」
「見つけたー」
抜け感満載である。
そしてここでアナウンスが入る。
「キー番号二十六番様、食事の提供が出来ましたので受付までお越しください」
俺はアナウンスに従いブースに食事を取りにいく。
アイルさんと俺の注文した坦々つけ麺を持ってテーブルに向かう。
アイルさんが待ってましたと、笑顔で迎え入れてくれる。
「これがサ飯ね、美味しそう」
「では頂きましょうか?」
「「頂きます!」」
合唱した。
我ながらのレシピではあるのだがこれは旨い!
胡麻の風味とラー油の辛味が最大限引き出されている。
つけ麺であることが憎い。
麺に関しては実はちょっとした工夫がなされている。
つけ麺の味を左右する要素は、俺はどれだけ麺にスープが絡むかということだと考えていた。
そこで麺は見た目はただのちぢれ太麺だが、実は麺に味が染み込む様にとたくさんの穴が空いている。
これは極小サイズの為、見た目にはまったく分からない。
麺が千切れなく、かつ味が染み込む様にと配慮をしていたのだ。
これがつけ麺の味を各段に上げることになった。
麺につけ汁がよく絡み最高の味に仕上がっていたのだ。
これは旨い、自画自賛だがここは許して欲しい。
「守、これは美味しいわ」
「ありがとうございます」
ここは謙遜なんてしない。
有難く賛辞を受け取っておこう。
そして雪崩式に神様ズが乱入してきた。
全員襟を正してアイルさんに挨拶を行っている。
やれば出来るじゃないですか、普段からそうしてくださいよ。
特に緊張の激しいオズとガードナーは噛み捲っていた。
実際舌を噛んでいた。
おー、痛そう。
ランドールさんはまた鼻血を出していた・・・
だから何でなんだよ!
他の男神達は眼をハートマークにさせている。
デカいプーさんまで眼がハートマークになっていた。
幼気な子供達には見せられないな。
マリアさんとオリビアさんが妙に低身低頭していたし。
上から女神は随分と謙虚にしていた。
普段からそうしてくださいよ。
アースラさんはぎこち無くしており、つられてアイリスさんまでぎこち無く成っていた。
あなたの母親では?
スカイクラウンはバイトの練習で今回は不参加だ。
練習など不要な筈だが?
逃げたのかどうかはよく分からない。
フレイズも何かを感じ取ったのか今回は不参加だった。
あいつは絶対に逃げたな。
間違いない。
ファメラは自分のお店の準備に相当忙しく不参加だった。
それはそうだろう、ファメラは事実上お店を二つ造るのだから。
フレイズの激辛料理のお店と子供食堂だ。
ちょっと可哀そうなぐらいだ。
そして親父さん以外の全ての神達が新たに出来る自分達のレストランに来て欲しいとお願いしていた。
どうやら時の神が食事をしに来たとお店に箔をつけたいみたいだ。
その気持ちは分からなくもない。
でも俺はアイルさんを特別扱いする気は毛頭ありませんがね。
ことサウナ島では地位や立場に関係なく平等にがモットーですので。
一般人と変わりませんよ。
そして俺はこの場を借りて全員にちゃんとアンケート用紙に記載することを念押しした。
これで明日にはアンケート用紙が集まってくるだろう。
その態度を見る限り問題無いだろう。
アイルさんを誘って正解だったみたいだ。
ほんとに神様ズは・・・骨が折れるな。
普段からこうしてくれよ!
そして最後に無遠慮にゼノンが混じってきた、ギルとエリスを引き連れて。
「どうやらご機嫌の様じゃな、母上」
ゼノンはニコニコしながら席に交じってきた。
ちょっと待て、母上?どういうことだ?
「おいゼノン、お前今アイルさんを母上と呼んだよな?どういうことだ?」
ギルもエリスも固まっている。
「ん?言って無かったか?正確な所で親族とは違うが、儂の育ての親は時の神なんじゃが?」
「「「はあー?」」」
ギルとエリスとハモってしまった。
「いやいやいや、聞いて無いけど?てことは、エリスはアイルさんの孫で、ギルは曾孫ってことなのか?」
「そうじゃが?」
「お前なあ・・・教えておけよ!」
エリスとギルが何とも言えない表情をしていた。
「あらゼノン、ちゃんとお話ししないといけないでしょう?」
「母上、これはすまんかったのう」
余裕のアイルさんと頭を掻くゼノン。
何なんだよ全く・・・
「ちょっと待ってくれよ親父・・・俺は時の神様をなんて呼べばいいんだ?」
「そうだよジイジ・・・僕もなんて呼んだらいいの?」
そうなるよな・・・
「そうね、間違っても婆ばなんて呼ばれたくは無いわね、お婆さん扱いは嫌よ。そうだ!アイちゃんなんてどう?」
否、アイルさん。
それはハードルが高いと思いますが・・・
「それでいいのかい?じゃあ俺はアイちゃんと呼ばせて貰うよ」
おいおいエリス!お前は遠慮ってもんがないのかい?
「僕は・・・決められないよ・・・パパ・・・どうしよう・・・」
ギルよ、俺にボールを回すんじゃありません。
「ギル・・・ここは乗っかっておきなさい」
そうとしか言えなかった。
だって代替案が無いんだもん、そうするしか無いじゃないか。
「分かった・・・アイちゃんね・・・」
ギルがそう言うとアイルさんが変貌した。
「嬉しい!やっとそう呼ばれることが出来た!」
ハイテンションで騒ぎ出した。
「もう、そう呼んでって言うのに誰も私をそう呼んでくれないんだもん、やっとそう呼ばれた!」
いきなりのキャラ変は止めてくれ!
もうそういうの間にあってますから。
ここで空気を読んでギルとエリスがハモった。
「「アイちゃん!」」
「キャアー!嬉しい!」
アイルさんが騒いでいた。
勘弁してくれよ・・・やれやれだ。
プレオープン初日を終えて、俺はアンケート用紙に眼を通している。
殆どがお褒めの言葉や喜びのコメントだった。
楽しかったとか心地よかった等が多い。
何とも張り合いがない。
褒められて嬉しいのだが、ここはブラッシュアップする意見が欲しい所だ。
俺が気づいていない所に眼を向けている者達は必ずいるはずだ。
違う目線からの意見が欲しい。
中には犯人が丸分かりの意見も多かったのだが・・・どうしたものか・・・
そして少し考えさせられる意見があった。
それは外気浴場でふかふかのソファーで整いたいとの意見だった。
気持ちは分からなくはない。
だが・・・皮のソファーや布のソファーが濡れてしまうのはどうかと思う。
清潔感を考えるとちょっとな・・・
雨の日が無いわけでは無いし・・・
どうしたものか・・・ん?そうだ!
ここはハンモックなんてどうだろうか?
これならば有では無かろうか?
ハンモック、気持ち良いよね!
そこで自立式のハンモックを十台ほど造ってみた。
外気浴場に早速置いてみる。
我ながら良いアイデアだと思う。
興味を持ったアイルさんがエリスとギルを伴って近寄ってきた。
余談だがアイちゃんと呼ばれたことが相当嬉しかったのか、アイルさんはあれ以来ギルとエリスにべったりになっていた。
事あるごとに愛称で呼んでくれとおねだりしているらしい。
何なんだろうね?上級神って?
「守、それはいったい何なの?」
「これはハンモックという物です」
俺は使い方を教えた。
するとエリスが上手く座ることが出来ずに頭から落ちていた。
おいおい!大丈夫か?
「痛ってー!何だよこれ?守さん、危ないよ!」
「あのなあ、勢いよく乗ろうとするからだろ?」
「そうか・・・」
ちゃんとそうやって説明したのに・・・こいつも人の話を聞いて無いな。
もう、そんな奴ばっかりだな。
今度は慎重にハンモックに乗るエリス。
「おお!これは気持ち良い!」
「ほんとだ!このゆっくり揺れる感覚が気持ち良いよ。アイちゃん!」
「ギルちゃんほんとだね!楽しいねえ!」
アイルさん・・・ちょっと残念です。
そしてギルよ・・・お前はいつの間にそんな処世術を学んだんだい?
時の神を掌の上で転がしてんじゃんよ。
そんなことはいいとしてだ、ハンモックは正解だったみたいだ。
こうなると十台では足りないな。
追加でもう二十台造っておいた。
これは奪い合いになるかもしれないな。
ブラッシュアップ成功!
よっしゃあ!
次にアンケートの意見で気になったのは、テントサウナのセルフロウリュウでアロマ水を掛け過ぎて火傷するところだったとの意見だった。
この字はカインさんだな。
バレてますよカインさん・・・
これは次回のサウナ検定の問題にしてもいいかもしれないな。
是非カインさんにはサウナ検定一級を取って貰いたい。
まあ次回が有ればなのだが・・・予定は未定です。
これは注意書きが必要かもしれない。
同じ経験を俺もしたからね。
後日マリアさんにお願いして注意書きの立て看板を設けることになった。
分かり易くて助かります。
次にあった意見は高アルコールの飲料を飲みたいとの意見だった。
これは断じて却下である。
いい加減にして欲しい、ゴンガスの親父さんよ!
高アルコールのお酒を飲んでサウナに入るのはあんただけなんだよ!
お願いだから止めてくれ!
アルコールを飲んだ後のサウナは危険だぞ!
知らねえぞ全く!
こんな意見もあった、それは女神を虜にするスイーツを作ってくれという意見だった。
・・・っち!エンゾめ!
いい加減スイーツ以外の事も考えてくれ!
アイルさんに言いつけてやろうか?
あなたはそんなキャラじゃなかったよね?
他には牛乳をふんだんに使う料理を提供してくれとか、女性から好かれるにはどうしたら良いのか?とか、カレーのトッピング総選挙をやって欲しいとか好き放題な事が書いてあった・・・
・・・質問への回答に成っていない。
こいつら舐めとんな、全員締めてやろうか?
俺の四十八の殺人技を受けて見るかい?
かなり痛いよ?
筋肉星の王子に習って・・・止めておこう。
実際の所、真面な意見は一つしか無かった・・・
やはり人選を間違ったみたいだ。
でも他の人選を考えてはみたが、真面な意見を貰えるとは思えなかった。
だって他の人選となると、魔物達は俺に従順過ぎて意見なんて言えないだろうし、ダイコクさんやポタリーさんも神様ズとたいして変わらない。
スーパー銭湯の常連も似たようなものだろう。
困ったものだ。
旧メンバーも初日のプレオープンには参加していた為、これ以上の意見は無いだろうし・・・
どうしたものか・・・
こうなるとオープン後にブラッシュアップを計るしかないのか?
やれやれだ。
でもある意味このスーパー銭湯の別館は完成されているとも言える。
と言うのも日本のサウナ施設を参考にしているからだ。
これまでの俺の経験や飯伏君達サウナフレンズからの経験談を参考にしているのだ。
強いて手を加えるのなら岩盤浴を加えるかどうかというぐらいなのだが、正直岩盤浴は俺の趣味では無い。
これは俺の好みの問題でしかないのだが、岩盤浴は岩盤浴の良さがあるのは分かっている。
でもパフォーマンスを優先してしまう俺としてはどうしても受け入れがたいのだ。
まあ女性受けはするだろうとは思うけどね。
でもどうしてもここは俺の好きを優先させたいのだ。
正直に言って、岩盤浴場を造ることは簡単に出来る。
火魔法を付与した魔石を利用すれば簡単に出来てしまう。
でもな・・・考えものだな・・・
そこでここは思い切って、これまでスーパー銭湯を片手以下でしか利用したことが無い者達にプレオープンに参加して貰おうと募集をすることにした。
詳細はエリカに丸投げした。
それ以外の選択肢は無い。
エリカは一瞬困った顔をしたのだが、これまたやる気に満ちた表情になり、バリバリと働いていた。
エリカは凄いな、俺には到底出来ない芸当だ。
俺なら問答無用で投げ返す。
もしかしてエリカはドMなのか?
そんなことはいいとして、この募集にあり得ないぐらいの応募があった。
ここは仕事が出来る流石のエリカだった。
予めそれを予測していたエリカは、全員は無理だと様々な条件を付けていたのだった。
それは『鑑定魔法』を受けることから始まり、アンケートに実直に向き合う事。
そして抽選になる事等々。
実に選ばれし二百名の参加者が集まっていた。
全員期待の眼差しでワクワクしているのが分かる。
この条件の中で何を勘違いしたのかゴブオクンも応募していたらしい。
あいつはアホだな、お前は何度もスーパー銭湯を利用したことがあるだろうが。
問答無用で却下してやった。
いい加減バックドロップを本気で決めてやろうか?
目玉が飛び出るぞ?いいのか?
社員募集の件といい、あいつは事ある事にサウナ島に来たがるな。
それぐらい好きだという事なんだろうが・・・
こういう処を可愛いと感じてしまう俺は、やっぱりゴブオクンに甘いのだろう。
まぁこいつと居ると笑えるしね。
スーパー銭湯の別館はサウナ初心者で溢れかえっていた。
中にはサウナ島に来ること自体がほとんど始めてという者までいたらしい。
これは嬉しいことだ。
そして翌日にはぎっしりと書き込まれたアンケート用紙が俺の元に届けられていた。
これは読みごたえがありそうだ。
とても嬉しい事である。
そしていきなり考えさせられる意見があった。
それはおトイレの位置が遠く感じたというものだった。
なるほど、確かにおトイレの位置は重要である。
現在は屋台街とバレルサウナから隠れる位置におトイレは存在する。
動線としては悪くない位置で、あまり目に付きにくい場所に敢えて配置してある。
決して遠くは無い。
間違っても外気浴場の近くにとは考えられずこの位置になっている。
だがこれがもしかしたら位置が分かりづらかったのかもしれない。
ここはおトイレの位置を示す看板を設置することにした。
これならば分かり易いだろう。
実に有難い意見だった。
スーパー銭湯初心者を集めて良かった思える意見だった。
次に別館にお風呂は無いのですか?という意見が多かった。
しかしここは今の所お風呂は造らない考えだ。
というのも衣服を着た状態でのお風呂はちょっと考えものだと思っているからだ。
造れなくは無いのだが・・・どうしたものなのか?
五郎さんにも同じことを言われたな。
水着なら容認できなくは無い。
現に旧サウナ島での温泉ではそうしていたからだ。
ちょっと今は保留だな。
いつでも手は加えることは出来るしね。
でも確かに天空のお風呂ってのも有かもしれないな。
ここは本当に悩むな・・・
そして次に多く寄せられた意見としては年齢制限を撤廃して欲しいという意見だった。
やはりそう来たか。
実はスーパー銭湯のアンケートの意見としてよくある意見なのだ。
ここはどうしても受け入れられない。
申し訳ないとは思っている。
実際にサウナ島にある子供風呂では、何度も小さい子供のおもらし事件が起きているのだ。
そしてそれはしょうが無い事だと俺は受け止めている。
どうしても小さなお子さんはおもらしをしてしまうからだ。
申し訳ないと思うのだがここは譲れない。
家族で楽しみたいという気持ちは分からなくはない・・・
衛生的な観点からも認めることは出来ない。
許して欲しと思う。
他には食事を注文する方法が分かりづらいというのもあった。
ここは注文の方法を記載したポップをテーブルに配置することにした。
これならば分かり易いだろう。
たいして難しい物では無いからね。
初心者ならではの意見だろうと思う。
こういう意見が欲しかったんだよね。
ありがとうございます!
そして最も多かった意見は、やはりサウナの最も良い入り方を教えて欲しいというものだった。
ここはすまないがスーパー銭湯の水風呂にある注意書きと、お勧めのサウナの入り方を見て学んで欲しい。
又は、常連さんに聞くなどして欲しい所だ。
自分で最も良いと感じる入り方を探るのもサウナの楽しみ方であると知って欲しい。
サウナの楽しみ方は人其々だ。
是非自分で自分に合う入り方を探してみて欲しい所だ。
俺のお勧めは・・・何日かかる事だろうか・・・付き合ってくれるよね?
後は水や麦茶を飲める箇所を増やして欲しいという唸らされる意見もあった。
これは即時採用した。
なんちゃってウォーターサーバーを数台作り、設置すると共にスタッフに補充を頻繁に行う様に徹底した。
とてもありがたい意見だった。
今ではなんちゃって水筒がブランドショップでは売り上げの上位を締めている。
なんちゃって水筒さえ持ち込んでくれれば、水と麦茶は飲み放題だからね。
スーパー銭湯を利用する客の中には、退店前になんちゃって水筒に麦茶を詰めてから帰るというお客もいるぐらいだ。
それを決して咎めたりはしない。
それも楽しみの一つであってもいいだろう。
実際サウナ島の麦茶は旨い。
これ目当ての客も居ると聞いたことがあるぐらいだ。
そこでいっその事、水と麦茶だけに拘らずもっとフレーバーを増やすことを検討してみることにした。
間違ってもオロポ等は無料で提供出来ないが、アロマ水に近しい物であれば提供してもいいだろうと考えられた。
先ずはレモン水だ。
これは定番となりそうだ。
すっきりとした味が爽やかである。
まず間違いなくウケるだろう。
ちょっとシャビシャビ感があるがこれぐらいでいいだろう。
逆にレモン感が強すぎると酸っぱいと言われそうだ。
そしてハーブ水。
こちらも爽やかな味である。
人によってはちょっと癖を感じるかもしれない。
でも俺はこれが好きだと感じてしまう。
最後にオレンジ水とグレープフルーツ水にすることにした。
これも定番となるだろう。
オレンジを嫌いという人を俺は聞いたことがない。
やはり柑橘系に偏りがちになるが、そんなものだろう。
これらのフレーバー水を俺はデトックス水と勝手に呼ぶことにした。
間違っていたらごめんなさい。
これが女性陣に大いに好評だった。
これを無料にするのではなかったと後日後悔したぐらいだ。
こちらも持ち帰る人が続出した。
その為、スーパー銭湯の受付でもなんちゃって水筒を販売することにした。
非常によく売れている。
決して儲けに走っていないことは強調させて欲しい。
資金には困っていまんせんので、お客様の利便性を考えたまでです。
その為、レモンとオレンジ、グレープフルーツ、そしてハーブを大量に栽培することになった。
アースラさんとアイリスさんがとても喜んでくれた。
お二人には頭が下がります。
アースラさんからはもっと畑を増やしてくれても良いと、しれっと言われたが限度ってものがあるだろう。
既に何百ヘクタールの広大な畑に成っているのか・・・
いちいち計算をしたくないぐらいだ。
このままではその内このサウナ島の大半が畑と田んぼに成ってしまうだろう・・・
それにハウス栽培もおこなっているのだ。
まあそのお陰で美味しいイチゴなどが採れるのだが・・・
これぐらいで勘弁して欲しい。
最近ではアイリスさんはキノコの栽培に興味があるらしく、今度キノコの栽培専用の倉庫を造って欲しいと言われているのだ。
まあキノコの需要はあるからいいのだが・・・
ほんとに野菜の栽培が好きなんだなと感心するよ。
この姿をスカイクランは眼に焼き付けて欲しいと思う。
今ではあいつも真面目に働いてはいるけどね。
でも気は抜いてはいけない。
それぐらいあいつの信頼は揺らいでいる。
いつサボり出しても可笑しくは無いのだ。
もう次は無いからなとは伝えてある。
ちゃんとしろよ!スカイクラウン!
そんなことはいいとしてだ。
これにてスーパー銭湯の別館のプレオープンは無事に終了した。
すったもんだがあったがこれでグランドオープンに漕ぎつけられそうだ。
まだまだブラッシュアップは行って行きたいが、一先ずは完成ということにしておこうと思う。
拘り出したら限が無いしね。
でもここには結論を出さないといけない。
お風呂問題だ。
正直抵抗感はある。
だが多い意見であったことに加えて、天空のお風呂という響きがどうしても頭を離れなかったのだ。
そこで俺は転移扉を利用する形で温泉を引き込むことにした。
ここは少し拘って檜の温泉にすることにした。
詳細は決して難しくはない。
要はサウナ島の温泉から転移扉を使って温泉水を引き込んでみただけでしかない。
だが温泉自体は檜をふんだんに使った物になっており、檜の匂いに癒される天空のお風呂になっていたのだった。
これを利用した者達はさぞかし喜んでくれた。
どうやらこちらが正解だったみたいだ。
流石は五郎さんだ。
五郎さんの意見が間違い無かったみたいだ。
そして実は一番拘ったのはその景観だった。
小さな丘を造りその上に風呂を配置することにしたのだ。
その為、風呂を利用するには階段を登らなければいけない。
せっかくの風呂だ、それも天空のお風呂なのだ。
最高の景色を楽しめないのはあり得ない。
この上空から見える景色を最大限利用できるのはこの上からの景色である。
そしてゆっくりとサウナ島上空を周るエアーズロックのお陰で、その景色は毎日違う物になっているのだ。
エアーズロック、グッジョブです!
さて、いよいよこれでプレオープンは終わりである。
遂にスーパー銭湯別館のグランドオープンを迎える。
俺はワクワクが止まらなかった。
他にもグランドオープンに向けて真っ先に手を入れたのは更衣室だった。
最大収納人数を上げないと話にならない。
先ずは更衣室を倍以上に拡張した。
そして男女各四百個ずつあったロッカーを千台に増やした。
これで最大収容人数は倍以上となり、より多くの人達にスーパー銭湯と別館を楽しんで貰えることになる。
それでも足りないとなれば後でいくらでも手は加えることは出来る。
先ずはオープン時の様子と、オープン以降のお客の同行を見てみることにしようと思う。
どんな反応をするのか楽しみだ。
俺はスーパー銭湯のオープン時の事を思い出していた。
あの時はすったもんだがあったな。
異世界でまさかのテープカットがあり、その時にオリビアさんが勝手に歌い出して胴上げをされた。
たくさんの花輪を頂きとても恐縮したのを覚えている。
五郎さんの粋な計らいには舌を巻いたよ。
今回は此方から丁重にお断りをしておいた。
だって神様ズはそれぞれのお店のオープンがあるし、そうなってしまうと花輪だらけになってしまうからね。
実は花はサウナ島の八百屋で販売されている。
こんなことで儲けなくてもいいでしょ?
さて、レストラン街とフードコートのオープンと、レジャー施設のオープンに加えてスーパー銭湯の別館のオープンを同時にする訳にはいかない。
此処を重ねてしまってはエアーズロック渋滞が顕著になるし、オープン時の様子をしっかりと見ることが出来ない。
俺の都合となるが五郎さんも同意見だった。
「島野、そうしちまうとえれえ一日になるぞ、止めておけ」
と言っていた。
その忠告を俺は受け入れることにした。
五郎さん達も自分のお店のオープンが気になるだろうし、場合によっては現場に入るかもしれない。
それにある程度落ち着いてからの方が、スーパー銭湯の別館のグランドオープンも楽しめるということだろう。
そしてスーパー銭湯の別館がグランドオープンを向かえる一週間前、遂にエアーズロックのレストラン街とフードコートと、レジャー施設がグランドオープンした。
特に式典等は行わない。
というのも神様ズは皆自分のお店のグランドオープンの準備に大忙しだからだ。
始めは大体的に式典を行おうという意見もあったが、俺の予想通り無くなった。
結構お店のグランドオープン時って忙しいものなのだよ。
通常の営業のみならず様々なサービスを提供するものだからね。
いつも以上の労力と賑わいがあるものなんだよな。
それに気持ちもそっちに向かうからね。
そんな時に式典なんてやってられないよね。
さて、サウナ島の受付では朝の九時の段階で既に渋滞が起きていた。
そのほとんどがエアーズロックに繋がる転移扉の利用者だ。
既にグランドオープンの準備の為に、お店のスタッフや関係者達の移動は済んでいる。
ランドがその大きな身体を揺らしながら一生懸命に受付業務を行っていた。
エクスとエアーズロックの分身体も大忙しだ。
今では受付所は全部で十箇所あるがその全てが埋まっている。
スタッフも全員が慌ただしい。
俺はその様子を眺めた後に、直接転移でエアーズロックに移動した。
エアーズロック側の転移扉の脇にはコロとマルが控えており。
訪れた者達全員に元気よく、
「エアーズロックにようこそ!」
挨拶をして受け入れを行っていた。
二人共とてもニコニコしている。
相当嬉しいみたいだ。
こいつらの人嫌いはいつの間にか解消できていたみたいだ。
よかった、よかった。
マルが俺を見つけて駆け寄ってこようとしたのだが、俺が笑顔と手でそれを制止した。
今は受け入れの挨拶を優先させてくれよ。
俺の事は二の次でいいからさ。
俺は先ずはレストラン街を見に行くことにした。
殆どのお店が十一時開店となっているが、マリアさんのお店のみ十時開店となっている。
昼間は個展を開くお店ということだったのだが、どうなっているのだろうか?
実は俺はまだマリアさんのお店の中には入ったことが無い。
マリアさんのお店の前に行くと既に開店待ちのお客の列が出来上がっていた。
おおー!これは凄いな、まだ開店一時間前だよ?
すると外の様子を見に来たマリアさんに俺は捕まった。
「守ちゃん、おはよう!ムフ!」
何時になくメイクに気合が入っている。
バッチリ決め込んでいた。
「マリアさん、おはようございます」
「守ちゃん寄ってくう?」
「いいんですか?」
「だって守ちゃんまだお店の中に入った事が無いでしょ?」
「ですね」
「ムフ!」
ムフ!の意味はよく分からんが、やっぱりマリアさんは俺の評価を気にするみたいだ。
実は何度か時間が出来たら見に来てくれとは言われてはいたのだ。
でも今日まで本当に時間を取ることが出来なかった。
申し訳ないとは思っている。
特にスーパー銭湯の別館を造り出してからは現場を離れる事が出来なかったのだ。
俺はマリアさんに続いてお店の中に入った。
おお!正に個展だ。
そこにはマリアさんが作り上げた様々な芸術品が列挙していた。
漫画から始まり、絵画や石像などの芸術品。
特に絵画は品数が多い、色々な絵画が展示されている。
俺は決して芸術に精通はしていないが絵画の素晴らしさ、その芸術力の高さがを窺い知ることができた。
「マリアさん、また腕を上げましたね」
「ムフ!ありがとう、守ちゃん」
「これはやっぱり漫画の影響ですか?」
「ムフ!そうよ」
「この絵画なんてタッチが違いますもんね」
「守ちゃんには分かるみたいね、ムフ!」
「これぐらい誰でも分かりますよ」
「ムフ!」
ムフ!多めの会話になってしまった。
それにしても最初はゲイバーとの話だったのだが、昼間のこの個展のみでいいんじゃないか?
わざわざ芸術品を移動させてゲイバーにする必要があるのか?
まあいいや、俺のお店じゃないし。
好きにしてくれ。
「もうお店を開けるんですか?」
「どう思う?」
「時間まで待って貰った方がいいと思いますよ、そうじゃないと早く来たら開けて貰えるお店だと勘違いされることになりますよ」
「そうね・・・そうするわ・・・それでこのお店はどう?」
やっぱり俺の評価が気になるのか・・・
「素晴らしいと感じます、人気が出そうですね」
「ムフ!」
マリアさんは誇らしげにしていた。
「じゃあ、他のお店の様子が見たいので行きますね」
「もう行っちゃうの?」
マリアさんは少し寂しそうにしていた。
「はい、では」
「ムフ!分かったわ」
マリアさんに手を振られて俺はマリアさんのお店を離れることにした。
次に五郎さんのお店を見に行くと既に長蛇の列が並んでいた。
これは凄いな、流石は五郎さんのお店だ。
五郎さんからは三日間オープンセールとして全品半額にすると聞いている。
その効果だけではないだろう、やはり安定の味を提供されることは間違い事は知れ渡っている。
それは大将が仕切るお店だと評判が立っているからだ。
温泉街『ゴロウ』の料理長の座は伊達ではない。
それにあの人の料理に掛ける情熱は熱々だからね。
間違いのない旨い寿司を提供する寿司屋になるだろう。
マグロの解体ショーについてはよく分からない。
まあやらないだろうけどね・・・
カインさんのカレー屋も長蛇の列が出来上がっていた。
そしてカインさん自ら整理券を配布していた。
何やっての?この人?
「やあ島野君!見てくれよこの賑わいを!」
カインさんは大層ご機嫌だった。
「凄いことになっていますね」
「だろう?こんなにカレーを愛する者達がいるなんて私は嬉しいよ!」
あっ、そう。
とは口が裂けても言えないな・・・
カレー愛が半端なさ過ぎなんだよこの人は・・・
「カレーは人生を変えますからね」
「そうだよね!」
しまった!余計な一言を発してしまったみたいだ。
カインさんの笑顔が眩し過ぎる!
「ハハハ・・・それでオープン時には何か特別な催しでもするんですか?」
ふと真面目な顔付きになったカインさん。
「実は・・・次回無料券を配る事にしたんだよ!どうだい!このアイデアは?」
無難だな・・・とは言えないな・・・
「へえー、考えましたね」
「だろー!三日間寝ずに考えたんだよ!」
はあ・・・そんなことはいいからダンジョンの運営をしてくださいよ・・・
「それは頑張りましたね・・・」
もう合わす事しか出来ませんて。
「こんな楽しい日々はこれまでに無かったよ!」
マジかよ?・・・だからダンジョンの運営は?ダンジョンの運営も楽しいんじゃないんですか?
「じゃあ他のお店の様子を見たいから行きますね?」
「そうかい、また寄ってくれよ!」
万遍の笑顔でカインさんに送り出された俺だった。
何なんだ一体・・・
俺は見てはならない者達を見ている気分だった。
それはオリビアさんのライブハウスの前で円陣を組む一団を発見してしまったからだ。
全員鉢巻と法被を着こんでおり、その鉢巻と法被にはオリビア命と書き込まれている。
そしてオリビアさんの楽曲を全員で合唱していた。
勘弁してくれよ・・・苦情になるだろうなこれは・・・
無茶苦茶煩い。
通り縋る人達の蔑むような横眼が痛々しい。
オリビアさんのファン達が一致団結していた。
前々からこの兆候はあった。
オリビアファンクラブがその結束を高めようとしていることを。
オリビアさんは映画出演をきっかけに、多くのファンの獲得に成功していたのだ。
そしてその勢力を拡大していた。
そのファン達はあろうことか北半球にまで達していた。
現にこの集団を纏めているのはゴブオクンなのである・・・
こいつ本気で殴ってやろうか?
死ぬぞ?
そして困ったことにこのファン達から俺は嫌われるのかと思っていたのだが、その反応は真逆だったのである。
実に遠慮の無いファン達から、
「島野さん、オリビアさんの事はどう想っているのですか?添い遂げて貰えますよね?」
「島野様!オリビア様の連れ合いは島野様しか居ないだべ!」
「実際の所どうなんですか?もう秒読みですよね?」
要らない事を散々尋ねられることになっていた。
こいつら纏めて放り投げてやろうかと本気で考えてしまった。
煩いんだよ!
外っておいてくれよ!
お前らには関係無いだろうが!
俺に気づいた数名が近寄ってくる気配があった為、俺は転移でその場をしれっと離れることにした。
ふざけんな!
ファメラの子供食堂は特に行列は出来てはいなかったが、既に営業は開始されていた。
ファメラは笑顔で子供食堂の入口に立ち、腹を空かせた子供達にここだよと呼び込んでいた。
俺は気になって裏口から厨房に入ると、テリーとフィリップが全力で中華鍋を振っていた。
いいじゃないか!俺はこういう光景が見たかったんだよな。
決してオリビアファンクラブなんて見たくは無い!
俺は声を掛けることにした、
「お前達、頑張っているな!」
俺の声に振り返る二人、
「島野さん!お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
笑顔で答えるテリーとフィリップ。
「手を貸そうか?」
「いや、それには及びません。俺達でやらせてください!」
「そうです!俺達で充分です!」
こいつらも言う様になったもんだ。
嬉しいじゃないか!
「そうか、何かあったら遠慮なく言うんだぞ」
「「はい、ありがとうございます!」」
頼りになるな。
俺は感慨深い気持ちになっていた。
もうこいつらも一端の大人だな。
ここまで成長するなんて・・・もう俺には見守ることしか出来そうもないな。
ちょっと寂しい気もするが・・・
フレイズの激辛料理のお店の前は異様な空気感が漂っていた。
数名の客らしき一団が言い争いをしていたのだ。
「激辛の最高峰は台湾ラーメンだ!」
「何を言う、スパイシーピザに決まっているだろう!」
「否、山椒を効かせた麻婆豆腐に勝てる訳がない!」
アホらしい・・・勝手にやってろ。
止めに入る気にもなれなかった。
するとお店の中からエプロンを着たフレイズが飛び出してきた。
「ガハハハ!良いぞお前達!その心意気や良し!我が最高の辛みを提供してくれるわ!ガハハハ!」
「おお!フレイズ様!」
「最高の辛みですか?期待大!」
「痺れる辛みを所望します!」
言い争いは済んだみたいだが・・・相手をしてはいられないな。
好きにやってろ!
馬鹿どもめ!
ドランさんのアイスクリーム屋には家族連れが行列をなしていた。
いいねー、ほのぼのとするな。
ドランさんはオープン三日間は牛乳とヨーグルトを無料でプレゼントすると言っていた。
意外にウケるかもしれないな。
それ目当てかどうかは分からないが、実際にこうやって家族連れに支持されているのは火を見るよりも明らかだ。
アイスクリーム屋は流行って当たり前だな。
心が癒されるよ。
良いものを見たな。
フレイズのお店の後だから五割り増しか?
レイモンドさんの和菓子屋にも長蛇の列が出来上がっていた。
店先でレイモンドさんが、
「ありがとー、ありがとー」
間延びした口調で感謝の言葉をお客に連呼していた。
客層を見るに年齢層は高めである。
この店も流行るんだろうな。
結構玄人受けする店かと思っていたが、そうでもなさそうだ。
俺も後で寄ろうかな?
最近は俺も和菓子が口に合う。
それなりの齢になったのか?
ランドールさんの割烹料理店の前にはお客の列は無かった。
それはそうだろう。
このお店は完全予約制である。
そんなお店に並んだところで中に入れて貰える訳はない。
だが、少しの間眺めていると予約をしようと引っ切り無しに人が集まってきていた。
それも明らかに地位の高そうな者達や、お金を持っていそうな者達だった。
それにリチャードさんも予約しに訪れていた。
「これは島野様、お久しぶりで御座います」
「リチャードさんも予約しにきたんですか?」
「はい、少々値は張りそうですが商談には打って付けのお店かと愚考いたしまして」
「なるほど、因みに商談相手は誰ですか?」
「タイロンの外務大臣で御座います」
「へえー、そうなんですね」
どうやらメルラドとタイロンの友好関係はその後も保てているみたいだ。
よかった、よかった。
アンジェリっちのサロンにも行列が出来ていた。
実にお洒落な方々が多い。
アンジェリっちはどうやらオープン記念の限定商品を準備しているとのことだった。
限定商品は化粧品らしい。
俺にはあまり興味は無いけど、お洒落女子には大事な事なのだろう。
ここは流行って当たり前かな。
お洒落と言えばアンジェリっちとの絶大な信頼を受けているからね。
そしてフードコートの入口にはとんでも無い数の人々が列を成して並んでいた。
何だこれは?
無茶苦茶多くないか?
レストラン街の行列なんて陳腐と思える程の大行列が出来上がっていた。
これは始めから入場規制確定だな。
凄い事になっている。
天使と悪魔達は大変だろうな。
でも、嬉しいご祝儀だな。
素敵なグランドオープンを迎えそうであった。
エアーズロックは活気に溢れていた。
そしてレジャー施設にもたくさんのお客が集まっていた。
今ではスカイクラウンも真面目に働いている。
お客相手に真剣にパラシュートの使い方を説明していた。
やれば出来るじゃないか。
最初からそうしろよな。
全く手の掛かる奴だ。
大空を舞台にしたレジャーは今後も流行るだろう。
ある意味エアーズロックの目玉施設だからね。
でも高所恐怖症の人には無理なんだろうな。
エクスみたいにビビりの者もいるだろうしね。
でもスカイダイビングも、パラグライダーも楽しいんだよね。
大空を舞う!
実にお勧めです。
レストラン街とフードコートのグランドオープンの様子を見る限り、この施設を造って本当に良かったと思えた。
とても笑顔に溢れていたからね。
この笑顔を見れただけでも大成功だと思える。
本当に嬉しい限りだ。
どのお店も凄い客入りだったし、オープンセール後も客入りはそれほど減らなかった。
反動があるかと思っていたがそうでも無かった。
フードコートに関しては未だに入場規制が設けられている。
ここまでくると大入りなんて言う言葉も陳腐に感じてしまう。
実際開店から閉店まで客が途切れたことが全く無かった。
とても凄い事だ。
転移扉の移動の料金を格安にしたのがウケたのかな?
多分・・・
そしていよいよスーパー銭湯の別館のグランドオープンを迎えようとしていた。
俺はワクワクが止まらなかった。
昨日の夜は嬉しくてついつい何時も以上にアルコールを飲んでしまった。
こんな時ぐらい良いよね?
浮かれたくもなるでしょうよ。
分かって貰えるかな?
グランドオープンを迎える前に俺は一人サウナに入っていた。
これは役得だろう。
早起きして早朝からサウナを楽しんでいる。
バレルサウナに入っていつものルーティーンを行う。
グランドオープンを前にして一人整っていた。
こんなサウナも悪くない。
早朝サウナ、最高です!
そしてスタッフと同様にスーパー銭湯の法被を着てグランドオープンを迎えた。
久しぶりに法被に袖を通したな。
身が引き締まる思いだ。
さて、グランドオープンだ!
これは凄い事になっているぞ。
開店三十分で入場制限する事態になっていた。
これは早くも脱衣所の増設を考えなければならないのか?
ギルからは開店三時間前には既に行列が出来ているとは『念話』で聞いてはいたが・・・
早朝サウナなんて余裕をかましている暇は無かったのかもしれない。
でもいいじゃないか、それぐらいお気楽で丁度いいだろう。
と安易に考えている俺。
これがいけなかった。
すれ違う人々から賛辞を言われることに成っていた。
中には知らない人も混じっていた。
もし過去に何かしら交流があったのならごめんなさい。
悪気は無いのだよ、決して・・・
忘れているだけだからね。
否、返って失礼かな?
俺は別館を中心に見て周ることにした。
皆な笑顔に溢れていた。
こんな嬉しい事は無い。
こんなに喜んで貰えるとは。
これだけで俺は整いそうだった。
ここまでは俺は余裕だった。
ニコニコと客の同行を眺めていた。
ちょっと待て、客入りが凄すぎる。
これは返ってよくないかもしれない。
というのもスーパー銭湯のサウナ渋滞があまりに激しかったからだ。
これは別館ばかりに眼を向けてはいけなかった。
しまった!
ちょっと考えれば分かることだった。
スーパー銭湯自体のキャパを上げなければいけなかったのだ。
何も別館に人が集まる事だけになる訳ではない。
スーパー銭湯その物の客入りが上がるのだ。
現にサウナ渋滞だけでは無く、洗い場も風呂場も渋滞しており、スタッフが整理しているぐらいだ。
やってしまった!
これは大きなミスだ!
否、そうでは無い。
これはチャンスだ!
初日にしてこれに気づけたからだ。
さて、どうするか?
今日手を打てることは限られている。
でもこうなってしまっては動くしかない。
やれるだけはやらねば!
俺は先ずランドールさんを探した。
彼は律儀にもスーパー銭湯の行列に並んでいた。
鼻の下を伸ばして道行く女性を繁々と眺めていた。
ちょっとした不審者だ。
彼は俺の真剣な表情に何かを感じ取ったみたいだ。
エロ神モードを封印して俺に問いかけてきた、
「島野さん、どうしたんですか?」
「ランドールさん、手を貸してください」
「何があったんですか?」
「やってしまいました、スーパー銭湯自体のキャパが全く足りなくなってしまいました・・・」
「ああ・・・」
状況を直ぐに理解してくれたみたいだ。
ランドールさんも悲壮感溢れる表情をしていた。
「サウナや洗い場であり得ないぐらい渋滞しています」
「そうなのか・・・」
「申し訳ないですが手を貸して下さい」
「全然構わない、否!ここは手伝わせてくれ!こんな事で恩を返せるとは思わないが、私で良ければいくらでも頼って欲しい!」
有難い!
恩にきます!
「では状況を整理しましょう、まずは事務所で打ち合わせをさせて下さい」
「分かった」
俺はランドールさんを伴って事務所の社長室に転移した。
急に現れた俺達にマークが驚いていた。
「島野さん!それにランドール様まで!どうしたんですか?」
「マーク緊急事態だ!」
「なっ!それはいったい・・・」
マークは慄いていた。
「別館に気を持っていかれ過ぎていた・・・スーパー銭湯自体のキャパが全く足りていない!」
「どういうことですか?」
「洗い場やサウナが大渋滞しているんだ、それにスーパー銭湯のお風呂も全くキャパが追いついていない!」
マークはしまったという顔をしていた。
「そういうことですか・・・それでどうするおつもりで?」
「まずは今日中に打てる手は全て打つ、まずは増設する為のプランを練らなければいけない。次に建築部材の確保だがこれは俺の能力を駆使すれば一瞬で集めることができる」
「ちょっと待ってくれ!島野さん。いくら何でも一瞬で集めるってどういうことなんだい?」
ランドールさんからの質問だ。
出来れば言いたくはないがこの二人なら大丈夫だろう。
「時間停止を使います」
「「はあ??!!」」
そうなるよね。
「ここだけの話にして欲しいのだが、俺はアイルさんに鍛えられて時間を停止したり時間を旅することが出来るんだ」
二人は固まっていた。
なんだかごめん・・・
「だから時間を止めてしまえば俺にとっては数日でも、皆にとっては一瞬なんだよね・・・」
「駄目だ・・・流石について行けない・・・島野さんは時間を止めたり過去や未来に行けるってことですか?」
「・・・そうだ」
頭を抱えるマーク、そして未だフリーズしているランドールさん。
「じゃあ過去に戻ってこうなることを伝えたらいいじゃないですか?違いますか?」
「それは可能だが、俺はそういう事はしないと誓っているんだ」
「どうしてですか?」
片眉を上げるマーク。
「時間軸はデリケートなんだよ、簡単な話、そうすることによって今の俺達が消滅することになる。ここでしている会話も全て無かったことになるんだ。俺はそういうことはしたく無いんだよ」
「・・・島野さんらしいですね、分かりました。で?まずは増設プランですね?」
やっと回復したランドールさんが、
「増設プランは数時間で出来るよ」
嬉しい事を言ってくれた。
「それはどういうことですか?」
「建設当時の図面は残っているし、島野さんは覚えていないのかい?いつでも増設可能な建設の間取りにすると打ち合わせた事を・・・」
そうだった!
うっかり忘れていた!
「そうでしたね・・・忘れていました・・・」
大事な事を忘れていた様だ・・・俺は何を取り乱していたのだか・・・
まだまだ修行が足りんな。
ちょっと恥ずかしいぐらいだ。
「お願いできますか?」
「直ぐに取り掛かるよ、フランの私の事務所に連れて行って貰えるかい?」
「了解しました」
「マーク、出来る限りの大工を集めてくれ。夜には突貫工事を開始する!多ければ多いだけいい!」
「畏まりました!」
ランドールさんを伴ってランドールさんの事務所に転移した。
ランドールさんは事務所の棚に手を伸ばしてスーパー銭湯の図面を取り出していた。
デスクの上に図面を拡げている。
「島野さん、見て下さい。此処と、此処と、此処です。拡張できるようにするには、まず柱を組んで・・・」
俺とランドールさんは夢中になって打ち合わせを行った。
打ち合わせを終えてサウナ島に帰ってくると俺は時間を停止した。
停止した時間の中で、俺は一人建築部材の確保に勤しんだ。
森に入り樹を伐採し大量の木材を確保する。
そして万能鉱石を大量に使ってパイプや釘などの鉄材を準備する。
体感時間としては二十四時間ぐらいだろうか?
能力全開で作業を行った。
準備した建設部材の全てをスーパー銭湯の裏側に運んだ。
途中で俺が時間を止めていることが気になったのか、アイルさんが見に来ていた。
「守、何をやっているのかしら?」
「アイルさん、ちょっとやらかしましてね」
「何をしたの?」
「スーパー銭湯のキャパが格段に足りていません、増設を行う必要があるんですよ」
「そういうことね」
「今日の夜には突貫工事を行いたいので時間を止めているんです」
「ほどほどになさいよ」
「畏まりました」
アイルさんはやれやれと言った表情で何処かに行ってしまった。
心配かけてすいません。
本来であれば閉店時間は深夜十二時である。
しかし今日は突貫工事を行わなければならない。
少しでも早く手を加える必要がある。
夜十時の段階だがまだ入店を待つお客の行列がそこにはあった。
俺は急遽閉店することを店内にアナウンスさせた。
そして申し訳ないと次回無料券を配布することにした。
入店待ちのお客も同様にだ。
有難い事に逆にお礼を言ってくれる客までいた。
全員がスーパー銭湯を退去し終えたのは夜の十時半だった。
嬉し事に文句を言う客は一人も居なかった。
大変申し訳ない。
俺の前に援軍が勢揃いしていた。
ランドールさんの所の大工達、オクボス、ゴブスケが率いる魔物大工集団。
他にもタイロンやメルラド、メッサーラの大工集団も駆けつけていた。
そしてゴンガスの親父さんとその弟子達もいる。
総勢四百名にも及ぶ職人の一団が道具を片手に集合していた。
全員気合の入った表情で力が漲っていた。
当然の様に島野一家と旧メンバーも集合している。
本当にありがたい!
何てお礼を言ったらいいんだ。
俺のピンチにここまでの者達が駆けつけてくれるなんて・・・
お前ら最高かよ!
「皆!集まってくれてありがとう!まずはお礼を言わせてくれ!」
俺は手を挙げて皆に注目して貰う様にした。
「ガハハハ!そんな事は必要なかろう?皆お前さんには何かしらの恩義を感じておるからの」
「そうですよ!島野様!こんな事で恩を返せるとは思っていませんが、俺達に任せて下さい!」
ゴンガスの親父さんとオクボスに言われてしまった。
嬉しい事を言ってくれる。
「そうか、助かる!じゃあ早速だが、スーパー銭湯の増設工事を開始する!俺とランドールさんで指揮を執る、よろしくな!お前達!」
「「「「おお!!!!!」」」」
地面が揺れているのではないかという程の大合唱が響き渡っていた。
ランドールさんと俺の指揮の元、突貫工事が開始された。
親方衆が指揮に従い大工達に檄を飛ばしている。
全員動きがキレキレだ。
ここぞとばかりに本領を発揮している。
とても熱気に溢れていた。
全員がやる気に満ちた表情をしており、鼻息荒く大工道具を振っていた。
ゴンガスの親父さんはロッカーや小物を中心に必要となる物は既にメモを渡してある。
鍛冶師集団を引き連れて赤レンガ工房に籠り出した。
その様子は正に鉄火場と成っている。
鉄を打つ音がサウナ島に木霊する。
オクボスやゴブロウ達魔物集団は、そのパワーを発揮して重機の如く建築部材を運んでいた。
実に頼りになる。
全員熱気に包まれて作業に没頭していた。
集中力が半端ない。
ランドールさんも指揮に余念が無い。
血気盛んに激を飛ばしていた。
小休憩時にはメルルと大将が現れて全員におにぎりを配ってくれていた。
気が付くと神様ズも数名集まり、五郎さんまで口に釘を咥えて金槌を振っていた。
オズとガードナーも作業に交じっており、ゴンズさんは漁師集団を引き連れて細かい作業を手伝ってくれていた。
本当に助かる。
この人達は誰からスーパー銭湯の話を聞いたのかは知らないが、俺のピンチに駆けつけてくれたみたいだ。
本当に頭が下がる想いだった。
そして遂に明け方を迎えた。
実に突貫工事は完成した。
なんとものの半日でスーパー銭湯の増設工事が完成してしまっていた。
これはもの凄い偉業だ。
後日『スーパー銭湯の奇跡の突貫工事』と評される程の出来事だった。
完成したスーパー銭湯を皆で胸を張って眺めていた。
俺はこんなに心強い仲間達が居たんだと改めて知ることになった。
感無量で俺はスーパー銭湯を眺めていた。
不意に俺の肩に手が置かれた、
「島野!お前え!またえれえ事をやっちまったな!ええ!」
五郎さんだった。
「いえ、これは俺の意業でも何でもないですよ。皆のお陰ですよ」
「だからよ!お前えの為にこんだけの者達が集まったって事だろうが?こんな事は普通はあり得ねえだろうが?そんだけお前えは愛されているってなことよ!」
「はい!嬉しい限りです!」
少々照れるがそう受け止めたい。
こんなにも俺は愛されているんだと。
「さあ!皆な飯にしましょう!全て俺の奢りです!」
この俺の発言に容赦なく声が返ってくる。
「待ってました!その一言!」
「俺は朝から飲むぞ!」
「今日の仕事は無しだ!宴会だ!」
「腹がはちきれるまで食うぞ!」
好きに騒いでいた。
嬉しいことだ、遠慮なくもっと騒いでくれ!
俺は最高の一日を迎えれそうだ。
結局の所、スーパー銭湯は最大収容人数は三千名となっていた。
お風呂は内風呂も外風呂も拡張され、更にはジェットバスも増設された。
サウナは最大収容人数はなんと二百名となり、これで当面サウナ渋滞は起きないと予想される。
水風呂も倍以上に拡張され、外気浴場も増設された上にインフィニティーチェアーが百台以上になっていた。
このインフィニティーチェアーだが、ゴンガスの親父さんに造って貰った物だ。
「これぐらいお手の物だの」
と親父さんは宣っていた。
他にもロッカーや家具なども急ピッチで造ってくれていた。
流石は物創りの神である。
後日いくら請求されるかは知らないが、親父さんはまた稼ぐことが出来たと喜んでいた。
言い値で結構!
きっちりと払わせて頂きますよ!
そして大食堂も増設されている。
流石に厨房までとはいかなかったが、ここは後日いくらでも手を加えることは出来る。
そもそも大食堂の厨房は今後の新メニュー開発用に必要な器具等を、いつでも置けるようにと広めに造られている。
どうとでもなるだろう。
後は人材の問題となるのだが、その辺はエリカに丸投げでどうにでもなる。
そもそもシフトはダブついているのだから、もしかしたら今の人員だけでも充分に凌げるのかもしれない。
それにしても・・・何とかなってしまったな。
皆に感謝だ!
結局この日は朝から宴会となり、真面にお客の動向などをチェックすることなど出来なかった。
こんな時ぐらいいよね?
明日以降でいいよね?
多分・・・
にしても楽しかったー!こんな宴会ならいつでもウェルカムです!
宴会の代金は眼を疑う金額だったのだがそんな事はどうだっていいことだ。
そんな事よりも沢山の者達が俺の為に手を貸してくれたことに、俺は感謝の念が堪えなかった。
俺は本当に沢山の人達から愛されていると実感していた。
嬉しくて仕方が無かった。
もはや整いそうだった。
皆な、俺を愛してくれてありがとう!
俺も最大級の愛を返させて貰うよ!
そしてやっと真面にスーパー銭湯の別館のその後を見て周る事が出来た。
スーパー銭湯の大幅な拡張は功を奏し。
それでも入場制限は起こってはいるが、これまでとは違って微々たるものであった。
逆にこれでも入場制限を行わなければいけない現実に、俺はスーパー銭湯の可能性を大いに感じていたのだった。
この世界においてスーパー銭湯は娯楽の中心と言っても過言では無いと。
そして嬉しい事に利用者のお客達は笑顔が絶えず、最高の一時を過ごしてくれている様だった。
これに俺は無茶苦茶満足していた。
有難いとこちらから頭を下げたい思いでいっぱいだった。
ほんとに笑顔が絶えなかった。
この笑顔に俺は心を揺さぶられていた。
頑張ってよかったと・・・
実際アンケートも嬉しい賛辞が多かった。
こうなってくると、最早スーパー銭湯は極まっているのかもしれない。
今はこれ以上のブラシュアップは思いつきそうも無かった。
それぐらい完成度は高いと思われた。
極まっているとすら言える。
でもまだまだ脇は開かないけどね。
スーパー銭湯の別館がオープンしてから十日後のこと。
遂にクモマルから『念話』が入った。
「我が主、朗報です」
「どうした?」
「遂に見つけました」
「そうか・・・そちらに向かおう」
「仰せの儘に」
俺はクモマルの元に転移した。
俺の『転移』の能力だが、今では更に進化している。
家族や関係性の深い者達の元へなら、その場所を俺が知らなくとも転移出来る様になっていた。
魂の繋がりとでもいえばいいのだろうか?
その存在感を感じれば転移可能になっていたのだ。
簡単に言えばタクシー替わりに使われかねない状況になっていた。
これは良い事なのかどうなのか判断に迷うところだ。
現に一度ダイコクさんからタクシー替わりに使われそうになり、金を取りますよと言ったら諦めてくれた。
いい加減にして欲しい。
このおっさんは遠慮が無い。
気を抜けない相手だ。
本音を言えば少々ムカつく。
一度締めてやろうか?
それぐらいいいよね?
クモマルの元に転移するとそこは森の中の開けた場所だった。
日光が射しこんでいて煌びやかな光景が俺を待ち受けていた。
この光景を見て俺は本能的に感じていた。
遂に決着するのだと。
「我が主、お待ちしておりました」
跪こうとするクモマルを俺は制する。
相変わらずの硬さである。
いい加減砕けて欲しいものだ。
最近ではより硬くなってきている様に感じる。
もしかしてこいつはワザとやっているのか?
クモマルなりの冗談なのか?
あり得るな・・・
こいつの感性は独特過ぎる。
まあいいだろう。
そんな事はいいとして。
やっとにこの時が来たみたいだ。
俺の眼の前には大量の神石が転がっていた。
光輝く神気が神石に吸い寄せられている。
この様を見て瞬時に理解した。
これが神気減少問題の原因であったのだと。
そして樹の根元に座り込む一人の男性が居た。
虚ろな眼で神石を握っている。
ぼさぼさの髪で衣服は薄汚れていた。
清潔感など欠片も無かった。
一人でぶつぶつと何かを呟いている。
どうやらこちらには気づいていない様子。
こいつがラファエルだろう。
明らかに廃人と化している。
一先ずは外っておいてもいいだろう。
俺は声を掛ける気にもなれなかった。
余りに雑然としている。
お前は勝手に自分の世界に浸ってろ。
膨大な量の神石の一つを俺は拾い上げて調べてみることにした。
やっぱりな、神気吸収の能力が神石に付与されていた。
これは相当な量の神気が堪っていそうだ。
神気減少問題の原因が今正に俺の眼の前に存在していた。
俺の予想通りだった。
これまで敢えて言わなかったが、そうだろうなと思っていたことだった。
さてどうしたものか?
この神石を持ち帰るか?
否、これは封印すべきだろう。
同じことをしでかす馬鹿が今後も現れないとは限らない。
それにしてもよくもこんなに沢山の神石を集められたものだ。
凄惨な戦争を巻き起こしたのは、地面に眠る膨大な量の神石を集める為だったんだな。
そんな事だろうと思っていたよ。
ふと俺は興味を覚えた為、ラファエルを鑑定してみることにした。
こんな奴に遠慮は要らない。
『鑑定』
名前:ラファエル・バーンズ
種族:仙人
職業:宗教家Lv9
神気:10
体力:235
魔力:786
能力:土魔法Lv7 火魔法LV7 鑑定魔法LV6 催眠魔法LV12 契約魔法Lv6 照明魔法LV2 浄化魔法LV2 集団催眠魔法Lv9 (神気吸収LV2)
っち!
人の身でありながら神の能力を使えるってことか・・・仙人か・・・進化してやがったのか・・・だからか・・・
俺は半神半仙であった時がある為、何となく人の身でありながらも神の能力を使えるのではと思った事が実は何度かあったのだ。
恐らくハイヒューマンではこうはいかない。
人族の上位種である仙人であるからこそであろう。
聖人は更にその上の上位種となる。
だがその神力の値を見る限り限定的であるのは分かる。
実際神力吸収の能力もカッコ書きになっている。
多分聖獣と一緒で神気を取り込むことは出来るのだろうが、霧散してしまうのだろう。
その為神気を集めることに固執したのだろうと思う。
それが為の神石のこの数なんだろう。
何とも哀れだ。
ラファエルは未だこちらに気づかずに一人の世界に没頭していた。
「どうやらあの者は精神が崩壊している様です、我が主」
クモマルがラファエルを哀れな眼で見つめていた。
「その様だな、見れば分かる」
「ここに辿り着くまでにも、何度もあの様に一人の世界に入り込んでおりました。既に壊れております」
「そうか・・・末期だな」
「はい・・・」
俺は『念動』で神石を集めて一つづつ付与してある能力を解除し『収納』に神石を保管していった。
結構な時間が掛かってしまっていた。
でも既に九割方の作業は終わりつつあった。
そこに不意に声が掛けられる、
「止めろお前!何をやってやがる!俺の神石だぞ!」
ラファエルが血相を変えてこちらを睨んでいた。
どうやらやっと自分の世界から抜け出たみたいだ。
俺は作業の手を止めてラファエルを正面から見据えた。
「よう!やっと気づいたみたいだな」
ラファエルが今にも飛び掛からんと俺を睨んでいる。
「お前は誰だ!私を神と知っての狼藉か!」
「お前、ラファエルだろう?馬鹿を言うんじゃねえよ!お前は神では無いだろうが!嘘を付くんじゃねえよ!」
慄くラファエル。
「なっ!・・・もしかして・・・お前はシマノか?」
「察しが良いじゃないか、そうだ俺は島野だ、俺の事を知っているみたいだな。ラファエル」
ラファエルは鬼気迫る表所を浮かべていた。
「・・・お前だけは許せない!・・・お前の所為で俺の世界は・・・この野郎!死ね!殺してやる!」
ラファエルは立ち上がると火魔法で攻撃を加えてきた。
クモマルが迎撃しようとするのを俺は手で制して『結界』を張った。
ここは俺が対処しなくてはならないだろう。
力の違いを思い知らせなければならない。
ラファエルのファイヤーボールは俺に届くことなく霧散していた。
余りに陳腐だ。
「なっ!クソッ!」
今度は土魔法で土の塊を投げつけてきた。
当然俺には届かない。
俺はゆっくりとラファエルに歩み寄る。
するとラファエルはニヤリと口元を緩めると自身満々な表情で、
「『催眠』」
催眠魔法を行使した。
ラファエルは勝ったと余裕な顔をしていた。
そして一瞬にしてラファエルの表情が凍り付く。
俺に催眠魔法が効いていない事を理解したみたいだ。
利くわけねえだろうが、阿呆が!
俺は構わず歩みを進める。
ラファエルを見据えて近寄っていく。
「止めろ、来るな!来ないでくれ!」
逃げようとするラファエルを『念動』で捕まえて、数メートルほど浮かしてみた。
「止めろ!止めてくれ!」
空中でラファエルはバタバタと動いている。
その動きを封じてやった。
ピタリとラファエルは動きを止めた。
俺は『浮遊』で浮かぶとラファエルの正面に浮かび上がった。
「俺が何をしたっていうんだ!止めてくれ!お願いだ!」
ラファエルは恐怖で顔が歪み、懇願する様に視線を向けてきた。
余りに哀れだ。
よく見るとラファエルは股間を濡らしていた。
それだけでは無い、身体の穴という穴から汁を出していた。
でもそれすらもラファエルは気づいていない。
少々臭いぐらいだ。
ここは多少お仕置きをすべきだろう。
俺は『念動』で適当に上下左右にラファエルをぶん投げてみた。
ラファエルは声を発することも出来ず身体を震わせていた。
そして失神仕掛けていた。
否、失神していた。
やり過ぎたか?
でもまだまだだ。
此処からでしょうよ。
そう思いません?
失神したラファエルを一旦地面に寝かせると、問答無用で『自然操作』の水をぶっかけまくった。
一瞬にして意識を回復するラファエル。
ガバっと上半身を起こすと何が起こったのかとキョロキョロとしていた。
「起きたか?ラファエル、さて続きを始めようか?」
「なっ!シマノ!くそぅ!」
ラファエルは懲りていないみたいだ。
眼光鋭く俺を睨んでいる。
「良いねー、ラファエル。付き合ってやるよ」
俺は『念動』でまたラファエルを浮き上がらせた。
一瞬にして態度を改めるラファエル。
「止めろ!止めてくれ!お願いだ!ごめん!謝るからさ!」
そんな事は無視して俺は適当にラファエルを『念動』でぶん投げる。
再びラファエルは失神した。
根性の無い奴だ。
まだまだ先は長いぞ。
俺は何処までも付きあってやるぞ。
再び水をぶっかけられて意識を取り戻すラファエル。
そしてまた『念動』で空中に浮かばせてブンブンと投げ捲る。
これを何度も何度も続けることになった。
俺にとっては何てこと無いお仕置きだった。
俺はちょっとでもラファエルを真面に出来ないかと荒地療法を行っているに過ぎない。
というのも俺はラファエルに関してどうしても知りたいことが一つだけあったのだ。
それは神に成りたいというその動機だった。
どうしても単にこの世界を崩壊させたいというだけのことでは無いと感じていたからだった。
こいつの本心は既に把握できている。
人々に崇められることに憧れを抱いたのだろう。
そしてそれに酔っていたのだろう。
俺にとっては嬉しくない感覚なのだが、こいつにとっては崇められることに価値観を見出していたのだろう。
それが心地よかったのだろう。
だから神に成ることを目指した。
そんな程度の事であるに違いない。
でもそのきっかけが分からない。
単純に崇められたいと言うだけの事では無いと感じてしまったからだ。
その根本的な理由を俺は知りたかったのだ。
なんで神に成ることを目指したのかを。
その為には少しでもこいつを真面にする必要がある。
それを鑑みてのお仕置きでもあったのだ。
まあ俺の意趣返しとも言えるのだが・・・
これぐらい良いよね?
コンプライアンスに抵触するのか?
よく分からん。
これぐらいいいじゃないか!
時には力業も必要だよね?
そして何度も起き上がる度にラファエルは様々な感情を剥き出しにした。
情緒不安定感この上ない。
怒ったと思えば懇願したり、時に泣き出したと思えば罵倒したりと様々な感情のオンパレードだった。
よくもまあこれほどまでに精神が壊れたものだ。
やれやれだ。
ここまで壊れた奴を俺は見たことが無い。
でもこれに俺は根気よく付き合った。
もう何度ラファエルをぶん投げたのか、百回目ぐらいからアホらしくなって数えていない。
そして遂にラファエルは何の感情も発しなくなった。
やっと出涸らしになったみたいだ。
その顔からは感情が抜け落ち、瞬きすらも真面にしていない。
俺はゆっくりとラファエルを地上に降ろした。
そしてばたりと前のめりに倒れるラファエル。
俺は『念動』でラファエルを仰向けにした。
ラファエルは無表情で虚空を眺めている。
不意にラファエルの眼がきつく閉じられた。
ラファエルは声も上げずに泣いていた。
ただただ涙を流していた。
意を決したかの様にラファエルが口を開いた、その声はこれまでと違う響きの声だった。多少は真面になったみたいだ。
これは聞く価値はありそうだ。
「なあ・・・シマノ・・・お前は創造神なのか?・・・」
俺はラファエルの近くに腰かけた。
こいつの話を真面に聞こうと思ったからだ。
「いいや、違うな。俺は創造神じゃないよ」
「そうなのか?・・・なのに何でそんなにも強く、様々な能力を持っているんだ?」
「様々な能力?」
俺は『念動』と『浮遊』しか見せてないが?
「そうだ・・・お前の噂は聞いている・・・お前は瞬間移動したり、急激に作物を成長させたり出来るんだろう?・・・それに俺を念じるだけでほうり投げていたし、浮かんでもいた・・・違うか?」
「違わないなあ」
「だったらお前は創造神じゃないか?そんな事は創造神しか出来ない事だろうが」
「でも俺は創造神では無い・・・まあ今の所は成る予定だけどな・・・・」
ラファエルが目を強く瞑った。
「・・・」
「創造神が気になるのか?」
「俺は創造神に成ることを目指していた・・・」
だろうな・・・分かるぞ。
「それで?・・・」
「俺は創造神に成って・・・創造神に成って・・・成って・・・」
ラファエルは急にトーンダウンしていた。
「成ってどうしたかったんだ?」
そろそろ本音が聞けそうだ。
ここからが俺の聞きたかった話だ。
「・・・ああ・・・俺は何でこんな大事な事を忘れてしまっていたんだ・・・何で・・・ああ・・・俺は余りに馬鹿だ・・・そんなことも忘れて・・・ああ・・・もう死にたいよ・・・死なせてくれ!」
何を勝手な事を言ってるんだこの馬鹿は?
「死にたきゃあ勝手に死ね・・・そんな事よりお前は何で創造神に成りたかったんだ?崇め奉まつられたかっただけじゃないよな?成ろうと思ったきっかけは何だったんだ?いい加減吐けよ!」
俺はこれが知りたい。
早く話せよ!
「それは・・・ザックおじさんを・・・俺の父親代わりの恩人を・・・蘇生したかったんだ・・・でも俺は・・・いつしかそんなことも忘れてしまっていたみたいだ・・・何なんだよ・・・くそぅ!」
これがこいつの神に成ろうと思ったきっかけだったんだな。
でも自分の自我が先立って、いつしかその崇高な志すらも忘れてしまっていたんだろう。
本当の馬鹿野郎だな。
結局は自分の欲に塗れてしまったということか・・・
余りに弱い、弱すぎる。
でも状況が状況であれば誰しもが陥るかもしれない・・・
そう思う俺は甘いのだろうか?
でも間違っても戦争を引き起こしたりするようなことは出来ようがない。
こいつは早い段階から壊れていたんだろうな。
でなければそんな事は出来るはずもない。
俺は決してこいつに同情はしない。
こいつは自分の為に大惨事を引き起こした野郎だ。
許す事なんて出来ない。
だが・・・
「俺はザックおじさんと・・・一緒にワインを飲みたかっただけなんだよ・・・馬鹿みたいに騒いで・・・どうでもいい事を話して・・・ああ・・・ザックおじさん・・・ごめんよ・・・許しておくれよ・・・ザックおじさんは忠告してくれていたのに・・・なんで俺は・・・くそぅ!くそぅ!!!」
ラファエルの慟哭が木霊していた。
何となくだが俺には観えていた。
ラファエルとそのザックおじさんとの関係性が。
そこで俺は確かめることにした。
興味が沸いたということだ。
ラファエルという大罪人のこれまでの歩みを知りたくなったのだ。
そしてザックおじさんの事を。
「ラファエル、ちょっと待ってろ」
俺はそう告げた。
「え?」
俺は時間旅行を行使した。
俺は何をやっているんだろう・・・
自分で自分をコントロール出来なくなっている。
またこの感覚だ・・・
もう嫌だ・・・
これは本当に気持ち悪い・・・
でも解放しては貰えないみたいだ・・・
頭の中に常に靄が掛かっている。
感情が抑えられない・・・
それに身体の震えも抑えられない。
時折冷静に成れるのだが、直ぐにまた頭がおかしくなる。
頭が痛い。
顔も引き攣っているのが分かる。
足取りもおぼつかない。
ああ、眩暈がする。
もう死にたい・・・
誰か俺を殺してくれ・・・
もういい・・・もういいんだ。
俺は全てを失った。
もう何も残っていない・・・
突如現れた神獣と聖獣に全てを破壊されてしまった。
でも分かっている。
それは切っ掛けでしかない事を・・・
俺は間違っていたんだ。
ああ・・・頭が割れそうだ。
この神石が俺に残された全てになってしまった・・・
何で俺はこんなことをしているんだ?
身体に神力を蓄えても霧散してしまう。
訳が分からない・・・
俺は神になった筈だった・・・
崇拝され拝み奉られていた。
なのに・・・
くそぅ!
意識が朦朧とする。
また感情の波が押し寄せてきた。
ああ・・・涙が止まらない。
息苦しい。
辛い。
悲しい。
どうでもいい。
もう何も考えられない。
ん?
あれは何だ?
おい!俺の神石だぞ!
どうなっているんだ?
ふざけるな!
「止めろお前!何をやってやがる!俺の神石だぞ!」
誰なんだこいつは、俺の神石に何やってくれてるんだ!
数が随分減ってやがる。
畜生!
「よう!やっと気づいたみたいだな」
「お前は誰だ!私を神と知っての狼藉か!」
何だこいつは殺してやる!
「お前、ラファエルだろう?馬鹿を言うんじゃねえよ、お前は神では無いだろうが!嘘を付くんじゃねえよ!」
うっ!こいつ・・・どうして知ってやがる・・・もしかして・・・
噂のシマノか?
「なっ!・・・もしかして・・・お前はシマノか?」
「察しが良いじゃないか、そうだ俺は島野だ、俺の事を知っているみたいだな」
ふつふつと怒りが沸いてきた。
そうか、こいつがシマノか、俺の全てを奪った張本人か!
殺してやる!殺してやるよ!死にやがれ!
お前だけは許せない!木っ端微塵にしてやるよ!
「・・・お前だけは許せない!・・・お前の所為で俺の世界は・・・この野郎が!死ねよ!殺してやるよ!」
焼き殺してやる!死んでしまえ!
喰らえ!俺のファイヤーボウルを!
何?全く効いて無い?
何でだ?
「なっ!クソッ!」
ならばこうだ!
土の塊で押しつぶしてやる!
何?これも効かないのか。
そうか、じゃあこいつも俺の意のままにしてやる!
これまで初見で効かなかったことは無いからな。
ざまあみろ!これで俺の勝ちだ!
ハハハ・・・俺の前に跪くがよい!
お前はこれで俺の傀儡だ!
「『催眠!』」
俺は催眠魔法を行使した。
勝ったな!
俺が負けるなんてそんな事はないだろうが!
・・・
え?嘘だろ?
何でだ?何で効かない?
あり得ない・・・訳が分からない・・・何だこいつ・・・怖い・・・否だ・・・何なんだよ!嘘だろ!
「止めろ、来るな!来ないでくれ!」
あわわわわ!
俺は何で浮かんでいるんだ?
何が起こっている?
「止めろ!止めてくれ!」
全く身体の自由が効かない!
何で?何だ?
否だ!否だ!止めてくれ!
「俺が何をしたっていうんだ!止めてくれ!お願いだ!」
俺は意識を失った。
俺は空中で何度もぶん投げられていた。
不規則に上下左右に。
時々地面にぶつかりそうになった。
気が付くと失神してしまっており、水をぶっかけられて起こされていた。
起こされる度に様々な感情が沸き起こってきていた。
殺してやる、勘弁してくれ、恨んでやる、許さない、許してくれ、何でこんなことするんだ?俺が何をやったというんだ?もう好きにしてくれ、いい加減止めろ!呪ってやる、どうしたら挽回できる、もう死なせてくれ・・・
もう何回投げられては起こされたのか分からない・・・
もうどうでもよくなってきた。
もう殺してくれ・・・
もう死なせてくれ・・・
ああ・・・何も考えられなくなってきた・・・もう感情も沸き立って来ない・・・
やっとだ・・・やっと静寂を迎えることが出来た。
やっと静かになってきた・・・
俺は地面にそっと降ろされていた。
気が付くと正面から倒れ込んでいた。
顔を打ち付けたみたいだが痛みも感じない。
もう、どうだっていい・・・
俺は仰向けにされていた。
全て吐き出してしまったな・・・
少々気持ちいいぐらいだ。
俺は空になってしまったみたいだ。
・・・どうでもいい。
無性に泣けてきた。
何でなのかは分からない。
ただただ涙が頬を伝っていた。
もう何も考えられない・・・
ふと気になってしまった。
「なあ・・・シマノ・・・お前は創造神なのか?・・・」
シマノが俺の近くに腰かけた。
こいつの存在感の絶大さに俺は負けを感じていた。
こんな奴に勝てる訳がないだろう・・・
「いいや、違うな。俺は創造神じゃないよ」
「そうなのか?・・・なのに何でそんなにも強く、様々な能力を持っている?」
「様々な能力?」
どうせこいつのあり得ない噂は真実なのだろう。
でなければ納得がいかない。
こいつは気持ち悪いぐらいに存在感がデカい。
「そうだ・・・噂は聞いている・・・お前は瞬間移動したり、急激に作物を成長させたり出来るんだろう?・・・それに俺を念じるだけで放り投げていたし、浮かんでもいた・・・違うか?」
「違わないなあ」
じゃあなんで創造神じゃないんだ?
それだけの力を有しているだろうが?
「だったらお前は創造神じゃないか?そんな事は創造神しか出来ない事だろうが」
「でも俺は創造神では無い・・・まあ今は成る予定だけどな・・・・」
なる予定?俺と同じで創造神を目指しているってことなのか?
それにしては余りに背が遠すぎる。
「・・・」
「創造神が気になるのか?」
気になるに決まっているだろうが・・・だって俺は・・・
「俺は創造神に成ることを目指していた・・・」
「それで・・・」
「俺は創造神に成って・・・創造神に成って・・・成って・・・」
・・・ああ・・・俺は何で創造神に成ろうとしたんだ?
あれ?何だったっけ?
思い出せない・・・どうして・・・
そんなこと・・・覚えてな・・・ああ・・・そうだった・・・そうだったのだ・・・くそぅ!俺はどうして!・・・
「成ってどうしたかったんだ?」
「・・・ああ・・・俺は何でこんな大事な事を忘れてしまっていたんだ・・・何で・・・ああ・・・俺は余りに馬鹿だ・・・そんなことも忘れて・・・ああ・・・もう死にたいよ・・・」
「死にたきゃあ勝手に死ね・・・そんな事よりお前は何で創造神に成りたかったんだ?崇め奉まつられたかっただけじゃないよな?成ろうと思った切っ掛けかは何だったんだよ?」
勝手に死ねか・・・それも悪くないな・・・切っ掛けか・・・やっと思い出したよ。もういい・・・吐き出してやる。
「それは・・・ザックおじさんを・・・俺の父親代わりの恩人を・・・蘇生したかったんだ・・・俺はザックおじさんと・・・でも俺は・・・いつしかそんなことも忘れてしまっていたみたいだ・・・何なんだよ・・・くそぅ!」
・・・・
ザックおじさん・・・会いたいよ・・・俺はどうしてこんな大事な事を忘れてしまっていたんだ?俺は大馬鹿者だ・・・自分で自分が嫌になる・・・俺はもう終わってしまった。でもどうして・・・こんな大事な事を・・・
「俺はザックおじさんと・・・一緒にワインを飲みたかっただけなんだよ・・・馬鹿みたいに騒いで・・・どうでもいい事を話して・・・ああ・・・ザックおじさん・・・ごめんよ・・・許しておくれよ・・・ザックおじさんは忠告してくれていたのに・・・なんで俺は・・・くそぅ!くそぅ!!」
自分で自分が許せない!
もういい。
この人生を終わらせよう・・・そうすべきだ・・・。
「ラファエル、ちょっと待ってろ」
はあ?何をだ?
「え?」
シマノが消えた・・・
俺はラファエルが生を得るところから眺めることにした。
こいつがどんな人生を歩んで来たのか気になってしまったからだ。
そしていきなり驚いてしまった。
俺と生年月日が一緒じゃないか・・・それも生まれ落ちた時間まで・・・一分一秒違わず・・・
生を受けたその時から俺とラファエルは因果律に捕らわれていたみたいだ。
創造神の爺さんよ、いい加減にしてくれよ。
結局はこうして対峙する運命だったんじゃないか・・・
だったら教えておけよな・・・やれやれだ。
そして地球でラファエルが行ってきたことや様々な出来事を知ることが出来た。
国は違えど同じ時間軸であったこともあり、ありありと地球でのラファエルを知ることができた。
俺の感想は簡単だった。
はっきり言ってこいつは大馬鹿者だ。
全てを舐めている。
どうしてこうも高飛車に成れるのか?
俺には分からないな。
余りに感謝がなさ過ぎる。
確かにその能力値は高い、そこは認める。
実際何でも熟す事が出来ていたし、頭も良いと感じてしまった。
だが余りに自尊心が高すぎる。
それにあり得ないぐらいに上から目線だ。
そし残念なぐらい貧弱だった。
困難に立ち向かうという姿勢が弱過ぎる。
自分に都合が悪くなると逃げてしまう。
それに他者を舐め過ぎている。
後は驚くほどに無慈悲だ。
こいつは本気で叱られたことが無いんだろうなと思う。
実に哀れだ。
俺は決して同情などしないのだが・・・
だが・・・
そしてこの異世界に転移してからのファラエルは見ごたえがあった。
というのもこの世界に転移してからのラファエルは心を入れ変えたかの如く頑張っていたからだ。
ここは認めても良いと率直に思えた。
勿論その陰にはザックおじさんの功績があったのも理解している。
この二人の関係性を俺は好きだなと感じてしまっていた。
そして少々残念に思えたのは、もしザックおじさんがラファエルに慈悲深くあれと説いていたら、ラファエルは神に成れたのかもしれないと思ってしまった事にあった。
そんなことは結果論でしか無いし、俺が口を挟むことではない。
そしてもうあと数年ザックおじさんが生きていたなら、話は変わっていたのかもしれない。
此処には同情を挟む余地はあった。
でもそれも含めての人生とも言える。
全てのタイミングが上手くいく人生なんて無いのだから。
何とも歯痒いと感じてしまった。
俺はラファエルよりもザックおじさんに同情してしまっているのかもしれない。
この一見冴えないおじさんは人としての寛容さ、そして器の大きさがあった。
そして慈悲深くその人柄も好感が持てた。
この人こそ神の素質があると感じてしまった。
許されるならばこの人と話してみたいと思った。
勿論そんなことはしないが。
時間軸は弄りたくない。
さて、どうしたものか・・・
俺は基本時間軸に帰ってきた。
恐らくラファエルとクモマルからは俺が一瞬消えて、また戻ってきた様に見えているのだろう。
一秒も経過してはいない。
「ラファエル、お前は大馬鹿物だよ」
俺は吐き捨てる様に言った。
そしてラファエルを『念動』で立たせた。
「・・・」
ラファエルは力なく俺を見ていた。
「お前の人生を見てきたぞ」
「何?そんな事が可能なのか?」
ラファエルは慄いていた。
「ああ、可能だ。俺には時間旅行という能力があるからな。過去にも未来にも行くことができる」
「そうなのか・・・敵わないな・・・」
今度はラファエルは項垂れている。
「そんな事はいいとして、お前この先どうしたいんだ?」
「それは・・・もう俺には何もない・・・帰る場所も・・・やることも・・・もう死のうと思う・・・シマノ・・・俺を殺してくれ・・・お前なら簡単にできることだろう?」
「本当にお前は大馬鹿者だな、そんなことやれてもやる訳ないだろう?神に成ろうって者がなんで殺しを行わなければいけないんだ?あり得ないだろう?ちょっと考えれば分る事だろうが!」
ラファエルの目線が揺れる。
「そう・・・だよな・・・」
「慈悲の無い奴だ・・・でもせっかく死ぬってんならお前に選ばせてやる。選択肢は二つだ。まず俺とクモマルは何もせずにここから帰る。もうこちらからお前に用事は無い。この神石は全て回収させて貰うがな、死にたきゃあ勝手に死ね、生きたきゃあ勝手に生きてろ。だがもう誰かに迷惑はかけるなよ」
「ああ」
ラファエルは力なく返事していた。
「もう一つは・・・お前をザックおじさんに会わせてやる」
「な!本当か?」
「本当だ、お前を過去に連れて行ってやる。だが勘違いするな。これはお前の為では無い。ザックおじさんの為にだからな」
「嘘だろ?」
ラファエルは眼を見開いていた。
「だが過去に行ったらお前は確実に死ぬ」
ラファエルは肩眉を上げている。
「どういうことなんだ?」
「お前は進化して仙人になっているが、まず間違いなく時間旅行に耐えられない。もって一日だろう」
「そうなのか?」
「ああ、時間の膨大な情報を処理できなくて脳が焼き切れるだろう」
「そうか・・・」
結局の所、俺は甘いみたいだ。
ザックおじさんの為と言いつつも、俺はラファエルを見過ごせなかったもの事実だ。
こんな大罪人に手を差し伸べようとしているのだから。
アイルさんや創造神の爺さんには呆れられるかもしれないな。
お前は甘すぎると叱られるのかもしれない。
それにラファエルを過去に連れて行くことはこいつの介錯になるのだし。
もしかしたら自殺の幇助になるのかもしれない。
こんな事に手を貸すべきでは無いのかもしれない。
でも俺の中の何かが、そうしてやれよと囁くのだ。
こんな大馬鹿者にでも最後に夢は見させてやれよと。
どうせ外っといても勝手に死ぬんだろうし。
ならばそれぐらいはしてやってもいいんじゃないかと・・・
俺にはそれが出来るのだから・・・
「好きに選べばいいさ、どうする?ラファエル?」
ラファエルは逡巡した後に真っすぐに俺を見据えてこう言った。
「ザックおじさんに会わせてくれ!お願いだ!」
「・・・そうか分かった」
ラファエルは涙を流していた。
それは潔い涙だった。
そして俺は『収納』に手を突っ込むと最後の世界樹の実を取り出した。
それをギョッとした表情でクモマルが見ていた。
今にもお止めくださいと止めに入ってきそうだ。
「ラファエル、お前まだ心が穏やかになってないだろう?」
「分かるのか?」
「ああ、まじまじと分かるよ、これを食ってみろ」
一瞬クモマルは止めに入ろうとしたが思い留まったみたいだ。
クモマルは心配しつつも俺への信頼が上回ったみたいだ。
信頼した表情でこちらを見ていた。
俺はラファエルに世界樹の実を渡す。
「ラファエル、頭がすっきりするぞ、食べて見ろ」
一瞬たじろいだラファエルだが、もうどうとでも成れと考えたのだろう。
一気に世界樹の実を齧った。
ラファエルが金色の光に包まれる。
「おお!おおおーーーー!!!」
ラファエルは叫んでいた。
そしてラファエルは憑き物がとれたかのかの如く、すっきりとした顔をしていた。
もう精神は穏やかになったであろう。
その表情が語っていた。
「ああ、久しぶりに頭がすっきりした」
「そうか、良かったな」
「すまない、シマノ」
ラファエルは頭を下げていた。
「クモマル、浄化魔法を掛けてやってくれ」
「御意!」
クモマルはラファエルに手を翳すと、
「浄化」
と唱えた。
ラファエルが一瞬にして綺麗になる。
「恩に着る」
「いいって事よ、さあ、これを持っていけ」
俺は『収納』からワインを四本取り出してラファエルに渡してやった。
手ぶらとはいかないだろう。
最後の酒だ、死ぬ気で飲め!
「何から何までありがとう、シマノ」
「いいから行くぞ、準備はいいか?」
「頼む」
俺はラファエルの肩に手を置いて時間旅行を発動した。
フュン!
時間旅行で訪れた時間はザックおじさんが亡くなる三日前にした。
ザックおじさんは随分と弱っていたが、何とか一口ぐらい酒を組み躱すことは出来るだろうと考えられた。
それに亡くなる前のザックおじさんを、ラファエルには会わせてやりたいと考えたからだ。
ラファエルの知らないザックおじさんに会わせてやりたいと思ったのだ。
それがこいつに残された後悔を払拭できるのではないと慮ったからだ。
実際にはどうだかは知らない。
ラファエルの感じるが儘に捕らえてくれればいい。
勿論時間軸に影響を及ぼさないことも計算に入れている。
此処よりも更に前となると時間軸に影響を与える危険性がある。
ザックおじさんというよりも、その他の周りの者達の行動に読めない点があったからだ。
ここは慎重に考えた上での決断だった。
そして俺は透明化してラファエルとザックおじさんを見守ることにした。
流石に勝手にやってくれとは言えない。
時間軸を見守る必要がある。
ラファエルは緊張の趣きであった。
意を決しているのは分かるが、少々緊張し過ぎではないかと思えるぐらい肩が挙がっていた。
其れと同時に時間旅行の影響が既に出始めているのだろう。
ラファエルは眉を潜めていた。
頭痛を堪えているのが分かる。
それぐらい時間旅行の影響は大きい。
こいつは演算の能力を得ていないのだから、この情報量に太刀打ちできる訳がないのだ。
それを俺は骨身に染みて分かっている。
でもそれを分かっての時間旅行なのだ。
本人の意思を俺は尊重したまでだ。
命を懸けてこの時間軸に来たいと。
それぐらいザックおじさんに再会したいのだと。
俺はこいつの本気を受け止めてやっただけに過ぎない。
俺はラファエルの背中をポンと一押しして、
「楽しんで来いよ」
声を掛けてやった。
「ああ、本当にありがとう」
ラファエルから右手を差し出された。
俺は握り返し、
「死ぬ気で飲めよ!じゃあな!」
この言葉にラファエルは笑顔で答えていた。
こいつもこんな笑顔が出来るんだなと、俺はラファエルを少し見直していた。
実に爽やかな笑顔だった。
俺は透明化した。
ラファエルからは転移した様に見えたのかもしれない。
ラファエルは一瞬驚いた表情をしていたが、深く呼吸を整えるとその眼には希望の光が宿っていた。
ラファエルは感謝の意を伝えたかったのだろう。
見えない俺に向かってお辞儀をしていた。
それは仰々しいお辞儀だった。
実にラファエルらしいと感じてしまった。
キザな奴め。
そしてラファエルは歩を進める。
その先にはザックおじさんのお店があった。
悠然とラファエルは歩を進めていた。
その歩に迷いは無かった。
シマノの言う通りだった。
過去に戻って来たのは直ぐに分かった。
シマノは出鱈目な奴だ。
本当に過去に来てしまうなんて・・・
到底俺には適わないな・・・なんて奴だ。
余りに絶大過ぎるだろう・・・
こんな凄い奴に俺は歯向かおうとしていたんだな。
勝てっこねえよ。
この光景を見てここは過去の世界だと、俺は一瞬にして理解してしまった。
そしてシマノの言う事には間違いは無かった。
頭がガンガンする。
頭が割れそうだ。
脳が猛烈に熱を帯びているのがわかる。
くそぅ!脳が焼けそうだ。
過去に来てからというもの、頭を押さえつけられているかの如く圧迫感がある。
今にも頭蓋骨が歪みそうだ。
脳にかなりの負担が掛かっているのが分かる。
これがあいつの言う情報を処理できないということなんだろう。
もって一日との話だったが・・・俺はこれに耐えなければ・・・
充分な時間を貰えたと感じている。
シマノ・・・ありがとう。
俺は居なくなったシマノに対して頭を下げた。
感謝の意を込めて。
そしてザックおじさんのお店を目指した。
やっと会える・・・
夢に見た瞬間だ・・・
ああ・・・俺の夢が叶いそうだ・・・
懐かしい街並みだ。
見慣れた光景、そして見慣れた人達。
こんなに綺麗な街だったのか・・・
当時はそんな事を微塵にも思わなかったな。
糞田舎だと俺は蔑んでいた・・・
何で俺はこんなにも高飛車だったのか・・・
俺は馬鹿だ・・・こんなに世界は美しかったのに・・・
それに気づく事も出来なかったのか・・・
ダサいな・・・ダサ過ぎる・・・
あーあ・・・
俺はシマノの言う通り大馬鹿者だな・・・
ザックおじさんのお店の前に到着した。
急に胸が高まる。
二階の窓が締まっていた。
この窓はいつも空いていたな。
でもザックおじさんが居ることは間違いなさそうだ。
何と無くそう感じる。
ああ・・・待ってくれていたんだな・・・今行くからな・・・ザックおじさん。
そして俺はいつもそうしていた様に、裏口からザックおじさんのお店に入った。
店の入口は堅く閉ざされており、店の中は綺麗に整頓されていた。
綺麗好きなザックおじさんらしい、否、遺品の整理といった所だろうか?
殆どの商品が片付けられていた。
ふと虚無感に苛まれそうになる。
何だかな・・・
二階のザックおじさんの寝所に向かう事にした。
階段を登る途中で声が掛けられた。
「メリダ婆さんかい?」
とても弱々しい声だった。
だが俺にとってはとても懐かしく、心温まる声だった。
途中で立ち止まり俺は深呼吸した。
この儘進む訳にはいかない。
こんな顔を見せることは憚られる。
立ち止まったのは溢れ出てくる涙を沈める為だ。
こんな顔をザックおじさんに見せる訳にはいかない。
シマノのお陰で身体は元気になっているし、心も落ち着いている。
だが頭の中は今にも発火しそうなほどに熱を帯びているのが分かる。
堪えるんだ!
集中しろ!
せっかく貰えたチャンスなんだ。
無駄に出来ない!
気合を入れろ!
「よお!ザックおじさん!俺だよ!」
意を決して俺は階段を登った。
「嘘だろ・・・ラファエルだか?」
驚きの声が返ってくる。
俺はザックおじさんの寝所に入った。
ザックおじさんはベットに上半身のみを起こして、
「ラファエルだ・・・会いたかっただでよ」
驚きと笑顔で俺を迎え入れてくれた。
俺は涙を流しそうになる自分を何とか堪えることが出来た。
理性で抑え込むにも程がある。
でもここは去勢を張るべきだろう。
「ザックおじさん・・・俺も会いたかった・・・ザックおじさん・・・ごめんよ・・・許してくれよな・・・」
なんとか俺は涙を堪えることが出来た。
「何を言っているだか、おらがお前えの何を許すってんだか?そんな事はどうでもいいだ、もっとこっちに来ておくれ、ラファエルや」
優しい声が掛けられる。
立ち上がろうとするザックおじさんを俺は抱えた。
ああ・・・こんなにも軽くなっちまいやがって・・・
ザックおじさんの病状は進んでいるのだろう。
あのぽっこりと出ていたお腹もすっきりとしている。
死が近いんだな・・・
俺も一緒か・・・
っち!しんみりしたのなんて俺達には似合わない。
気分を変えよう。
此処は堪えろ!
俺はザックおじさんを座らせた。
俺はザックおじさんの正面に座る。
「なあ、ザックおじさん。付き合ってくれるよな?」
俺はマジックバックからシマノに貰ったワインとワイングラスを取り出し、テーブルに置いた。
「およ?ワインだか?旨そうなワインでねえか?」
ザックおじさんの笑顔が眩しい。
「ああ、最高の奴から貰ったんだ。旨いに決まってるぜ!」
「そうだか、そうだか、お前がそう言うなら違えねえだ、ささ、飲ませておくれ」
「待ってろ」
俺はワイングラスを二つ取り出してワインを並々と注いだ。
「「乾杯!」」
旨い!何なんだこのワインは・・・これまでワインを浴びる程飲んできたがこんなに旨いワインは始めてだ。
流石だな・・・俺は人生の最後に最高のワインを飲めるみたいだ。
ありがたい・・・創造神に成ろうって者が造りしワイン・・・
それもザックおじさんと飲めるなんて・・・これは夢なんじゃないか?
思わずそう考えてしまう。
でも未だ頭がガンガンする。
堪えるんだ。
「ラファエル!これは本当に旨いワインでねえか!お前えの友達にお礼を言いてえな」
「・・・ああ、そうだな」
友達って・・・
一方的にぶん投げられただけだけどな。
でも今だけはそう想ってもいいよな。
違うか?シマノ、許してくれよ。
「それで、上下水道工事はどうなってんだ?ラファエル」
そうだった・・・
此処は過去の世界で・・・ここは会わせるべきなんだろうな・・・
恐らく俺が未来から来たという事は伏せるべきだろう。
シマノに迷惑をかける訳にはいかない。
「ああ大丈夫だ、上手くいっている」
その俺の発言を聞いてザックおじさんが下を向いた。
「そうだか・・・ラファエル・・・お前えは優しいなあ。お前え、おいらの知るラファエルではねえだな。おいらには分かるだでよ」
「な!・・・」
何で分かるんだよ。
嘘だろ!
「ラファエル、商売人の眼を舐めるでねえだ。おいらは腐っても商人だ。お前えの表情、雰囲気、そして眼を見ればそんなことは一目瞭然だでよ」
「ザックおじさん・・・」
「でも答え無くていいだでよ、ラファエルであることに間違いはねえだでよ。おいらに会いに来てくれた。それだけでも充分においらは嬉しいだでよ・・・」
どうしたらいい・・・まあいい・・・どうせ死ぬんだ。
なる様になるだろう。
とてもではないが、この頭の整理は出来そうにない。
シマノの言う通り、もって一日かもしれない。
今にも鼻血が出そうだ。
「ザックおじさんは凄いなあ、関心するぞ・・・」
「ナハハハ!褒めてくれるだかラファエル!」
ほんとに、どんな勘してんだよ。
「ああ、冴えない顔してる癖によお」
「冴えない顔とは言ってくれるだ、お前えこそ似たようなものだで」
「だな、冴えない親子だもんな」
ザックおじさんの表情が弾ける。
「おりょ?親子だか!嬉しい事を言ってくれるだ」
「なんだよ、茶化すなよ。もう時間が無いんだろう?」
ザックおじさんの表情が曇った。
「何でそれを知ってるだ?・・・」
「俺だって商人の端くれだ。見れば分るさ・・・ザックおじさんが俺を育ててくれたじゃないか・・・」
「・・・言うでねえか、さあラファエル。もう一杯注いでおくれ・・・」
「そうだな、死ぬ気で飲むぞ!」
「かあー、いいだ、いいだ!死ぬ気で飲むだか!」
俺はザックおじさんのグラスに並々とワインを注いだ。
「ラファエル、お前えの話が聞きたいだ!何でもいい話しておくれ!」
ザックおじさんが喜々としていた。
「そうだな、何から話そうか・・・」
「聞かせておくれ、どんな荒唐無稽な話でもいいだよ・・・」
そうか何でもいいのか・・・シマノ・・・もういいよな?
結局お前には迷惑をかけてしまうのかもしれないな。
「ああ・・・俺は未来から来たんだ」
「?・・・」
もういい、言ってしまえ、どうせ死ぬんだ。
後の事はシマノがどうにかしれくれるだろう。
それにどうせこの会話も聞かれていることだろうしな。
あいつがそんな甘い奴でも無い事を俺は骨身に染みて分かっている。
シマノすまないな、後は任せた。
ごめんよ・・・
俺はザックおじさんの死を知ったことから話を始めた。
ザックおじさんはまるで子供が絵本の読み聞かせを聞いているかの如く、ワクワクしながら眼を輝かせて話を聞いてくれた。
何の疑問を挟むことも無く。
ワインを飲みながら、嬉しそうに話を聞いてくれた。
時折声を挙げては興奮していた。
その様に俺も興が乗ってきた。
今日は舌が良く回る。
そう・・・そうだった。
懐かしい。
こうやって夜な夜なザックおじさんとは話をしたんだったな。
ザックおじさんは俺の育った世界の話や、俺の考えや想い、そして将来について等
何でも聞いてくれた。
こうやって嬉しそうに。
眼を輝かせて。
俺は本当にこの時間が好きだった。
毎日この時間が早く来ないかと思ったものだった。
長い事忘れていたよ・・・感慨深いな。
俺は幸せ者だな。
こうやって俺の話を聞いてくれる人がいる。
俺の話に何の疑問を挟むことも無く、真剣に楽しそうに話を聞いてくれる。
最高じゃねえか!
ザックおじさん・・・否、親父・・・愛してるぜ!
そして話は佳境を迎えた。
俺はもう・・・眼が霞んでいた。
親父の顔が見えづらくなってきていた。
呼吸もつらくなってきた。
肩で息をしているのが分かる。
少し耳も遠くなってきている。
鼻血も出ていた。
親父が心配そうな顔で俺を見ている。
いけない!
耐えるんだ!
堪えろ!
まだだ!
「なあ、親父・・・笑ってくれよ・・・」
親父はしまったとその表情を改める。
けっ!お互い何を心配し合っているんだか・・・
いいじゃねえか・・・一緒に死のうぜ。
もうちょっとだけ付き合ってくれよ・・・親父。
「そして俺は気が付くとぶん投げられていたんだ・・・」
「おりょりょ?・・・」
「もう何回投げられたかなんて数えられなかったよ・・・」
「そうだか・・・」
親父・・・声が小さいな・・・俺も一緒か・・・
「でもそのお陰で・・・こうやって俺は・・・親父と・・・・」
畜生!・・・畜生!・・・
何だってんだよ!
涙が止まらねえ!
もう眼が見えねえってのに・・・涙が溢れてきて止まらねえ!
こんな顔を親父に見せたくは無かったのに・・・くそぅ!
でも似たようなものか・・・親父もいつぶっ倒れても可笑しくない・・・
不意に俺の手に手が重ねられた。
ああ・・・親父・・・
俺は握り返していた。
「俺はこうやって・・・過去にやってきたんだ・・・」
「・・・そうだか」
「ああ・・・親父・・・会いたかったぜ・・・」
「ラファエル・・・おいらも会いたかっただで・・・おいらの大事な息子・・・」
「親父・・・愛して・・・るぜ・・・」
「・・・おいら・・・も・・・だ・・・で・・・」
身体から急速に熱を失っていくのを俺は感じた・・・
もう何も感じることは出来なかった。
俺は何時からこんなに涙脆くなっていたのだろう。
この世界に転移してきてからそんなに涙を流した覚えは無いのに。
ギルとエリスの再会辺りから急に涙脆くなってしまったみたいだ。
一度涙を流してしまったら最後、もう俺の涙腺は緩くなってしまっているのかもしれない。
俺はラファエルとザックおじさんの最後を看取ることが出来た。
そして止めどなく溢れる涙を止めることが出来なかった。
この義親子の最後を俺は涙なくしては見てはいられなかった。
それぐらい心を打たれていた。
ラファエルの野郎・・っち!
こいつにチャンスを与えて良かったと俺は本気で思えた。
ああ、誰か俺にタオルを下さい。
途中、ザックおじさんの勘に度肝を抜かれそうになり、ひっそりと結界を張り『結界』を張り『限定』で音を通さない様にした。
なんちゅう勘をしているんだ。
少々舐めていた様だ。
肝を冷やしたよ。
そして語り合う親子の様子に感動を俺は覚えていた。
こんな関係も良いだろうと・・・
ザックおじさんの包容力に感心し、そしてラファエルの子供心に不思議と笑顔になっていた。
結局の所、俺は甘いんだと思う。
この世界の理よりも個人の良かれを優先したことに違いはないからな。
創造神の爺さんからは怒られるんだろうな。
いい加減にせよ!と拳骨を喰らわされるかもしれない。
それにアイルさんからは烈火の如く怒れるんだろうな。
時間軸を脅かすじゃ無いと。
でも良いよ・・・俺は幸せな親子の語らいの場を造ることが出来たんだから。
俺はラファエルの遺体を抱えてクモマルの元に帰ってきた。
随分時間が掛かってしまったが、クモマルにとっては一瞬でしかない。
「我が主、お帰りなさいませ。預かります」
俺はラファエルの遺体をクモマルに渡した。
俺は自然操作で地面を掘り起こした。
そこにクモマルがラファエルの遺体をゆっくりと降ろす。
『念動』で土をラファエルの遺体に被せる。
掘り返されては不味いと念入りに土を固めた。
俺はラファエルの墓に手を合わせた。
後ろからクモマルも同様に手を合わせていた。
この様にしてラファエルは最後を遂げた。
何とも言えない感慨深い気持ちで俺はその場を後にした。
ラファエル、ザックおじさん・・・ご冥福をお祈りします。