何度か『転移』を繰り返したが、ピンピロリーンは聞こえてこない。
なかなかレベルアップしてくれない。
何故だろう?
俺の求める『転移』とは、五メートル先に瞬時に移動することではない。
はたまた見ているところに、自分が瞬時に移動することでもない。
あくまで、自分が行きたいと思うところに行けなければ意味がない。
今のままでは、ただの瞬間移動でしかない。
ならばと、行きたいところにいるイメージを重ねて『転移』を発動してみたが。
駄目だった。
何が足りない?
イメージが弱い?
イメージとして景色を思い描いているが、もっと強くイメージする?
匂いはどうだ?
肌の感覚・・・味覚・・・聞こえる音を・・・
こうなると、馴染み深いところでないとイメージが鮮明にならない。
景色を・・・匂いを・・・肌に感じる空気を・・・味を・・・音を・・・
強く五感でイメージしてみる。
シュンッという音がした。
家の中にいた。それも日本の我が家に。
うっそーん!
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました。ステータスをご確認ください」
久しぶりの我が家だ。
半年以上は帰ってこなかった、我が家。
家の中を見渡すと、懐かしさがこみ上げてくる。
時計の針がカチカチなる音すら懐かしい。
いつも座っていた椅子の感覚。
空気感や匂い、その全てが懐かしい。
五感で我が家を感じた。
何となく、壁に触れてみた。
「帰ってきたんだ」
思わず呟いていた。
意味もなく、家の中をうろうろとしてみた。
電気が付くか確認してみた。
水道も確認してみた。
ガスコンロも付けてみた。
問題なし・・・問題なし?・・・ほんとに?
ふと不安になった。
もしかして日本で能力が使えないんじゃ・・・
怖る怖るやってみた
『転移』
島での様子を五感でイメージした。
シュンッという音がした。
島のいつも昼飯の時に座っている椅子に座っていた。
良かったー!ちゃんと戻れたー!一瞬ビビったー!
そうか、日本の我が家をイメージした俺が悪いんだな・・・
ちょいちょいこういうドジなことをやってしまう俺・・・
異世界に帰れてほっとした。
ふぅ〜危ない、危ない。
でもよかった!
これで日本に戻れることが分かったぞ。
とっ、いうことで、明日にでも行きますか?
久ぶりに行きつけのサウナに!!
よっしゃー!
サーウナ!サウナ!サーウナ!サウナー!
あっ、すいません、はしゃぎ過ぎました。
だって、嬉しいんだもん。
皆に数日日本に戻ると話したら、全員口をあんぐりと開けていた。
ノンは顎が外れたと騒いでいたが、無視しておいた。
戻ってきた我が家を改めていろいろと見て回った。
やはり、埃がたまっている、これは自動掃除機に任せて、さっそく行かせて頂こう。
逸る気持ちを落ち着かせ、玄関の鏡で自分の姿をチェック
『変身』の能力で六十歳の私に変身した。
二十歳のままではサウナフレンズ会った時に、大変なことになる。
うん、落ち着いてるな。よし!
愛車のエンジンを掛けてみたが、掛からなかった、バッテリー切れの様子。
まぁ、そりゃそうか。半年以上経ってるからね。
ならばと、交通機関を使って行きつけのサウナに向かった。
懐かしの行きつけのサウナ『おでんの湯』
お久しぶりです、思わず外から拝んでしまった。
ここに何度来たいと思ったことか・・・
いや、いや、いやー!良いもんですなー、久しぶりの行きつけのサウナ。
日本に帰って来たことを改めて実感した。
日本のスーパー銭湯とは、これほど良い物だったんだと改めて思う。
外観を見ただけで感慨深いものがあった。
受付には顔なじみの店員、受付を済ませ、さっそく脱衣所に向かう。
変わらないロッカーと、鏡、さっそく入浴の準備を済ませる。
浴場に入ると薄っすらと感じる、サウナストーンの焼ける匂い。
変わらない椅子の位置。
いつも見かける掃除する店員。
幸福感でいっぱいになる。
顔がほころんでいるのが自分でも分かる。
まずは、体を洗い、次に髪も洗う、全身隅々まで綺麗にする。
これ最低限のマナー。
お風呂に入る、本日の日替わり湯は湯布院の湯、とても温まる。心地いい。
湯温は四十一度、サウナ前には適温だ。
さて、いただきましょうかサウナを。
では、いただきます。
通い詰めたサウナ室に入る。
おっ!今日は上段が空いている。
珍しいな、もちろん上段に位置を取る。
今日の温度は九十度丁度、湿度はオートロウリュウ前なのか少し低め。
ものの数分で汗をかきだした。
やはり、熱めの風呂の後はパフォーマンスが良い。
島のサウナも良いが、やはりガスストーブのサウナのパワーは違うと感じる。
熱の入りが良い。全身に熱を感じる。
ワンセット目なので無理はせず。物足りなさを残しながらもサウナ室を出る。
掛け水をしてから、水風呂へ入る。
これは絶対的なマナー。
本日の超冷水風呂は七度の設定、グルシンだ(シングル温度の水風呂のこと、サウナ用語である)
痺れるねー。
本当は潜水は禁止されているが、ごめんなさいと心で言いながら、一気に頭まで浸かる。
そして直ぐに超冷水風呂から出る。
タオルで軽く身体を拭く。
外気浴場にはお客が多かったので、残念ながらインフィニティーチェアーはお預け。
椅子に浅く腰かけて、心拍数に意識を向ける。
『黄金の整い』の時間だ。
呼吸に意識を向ける・・・複式呼吸を繰り返す・・・深い自己催眠状態へと入っていく・・・空気中の神気を吸い込み、体の要らない汚れを吐き出していく・・・体に神気を溜めていく・・・体中が神気に満ちていく・・・整ったー・・・余韻を味わう・・・
余韻に浸っていると声を掛けられた。
「あっ、お久しぶりです」
目を開けると見慣れたサウナフレンズがいた。
「おっ!久しぶり」
余韻が消え、即座に反応した。
「どうしてたんですか?全然見かけなくなったから、どうしたのかと心配してましたよ」
サウナフレンズの飯伏君だ。
「おお、悪い、悪い、ちょっと遠出をしててね」
身体を起こして彼を見た。
まさか異世界の無人島にいたとはいえ無いな。
「サウナハットおじさんなんて、もしかして死んじゃったんじゃないか?なんて言ってましたよ」
死んだって唐突な。
「俺の事?」
「ええ、そんな訳無いじゃないですかって、話してたところでしたよ」
「ごめん、ごめん、心配かけちゃったな」
俺の全身を見回して、彼は言った。
「なんかちょっと雰囲気変わりました?」
「そう?自覚はないけど」
変身で六十歳に戻ったけど甘かったか?
「だって、話し方も、今までは私って言ってたのに、俺って、珍しく口調が若返ってるじゃないですか」
しまった!これは良くない。
肉体につられて精神が若返ってしまっていた。
こちらでは言葉使いも、六十歳の自分に戻らないといけない。
初歩的なミス、これはよくないぞ。
気を付けねば。
「ははは、そうだった?」
取り繕うように笑ってみせた。
「そうですよー」
「ハハハ」
笑って誤魔化すしか無かった、顔引きつってるかも?
サウナフレンズの一人の彼の名前は知らないが、私の中では飯伏君で通っている。
なぜ飯伏君かというと、私の好きなプロレスラーの飯伏選手に顔が似ているからだ。
それに彼もプロレスが好きらしい。
だから勝手に飯伏君と心の中で呼んでいる。
多分、同様に彼も私に仇名を付けて、心の中で呼んでいると思う。
私の予想としては、「豊川さん」だと思う。
何故かと言うと、前に
「俳優の豊川なんとかさんに似てるって、言われたことないですか?」
と言われたことがあるからだ。
そう言われて、ネットで調べてみたところ、確かに見たことがある俳優さんで。
いぶし銀でイケメンの俳優さんだったので少し嬉しかった。
実は他でも、その豊川なんとかさんに似ていると、言われたことはあったので、違和感は無かった。
私と同じ仇名センスならばそうなるが、本当の所は彼のみぞ知るである。
そして、サウナ愛好家あるあるだと思うが、付き合いは長いのに、お互いの名前は知らないという現象。
お互いの家族、仕事先、趣味なども知っており、もはや友人と呼べるほど仲は良い。
合えば、必ず挨拶はするし、世間話もする。
時には相談事までするのに、名前は知らない。
そして、勝手につけた仇名を心の中で呼んでいる。
こういった仲間が私には、七人ほどいる。
まずはこの飯伏君、先ほど名前がでた、サウナハットおじさん、師匠、柔道マン、ワクワク君、マリオさん、コラントッテさん、このサウナフレンズ達は会うと必ず挨拶をし、世間話をする。
世間話といっても大半はサウナについてなのだが、それはそれで楽しい。
今日は客数が多いから温度が低い。
今日の水風呂は温度が低め。
今日はサウナの日だから温度が五度高い。
今日の外気浴は寒いからいまいち、等々。
まぁあとは、あそこのサウナ施設が良いとか、ここのサウナはここが良いなど。
耳寄りな嬉しい情報も多々ある。
そして、この飯伏君だが、ほぼ友人関係のような付き合い。
彼の職場や趣味、お勧めのサウナや好きな映画まで知っている、挙句の果てには、奥さんとの関係性まで相談に乗ったことがあるぐらいだ。
彼とは知り合ってから、もはや十年以上経つ。
そんなに長い付き合いなら、名前ぐらい聞いても?と思われるかもしれないが。そうともいかない。
そりゃあ聞こうと思えば、聞けるし、聞かれれば答えるが。
ずっとこの関係で来ていて、今さら聞いてもなぁ、というところだろうか。
名前を聞くのも今となっては、正直恥ずかしいのだ。
多分、私と同様に、向うも私のことを勝手に仇名?名前?をつけて、心のなかで言っていると思うし、今さら名前を聞くのもなと思っていると思う。
でも、この関係が実に心地よかったりもする。
このサウナフレンズとの距離感が、私にとっては心地いいのだ。
「そろそろニセット目行くけど、行く?」
「行きましょう、行きましょう」
二人揃ってサウナ室へと向かった。
さて、まずは一つ気になったのは、やはりこの世界の神気は濃い。
日本での『黄金の整い』で、久しぶりに充実した満足感があった。
異世界では、正直物足りなさがあったのだ。
日本での整いは、何と言ったらいいか表現に困るのだが、あえて言うなら。
神気が上手い、の一言に尽きる。
日本の神気が濃いのか、異世界が薄いのか?創造神様が言う通りならば、異世界が薄いのだろう。
そして後は、こちらでも能力が使える。
ただ、使い道はほとんど無い。
何故なら、下手に使用しているところを誰かに見られたら、とんでもないことになるに決まっている。
それぐらいは深く考え無くても分かるものだ。
『転移』するところを見られたり『自然操作』をしてるところを、見られるどころか、動画を取られてしまったら、とんでもないことになるのは目に見えている。
こちらでは、あくまでも一般人として暮らさないといけない。決して神様修業中な感じを出してはいけない、先ほどの一人称問題も、もっと気をつけるべきなのだ。
もしバレてしまった場合、最悪は異世界に入り浸るという手も無くは無いが。
それは、こちらでのサウナ満喫生活の終焉を意味する。
それは望むところでは全く無い。
というか、あり得ないし、望まない。
まだまだ日本でのサウナ満喫生活を捨てる気などまったく無いのだ。
せっかく帰ってこれたのだから、上手くやっていきたい。
帰宅した。
絶賛日本の物品で島に持ち込んでもいい物を物色中。
とにかくプラスチック製品はNG。
その理由は、あまりに不自然だからだ。
プラスチック用品は、異世界では一切見かけないものであると考えている。
まだ異世界の島以外の世界を知らないが、そう考えた方が、無難だと思っている。
それだけ石油製品は異世界にとっては、異物だといえることは、間違い無いだろう。
ここで俺は、違和感を感じた。
よくよく考えてみると、島の生活では、ゴミというものは一切無かった。
無駄であると考えられる、獣の内臓も、一部はウィンナーの皮に使ったりしている。
それ以外のものは、本当はホルモンなどにもしたいのだが、今はそれほどの余裕が無い為、あえて畑の肥料にしている。
今では、広大になった畑には足りないぐらいだ。
そして、一番利用価値が無いと思っていた獣の骨も、細かく砕けば、良質の肥料として活用出来ている。
更に獣の皮は『合成』で上質な衣服へと変わる。
捨てるところが無いといった具合だった。
だからと言って、獣の乱獲はしない。
沢山あればいいというものでは無いと、分かっているからだ。
そういった感じで見ていくと、持ち込める物はほとんど無かった。
ただし、危険を承知でも持ち込みたい物がいくつかあった。
まずは、歯磨き粉と歯ブラシ。
島では、木から歯ブラシを造って、使っているが、使用感や満足度がとても低い。
正直洗った感覚が薄いのだ、匂いすら残っているのでは?
と感じる時すらある。
毎回念の為『分離』で歯の歯垢を分離しているほどだ。
日本での歯ブラシを知ってしまっている身としては、余りに歯磨きが不完全なのだ。
必ず収納に保管して、バレないように使用することにしようと思う。
あと、どうしても持ち込みたいのが、シャンプーとリンスと洗剤。
いわゆる汚れ落とし物。
島では、貝殻から石鹸を『合成』にて、作成できたのだが。
どうしてもシャンプーとリンスと洗剤はできなかった。
と言うのも、原材料が何なのかさっぱり見当が付かなかった。
前にシャンプーの材料の表記を見たことはあったが、薬品的な響きの表記が大半で、さっぱり分からなかった。
薬品や、石油系の物が含まれていることは前々から知っていたが、改めて造る側に回ってみると、全然作れなかった。
シャンプーやリンスや洗剤は、百円均一で瓶を買ってきて、詰め替えて持っていこう。
唯一、そのままで持ち込めると分かったのは包丁のみ。
これは嬉しい、やはり日本の包丁の切れ味たるや、世界一だと感じる。
『加工』によって造った包丁は島にもあるが、はやり切れ味が違う。
日本の技術はあっぱれである。
しかし、こうして見てみると、現代社会には石油というものが深く関わっていることに、考えれさせられる。
快適で便利な生活には、石油資源が必要ということなのだろうか?
ただ、異世界では、魔法がある為、資源に頼ることはないということなのだろう。
まだまだ異世界を知る必要があると感じる。
もし、この日本のレベルの科学力を持ち合わせ、かつ、そこに魔法の技術が融合した国があったとしたならば、手を付けられない脅威となると思う。
今は無いことを祈ろう。
突然だが、なんてことない話をしよう。
ランクアップ時や能力獲得時に鳴る、自分にしか聞こえないあの音。
ピンピロリーンの音の後に流れるアナウンス
「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」
何か聞いたことがある声だな、誰の声だろうとずっと気になっていたのだが、その答えがやっと分かった。
「ETCカードが挿入されていません」
この人の声だった。
とても聞き慣れていた声だった。
ていうかこの人なの?というぐらい似ている。
本当になんてことない話です。
旅の準備は着々と進んでいる。
現状としては、俺以外の家族の四人は、全員人化のスキルにて、ほぼ完璧な人化ができるようになっていた。
唯一、疑わしいのはギルで、気を抜くと、尻尾が生えてしまうようだ。
まだ時間は充分にある。
焦らず頑張れ!
四人のステータスはこの通り
『鑑定』
名前:エル
種族:ペガサスLv15
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:2304
魔力:4123
能力:風魔法Lv17 浮遊魔法Lv16 氷魔法Lv15 雷魔法Lv15 治癒魔法Lv10 人語理解Lv7 人化Lv7 人語発音Lv6 念話Lv1
『鑑定』
名前:ゴン
種族:九尾の狐Lv15
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:1984
魔力:2893
能力:水魔法Lv18 土魔法Lv16 変化魔法Lv14 人語理解Lv7 人化Lv5 人語発音Lv5 念話Lv1
『鑑定』
名前:ノン
種族:フェンリルLv17
職業:島野 守の眷属
神力:0
体力:4301
魔力:2802
能力:火魔法Lv18 風魔法Lv17 雷魔法Lv17 人語理解Lv7
人化Lv5 人語発音Lv5 念話Lv1
『鑑定』
名前:ギル
種族:ベビードラゴンLv6
職業:島野 守の子供
神力:540
体力:3001
魔力:3203
能力:人語理解Lv5 浮遊魔法Lv4 火魔法Lv6 風魔法Lv7 土魔法LV4 人語発言Lv5 人化魔法Lv4 念話Lv1 念話(神力)Lv1
ゴンが相談してきた、魔法の開発についてだ。
俺が能力開発をしている姿を見て、刺激を受けたということらしい。
ただ魔法の開発と能力の開発がイコールかどうか分からないので、何とも言えないのだが。
「私の特性を生かした魔法を開発したいと思っていますが、何から手を付けたらいいのか分からなくて、主はどのように能力を開発しているのですか?」
イメージとかいろいろだが・・・
「うーん、俺の能力の開発方法が、そのまま魔法の開発に繋がるかどうかは分からないがいいのか?」
「はい、お願いします」
姿勢を正すゴン。
「俺の場合はとにかくイメージを固めること、ここに尽きる」
「イメージですか」
いまいち掴みきれていない様子。
「そう、ちなみにどんな魔法を開発したいんだ」
まずはそこからかな。
「今考えているのは『透明化』です、私は変化が得意ですので、親和性がある魔法かと考えてまして、開発しやすいのかな?と」
確かに『変身』と『透明化』は親和性があるような気はするな。
『透明化』は俺も必要と考えていた能力だから、ちょうど良い機会かもしれない。
「うん、良いアプローチじゃないかな」
「しかし、先に話したとおり、何から行えばいいのか分からず、主はどうしてるのかと思い、聞いてみたのです」
俺はイメージを固めるのが最優先なのだが・・・
「じゃあ、ちょっとやってみるか」
お手本としては、やってみた方が早いということだろう。
「はい、お願いします!」
俺の前にゴンを座らせて、俺も座る。
「まずは、全身の力を抜く、そして、イメージし易いように、目を閉じる。最初に透明化のイメージを造る。自分の体を意識し、自分の体が、どんどん薄くなり、空気中に溶けていくことをイメージする。どんどんどんどん溶けて行って、体が透明になる。だが、ちゃんと意識は保っている。体は空気に溶けて、見ることはできない。だが、ちゃんと意識はある。そして、今度は気配を消す。空気中にまだ、残っている存在感も空気中に溶かしてしまう。まだ足りない。もっと透明にする。ただ、見えないだけでは透明では無い。存在そのものが無くなる。存在その物が無くなっているので、人や物が、その空間を通り抜けることができる。そのイメージをより深く、より深くイメージする。だが意識は保っている。そして最後に神気を全身に纏わせる」
こんな感じかな。
あら?
ピンピロリーン!
「熟練度が一定になりました。ステータスをご確認ください。
「あれ、俺が開発しちゃったみたい」
ゴンが思わず叫んだ。
「えー!置き去りー!勘弁してくださいよ!」
すまぬゴン。
旅の準備を重ねるに連れ、皆がんばっているが、中でも特にノンがとてもがんばっていると思える。
今のノンは、ギルにとって、本当に頼れるお兄ちゃんになっている。
ただ、皆がいないところでは、相変わらず俺に甘えてくるのは、可愛らしいと感じる。
ノンは本質的に甘えん坊なのだ。
ゴンは魔法の研究を始めているが、まだ、成果はでていないらしい。
焦らなくこつこつやっていって欲しい。
エルは、一度天使の村に帰り、無事を兄弟姉妹に知らせにいった。
お見上げに持たせた、食物やアルコール類に、無茶苦茶興味を持たれて、ちょっとした騒ぎになったらしい。
騒ぎを抑えるのに、必死だったと疲れた顔で言っていた。
それだけ島の農作物が品質が良いのだと、改めて実感した。
ありがたいことです。
僕はギル、ドラゴンだよ、まだちっちゃいけどね。
でも獣型になれば、ノンにいちゃんの倍以上大きくなれるんだ。
すごいでしょー。
僕は今、ノン兄ちゃんとゴン姉ちゃんを背中に乗せて、飛ぶ練習をしてるんだ。
これが出来るようになったら、旅に出かけるんだって。
楽しみだなー。
どんな旅になるんだろう?
僕は兄ちゃん達とは違って、神様らしいんだけど、よく分からない。
ゴン姉ちゃんが前に、
「神様は偉い存在だから、ギルは強く逞しく、そして優しいドラゴンになりなさい」
って言ってたけど、よくわかんない。
僕はパパみたいになるんだ。
僕はパパが大好き、パパは強くて逞しくて、そして優しいって、ああ、ゴン姉ちゃんの言ってたことが分かった。
やっぱりパパみたいになればいいんじゃん。
これが正解なんじゃん。
僕の好きなことは食べることと遊ぶこと。
サウナは好き、『黄金の整い』は止められない。
あれはなんというか、神力がググっと満ちて来て、すごく気持ちいいし、強くなれた気がするんだ。
教えて貰ってから毎日やってるよ。
あとね、パパのピザは旨いんだよ、すごく美味しいの。
いろいろあって、トマトのやつとか、カレーのやつとか、味噌のやつとか・・・
僕はトマトのが好きだけどね。
次に好きなのはカレーかな、あのピリッとした味がお気に入りなんだ。
パパがピザ釜でピザを焼いてる姿は、かっこいいんだよ。
僕もピザ焼けるようになるかな?
あっ食べたくなってきちゃった、飛ばなきゃならないのに。
「ノン兄ちゃん、お腹減った。」
「ギル、もうお腹減ったの?さっき食べたばっかじゃん」
呆れた顔でノン兄ちゃんが答えた。
「だって、ピザを思い出したら、食べたくなってきちゃったんだもん」
「ふぅ、困った子ね」
ゴン姉ちゃんがやれやれといった具合で、首を横に振っていた。
「もうあと、三回飛んでからね。ピザなら主は喜んで作ってくれるだろうから『念話』でお願いしておきなさい」
「うん分かったー」
嬉しいなー、やったぁ!
僕はマルゲリータが好きなんだよ。
作ってくれるかなー?
『パパ、今日ピザ作ってくれる?マルゲリータが食べたくなっちゃった』
『いいぞ、準備しておく』
やった、今日はピザだ!
清々しい朝だった、そよ風が心地いい。
いつものごとく、日の出と共に起きた俺は、海岸を散歩中。
あえて裸足で海岸を歩く、海岸の砂を踏む足の裏の感触が心地いい。
そろそろかな?
と考えていると、世界樹からの通信が入った。
「守さん、気持ちの良い朝ですね」
「ええ、そうですね」
何だろうか、予感を感じる。
「守さん、いよいよですよ」
「わかりました、向かいます」
そう言うと俺は、創造神像の隣にある、世界樹の次木へと向かった。
俺がたどり着くと、ちょうど始まったようだ。
次木が白い光を放ち出した。
やがてその光は、金色へと変化した。
そして、金色を通り越して、真っ白な色に世界を染めた。
目が眩んで直視できない。
「生まれますよ」
世界樹が教えてくれた。
まだ視界を失ったままだ。
そして、次第に視界が戻ってきた・・・
そこには一人の女性が俺の前に立っていた。
その女性は、目立つ緑色の髪をしており、頬には見たことがない模様を携えていた。
その表情は朧気で、薄っすらと笑みを含んでいる。
とても上品な大人の女性の雰囲気を醸しだしていた。
「おはようございます、守さん」
声は俺の良く知っている世界樹の声だった。
「おはようございます。そして、誕生おめでとうございます」
と俺は返した。
「そろそろ、お役に立てるころかと、思いましたので」
世界樹さんは、にっこり微笑んでくれた。
「ええ、まったくその通りです。これからお世話になります」
俺は頭を下げた。
「いいえ、こちらこそお世話になります。さっそくなのですが、いろいろ見て回ってもよろしいですか」
「構いませんよ、では、世界樹さん、ご案内させていただきます」
と俺は誘導した。
島を見て回ってみる、俺達が住む所を中心に。
どうやら世界樹さんは畑に一番興味がある様子。
世界樹さんは楽しそうにしているようだ。その表情は微笑を含んでいる。
「ところで守さん、私に名をいただけませんか。世界樹さんでは、心の距離を感じます」
いきなりの申し出に俺は戸惑ってしまった。
「私が名付けていいのですか?」
「もちろん。ぜひお願いします」
世界樹さんはにっこり微笑んだ。
さてどうしようかな・・・
皆がぞろぞろと起きてきた。
こちらを見て何事かと集まってきていた。
世界樹さんを見て、皆んなはビックリしている。
「皆、紹介するよ、世界樹の分身体のアイリスさんです!」
「「「ええー!」」」
皆さん朝から良いリアクションです。
あっ、ノンの顎外れたかも・・・相変わらずいいリアクションだな。
ありゃりゃ、ギルが倒れた・・・ん?二度寝した?
どっちなんだ?
まあいいか。
私くしはエル、ベガサスです。
先日ご主人様の許可を頂き、天使の村に帰省いたしましたの。
久しぶりに会った、兄弟達にものすごく歓迎され、心配を掛けたと改めて思いましたの。
アグネス様から、私は元気だと話しを聞かされていたとはいえ。
悪い事をしたと反省しましたの。
でも、あの子達ったら無いわ、
「無いわったら、無いわ!」
失礼、例の発作が・・・
実は、お土産を持参したところ、奪い合いがおこりましたの。
しまいには、殴る子やら蹴る子までいて、あー、はしたない、はしたないですの。
気持ちはわかりますの、島の野菜は、そりゃー、もう格別ですの。
特に人参は最高!焼いても良し、煮ても良し、蒸しても良し、揚げても良し。
「よし、よし、よし、よーし!」
あっ、ついまた・・・
次はお土産は持参いたしませんの。
あの子達ったら。
チッ!
無いわ!
ほぼ全ての準備が完了した。なので、本日は、島野家の重要な会議。
多少緊張感が漂っている。
アイリスさんもオブザーバーとして参加してもらっている。
「さて諸君、本日は今後の方針を改めて話し会おう思っている、よろしいでしょうか?」
皆が頷く。
「そろそろ準備は整ったと思う。したがって、我々は旅に出る。とは言っても、いつでも直ぐに帰って来れる旅だ。旅の間の、島の畑の管理や家畜の世話、家の管理は、アイリスさんにお願いしてある。アイリスさんよろしくお願いします」
俺はアイリスさんに頭を下げた。
「「「よろしくお願いします」」」
アイリスさんに全員で頭を下げた。
「いいえ、私も畑作業は好きですので、お構いなく」
と手振って答えてくれる。
「アグネス便の方もよろしくお願いします。農作物や調味料等、好きに使ってもらって構いませんし、家も自由に使ってくださいね」
アイリスさんは軽く会釈した。
「では、遠慮なく」
「さて、旅の目的は、前にも話した通り、世界を見ること、知ることと、神様に会うこと。これが大きな趣旨だ」
皆、真剣に聞いている。
「まずはコロンの街から始める予定だ。基本的には旅先の宿に泊まろうとは考えていない為、島に帰ってくる。というより、しょっちゅう帰ってくるつもりだ。」
ノンが手を挙げた。
「なぜしょっちゅう帰ってくるんですか?」
ナイスな質問です。
「いい質問だ、なぜなら毎日サウナに入りたいからだ」
「「おおー!」」
ノンとギルが声を漏らした。
「サウナいいよねー」
ギルがしみじみと話している。
こいつも今では立派なサウナ愛好家だ。
「なので、旅というほどの物にもならないと思うぞ、ただ何が起こるか分からないから、気は引き締めておくように、特にこの島のことと『黄金の整い』と、俺の能力については、厳禁だからな」
「「「はい」」」
皆が口を揃えた。
「あと、訪れる旅先で、簡単な行商人みたいなことをやろうと考えている。まずはこの島で採れた野菜を、販売して旅の資金に充てようと思う」
「うん、良いと思いますの」
エルが言った。
「先日の帰省の時に配った野菜は、とても評判がよかったですの。あと、アグネス様が販売している野菜も、飛ぶように売れていましたの」
エルは誇らしそうにしている。
「まぁそんなところかな。質問はありますか?」
ゴンが手を挙げた。
「食事はどうされるのですか?」
「基本的には弁当を俺の収納に入れておくようにする、でも現地での食事を中心にしたいと思う」
ノンが手を挙げた
「バナナはおやつに入りますか?」
「おまえそれ、どこで覚えたんだ?」
「テヘ!」
ノンがとぼけていた。
やぁ!ノンだよ。
今日は僕にとって、とても大事な日なんだ。
僕の右手には大きなうちわと柄杓が握られている。
そして、左手には水の入った桶を持っている。
僕はこの日の為に主が用意してくれた、Tシャツを着ている。
そのTシャツには
「NO熱波 NOLIFE」
という言葉が書かれている。
緊張を解すために、僕は腹式呼吸をしている。
何でも主が言うには、緊張を解すにはこれが一番いいんだって。
既に皆には、サウナ室に入って貰っている。
そろそろいいころだと思う。
僕は本日『熱波師デビューいたします!』
サウナ室に入るとアイリスさん以外の皆が、待っていた。
アイリスさんは植物だから、高温は駄目なんだって。でもお風呂は好きみたい。
サウナ室に入ると、僕に視線が集まった。
その視線を尻目に、僕は準備にとり掛かる。
準備を終え、皆の様子を伺う、皆いい感じで汗をかき始めている。
「本日は島野サウナにご来店いただきまして、まことにありがとうございます。私しこの時間のアウフグースサービスの担当をさせていただいております、ノンと申します」
皆が拍手で向かえてくれた。
少し嬉しかった。
「ヨッ!」
と主が声を掛けてくれた。主の笑顔が眩しかった。
「では最初にアウフグースサービスについて、ご説明させていただきます」
ギルがニヤニヤしている。
「熱されたサウナストーンに、アロマ水を掛け、発生した蒸気をサウナ室全体に拡散いたします。その後お一人様三回、こちらの巨大うちわにて、熱波を送らさせていただきます。本日のアロマ水はレモンのアロマ水となっております」
「ノンいいぞ!」
主が叫んでいる。
「これを二セット行わせていただきます。その後、お替りをご所望の方は、気が済むまで何度も行なわせていただきます」
最後に、これは絶対言わなければいけないセリフを言う。
「一気に体温が上昇いたしますので、途中で退席していただいても構いません。決して無理はしないようお願いいたします」
皆に言い聞かせるように視線を送った。
「それでは、始めさせていただきます」
桶に入ったアロマ水をサウナストーンに掛ける。
アロマ水が音を立てて蒸発していく。
この時に重要なのは、一か所に集中して掛けないこと。
全体に掛け回すことで、蒸気の発生がよくなる。
これをまずは二廻しする。
そして、巨大うちわで、まずはサウナストーンに向かって風を仰ぐ。
そうすることで蒸気は上方に向かっていく、そこから上方を中心にサウナ室全体に蒸気が行き渡るように、うちわで蒸気を行き渡らせる。
「蒸気が行き渡りましたでしょうか?」
「「「はい」」」
いい返事をいただきました。
まずは最前列のギルから行う。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
ギルが何とか熱波に堪えている様子。
次は隣に座るゴン。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
堪えられなかったようで、ゴンはサウナ室から退席した。
続いては上段の入口傍に座っているエル。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
エルは歯茎をむき出しにしながら耐えていた。
最後に上段の最奥に控えている主。
主は両手を挙げて迎え撃つ状態で待っていた。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
主はゆっくりと頷いている、さすがの貫禄。
「では二回目を行います。」
既に僕も汗だくになっている、けどまだまだいける。
アロマ水をサウナストーンに掛ける、いい匂いを漂わせて再度蒸気が上がる。
サウナ室全体にうちわで蒸気を拡散した。
「もう無理!」
と言ってギルはサウナ室を出た。
本当は、ここで簡単な世間話をするように言われているのだが、そんな余裕は今の僕には無かった。
でもなんとか頑張って。
「初めてのアウフグースサービスはいかがですか?」
とエルに話かけた。
「なかなかよろしいですの」
と返すエル、だが既に虫の息な感じの様子だった。
「蒸気は行き渡りましたでしょうか?」
「「はい」」
まずはエルから。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
エルは脱兎のごとくサウナ室から駆け出していった。
そして、いよいよ主の番。
「ではいきます。1、2、3」
団扇で扇ぐ、お辞儀をする。
主は腕組をして熱波を受けていた。
「これで終了となりますが、お代わりをご所望の方はいらっしゃいますでしょうか?」
「はい!」
と全力で手を挙げる主。
「ノン、三回といわず十回仰いでくれ」
やっぱりそう来たか、さすがは主だ。
僕もそろそろ意識が朦朧としてきたよ、だけど負けない。
「ノン、アロマ水を自分の頭に掛けなさい」
な!その手があったか!
「ただし、これは俺の前だけのことにしなさい。他のお客様の前では止めておきなさい」
お客様って・・・意味は分かるけど・・・流石は主だ・・・サウナに対して妥協が無い。
僕は、アロマ水を頭から被った。
すると、一気にシャキッとした。
「ではいきます。1、2、3、・・・・8、9、10」
主は両手を広げて熱波を受けていた。
「ノン、良い熱波だったぞ」
といって主はサウナ室を出ていった。
僕はサウナ室を片付けた後に、サウナ室を出た。
これにて熱波師デビューいたしました!
あー、しんどい!
この島に来てから一年が経った。
全員で創造神様の石像の前にいる。皆一様に手を合わせている。
「準備はいいな」
アイリスさんに一礼し、俺はエルの背に跨った。
ノンとゴンは獣型のギルの背に乗っている。
ドラゴンの成長は早いもので、獣型の身長は既に六メートル以上になっている。
「じゃ、アイリスさん、留守はお任せしますね」
「気を付けて行ってらっしゃい」
アイリスさんが手を振っていた。
「行ってきます!」
皆がアイリスさんに手を振った。
エルと、ギルが上空に浮かび揚がる。
「さぁ、いこうか!」
東に向けて、俺たちは旅立っていった。
おれ達は空を飛んでいる。無人島から東の方面に向かって。
風は微風、時折塩の香りを強く感じる。
水面がキラキラと輝いていた。
なんだか気分が良い。
「エル、大丈夫か?」
俺は声を掛けた。
もうかれこれ一時間以上飛び続けている。
「ええ、大丈夫ですの」
「パパ、もっとスピード出せるよ」
ギルが嬉し気に話かけてきた。
「そうか、無理するなよ」
「ギル、無理しなくていいんだよ」
ノンが優しく声をかけている。
「へん!楽勝だよ」
そう言うとギルは一気にスピードを上げた。
「ギル、あなたどこに向かっているか分かってるの?」
ギルの背中をゴンが叩きながら言った。
「あっ、そっか」
スピードを下げ、後ろの俺達を待っている。
ギルが振り返ったが、そこには俺とエルはいない。
「えっ、いない、嘘、パパはエル姉ちゃんは?」
パニクッているギル。
すると、ギルの真下から、エルが猛スピードで現れた。
「うわっ!」
驚くギル。ゴンとノンが、ギルから落ちそうになっていた。
「危ない、ちょっと!ギル何してるのよ」
ゴンが騒いでいる。
「ハハハ!大丈夫かー!」
俺とエルはその様を見て爆笑した。
「もー、パパ!」
ギルが拗ねている。
皆で顔を見合わせて笑った、
「ワッハッハッハー!」
「面白い!」
「ギャッハッハー!」
我ら仲良し島野一家です。
俺は指をさして言った。
「皆、見えてきたぞ、コロンの街だ!」
コロンの街が見えてきた。
さぁ旅の始まりだ。
いったいどんな人に出会い、どんな事が起こるのだろうか?
年甲斐も無くワクワクしている俺がいる。
崖の上に広がる牧草地帯、その先に見える小さな村。
すると遠くから声が聞こえた。
「おーい、おーい!守ー!」
どうやらアグネスが出迎えに来てくれたようだ。
「わざわざお出迎えか?」
「そうよ、神様が迎えに行ってくれって言うからさー。エルちゃんがいるから大丈夫だって言ったんだけど。それでも行ってくれっていうからさ」
「そうか、悪かったな」
そう答えると、横からノンが横やりを入れる。
「本当は主に早く会いたかったんじゃないの?」
冷やかして遊んでいるようだ。
「ふん、なによノン。そんなこと無いんだからね!」
アグネスが赤くなっている。
「そうか、アグネスは俺のことが好きなのかー」
「ふんだ!守のバーカ、バーカ!」
「冗談だよ、分かった、分かった」
コロンの街へと向かった。
空の旅はとても楽しかったし、心地良かった。
なんとも気持ちのいい時間を過ごした。
コロンの街に着いた。
牧草地は広く、雄大な景色に心が躍る。
そして同時に、牧歌的な雰囲気に心が和む。
草の匂いが鼻を衝くが、決して嫌な臭いではない。
牛の群れが草をむさぼり、その近くを犬が見守っている。
ヤギの群れも同様に草をむさぼっていた。そして、それを警護するように天使達が上空から見守っていた。
天使達に手を振ると、天使達が手を振り替えしてくれた。
「アグネス、あれが、天使達の仕事なのか?」
「あれも仕事の一つね、でも一番の仕事は街の警護なんだけどね」
警護ということは、それなりに天使達も強いってことなのかな?
「それにしても、聞いてはいたけど、牧歌的でいいな」
アグネスが胸を張って、自慢げにしてる。
「そりゃそうよ、前にも言ったかもしれないけど。コロンの街は畜産で有名な街なのよ。特に牛乳は有名でね、中には収納持ちの商人に、買いに来させる王族までいるぐらいなんだから」
王族?いるんだ。
「本当は、もっと販売を拡げたいんだけど、牛乳は足が速いからね」
消費期限が速いってことね、分かるよ。
俺も日本では牛乳を何度も駄目に仕掛けたからな。
その度に牛乳入りの料理に取り掛かったものだ。
「どれぐらい持つんだ?」
「そうね、保存状態にもよるけど、日光に当てなければ、だいたい十五日ぐらいかな?」
思いのほか長いな、というより、日本の衛生管理が厳しいってことなのかもしれない。
「なぁ、容器はどんな物なんだ」
「容器?瓶に詰めてるわよ?」
「それは、真空にしてるのか?」
首を傾げている。
「要は、腐食は空気に触れることで発生するから、出来る限り空気の入らないように工夫することで、消費できる期限が伸びたりするものなんだよ」
「それはどういうことなの?」
「簡単に言えば、容器に蓋をせずに放置するとしたら、空気が牛乳によく触れてしまうだろ?」
「うん」
「そうすると牛乳は腐りやすくなるんだ」
「そうなんだ」
「例えば、鉄は錆びるだろう?あれは、鉄が空気にふれることによって腐食する。鉄にとっての腐食が錆びるということなんだよ」
「なるほどね」
アグネスは深く頷いている。
「だから、牛乳の消費期限を延ばしたければ、瓶に蓋をする際に、少しでも空気を含まない工夫をすれば、期限が伸びると考えられる。そうすれば、ちょっとでも長く牛乳を食することができるんじゃないかな?ってことだよ」
「どんな工夫ができるかしら」
「いくつかあるけど、それはまず自分達で考えてみてくれ。何でも聞いてしまったら面白くないだろ?」
「えー、教えてよ。ケチー!」
むくれた顔でこちらを見ている。
「お前なぁ、この街の神様は畜産の神様じゃなかったのか?神様にも面子ってもんがあるだろうが、ここまでは良かれと思って俺は話しているだけであって、神様の領域に勝手に踏み込むのもどうかと思うんだがね」
しまったという顔でアグネスがこちらを見ている。
「あっ、そうでした。すいません・・・」
下を向いて反省している様子。
「お前また調子に乗ってんのか?」
ノンが凄みながら割り込んできた。
「そんなことはありません、ごめんなさい」
へこへこしているアグネス。
その様子を、他の皆が鼻で笑っていた。
やれやれこの子は、少しでも街の為にと考えてのことなんだろうけど、常々考えが浅いんだよな。
そういうところ嫌いじゃないけどさ。
「じゃあ念の為、あと一つだけ教えておく、さっき日光に当たらないようにって、話をしてたけど、常温で保存しているのか?」
アグネスは背筋を伸ばして緊張気味に話しだした。
「だいたいそうであります。日差しが良くないことは分かってますので」
おいおい、いきなり敬語になってるよ、分かりやす過ぎるだろ。
駄目天使全開だな、まぁ可愛らしいってことにしておきましょうか。
「冷やして保存した方がいいぞ、ただ凍らせちゃまずいけどな」
「凍らせちゃ不味いでありますか?」
軍隊かよ・・・ありますか?って、もはやアホだな。
敬礼でもしそうな雰囲気だ。
「牛乳は凍らせると、解凍した後に分離しちゃうからな」
「そうでありますか、理解いたしました」
本当に俺に向かって敬礼しているアグネス、これってもしかして馬鹿にしている?
いやあの子の最大級の尊敬の表現がこれなんだろう。
まさに残念天使。
しかし、地球でのごく当たり前の知識で、誰でも分かっていることを、話してみただけなんだけど、ここまで文化レベルが低いってことなのか?
そうとも考えづらいな、ただ単にアグネスの知識レベルが・・・ってこともある。
ただ純粋に、冷やして保存する技術が無い、という可能性の方が高そうだけど。
神様ならこれぐらい知っていて当然と思うが、技術が無いってことかな?
だからあえて、知らしめていないとか?
まぁ、いずれにしても俺が首を突っ込むのは憚られるな。
「とにかく一度、神様と相談してみてくれ」
「了解いたしました!」
まだ敬礼してるよ・・・
天使って皆アホなのか?
アズネスだけであることを祈ろう。
アグネスの手配で、早速、神様と会うことになった。
神様の見た目の印象としては、カールおじさん。
麦わら帽子に、口髭、農作業を行う服装に、朗らかな顔つき。
そしてふくよかな体形。
「始めまして。島野守と申します、転移者です。よろしくお願い致します」
頭を下げて挨拶した。
「おー、君がそうか、アグネス君から話は聞いてるよ。私はドラン、ここコロンの街で下級神をやっている。よろしく頼むよ、ハッハッハッ!しかし、面白いパーティーだね。転移者、フェンリル、九尾の狐、そしてうちのペガサスに、ドラゴンとは、ハッハッハッ!」
笑う度に、ドラン様のお腹が揺れている。
何とも豪快な笑い声だ、辺り一面に木霊しているよ。
俺はおもむろに『収納』からお土産を取り出した。
「こちらお近づきの標です、よかったらどうぞ」
野菜の詰め合わせと、ワインを三本差し出した。
「おー、ありがとう、遠慮なくいただくよ。おっ、これはアグネスの野菜かな?嬉しねー、これ美味しいよねー。ん?なんと!ワインじゃないか。ありがたいねー。いやー。ありがとう。ハッハッハッ!」
かなり喜んでいただけている様子。
出だしは順調っと。
本当はここでこっそり『鑑定』をしてみたいところだが、止めておいた。
というのも、前にアグネスに『鑑定』してみていいか?
と聞いたことがあったが、あの子にしては珍しく、本気で止めて欲しいと言われたことがあった。
何でも、勝手に『鑑定』をすることが、罪になる国があるとのことだった。
恐らくこれは俺の想像だが、個人の能力や体力や魔力は、秘匿すべき個人情報であり。『鑑定』の能力を持った者が、好き勝手にそれを除き見ることは、個人の尊厳を脅かす可能性があり、かつ許されざる行いであると、いうことではないかと思う。
それはそうだと思う、個人情報を覗き見ることは、日本でも犯罪だとの認識は間違っていないと思う。
俺としては、そういったことは遵守したいと思う。
「しかし、上から拝見させて頂きましたけど、大きな牧草地帯ですね。驚きましたよ」
「おー、そうか、そうか、まぁこう見えても私は、畜産の神だからね。ハッハッハッ!」
こう見えてって、まんまですけど・・・
「畜産の神様なんですね」
「そうだよ、畜産の実績が認められて、神様になったんだ、今は下級神だよ」
実績が認められて・・・
「そうなんですか?実績が認められてとうことは、その前は何を?」
馬の背を撫でながら、ドラン様が答えた。
「実は、私は元々人間でね、ただ、ちょっと特殊だったんだ」
「特殊とは?」
「私には、一部の動物とコミュニケーションがとれる、力があってね。ハッハッハッ!」
特殊能力持ちだったってことか。
「そうなんですね」
「元々、この町は畜産の街では無かったんだよ、私のこの能力で畜産を始めて、今の畜産の街コロンになったんだ。ハッハッハッ!それが評価されて、神になったんだよ」
前に創造神様が、実績が云々って言っていたような気がする。
「実績が評価されると、神様になれるんですか?」
「ああ、そこからか・・・この世界では、私の知る限り、神になるには、創造神様が造った神と、私の様に実績が評価されて神になる、この二通りだね。それ以外は聞いたことはないね。ハッハッハッ!」
良く笑う神様だ・・・嫌いじゃないけど、少々鬱陶しい。
「このコロンの街には、ドラン様が神様になる前には、神様はいらっしゃらなかったんですか?」
下級神というのは何なのか?俺がゴンから聞いた話では、氏神様のイメージなんだが。
「ああ、いたよ。私が神になった時に前の神様は中級神になって、街を出て行ったよ。ハッハッハッ!」
ゴンの知っている、中級神とは若干事情が違うようだな。こちらがオーソドックスなのかな?
「島野君はこれから街を見て周るんだってね」
「はい、その予定です」
じゃれてくる牛をあやしながら、ドラン様は言った。
「そのあとでいいから、もう一度私のところに寄ってくれないかな?ちょっと話したいことがあってね」
どうやら何かが含まれている様子。
「そうですか、分かりました。では後ほど」
ドラン様に手を振られながら、牧草地帯を後にした。
頭に鉢巻を巻き、気合満々のアグネスが、フンス!
と言わんぐらいの気合を漲らせていた。
簡単な屋台と言っていいのか、雨よけも無いテーブルに、ところ狭しと、野菜が積み上げてられていた。
すると、三白眼のアグネスが、力強く、机を叩いた。
ドンドン!ドンドン!
「さぁさぁ皆さんお立合い、私くし天使のアグネスにてございます!そして、ここにありますのが、今話題沸騰のアグネスの野菜にてございます。さぁさぁ見てっておくんなまし、よぉ、そこの兄ちゃんどうだい、どうだい、アグネスの野菜だよ。数量限定だよ!この野菜は本日限りの販売だよ。見てっておくんなまし!」
おいおい、叩き売りかよ・・・てか、なましって何だよ?
「さぁどうだい、さぁどうだい!」
道行く人々に声を掛けていくアグネス。
しかし、これが凄かった。
待ってましたと言わんばかりに集まる人々、まさに飛ぶようにアグネスの野菜は売れていった。
アグネスが意気揚々と野菜を販売していた。
正直びっくりした。
「ふう、今日も売り切ったわ、どうよ、守!」
勝ち誇った表情のアグネス。
「お疲れさん、毎回こんな感じなのか?」
「そうよ、どうよ!」
胸を叩いてふんぞり返っている。
「いや、これって、アグネスが凄いんじゃなくて、島の野菜が凄いんじゃないの?」
あらら、ギルが真っ当なこと言っちゃったよ。
「なによ、私だって頑張ってるんだからね」
「まぁ、まぁ」
エルが宥めている。
「まぁ、でもよく分かったよ、ありがとなアグネス」
お礼はちゃんとしないとね。
「ふん!もっと感謝してくれてもいいんだけどね!」
「お前、調子に乗ると、また締めるぞ!」
ノンが脅した。
「ウッ!」
急に態度が変わったアグネス。
可哀想にとエルが慰めていた。
「まぁまぁまぁ」
何はともあれ、島の野菜の価値は充分に分かった。となると、旅の資金の現地調達は、問題無さそうだ。
ただあまりに爆発的な売れ行きには、なにか理由があるようにも感じる。
この街の野菜は美味しくないとか?
とりあえず、今は気に掛けてもしょうがないのだが。
その後、街の散策に出かけた。
街の中心地では、食べ物中心の屋台が立ち並んでいて、ちょいちょい買い食いしながら、楽しく過ごした。
やはり俺の予想は正しかった。
屋台の料理は、肉系が中心ではあったが、いつくか野菜の食べ物もあった。
食べてみたのだが、美味しいとはお世辞にも言えなかった。
あと、何よりも野菜が小さくて色が薄い。
野菜の栄養が感じられなかった。
アグネスが、島の野菜をたらふく食べたがるのも、理解できるというもの。
畑の土壌が違うのかな?などと考えてはみたが、畑を見ない限り分からない。
まぁ人の畑のことを気に掛けても仕方がないのだが。
街の中心に差し掛かってくるにつれて、家の形も、木造から、石作りに変わっていく様も見ることができた。
街の中心ともなると、人の数が増え、賑わいを感じることができた。
見た感じとして、人間が四割、獣人が四割、残りニ割がそれ以外、といったところだろうか。
獣人は特にミノタウロスが多い様に感じた。おそらく牧場関係の従事者ではないかと思う。
とても平和でのどかな街だと思う。
これもあの牧歌的な神様の影響なのかもしれない。
そして、最後に教会に立ち寄った。
小さな教会だった、見たところ。老朽化が激しく雨漏りをしていても、おかしくないと思えるほどの痛みようだった。
中に入ると、思った通りの、狭くて小さい教会だった。
祭壇があり、その上には石像が置かれているが、劣化が激しいのか、石像の形が、はっきりとしていない。
何の神様なんだろうか?
周りを見渡してみたが、誰もいない。
「あのー、すいません!どなたかいますか?」
ゴンが声を掛けた。
すると、少し経ってから、
「はぁーい、ごめんなさいね。いま行きますねー」
と声が返ってきた。
俺の腰ぐらいの身長の、老齢のネズミの獣人が現れた。
法衣を纏っており、眼鏡をかけている。おそらくここのシスターなのだろう。
「お待たせしました。それで何か御用ですか?」
「突然伺ってすいません。私は島野守と申します。そして、こちらが、私の家族です」
「はぁ」
と言って、シスターが俺たちを見上げていた。
「私たちは旅の者でして、コロンの街を見学させて頂いております。今回は俺の要望で教会に寄りたいとお願いしまして、こちらに寄らせていただきました」
「私が連れて来たのよ」
アグネスが前に出てきた。
「あら天使様。お元気そうで」
どうやら知り合いのようだ。
「久しぶりね、リズ、元気してた?」
アグネスが話し掛ける。
「ええ、元気だけが取り柄ですから・・・それで・・・その・・・」
俺から話掛けた、
「リズさん、教えて欲しいんですが、こちらの石像はどの神様なのでしょうか?」
俺は石像を指さした。
「ああ、お恥ずかしい限りなんですが、こちらは、元々は創造神様の石像だったんです。今では劣化が激しくて・・・」
「島の石像の方が相当」
ゴンがギルの脇腹をつついたと同時に、俺が割って入った。
「そうなんですね。なるほど、教会では創造神様を崇拝するものなんでしょうか?」
「そうですね、教会では創造神様を祭ってるところがほとんどですが、中には上級神様を祭っている教会もありますよ」
なかなか顕現化しない神様を崇拝しているってことなのかな?
「ここでは創造神教ってことなんでしょうか?」
リズさんが何のこと?という具合に首を捻っている。
「創造神教?って何ですか?」
何ですかって?ん?
待てよ、そうか、宗教という概念が日本とは違うということか。
神様を崇拝することを、宗教という枠に捕らわれていないということなんだろう。
神様が顕現している世界なんだから、日本と違って当然ということか。
すると、リズさんの後ろから、ぞろぞろと子供たちが現れた。
「シスターどうしたの?」
「この人たち誰?」
「シスターお腹減った」
子供達が、次々に話しだす。
「あっ、ちょっと、出てきちゃ駄目でしょ。奥に行ってなさい」
リズさんが困惑していた。
「あれー!元気な子供がいっぱいだなー、お前達、お腹減ってるのかな?」
との問いかけに返事が殺到した。
「減ってるー!」
「ペコペコー!」
「何か食べたいー!」
俺はノンに合図をした。
「分かった、分かった!そこまで言うなら食べさせてあげるから。皆ついて来て」
と言って、ノンは教会の中庭に子供達を誘導した。
「お前達、飯が食いたいかー!」
「おおー!」
ギルが煽っている。
「上手い飯が、食いたいかー!」
「おおー!」
拳を上に突き出している子もいる。
「じゃあちょっと待っててね」
そういうと、ノンが俺に合図を送ってきた。
その様子をリズさんが尚も困惑しながら見ていた。
俺は『収納』からテーブルとイスを取り出した。
実はこんなこともあろうかと、昨日シチューを仕込んでおいたのだ。
俺達はシチューをとりわけ、パンをテーブルの中心に大量に置き。サラダも取り出した。
「さぁ皆、食べよう!」
「手を合わせてください」
ゴンが仕切っている。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
大合唱であった。
子供達が我先にと食べ物に手を付けている。
リズさんはまだ困惑している様子。
「そんな、いただいても・・・」
「ご一緒にリズさんもどうですか?」
俺はリズさんに食事を勧めた。
「よろしいので」
「皆、遠慮なく食えよ!お代わりもあるぞ」
「「「やったー」」」
子供達が嬉しそうにしている。
すると、獣人の男の子三人組が現れた。
「お!旨そうなもん食ってんじゃんよ、俺にも食わせてくれよ」
「こら!テリーお行儀が悪い、すいません島野さん」
リズさんがテリーと呼ばれた子に近づいて、背中を叩いていた。
「痛てーな、シスター止めてくれよ!」
テリーが逃げ回っている。
見たところテリー少年はこの中では最年長なのか、顔つきは子供ではなく、少年の顔つきだった。
恐らく狼の獣人だと思う。
十二歳前後だろうか、一緒に来た二人を引き連れている印象があった。
他の二人はというと、猫耳があるところからこちらも獣人のようだ。
「テリー、あんたどこふらついてたのよ」
「どこだっていいだろってか、アグネスいるじゃん」
「なによ、いたっていいでしょ」
アグネスが返す。
「なぁ、とにかく食事にしないか?」
俺は助け舟を出してやった。
「お、話が分かる兄ちゃんだな。へへ」
俺は自分の席をテリー少年に譲ってあげた。
二人の獣人の少年にも手招きをして席に座らせた。
シチューを取り分けてやり、三人に差し出してやると、勢いよくがっつきだした。
良い食いっぷりです。
するとテリー少年が話し掛けて来た。
「で、兄ちゃんは何者?」
こらこらスプーンで人のことを指すんじゃない、本当にお行儀の悪い坊主だなぁ。
まぁ精神年齢定年の俺は、こんなことでは、腹が立つことはありませんがね。
「俺かい?俺は島野守だよ、よろしくなテリー」
「へ、そうかよ」
その態度にムッときたのか、ギルが食ってかかった。
「おいお前、僕のパパになんて態度取ってんだよ」
テリー少年はギルを一瞥するや、何だよと言わんばかりに立ち上がろうとした。
それを察知して、ゴンがテリー少年の肩を抑えて立ち上がらせなかった。
「今は食事中でしょ?止めなさい」
さすがにこれをやられると、座るしかないよね。
ナイス!ゴン。
テリー少年は観念した様子で食事を再開した。
「本当に申し訳ありません」
リズさんがまた謝っていた。
「いやいや、元気でいいじゃないですか」
その様子をアグネスはにっこりしながら、眺めていた。
「アグネス、手伝ってくれよ」
おっと、という様子で手伝いだしたアグネス。
「わかったわよ」
皆で食事を楽しんだ。
とても楽しい食事だった。
大人数の食事ってたまにはいいよね。
「それで、リズさんこの子達は・・・」
リズさんが答えた。
「この子達は、いろいろな事情で親と離れ離れになった、可哀想な子達なんです。ある子は親が魔獣に殺され。ある子は口減らしでという具合で、やむにやまれずここに預けられた子達です」
「そうですか、教会の運営状況はどうですか?」
俺はずばり聞いてみた。
「正直ぎりぎりなんとかやっていますよ、幸い援助してくれる方もちらほらいましてね」
リズさんは足元にいた、子供の頭を撫でながら話していた。
子供に良く懐かれている、信頼されているシスターだ。
「良かったらこちらをこの子達の為に使ってください。あと、雨漏りも直したほうがよいかと思います」
袋に入れた、金貨百枚を渡した。
「えっ!こんなに!良いんですか?」
リズさんがビックリしている。
「遠慮なく使ってください」
家族の皆とアグネスが、こちらを見て微笑んでいた。
「あと、もし良かったらなんですけど、教会の中にある石像なんですが、俺が手直しをしてもよろしいでしょうか?手先には自信がありまして」
周りに聞こえないようにリズさんに耳打ちした。
一瞬ためらったリズさんだったが。
「ええ、お願いします」
と快く答えてくれた。
皆が食事を取るなか、俺は一人教会の中へとやって来た。
石像の前に立ち、当たりを見渡して、誰もいないことを確認してから『加工』の能力で創造神様の石像を改修した。
改修した石像にお辞儀をしてから、俺はこの場を立ち去った。
石像は結構な自信作となった。
ドラン様のところにやってきた。
話しがあるということだったが、何だろうか?
「遅くなりました、お待たせしてすいません」
「ハッハッハッ、かまわん、かまわん。こちらこそ、呼び立ててすまなかったね」
ドラン様と一緒に三人の男性が控えていた。
「島野君、紹介させてくれ。こちらがこの町の農業組合の会長のモラン君だ」
一人の男性が、前に出た。
こちらもドラン様と同じく、カールおじさん風の体形と恰好をしていた。
髭は無かったが。
「モランと申します、よろしくお願いいたします」
続いて二人をモランさんから紹介された。
副会長らしく、二人とも獣人で、こちらも農業従事者とすぐわかる服装をしていた。
ドラン様が口を開いた。
「島野君、担当直入にお願いしたい。この町の農業にアドバイスを貰えないだろうか?」
やっぱりそう来たか。
「アドバイスですか?」
「ハッハッハッ、そうだよ。アグネスの野菜は、島野君が作ってるんだろ?その腕を見込んで、お願いできないだろうか?」
やっぱり、筒抜けだったか。
まぁ、今さらどうってこともないけどね。
「構いませんが、ひとまず今日は時間も遅いので、明日まずは一度畑を見せていただけないでしょうか?」
農業組合の三人が胸を撫で降ろしていた。
「そうか、すまないねー。ハッハッハッ」
俺たちはドラン様のもとを後にした。
コロンの街で一泊と考えていたが、手ごろな宿が見当たらなかった為、結局島に転移で戻ることにした。
「あらー、お帰りなさい。結局帰って来られたのですね」
アイリスさんが、出迎えてくれる。
皆口々に「ただいまー」と声を掛けている。
「宿が決まらなかったので、帰ってきちゃいました」
「まぁ、そうでしたの。食事は済んでますか?」
お気遣いありがとうございます。
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
「皆、とりあえず風呂にして、もうだいぶ遅いけど、サウナはどうする?」
エルが片手を挙げた。
「私くしは、お風呂のみにしておきます。少々疲れましたですの」
「僕も今日はいいや」
ノンが答えた。
「じゃあ今日は風呂のみでいいな?」
「はーい」
と皆が口々に答えた。
俺は、ビールを『収納』から取り出し、一口飲んだ。
あー、旨!
風呂の準備は皆に任せて、何かつまみでもと考えていたところ、正面にアイリスさんが着席した。
「ご相伴に預かろうかと思いまして」
俺は『収納』からビールを出して、アイリスさんに渡した。
ついでに、燻製にしたベーコンも数切れ皿に盛った。
「どうぞ」
「ありがとうございます。それで、どうでしたか?」
アイリスさんが、興味深々といった具合で尋ねてくる。
そりゃあ、そうだろう。一人で留守番だからな。
気になら無い訳がない。まぁそれもあって帰って来たんだけどね。
「いろいろありましたよ、ドラン様という下級神にお会いして。街を散策したり、牧場を見学したりして、あと教会にも行きました」
教会では子供達と食事ができて楽しかったな。
あとこの世界の宗教感が把握できてよかった。
「まぁ、そうでしたか。何か守さんが興味を引くような物はありましたか?」
「たくさんあり過ぎて、困ってしまいましたよ。あっそうだ、アイリスさんにちょっと相談事があるんですが」
「相談事ですか?」
アイリスさんが喜んでいる。
頼られて嬉しいのだろう。
「ええ、実は、ドラン様から三人の農業組合員を紹介されまして、何でも農業に関するアドバイスが欲しい、ということらしいんです。明日畑を見させてもらう予定なんですが、アイリスさんの能力で、コロンの街の畑の様子って分かったりします?」
目を閉じて何やら考え込んでいる?探している?といった具合のアイリスさん。
「ええ、おそらくコロンの街でしたら、距離としては大丈夫かと思いますが、少々お時間を頂けますか?」
「もちろんです、あんまり無理はしないでくださいね」
ビールを飲み切った俺は、風呂に入ることにした。
アイリスさんは、目を閉じて集中していたので、声を掛けるのは、止めておいた。
翌日
約束通り、コロンの街の畑を見せて貰っている。
「収穫した作物を見させて貰えませんか?」
会長のモランさんにお願いすると、副会長の一人が取りに向かってくれた。
収穫物を手渡された。
これは、おそらくジャガイモだろうが、サイズがうちの作物より半分ぐらいしかなかった。
「他にはありますか?」
「こちらもどうぞ」
手渡してくれたのは、キュウリだろうか?こちらもサイズが小さく、更に色も薄く感じる。
「初めてアグネス様が野菜を販売してるところを見て、正直驚きました。何より野菜の大きさや色つや、そして実際に口にしてみたら、味がとても濃かった」
モランさんが興奮気味に話しだした。
「なるほど」
「アグネス様にどこで育てたんだ!どこで仕入れたんだって!何度も何度も聞いても、企業秘密だって、答えてくれなかったんですよ」
「それで」
「まぁ、アグネスの野菜は数量が少ないので、我々の市場や、生活を脅かすほどではありませんから、販売をやめて欲しい、ということではないのです。それに楽しみにしている街人も多いので・・・ただ我々農業従事者としては、いてもたってもいられず。ドラン様に相談したところ、この様な機会を頂けた、ということなんです」
「そういうことだったんですね」
アグネスなりには気遣ってくれてたんだと分かった。
下手に無人島産だって漏らして、注目されないようにしてくれてたみたいだ。
少し見直したよ。
言うなとは言ってないから、言ってくれてもよかったんだけどね。
でもさすがに神様には報告していたってことかな。
「ではさっそく教えて頂きたいことが一つ。普段農家の方々はどのように農作業をしておられるのでしょうか?」
モランさんが前に出てきた。
「それはまず種まき、水やり、雑草を見つけたら抜いて。後は虫が付いたら除去といったところですね、当然収穫もですが・・・」
「他には有りませんか?」
モランさんが、副会長達と話し合っている。
「特には無いかと思います」
「分かりました、では肥料を撒いたり、間引きを行うといったことはされない、ということですね?」
三人は首を傾げている。
「あの、それはなんでしょうか?肥料とは?・・・」
アイリスさんの言う通りのようだ。
「説明します。まず肥料とは土に栄養を与えるものです。豊富な栄養のある土からしか、栄養豊富な作物はできません」
三人の反応を見るといまいち理解できていない様子。
「土に栄養ですか・・・」
「はいそうです。同じ畑でも、土が肥えている土と、そうでない土とでは、作物のできが違います」
副会長の一人が、何か思い当る節があったのか、目を見開いている。
「うん分かる気がします。色の濃い土の方が、成長が良いのは何となく分かっていました」
「例えばこのコロンの街は畜産業が盛んです。牛糞が大量にあると思いますが、その牛糞が肥料になります」
三人が明らかに嫌そうな顔をした。
「それは、衛生的にどうなんでしょうか?」
「衛生的とはどういうお考えですか?」
何か固定観念があるようだ。
「いや、牛とはいっても糞ですよね」
「イメージだけが先行して。大事なことを分かってらっしゃらない、では牛は水を飲み、草を食べます、そして、糞をだす。そのどこに衛生的に悪い部分がありますか?」
三人は、考え込んでいる。
「確かに衛生意識が高いのは良いことですが、大事な面を見失っては本末転倒ですよ。あとアグネスの野菜ですが、肥料は何だと思いますか?当然牛糞を使用しておりますし、もっと言うと、人糞も一部混じっておりますよ」
三人はびっくりして目を見開いている。
「ではこれまでに、アグネスの野菜で健康トラブル等はありましたか?」
副会長の一人が、何かを思い出したようだ。
「あっ!そういえば、前に牧草から脱走した牛が、畑で糞をしてしまったことがありました。言われたように、その土から育った作物は大きくて、色も良かった。ただ・・・衛生的ではないと判断して、捨ててしまいました・・・」
ドラン様はちゃんと気づける機会は、与えていたってところかな。
なるほどね。
「もし疑う様でしたら、一部の小さな畑から試してみてください」
三人は腕を組んで、難しい顔をしていた。
「もう一つ間引きですが、これは元気のない枝や、小さい作物をあえて伐採するということです。そのほうが残った実に栄養が蓄えられて、大きく、色鮮やかになるんです」
「なるほど」
モランさんが答える。
「まぁ、あとは実際に試してみてから、考えてください」
「分かりました、貴重なアドバイスありがとうございました」
ついでに連作障害についても教えておいた。
実は、昨日の間にアイリスさんから、コロンの畑の現状とアドバイスは聞いていたから、これは受け売りでしかないんだけどね。
アイリスさんは畑のプロだから、お見通しということだ。
アイリスさん、あざっす!
ひとまずドラン様からの相談ごとは片付いたので、その報告にと、俺とギルの二人で、ドラン様の所にやってきた。
アドバイスの内容と、そのやり取りについて報告した。
「島野君ありがとう助かったよー、ハッハッハッ。何か私にできることがあったら言って欲しい、出来ることはしてみせよう」
ではお言葉に甘えさせて貰いましょうかね。
「ありがとうございます。ではさっそくですが、神様のことについて教えて貰えませんか?」
「ほう、神についてか、それはどういうことかな?」
ギルの肩に手を置いた。
「まず私にはギルがおります。親である以上知っておきたいのです。その存在や行いについて、例えば私が感じたのは今回の畑の件について、ドラン様は前から、農家の方々にヒントをお与えになっておりましたよね?」
ドラン様が一瞬ビックとして、その後考え込んでいた。
「なんだか君は勘が良いね、恐れ入ったよ。いいだろう、私が話せる範囲で話をしよう。まぁ座りたまえ」
椅子を勧められ、俺とギルは着席した。
「まず、神と言っても様々だから、全てが同じではないことを承知して欲しい。やはり例外という物が存在するのは、どこの世界でも一緒だろう?」
日本でも例外はあったような、なかったような。
まぁとりあえず合わせておこう。
「そうですね、分かります」
「私の場合は前にも話した通り、元は人間で、畜産の実績が評価されて神になった。私がやること、というかやれることは限られている。まずは私は畜産の神だから、畜産に関することは、その能力内において手出しすることは許されている」
「と言いますと?」
「そうだな、島野君、君は転移者だから『鑑定』を持っているだろう?私に使用してみてくれ」
ちょっとビックリした、ドラン様は随分オープンな性格だな。
「いいんですか?」
「ああいいとも、ただし他の神様には本人の了承が無い限り厳禁だぞ。やはりそこはプライベートなところだからな。ハッハッハッ」
「では遠慮なく」
『鑑定』
名前:ドラン
種族:下級神
職業:畜産の神
神力:640
体力:1432
魔力:0
能力:畜産動物思念伝達Lv3 畜産動物治癒Lv2 畜産食物加工Lv2 神気操作Lv3
ドラン様が話し出した。
「いいかい、私の能力として『畜産動物思念伝達』『畜産動物治癒』『畜産食物加工』『神気操作』とある、まず『畜産動物思念伝達』は前に話した通り、一部の動物とコミュニケーションが取れる力だ『畜産動物治癒』とは、畜産に関する動物であれば、どの子でもケガや病気を治癒してあげれる力、ただ畜産に関係の無い動物には及ばない力だ」
ここで一旦間を置いた。
理解できているかと俺とギルを見ている。
「次に『畜産食物加工』は牛乳やチーズやヨーグルト、ハム等、畜産からとれる食物を加工して造れる力のこと、そして最後に『神気操作』とはその名の通り神気を扱う力、ここまでいいかな?」
畜産に関係する能力内であれば行使できるということか。
「ええ、大丈夫です」
「この能力内においては、ある程度直接手出しが可能だが、それ以外においては、直接的な手出しは許されていない」
ドラン様が周りを見て、誰もいないことを確認した。
「従って今回のように農業に関して、直接的なアドバイスは許されていない、だが私も畜産の神として、牛糞が肥料になることぐらい知っている、でも・・・ということだよ」
概ね予想通りだな。
「牛に畑で糞をさせたりと、気づく切っ掛けを与えることは何とか許してもらえる、又は他の誰かに代わりを務めてもらう、ということですね」
ドラン様が頭を掻いている。
「まぁ今回の島野君の件は、ギリギリのところだけど、ハッハッハッ」
「分かりました。能力で直接手をだす時には、この神気が必要ということなのでしょうか?」
ドラン様が右手を差し出し神気を見せた。
「そう、この神気によって能力を使っている。ただね・・・最近ではちょっと都合が変わってきててね、どうにも神気が集まりづらいんだ。だから『畜産食物加工』は、今は極力控えるようにしている」
この世界の神気が薄くなってきていることと関係してそうだな。
「集まりづらいとは?」
「『鑑定』で見たとおり、私の今の神力は640、最大で877まで集めることができる」
集めるとは?
「どうやって集めるのですか?」
「うーん、自然と集まってくる感じかな」
それが集まりづらくなってきているということか。
「あと、例えばなんですけど、その能力を増やしたりすることは可能なのでしょうか?」
ドラン様が驚いている、そして急に頭を抱え込んだ。
と思ったら万遍の笑顔になった。
「なんて素晴らしい発想なんだ。島野君!君はすごいね、考えたことも無かったよ。ハッハッハッ」
「そうなんですね」
能力開発は創造神限定のことなのか?とは思えない。
いや、これまでのことを考える限り、創造神限定では無いと思われる。
ドラン様で考えるならば、能力はもっと獲得できるはずだ。
例えば『畜産動物治癒』は、畜産動物に限定しているが、治癒という能力に変わりはない。治癒の対象を広げることは可能なはず。
更に、俺の予想では、新たな能力の獲得によって、直接やれることの幅が広がる、これが下級神から中級神へと昇格するシステムだと予想している。
とりあえずこの予想は、ドラン様には話さないでおこうと思っているが。
「あと確認したいことが、ひとつあります。下級神様は土地に縛られると聞いたことがあるんですが、どうなんでしょうか?」
ドラン様は怪訝そうな顔をした。
「表現が良くないな、それでは誤解を生むね。決して土地に縛られるようなことはないよ。ただ先ほど話した通り、能力がある分その能力に見合う土地以外に行っても、出来ることがないんだよ。ほんとにただ見てるだけになる。例えば、隣街に養蜂の村のカナンがあるが、カナンは養蜂に特化した村だ。私に出来ることはカナンの街にはなんにも無いんだよ。下手すりゃ蜂に刺されて痛い思いをするだけだよ。畜産に関する能力を持っているからコロンにいるんだ。コロンは畜産の街だからね」
俺は、ギルの肩を抱いた。
ギルが、万遍の笑顔でこちらを向いた。
「よかった・・・」
ギルが小さく、呟いた。
「ちなみにギル君は、神獣だから、中級神以上だぞ」
「えっそうなの?」
思わずギルが反応した。
「ああ、私みたいに評価されて神になった訳では無いからね。ドラゴンは創造神様から生まれたと言ってもいい存在だから、創造神様が生み出した存在は、最低でも中級神以上だよ」
どうやら、ギルの不安要素は解決したようだ。嬉しそうにしている。
俺たちはドラン様のもとをあとにした。
まだまだ謎の多い神様システムだが、とりあえずは一端を掴めたと言ってもいいだろう。
ひとまず島に戻ってきた。
興奮冷めやらぬギルは、アイリスさんや兄弟達に、ことの顛末を興奮気味に話している。
しかし、これで神様システムの一部がはっきりした。この解明は大きな一歩になる。
こうなると、更なる能力の開発に力を入れる必要がある。
次は何にするか・・・
何て考えていたら、万歳三唱から、胴上げが始まっていた。
俺も混じろうかと、一歩踏み出したところで、ギルが地面に落ちた。
大人の皆さん、小さい子供にそれは辞めてあげてよー。
更なる能力の開発に取り組んでいる、今行っているのは『浮遊』の能力開発。
要は飛ぶということ、ギルとエルは魔法によって既に取得している能力、ならば俺もといった具合だ。
まずは、自然操作で風をおこして浮かんでみる。手のひらと、足の裏から風が地面に打ち付けて浮かぶ方法。
何とか、三十センチほど浮いたが、なかなかバランスが上手くとれない。更に風を強くしてみたが、思うほど浮かばなかった。
ただ、宙に浮く感覚は何となく分かった気がする。
次に今の感覚をイメージして、体に神気を纏ってみた。
駄目だった。
ならばと、今度は自分の体から質量が無くなったところをイメージしてみた。
駄目だった。
ここはプロに聞いてみようということで、エルに聞いてみる。
「浮遊のコツって何だと思う?」
「コツですか?そうですの。私くしの場合は、浮かぶというより、上に引っ張られるような感じで浮かび、翼でバランを取るようにしておりますの」
なるほど、上に引っ張られるイメージ、そして体重移動でバランスを取るということか。
上に引っ張られるイメージを強く持ち、体に神気を纏ってみた。
体が宙に浮かんでいる、更に体重を前に移し、前に進む。
左に体を傾けて左に進んだ。
ピンピロリーン!
「熟練度が一定に達しました、ステータスをご確認ください」
よし!これで飛べるぞ!
ファンタジー世界である意味最もやりたかったことだ。
『鑑定』
名前:島野 守
種族:人間
職業:神様見習いLv9
神気:計測不能
体力:1233
魔力:0
能力:加工Lv5 分離Lv5 神気操作Lv4 神気放出Lv3 合成Lv4 熟成Lv4 身体強化Lv3 両替Lv1 行動予測Lv2 自然操作Lv3 結界Lv2同調Lv2 変身Lv1 念話Lv1 探索Lv1 転移Lv2 透明化Lv1 浮遊Lv1 初心者パック
預金:2793万7734円
俺たちは養蜂の村「カナン」に訪れている。
コロンの街から北に一時間ほどの距離、当然エルとギルに乗って移動した。
カナンの村は、森に囲まれた集落が集まった村といったことろか、森林地帯独特の匂いがする。
それにしてもこの村は獣人が多い、それもいろいろな獣人がいる。
体の一部だけ獣の獣人がいれば、ほぼ獣といった獣人もいる、二足歩行で衣服がなければ、獣か?と疑ってしまうほどだ。
中には人間も見かけるが、圧倒的に獣人が多い。
聞くところによると、カナンの下級神様は元獣人とのことらしく。それが影響しているのだろう。
まずは下級神様にご挨拶をと、道行く人にどこにいるかと尋ねてみたたところ、養蜂場にいけば、デカい熊がいるから、行けば分かると言われた。
デカい熊?なんのことやら。
養蜂場に行くと、ひと際お腹の出た、デカい熊がいた。
デカい熊のプーさんじゃん!
なんでよりによって、赤色の服を着てるのかな?
笑いを堪えるのに必死だった。
不味い、さすがに挨拶で笑うなんて失礼過ぎる。
落ち着くために一呼吸置いてから挨拶に向かった。
「僕ー、レイモンドだよー、養蜂のー神様だよー」
なんで間延びした話し方するんだよ。
ワザとだろ!寄せ過ぎだって!
「ククッ!」
しまった、笑ってしまった。
「面白かったー?」
「あっ、すいません知り合いによく似てましたので、思わず」
何とか胡麻化せたか?
「申し遅れました。俺は島野守と申します。村の見学に来させていただきました。こちらは手土産です。どうぞ」
野菜の詰め合わせとワインを三本手渡した。
「ありがとー、美味しそうだねーぜひ見学していってねー」
少し慣れて来た、なんとか大丈夫だろう。
「あと、この野菜の販売をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あーそれはー商人組合にー聞いてくれるかなー、僕では決められないからねー」
組合があるのか?コロンでは、アグネスが普通に販売してたけど、アグネスは組合員ってことなのかな?
「分かりました、ありがとうございます」
一礼して、その場を立ち去った。
距離が離れてからノンが呟いた。
「デッカイ熊のプーさんだな」
「ププッ!それは言っちゃ駄目!」
笑いのお替りが始まってしまった。
村人に声を掛け、商人組合の場所を聞いた。
早速行ってみる事にした。
大きな建物だった『商人組合』と看板がある。
ドアをノックする。
ドンドン!
ドアを開けて、中から犬の獣人が出てきた。
「どうしましたか?」
「突然すいません、俺は島野と申します。この村で野菜の販売をしたく、許可を貰いにこちらに参りました」
こちらの犬の獣人はほぼ犬だった。ビーグル犬かな?
「あーそうでしたか、では中へどうぞ」
誘われるがままに家の中に入った。
高い天井の家だ、数人が机に向かって何かしらの作業をしていた。
事務仕事かな?
中央にあるテーブルに誘導される。
「こちらにどうぞ」
俺だけ椅子に腰かけた。
「で、どんな野菜の販売をお考えで?」
『収納』から野菜の詰め合わせを取りだす。
「こちらなんですが」
犬の獣人が目を丸くしていた。
「これはまた、立派な野菜ですねー、すごい大きさに色つやですね。絶対に売れますねこれは凄い」
野菜をまじまじと眺めている。
「どのように販売する予定ですか?」
「簡単な屋台でと考えておりまして、いかがでしょうか?」
屋台ならば、何かと都合がいいと考えての選択だった。
店舗を構えて行うつもりなどさらさら無い。コストが掛かる上に腰を据えて商売するつもりなど毛頭無いからだ。
好きな時に、好きなだけ野菜を売るとしか考えてない。
そうなると屋台が一番都合が良い。
「そうですかいいですよ、ではこちらの書類にサインをお願いします」
サインをすると、いくつかのルールを説明された。
販売高の一割を商人組合に収めること、販売場所は定められたところのみ、価格の設定は各自自由、商人同士のもめ事に商人組合は一切関与しない。
等々・・・普通サインする前に説明するよね?
まぁいいや。
どうやら商人協会の会員に登録するということになってしまったらしい。
会員証のような物を手渡された。
販売場所へと移動した。
結構人が多く、賑わっている。
これは期待できる。
指定の場所に大きな長いテーブルを準備し、白いシーツを広げた。
野菜を取り出す前に、周りの状況を見る。
ほとんどが屋台で、売っている商品は食料品が多いが、中には陶磁器や衣類なども見うけられた。
簡素な市のような雰囲気だ。
野菜を取り出し、並べていく。
これでもかと、高く積み上げる。
「さあさあ皆さん、美味しい野菜はいかがですかー!こちらの野菜の販売は本日のみとなっております。まずは見てやってください。大きくて、美味しい野菜ですよー!」
俺はあえて大きな声で話し掛けた。
なんだなんだと、市がざわついている。
遠巻きに見ていた人達がこちらに注目しだした。
やはり大きな声は注目を集める、商売の基本だ。
「良かったら、こちらを試食していってください、試食は無料ですよ、どうぞどうぞ!」
数名が無料に反応したのか、近づいてきた。
日本では定番のセールストーク、これが上手くいかない訳が無い。
「こちらの試食をどうぞ、こちらはスイカと言いまして、みずみずしくて、甘くて美味しいですよ」
「無料でいいのかい?」
狐の獣人女性が話し掛けてきた。
「もちろん無料でいいですよ、気に入ったらぜひお買い求めください」
俺は、試食用のスイカの一切れを、爪楊枝に刺して渡した。
獣人女性が軽く頭を下げてから、スイカを食べた。
「なにこれ・・・美味しい!・・・一つ頂戴!いくらなの?」
よし、狙い道りだ。
「銀貨十枚になります。」
「じゃあ二つ頂くわ」
「ありがとうございます!」
これを機にお客の波は止まらなかった。
ものの三十分も掛からずに完売してしまった。
見知らぬ新参者で、敬遠されるだろうからと、試食販売にしてみたが、大当たりだった。
気が付けば、持ってきた野菜が全部売れてしまった。
念の為と多めに持ってきていたが、まったく足りなかった。
結果としては、アグネス便の三倍以上の売上になった。
「すごい売れてたねー、すごいねー」
振り返るとデカいプーさん、じゃなくて、レイモンド様がいた。
「ありがとうございます。いやー、疲れましたよ。ハハハ」
本当に疲れた、たったの三十分の出来事だったが、怒涛の勢いとはこのことかと実感した。
「たいしたもんだねー、試食なんてー初めてみたよー、頭いいねー、君ー」
デカいプーさんに褒められた。
悪い気はしない。
「あっ、そういえば、はちみつはどこに行けば、買えますか?」
「じゃあー、僕に付いておいでよー」
「ありがとうございます」
早速屋台の片づけをして、レイモンド様の後を付いていった。
すると、何か村が騒がしくなってきていた。
人があちらこちらと走り周っている。
「何かあったのでしょうか?」
レイモンド様に尋ねてみた。
「多分ー魔獣が出たんじゃーないかなー」
「魔獣ですか?大変じゃないですか」
魔獣とは穏やかじゃないな、人的被害がでないといいが。
「そうだねー、でも僕は何もできないからねー、でもーハンターがー対処してくれると思うよー」
ハンターとは?そのままの意味で狩人ってことかな?
「ハンターですか?」
「うんー、魔獣や獣を狩るー専門の職業だよー、知らないのー」
そんな職業があってもおかしくはないか、獣や魔獣がいる世界だからな。
「興味があるな、見学に行ってもいいですか?」
「いいけどー、気を付けてねー。魔獣はー獣より強いからねー」
「ありがとうございます」
ゴンとエルに、はちみつの買い付けは任せて、騒ぎのする方に、ノンとギルを伴って向かった。
森の中に入っていった。
『探索』で状況を把握する、魔獣が三匹にハンターらしき者が五名、二百メートル先にいる。ノンは気配で察知しているようだ。
ギルには状況を伝えた。
「もしハンターが劣勢なら、手を貸そう、そうじゃなければ、見学だな」
頷く二人。
距離二十メートル、ハンターと魔獣が対峙していた。
『鑑定』
グレートウルフ(魔) 森の奥に住む獣 食用可
グレートウルフは身を低くして、ハンターに今にも飛び掛からんとしている。
黒い瘴気を身に纏っている。
なんとも禍々しい。
ハンターはグレートウルフの周りを円状に囲み、包囲している状態。
一頭のグレートウルフが、一人のハンターに狙いを定めて、一気に距離を詰めた。
頭から猛然と突っ込んでいる、ハンターは盾でその突進を受けたが、後ろに吹っ飛ばされていた。
後ろの木に背中を打ち付けている。
おー痛そう。
それを機に、他の二頭のグレートウルフも動き出した。
明らかにハンターの劣勢、ノンとギルにサインを送る。
吹っ飛ばされたハンターを、今にも噛みつこうとしているグレートウルフに、俺は『転移』で距離を詰め、背後から首を掴んで一気に首の骨を折った。
ゴリッという音が、腕から伝わって来る。
獣化したノンは、風魔法でグレートウルフを巻き上げ、爪で首を切断していた。
ギルは体当たりでグレートウルフを吹っ飛ばし、倒れたグレートウルフの首にエルボードロップで、息の根を止めていた。
五人のハンターは固まっていた。
何が起きたか分かっていない様子。
ひとまず片付けたグレートウルフを一か所に纏めて、五人の様子を眺めて見た。
未だフリーズ中。
うーん、ちょっと待ったほうがいいのかな?
すると、一人が正気に戻ったようで、こちらに近づいてきた。
「ありがとうございます!」
いきなり泣かれた。
目の前で両膝をついたハンターが大泣きしだした。
あーあ、勘弁してよ・・・
徐々に正気を取り戻した他のハンター達が、同じように大泣きしだした。
こりゃあ時間がかかるぞー、やっちまったか?
泣くほどのことなのか?
少し、冷静になったハンター達が次々に
「ありがとう、本当に助かった、死ぬかと思った」
「こんなところにグレートウルフが出るなんて、運が悪すぎるって」
「グレートウルフに襲われた時、ノエルちゃんにもっと強引に迫るべきだった、と思いました」
うん、お前は何かが違う・・・
口々に感謝の念を伝えてくれた。
恐らくこの人達には、魔獣化したグレートウルフはかなり格上だったようだ。
相当な覚悟で挑んだことだろう。
窮地を脱したといったところかな?
「で、この先はどうしましょうか?」
ハンター達に問いかける。
「失礼しました、私はこのハンターグループ『サンライズ』のリーダーをしております。ライドと申します。この度はお助けいただきまして、本当にありがとうございました。この獲物らはそちらで、お納めください」
ライドさんは牛の獣人で、力には自信があるといった風貌の男性だった。
頭に角が生えていて、筋骨隆々だ。
おそらくミノタウロスだろう。
「俺は島野です。こちらは、ノンとギルです。ところで、お納めくださいって何ですか?ハンターのことは何も知らないので・・・」
はい私達は通りすがりの一般人です。
「そうですか、ハンターの流儀として仕留めた者が、獲物を確保できるということです、なのでこの三匹のグレートウルフはそちらでお納めください」
そういえば、食用可ってなってたな。
「これは、どちらかで買い取っていただけるのでしょうか?」
「ハンター協会買取可能です、グレートウルフは貴重で、その牙は、高値で取引されています。他にも癖はありますが肉は上手く、毛皮も高く買い取ってもらえます。あと、魔獣は魔石を持っておりますので、こちらはかなり高く買い取って貰えますよ」
どうやら狩った獣がお金になるらしい。
ありがたいことだ。
ひとまずグレートウルフを三匹を回収して『サンライズ』の方達とハンター協会に向かうことにした。
ハンター協会も大きな建物だった。
入口に入ると奥に大きなカウンターがあり、職員の方が受付をしていた。
左側にもカウンターがあるが、こちらは、飲食店の様な雰囲気、椅子とテーブルが適当に配置されており、好きに使ってください的な雰囲気だった。
そして何人かのハンターが自由に飲み食いしていた。
「島野さん、こちらです」
正面奥にあるカウンターに招かれた。
「メイちゃん、こちら島野さん、なんと魔獣化したグレートウルフを三匹も倒したんだぜ」
と先程助けた猿の獣人が自慢げに言っている。
話が聞こえたのか、他のハンター達がざわめきだした。
「えっ、すごい!」
メイちゃんと呼ばれた、兎の獣人が驚いていた。
とりあえず名乗ることにした。
「あのー、初めまして、俺は島野といいます。ハンター協会は初めてでして・・・」
ハンター達が耳をそばだてている気配がする。
あんまり注目されたく無いのだが、しょうがないか。
「そうなんですね、こちらこそ初めまして、私は受付を担当してますメイです。初めてということですと、ハンター登録はされていないということでしょうか?」
こちらも商人組合と一緒で登録制のようだ。
「ええ、そうです。何かまずかったですか?」
商人組合と同じ仕組みなのかな?
「いえ、そんなことはないです。ではさっそくグレートウルフを見せて頂けますでしょうか?」
メイさんがカウンターの上に手をやった。
『収納』から三匹のグレートウルフを取り出すと、回りから声が漏れてきた。
「すげー」
「本物見るの始めてだぜ!」
「ただのウルフの間違いじゃないか?」
メイさんがグレートウルフをしげしげと眺めている。
「うん、間違いないですね。グレートウルフ三匹、こちらは買い取りでよかったでしょうか?」
「ええ、そうしてください」
「では先にハンター登録をしてはいかがでしょうか?ハンター登録しますと、解体費用が半額になりますので」
はやりその流れになるのか。
「なるほど、ちなみに解体費用はいくらぐらいでしょうか?」
解体は自分でもできるが聞いてみることにした。
「解体は物にもよりますが、このサイズのグレートウルフですと、一匹で銀貨五十枚ぐらいですね」
だいたい五千円ぐらい、三匹で一万五千円か、結構するな。
半額でも七千五百円か、解体は自分で出来るけど。
この流れに乗らないのは良くないな。
頼んだ方が正解だろう。
「あと、ハンター登録することで、何か義務とかが発生したりするのでしょうか?」
これがとても重要な気がする。
「そういったことは無いですが、稀に魔獣が大量発生したりした時には、協力を依頼することはあります」
基本的に縛られることは無いか。
「分かりました、じゃあ登録でお願いします」
サインしてハンター登録した。
買い取りの清算は明後日ということになった。
ちなみにパーティー名は『島野一家』にした。
登録すると商人組合と同様に、会員証のような物を渡された。
ハンター協会を出ようとしたところで『サンライズ』の面々に呼び止められた。
なんでもお礼に晩御飯を奢ってくれるということらしい。
あと二人増えますが大丈夫ですか、と伝えたが全然構わないと言ってくれた。
はちみつの買い付けに行っていた。ゴンとエルと合流し、まずは商人組合に売上金の一割を納めにいった。
「本当にこんなに売れたんですか?」
と驚かれたが、こちらとしては何も誤魔化してはいない。
組合側としても、上納金が少しでも多い方が良いに決まっている。
何を疑うことがあるのか?もし誤魔化すのなら低く言うに決まっている。
「多いに越したことがないのでは?」
と言うと
理解できたのか
「そうですね、すいませんでした」
と犬の獣人が頭を下げていた。
商人組合出て、待ち合わせの酒場に到着した。
お店に入ると、すごい賑わいだった。
真ん中のテーブルに既に『サンライズ』御一行が席を取ってくれていた。
「すいません、遅くなりました」
「いえいえ、こちらも今着いたところですよ」
とライドさんが答える。
「島野さん、紹介させてください。こちらが斥候のウィル。魔法使いのジョー、こっちが剣士のカイ、回復役のジュース、そして最後に俺が、盾役のライドですよろしくお願いします」
ウィルさんは猿の獣人、とても身軽そうだ。
ジョーさんは人間、見た目は魔法使いというより商人の雰囲気だ。
カイさんは、ゴリラの獣人で、ごつい剣士そのもの。
ジュースさんは、人間で神官のような出で立ちだ。
皆なそれなりのベテランハンターらしい。
こちらも、一家全員を紹介した。
「島野さんは、テイマーなのか?」
ジョーさんが聞いてきた。
「いや、そうではないです」
テイマーって獣使いってことだよな、そんな者では断じてありません。
「そうなのか?テイマーでも無いのに、聖獣を従えてるってどういうことだよ」
横からライドさんが口を挟んできた。
「ジョーお前、何言ってんだよ、ハンター同士は詮索しないのが礼儀だろ」
そうだったと言わんかの如く、ジョーさんが顔の前で両手を揃えた。
すまなかったということなんだろう。
「しかし、島野さん達は本当に強えーよな。ノン君なんて、爪で首をサクッ、だもんな」
ウィルさんに褒められて、ノンが照れている。
「まぁとりあえず、注文しようぜ。皆エールでいいか?」
ライドさんが取り纏めるようだ、仕切り役なのかな?
「ギルはエールは駄目だぞ、まだ早い」
横目でギルに目線を送った。
「えー、いいじゃん」
ギルは駄々を捏ねている。
駄目なもんは駄目です。
「駄目だ、別の物にしろ」
そうだそうだと言わんばかりに、他の家族達が頷いている。
「じゃあ、お茶で」
食事と酒が運ばれてきた。
「ライドさんはこの世界のことには詳しいですか?」
「この世界とは?」
「ああ、すいません。実は俺達はずっと島暮らしでして、世情のこととかほぼ知らないもので・・・」
横からカイさんが割り込んできた。
「だったら俺に任せな、噂好きのカイとは俺のことだぜ」
「誰も言ってねえよ」
ライドさんがツッコんでいた。
「へへ、まあ聞きなよ、島野さん」
顎の周りを触りながらカイさんは話しだした。
「そうだな、まずは南半球最大の王国『タイロン』その名の通り、王政の国さ、王様は『ハノイ十三世』って言って、ふざけた名前の割には、腕っぷしがめっぽう強いって噂だ。あと軍隊もあるってよ。それから南半球最強と呼ばれる剣士がいるっていう噂だ。次は魔法国『メッサーラ』だな、この国はなんといっても、魔法の研究が盛んで、魔法が得意な人なら、この国に行けなんていわれるほどさ」
ゴンがビクッと反応している。
それにしても、ここは南半球だったんだな、初めて知った。
「ただ、さっきの『タイロン』とはあまり上手くいっていないらしい、国境ではちょっとした小競り合いが、ちらほらとあるみたいだ。まぁ、とは言っても死人がでるほどでは無いらしいがな」
「何が原因で揉めてるんですか?」
気になるので、聞いてみた。
「それがどうやら、剣が最強か?魔法が最強か?で揉めているらしい。何とも、揉めるほどのことかと俺は思うがね」
確かにそう思う、どっちが強いかなんてどうでもいいと思うが、当人達にとってはそうはいかない、ということなんだろう。
だが、答えは簡単じゃないか、両方極めた者が一番最強に決まってるでしょうが。
「他にはどんな国があるんですか?」
情報収集は欠かせない。
「そうだな、いろいろあるが、魔王国の『メルラド』他には国と呼べるほどの規模の街はないかな。あとは、漁師の街『ゴルゴラド』ここの海鮮は絶品だぞって、行ったことのある奴に自慢されたよ。何でも生で魚が食えるって話だ。考えられねえだろ普通。なんだかそういった技術が開発されたって噂だ。他には、大工の街『ボルン』ここの街の家は歴史的な遺産レベルだって聞いているが、何が凄いのかよく分からねえな。他にもエルフの村、鍛冶師の街、ダンジョンの街などいろいろだな。他にもいろいろあるが、切りが無いかな、あぁでもこれは話しておきたいな、最後に温泉街『ゴロウ』なんでもここの神様は、転移者だって話だぞ」
「えっ!温泉があるんですか?」
ワクワクする!
それにゴロウってどう考えても日本人ですよね!
「ああ、そうだよ、なんだい島野さんは温泉を知ってるのかい?」
「知ってるも何も、大好きです。ありがとうございます。絶対に行きます!」
俺は思わずガッツポーズをした。
やっべー、興奮してきた。
早く行きたいなー。どんな温泉なんだろう。
サウナあるかな?あるよね?あってくれよ!
と物思いに耽ってしまっていた。
あっ、『サンライズ』の皆さんが引いてる。
気を取り直して、情報収集再開。
「ところで、今日狩ったグレートウルフなんですが、どれぐらいの脅威なんですか?」
ライドさんが答えてくれた。
「脅威というかなんというか、正直俺達は死ぬ気で挑みましたよ」
「というと?」
「いやぁ、自分達これでもベテランのBランクハンターなんですけどね、さすがに魔獣化したグレートウルフ三匹は無理ですよ」
強さがランクで管理されているということかな?
「すいません、Bランクとは?ランクがあるんですか?」
「ああ、そうかすまない、島野さんはハンターすらも知らなかったんですよね。俺達ハンターにはランクがあって、最高はSランク、最低でEランクです。討伐できる獣や数でランクが決まるんです。今回の魔獣化したグレートウルフ三匹の討伐となると、Aランクの仕事なんですよ、下手すりゃあSランクかも」
ということは、俺達はAランク以上ということだな。
「なので魔獣化したグレートウルフなんて、一匹でもAランクの仕事なのに・・・たまたまハンターで直ぐ出れるのが、俺達しかいなくて・・・本当にこれで人生終わったと思いましたよ・・・討伐に出ないわけにもいかないしって」
勇気を振り絞って行くしかないと、いうことだった訳だ。
改めて『サンライズ』の皆さんを見ると、狩りには装備を揃えた方が良いのかな?と思ってしまうが、これはまた今度でいいだろう。
「そういえば、魔獣ってよくでるもんなんですか?」
「いやいや、魔獣なんて滅多にでるもんじゃないですよ」
「そうなんですね」
「ただ最近よく出るようになったって、ハンター協会の職員が言ってましたけど、どうなんでしょうね?」
なんだか、ここ最近ってのが気になるけど、まぁいっか。
いろいろありましたが、楽しい飲み会となりました。
翌日
寝て冷静になった俺は、温泉行について考えた。
魔獣の買い取りの清算は明日なので、今のすぐには行けない。
なので、とりあえず後回しにしていた、畑の拡張を行った。
アイリスさんに畑の拡張を行うことを伝えたところ、せっかくなので倍にして欲しいと言われたが、さすがに管理に手が回らないと思い。
五割増し程度にしておいた。
今回は販売用の根菜と葉物野菜を中心に増やしている。
屋台販売の売れ行きを見る限り、次の屋台販売も飛ぶように売れることは、間違いないと思う。
温泉街『ゴロウ』の場所は『タイロン』王国の北側にあるということで、結構距離がある。
カイさんが言うには、歩いていけば、一ヶ月近くはかかるんじゃないか、ということだった。
また厄介なことに『タイロン』王国の城下町を通過しないと、行けない場所にある。
上空を飛んで行って大丈夫なのだろうか?
あと温泉の神様は転移者ということなので、念には念をいれて、ある能力を開発しておく必要がある。
とりあえず先にそちらに取り掛かろうと思う。
能力開発は早々に終了した。
自分がもう一人いるところをイメージし、その俺から『鑑定』を受けるイメージ、そこに透明の何も通さない壁をイメージし、神気を纏って、簡単に成功した。
『鑑定無効』を開発した。
とりあえず移動には、まずは転移で『タイロン』王国に一番近い『カナン』まで行き、そこからはエルとギルに乗って移動。
『タイロン』王国内には、普通に旅人として通過することにした。
余裕があったら、野菜の販売も行う予定。
もし、空の移動が可能であったらそちらを使うが、これは許可されるかは聞いてみないと分からない。
あとは道中での食事が必要なため、弁当をたくさん作っておこうと思う。
メニューとしては、おにぎりを中心に、ハンバーグやから揚げ辺りかな。
温泉街『ゴロウ』は高地にある為、ここより少し寒いとカイさんが言っていたので、上着も作っておこうと思う。
今では、綿なども豊富に育っている為、材料にはことかかない。
そういった要領で、温泉の街『ゴロウ』に向かうこととした。
さてまずは弁当作りから開始だな。
カナンの村のハンター協会に来ている。
前に買い取りをお願いした、グレートウルフの清算の為だ。
受付で、要件を伝えると、奥の部屋へと案内された。
中に入ると、ウィルさんに似た猿の獣人がいた。
「島野さんですね、ウィルの兄のフェルです。ここのハンター協会の会長をやっております。この度は弟を救っていただきまして、ありがとうございました」
どうりで似ているわけだ。
「いえいえ、たまたまですので、お気になさらず」
「早速ですが、買い取りの金額なんですが、よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「まず、討伐報酬として金貨金貨四十五枚、毛皮が三匹で金貨十二枚、牙が三匹で金貨十五枚、肉が三匹で金貨二十四枚、最後に魔石が三個で金貨七十二枚、の合計金貨百六十八枚となります。後、残りの骨なんですが、こちらで廃棄してしまってもよろしいでしょうか?」
金貨百六十八枚?結構な臨時収入じゃないか、ありがたくいただきましょう。
「骨はこちらで回収させてください、畑の良い肥料になりますので」
「肥料ですか?」
「ええ畑には必要なんですよ」
コロンと一緒で、ここも畑は大したことはなかったもんな、知らなくて当然だな。
「畑のことは良く分かりませんが、わかりました。あとでご案内させていただきます」
その後報酬を頂き、骨の回収を行ってから。カナンの村を後にした。
早く温泉に浸かりたい。
今『タイロン』王国の城壁の外いる。
国内に入場できるのを今か今かと待っている。
結構な数の行列ができていた、これは並ぶしかないようだ。
同じ様に並んでいる人達を見てみると。
荷馬車を牽いている商人風の人が多く、ハンターや旅人の様な方達もちらほら。
随分待たされているが、入国には厳重な検査でも行っているのだろうか?
やっと順番が回ってきた。
門番に話し掛けられる。
「入国の目的はなんだ?」
随分威圧的な態度だな。
「行商をおこなっておりまして、立ち寄らせて頂きました」
じろじろと上から下まで見られている。
「荷物がないようだが?」
「俺は『収納』持ちなものでして」
といって『収納』から野菜を取り出して見せてみた。
さらに何度も上から下まで見られた。
「いいだろう、行ってよし」
それにしても終始高圧的な態度だな。
事件か何かがあって、警備が厳重ということなのか?
街の中に入ると、すごい賑わいだった。
道行く人の多さ、街の喧騒、これまで見て来た街とは比べものにならない。
道行く人は圧倒的に人間が多い、よく見ると街のいろいろな所に、鎧を着た兵士を見かける。
警備が行き届いているということなのだろう。
この光景をみるだけで、この国の治安レベルが高いと認識できる。
それにしても、まったくこれまでに情報が入らなかったが、この国にも神様がいるのだろうか?
訪ねてみたいが、通行人に聞くこうにも、これだけ警備が厳重な状況で、下手な聞き込みは憚られる。
俺達は歩を進めた。
とりあえず食事にしようと、適当に選んだお店に入った。
「いらっしゃいませ、こちらにどうぞ」
可愛らしいおさげの女性店員さんに席へと誘導された。
着席する間に聞いてみた。
「この店のお勧めはなんですか?」
「チキン料理です」
即答された。
うんいいね。テンポが気持ちいい。
「じゃあそれを五人分」
「かしこまりました」
こじんまりした店だが、店員の接客は良いようだ。
店内を見回してみたが、残念ながら他に客はいないようだ。
噂話でも聞きたかったが、ここは店員さんに聞いてみよう。
「すいません」
返事と共に先ほどの店員さんが駆けつけてくれた。
「ちょとお尋ねしたいんですけど、よろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「実は俺達初めてこちらの国に訪れたんですけど。こちらの国に神様はいらっしゃるんでしょうか?」
「神様はいらっしゃいますよ、たしか三人ほど、ただ、王宮にいますので、私はお会いしたことは無いですね」
三人もいるのか、国であって街ではないから当然なのかもしれないな。
「そうですか」
何の神様なんだろうか?
「ちなみに何の神様か分かりますか?」
定員さんが腕を組んで考えている。
「たしか法律の神様と、警護の神様と、経済の神様だったかと思います」
法律に警護に経済か、国家運営には欠かせない役どころだね。
ということは、ここの神様達も現役バリバリで働いてらっしゃるんでしょうね。
恐れいります。
興味はあるけど、響きからして簡単に会えそうな神様達ではなさそうなので、ご挨拶は無しという方向で行きましょう。
「ありがとうございます」
お礼にチップを渡しておいた。
そういった文化が無いのか、ちょっと驚ろかれた。
決して怪しい者ではありませんよ。
「あと行商をおこなっているんですが、商人組合はどちらにありますか?」
丁寧に道順を教えてもらった。
後で行ってみようと思う。
しばらくすると料理が運ばれてきた。チキンのソテーだった。
味はまあまあ、強いて言うならば、スパイスがもの足りないな。
この世界の食事はこれまでもそうだったが、少々物足りない。
やはり日本人の食に対する拘りが、素晴らしいということなんだと思う。
そう思うと日本の料理が恋しくなる。
まぁいつでも帰れるんだけどね。
店をあとにし、商人組合に向かった。
コロンの街の商人組合とは、比べものにならないぐらいの、人と職員の数だった。
職員さんを捕まえて、要件を伝えた。
会員証を見せてくれとのことだったので、会員証を手渡すと。
「わかりました、屋台での販売ですね」
と会員証を返され、販売場所の指定を受けた。
一応念の為、その他のことも確認してみた。
その他の内容はコロンの街とまったく同じだった。
世界共通ということなのだろうか?
今回の屋台販売も、前回の時と同じ様に試食販売を行った。
反応は前回と同じで、始めは遠巻きに見ていた人達が、試食を始めた途端に長蛇の列が生れた。
今回は前回の反省も踏まえて、前回の倍の量の野菜を準備していたが、それでも全て売れてしまった。
島の野菜恐るべし。
あと販売中に一瞬だが、頭にチクッとした感覚があったが、あれは一体何だったんだろう。
よく分からない、たまに意味も無く体のどこかが一瞬痛くなる、あれなんだろうか?まさかの成長痛?
商人組合に手数料を支払ったところ、職員さんに初めてでこんなに売れたんですか?
とすごく驚かれてしまった。
まあコロンの街で免疫はつきましたから、その反応は気にしない。
多分在庫があったら、もっと売れてましたよ、とは言わずにおいた。
変な注目を集めるのは憚れる、あたり触らず過ごしたい。
ひとまず島に帰島した。
結局まだ一度も宿に泊まったことはない・・・やっぱり我が家がいいんです。
最近恒例になりつつある、帰宅後のアイリスさんとの、まったり一本飲みましょうの時間。
こういう時間って必要ですよね?同意を得られたなら光栄です。
「タイロン王国はどうでした?」
両手でグラスを抱えるアイリスさん、可愛らしいですね。そういうの嫌いじゃないですよ。
「そうですね、国の強さを感じました。警備兵の数、街の人々の活気、どれをとっても王国が盤石なのだと思いました。ただ、何かが引っかかるんですよね」
そう、まだはっきりしないのだが、俺は何かに違和感を感じている。
「引っかかるですか?」
「うん、言葉にするのは難しんですけど、なんか違和感を感じるんです。何なんでしょうかね?・・・」
「分かるといいですわね」
まぁいつか気づくでしょう。
「そういえば、畑を拡張しましたけど、本当に大丈夫なんですか?」
そう、いくら何でも一人でできるのかと、拡張後に思ったんだよな。
「守さん、私を誰だと思っているんですか?いい加減分かって欲しいですわ」
アイリスさんの視線が痛い。そんなに怒らないでくださいな。
「すいません分かってますよ。アイリスさんは植物のプロですもんね。いやー、どうしても無理をさせたくないと思ってしまいまして・・・」
アイリスさんは微笑みを返してくれた。
「あら、お優しいのですね」
これでも紳士のつもりですので。
そういえばアイリスさんの野菜の栽培は、正にプロそのもので、彼女のお陰で島の野菜の味が更にレベルアップしていた。
水やりから、肥料の選別まで指示が的確で。
彼女曰く野菜の声が聞こえるらしい。
なんとも凄い能力である。
翌日、まずは透明化した俺が、転移にて王国内に移動。
誰もいないか、誰かに見られてないかを確認してから皆を転移した。
移動開始、もう売る物が無くなってしまっている為、本日は野菜の販売は行わない、街を見学しつつ先へと急ぐ。
やっぱり足での移動は遅すぎる、空での移動に早く切り替えたい。
警備兵に空の移動は出来るのかを訪ねてみたところ、ハンター協会に聞いてみてくれとのことだった。
空の移動は王国の警備に関わることだから、王国警備隊の管轄では?という疑問が生じたが。
ひとまず他人様の都合なので、そこはツッコまないことにした。
ハンター協会に来てみた。
ここもかなりの人がいた。
随分待たされたが、やっと出番が回ってきた。
「あの、空の移動をしたいのですが、可能でしょうか?」
受付の犬の獣人女性に聞いてみた。
「はぁ?空の移動ですか・・・少々お待ちください・・・上の者に確認してまいります」
何のことやらといった感じの受付嬢が、いそいそとこの場を立ち去って行った。
んーん、かなり待たされている。
これは放置プレイか?などと、どうでもいいことを考えていたところ、ドタドタと音を立てながら、先ほどの受付嬢を伴って、壮年の男性が俺達の前に現れた。
「おい!お前らよく聞け!緊急依頼だ!この中で空中戦が出来る奴らはいるか?これは緊急依頼だから、ハンター会員に拒否権はないぞ!」
先ほどの受付嬢がギンギンに俺の方を見ている。
嫌だー、今出たら絶対に目立つに決まっている。
あー、嫌だ。本当に嫌だ。勘弁して欲しい。
でも・・・まだこちらをガン見してんだよね・・・はあ・・・間が悪すぎるっての!
「あのー、空中戦出来ますが・・・」
壮年の男がホっとした表情でこちらを見た。
「よし良いかよく聞いてくれ、今この国に向けて、魔獣化したジャイアントイーグルが十匹飛行中だ!」
周りのどよめきが凄い。
「やべえよ、逃げなきゃ」
「俺の寿命もここまでか」
「そんなん勝てっこねえよ!」
ジャイアントイーグル?デッカイ鷹ってこと?そりゃあ空中戦でしょうね。
やりますよ、やるしかないんでしょ。
拒否権無しだからね。
「そこで、飛行できる者達に討伐を依頼する、いいか、俺は今から国軍に討伐を依頼するから、時間を稼いでくれればいい。もし可能なら討伐してくれてもいい、だが無理はするな、今すぐ出てくれ。分かったな!」
あーあ、いきなり会員の義務が発生してるじゃん。
ハンター登録ってはずれだったのか?
しょうがないから行くか。行かないとこの国に被害がありそうな話しみたいだし。
目立ちたくないなー、あーヤダヤダ。
早く温泉街に行きたいのに、もう!
ひとまず俺はエルに乗り込み、ギルにゴンとノンを乗せるいつもの飛行スタイル。
ジャイアントイーグルが向かってくるという、方角に飛んだ。
振り替えって確認してみたが、飛び出したのは俺達だけっぽい。
見られなくていいのなら、それはそれで都合がいい。
戦闘するなら被害がでないように、王国からは距離をとるようにと、飛行役の二人に指示を出した。
ギルとエルが速度を上げる。
視界にそれらしき影が見えて来た。
どうやらあれが、ジャイアントイーグルのようだ。
特に編隊を組むことも無く、こちらに向かっている。
『鑑定』
ジャイアントイーグル(魔) まず出会うことが無い 奥深い山間部に住む獣 食用可
まず出会うことが無いって、普通に出会ってますけど・・・
まぁいいや、さっさと片づけましょうかね。
「とりあえず一人二匹な、どうだ?」
「楽勝」
ノンが嬉しそうに笑っている。
「パパ、三匹はやらせてよ」
欲張るねー、ギル君。
「それは駄目だろ、五人いるんだからさ」
ノンがツッコんだ。
「そうだね、皆一緒がいいね」
ゴンが纏めた。
「だろー」
などと話していたところ、戦闘が始まった。
まず、俺は最初に飛び出すと共に、
「俺飛ぶから、ノン、スイッチな」
とノンに指示を出し、攻撃してくる前に無駄な雄たけびを挙げている、ジャイアントイーグルが見えたので。
その隙に後ろに回り込んで首を折った。
続けてそれを見てびっくりしている、もう一匹も同じ方法で仕留めた。
戦闘前に余計なことをするからだよ。
楽勝ですな。
雄叫び挙げる暇があったらとっととかかってきなさいよ。
ノンはというと、エルの背に乗ったと思いきや、人型のままジャイアントイーグルに飛び掛かった。
ぶち当たる直前に指をくいっと動かし、風魔法でジャイアントイーグルの顎を挙げ、そこに拳を一撃。
ゴリッという音と共に、もう一匹にも同じ攻撃で、仕留めていた。
魔法も織り交ぜるとは、何とも逞しくなりましたね。
ギルはブレスを吐いて二匹同時に丸焦げにしていた。
ブレス攻撃って酷いよね。
これは毛皮の買取りは無いな。
ギルの背に乗ったゴンは、試すように持てる様々な魔法を放ち、結局最後は尻尾でぶん殴って仕留めていた。
うん、何でも試そう、良い試みです。
さすがゴン、優等生です。
エルは何故だか急に変な子モードに突入していた。
「私の見せ場はないのか!オラ!」
と叫ぶと、既に逃走をはかろうとしていた。一匹の背中を角で串刺し。
邪魔だといわんばかりに、ジャイアントイーグルをぶん投げ、最後の一匹に追いつくと、蹴り飛ばして仕留めていた。
何故に変な子モードになったの?
案外あっけらかんとした空中戦となった。
速攻で終わりましたとさ。
とっとと帰ろう。
ていうか早く温泉街に行きましょう。
というか行かせてください。
ジャイアントイーグルの死骸を一か所に纏めて、国軍の到着を待った。
結構待った。一時間ぐらい?
暇になったノンとギルは獣型でふざけ合っていた。
どうにも腹が減ったので、皆でお弁当を食べた。
やはり青空の下で食べるお弁当は格別ですな。
我ながら弁当は美味しかったと思う。
『収納』って本当に便利だと、改めて思う。
温かい食事が直ぐ食べれるって、本当に最高だと言える。
だって電子レンジのないこの世界では、これ無しでは物足りない食事になっているはずだ。
食後のお茶を嗜んでいると、ここに向かってくる一団が見えて来た。
やっとご到着のようだ。
遠目に国軍が百名ほどの集団でこちらに向かって来ているのが見えた。
始めはスピードが出ていたが、近づくにつれスピードが落ちている。
最後には恐る恐るこちらを見つめていた。
「ノン、ギルもうやめろ」
こいつらが暴れているのが良くないのかな?
何で恐る恐るになってるの?
国軍の一番前にいた男性が、背筋を伸ばし、それでいて恐縮しながら話し掛けて来た。
「あのー、もしかして倒してしまいましたか?」
「ええ、そうですよ。駄目でした?」
と答えて、ジャイアントイーグルの死骸を指さした。
すると国軍の後方から、
「やったぁ!死なずにすんだ!」
「すげえ、すげえよ!」
「おお、これはまさに神のご加護」
などと口々に興奮の声が上がった。
そんなに脅威だったのかな?もしかして俺達ってやり過ぎなのかな?などと考えていたところ。
話しかけて来た男性が、我に返った感じで話しだした。
「すいません、魔獣化したジャイアントイーグルが十匹ともなると、国軍百名がかりで、半分以上は死にますので・・・・あっ、失礼しました。私はタイロン王国軍第四団隊の隊長をやっております、ガルフと申します」
うーん、いまいち要領を得ない発言だが、何となく言いたいことは分かった。
っていうか、ジャイアントイーグルって、そんなに強いの・・・これはやっちまったかな?
「こちらこそ始めまして島野と申します。それでこの後はどうすればよろしいでしょうか?」
さっさと、話を進めたほうがいいでしょ。
しれっと終わらせたいのだが・・・たぶん無理だな。
それに答えてガルフさんが、
「ハンター協会にお戻り頂き、報告を行ってください」
とのことだった。
「分かりました、ではさっそく行かせて頂きます」
はいはい、行きますよ、さっさと片づけましょうね。
俺はジャイアントイーグルの死骸を回収し、エルに乗ってハンター協会に向かおうとした。
そんな俺達に隊長は何かを言いたそうにしていたが、しらんと言った感じで飛ぶ準備に入った。
行きは飛んで行かされて、帰りは駄目とは言わないでしょうね?
ここまでしてそんなこと言われたら俺は暴れるぞ。
「ではお先に」
と声を掛けて俺達は飛び出した。
早く温泉街に行きたいなー!
まだかなー!
ハンター協会に付いて報告をすると、先ほどの国軍と同じ反応だった。
「一命を取り留めた」
「やったー!」
「凄いぞ、なんてこった!」
等と、なんとも騒がしい。
皆ほぼ一撃だったけどな・・・そんなに強いのかジャイアントイーグルって・・・結構間抜けな相手だったけどな。
会長を見つけたので、
「ジャイアントイーグルの死骸はどちらに置けばいいですか?」
と尋ねた。
「そうだな、ここではなんだから裏の倉庫に回ってくれるか?」
ということだったので、裏の倉庫に移動。
大きなテーブルを見つけたので、次々にジャイアントイーグルを出していった。
ジャイアントイーグルの山を見て職員の一人が、
「ジャイアントイーグルなんて初めてみたぞ、それも十匹なんて、前代未聞だな、はは」
と声を漏らしていた。
「素材や、肉などはどうすればいい?」
と会長に尋ねられた。
「じゃあ、せっかくなので一匹分の肉と、一番大きな魔石は回収させてください。他は全部買取でお願いします」
会長が満面の笑顔で喜んでいた。
なぜにそんなに嬉しいの?
何がそんなに嬉しいのか、俺にはよく分からなかった。
清算にどれだけ日数がかかるかを聞いたところ、これほどの大物になると、三日は欲しいと言われた。
はぁ、早く温泉に行きたいのに。いいかげんにして欲しいね。
まったく!
預かってもらって、温泉帰りに引き取ろうかとも考えたが諦めた。
それになんだか騒ぎになっている雰囲気があるので、早々に立ち去りたいし、日を改めたほうがよさそうだ。
ちなみに空の移動は了承されたが、王宮から離れて飛んで欲しいとのことだった。
とりあえず島に帰りましょうかねってことで、倉庫の裏口から移転した。
なんだか疲れました。
温泉街が遠く感じる。
温泉街よ、俺から離れないでくれ!
俺はランページ、ハンターだ。
今日は『タイロン』王国の外にある。森の調査をソロで行っている。
つい先日まで、パーティーで狩りに出ており、そこそこ稼ぐことができた。
パーティーの他のメンバーは、骨安めにと温泉街『ゴロウ』へと向かっていった。
本当であれば、俺もそこに合流する予定だったのだが、せっかく狩りで稼いだ金を、博打で掏ってしまった。
残念ながら温泉は次の機会にしよう。
くそう!
何もしないでいるもの暇なので、ハンター協会に行ったところ、森の調査依頼があったので、ソロで調査を行っている。
俺は斥候役のハンターだから、森の調査はお手の物。
ただ、それでも決して気は抜かない。
この森には慣れている、これまで何度も調査に入っている。
何かあった時の連絡小屋の場所や獣道は、ほとんど頭に入っている。
周辺に意識を向けながら、獣や魔獣の気配が無いかを確認しながら、森の中を調査していた。
そろそろ森の開けたところに出る。
開けた場所は休憩場所として適しているので、着いたら軽く昼飯を食べようと思う。
マジックバックから干し肉を取り出して、口に放り込んだ。
しょっぱくて硬い肉。
まぁハンターの仕事中の飯といえば、これが定番だ。
何だかやり切れねえな、くそう。
すると、突然大きな気配を感じた。それも複数。
これはまずいと開けた場所から森に移り身を隠した。
森の開けたところの上空に、俺はとんでもない物を見てしまった。
ありえねー。
魔獣化したジャイアントイーグルが十匹、タイロン王国に向かって飛翔していた。
俺はすぐさま手にしていた干し肉を放り投げ、全速力で連絡小屋に向かった。
連絡小屋に入ると、連絡用の魔道具が置いてある。
魔道具に魔力を流しこみ相手の返事を待つ、
「こちらハンター協会本部、どうした?」
男の声が返答する。
「おい!大変だ!魔獣化したジャイアントイーグルが十匹そちらに向かっている!聞こえるか!おい!」
少し間をおいてから返答があった。
「それは本当か?」
「何言ってやがる!本当に決まっている!俺はランページだ!森の調査依頼で森に入っている、嘘なんかじゃない!確認してみろ!」
「分かった、確認する」
少し経ってから返答があった。
「確認がとれた、ありがとう。魔獣化したジャイアントイーグルが十匹だな、軍に派遣を要請する。無理はするなよ」
「了解!」
どうしたものか、とんでもない大物だ。
あんなのに暴れられたら、タイロン国はどうなっちまうんだ。
くそう!戻るしかないじゃないか。
俺は何度も躓きながらも、全速力でタイロン国を目指した。
森を抜け、草原地帯へと足を踏み入れた時、俺は我が目を疑った。
あれは、人間か?
人らしき者がジャイアントイーグルの背後におり、首を折っていた。
その後はなぜか人間が空中に浮いている。
神様か?
他の戦闘の気配を感じ、目を移すと大きな男がジャイアントイーグルの首をぶん殴っていた。
なんじゃそら・・・えっ、ドラゴンがブレスでジャイアントイーグルを丸焦げにしている。
あれは九尾か?
ユニコーン?いやペガサスだ・・・
とんでもない光景を見てしまった。
はっ!
俺は立ったまま気を失っていたようだ。
ジャイアントイーグルの死骸の傍で、先ほどの者達がいた。
随分と暇そうにしている。
だめだ、絶対に近寄っちゃだめだ。
俺は踵を返して、森の中に入っていった。
ああ、今日は森の中で野宿だな。
ちくしょう、温泉に入りたい。
博打なんか二度とやるもんか!
ちくしょう!
あれからの二日間、俺達は島でのんびりと暮らした。
そろそろアイリスさんの手伝いも必要そうだし。
畑の世話、家畜の世話を行い、昼過ぎにはサウナに入った。
晩飯はピザを焼くと皆に伝えたところ、皆のテンションが上がっていた。
テンションが上がって変な子モードになったエルが
「神飯!神飯!」
と騒ぎ出し、皆で爆笑してしまった。
はやりこの島の生活は楽しいと改めて思う。
始めは何かと大変だったが、今では大変さより楽しみが勝っている。
なによりサウナ満喫生活ができていることが、この充実感をより際立たせているのかもしれない。
創造神様に感謝だ。
そういえば、最近お供え物をしていないことに気づいた。
アイリスさんに聞いてみたところ。アイリスさんが代わりにやってくれているようだった。
まぁ、でも久しぶりにやってみようと思い。ワインを五本供えてみた。
五本のワインが一瞬にして消えた。
飲み過ぎるなよ、爺さん。
さて、今後について少し考えてみる。
明日は『タイロン』のハンター組合に行って清算金を受け取る。
前回の騒ぎで注目されているだろうから、その後は直ぐに飛んで温泉街へ向かうとしよう。
しかし『ゴロウ』って絶対日本人だよな。
先輩にはちゃんと挨拶はしないといけない。
お土産は多めに持っていこう。
温泉街があるということは、旅館もあるだろう、これは初のお泊り決定だな。
日本人の転移者が造った旅館ならば、料理も期待できるだろう。
今から楽しみだ。
後はサウナだな、最近では温泉にはサウナが付き物だから、どんなサウナがあるのか楽しみだ。
期待大!
そろそろ晩飯の準備でもしましょうかね。
うーん、温泉とサウナ楽しみ!
タイロンの街にいる。
ハンター協会に、転移では直接近づけないほどの人だかりだった為、少しハンター協会から離れたところに転移した。
人込みをかき分けて、なんとかハンター協会に入っていった。
しかし、すごい反応だった。
俺達を見て拝む人、歓声を上げる人、何やら話し掛けてくる人、正直迷惑です。
お出迎えは会長だった。
どうぞ、どうぞと奥へと誘われた。
「すごい歓声だな、タイロン国の救世主様だって、恐ろしい人気だなあんた」
「ああ、いい迷惑だよ」
会長は笑っていた。
「えーと、まずはこれが今回のジャイアントイーグルの一匹分の肉と、一番大きな魔石だ。受け取ってくれ」
受け取ると即座に『収納』に入れた。
「そして、まずは今回の緊急依頼の報酬の金貨百枚、続けて素材の買い取りだが、まず毛皮が八匹分で金貨二十四枚、爪が十匹分で金貨七十枚、肉が九匹で金貨九十枚、魔石が九個で金貨二百四十枚、全部で五百二十四枚だ、今回は緊急の依頼だったから解体費用はこちらで持たせてもらう、数えてくれ」
というと、皮袋ごと渡してきた。
それなりに重たい。
皆で手分けして金貨の枚数を数えた。
うん問題ない、それにしても一気にお金が手に入ってしまったな。
これはこれでどうなんだろうか・・・まぁ温泉街でたくさん使わせていただきましょうかね。
へへへ。
「骨はこちらで廃棄でいいか?」
「いや回収させてもらう」
「骨なんて何に使うんだ」
「ちょとね」
めんどくさいので誤魔化すことにした。
「じゃあついてきてくれ」
解体現場に連れてこられた。
ここでも好奇の目で迎えられた。
「これだ」
指さした先には積み上げられたジャイアントイーグルの骨があった。
さっそく『収納』に入れていく。
「じゃあ、悪いけど先を急ぐから、行かせてもらうよ」
と言うと、
会長が慌てて、
「ちょ、ちょっと待ってくれ、あんたにはお礼がしたいと、いろんなところから問い合わせが来ててな。ちょと付き合って欲しいんだが」
俺は振り返って言った。
「やだ!絶対にやだ!」
すごんでしまっていた。
「えっと・・・駄目かい?」
明らかに会長はビビッている。
「駄目!絶対駄目!急いでますので!じゃあ!」
勝手に裏口から外に出て、エルの背に跨った。
「近いうちに必ず寄ってくれよな」
と会長が、すがるような眼で言っていた。
「気が向いたらな」
こんなに騒がれるなら二度と来るもんか!
さぁ、行きましょうかね。
やっと温泉に入れるぞ!
イエーイ!
上空から見るタイロンの町並みは立派なものだった。
人口数の多さ、建物の数、城壁の高さ、そのすべてが国力の高さを物語っていた。
特に王宮は立派で、大きくて頑丈そうな城だった。
よく見ると王宮からペガサスに乗った一団が、こちらに向けて近寄ってくる気配があったので、全速力で撒かせてもらった。
もういい加減諦めてくれよ・・・
俺の温泉とサウナを邪魔する者は、何人たりとも許さんぞ!
タイロンを経ってから半日、途中全速力で飛んだのが良かったのか、結構早く着いた気がする。
温泉街「ゴロウ」の町並みが見えてきた。
終盤にはエルが少々息切れ気味だったので、俺は下から見えないように、エルの背中に隠れるように飛んでいた。
ギルはよほど空の旅が楽しいのか、終始ご機嫌の様子、まだまだ飛べるよ!と張り切っていた。
ふと、鼻を衝く独特の香りがした。
これは硫黄だ!
「皆、温泉の匂いがするぞ!」
「これが温泉の匂いですか?なんとも言えない匂いですね」
とゴンが答えた。
「これは硫黄といってな、温泉の成分なんだ、慣れるまではちょっと臭いかもしれないが、これが慣れるとなんともいい匂いに変わってくるんだよな」
「本当に?普通に臭いよ」
ノンが眉間に皺を寄せている。
「まぁすぐ慣れるさ」
やっと着きました、温泉街「ゴロウ」!
入場門のすぐ前に降り立った。
数名の旅行者らしき人々が、上空から現れた俺達にビックリしていた。
俺達はというと、そんなことには構わず我先に入場の列に並んだ。
入場はスムーズに行われた。
さすが温泉地、待たせないように警備兵の数が、タイロンの入口の警備兵の数よりも多い、旅行者を待たせない気遣いが感じられる。
入口を入って直ぐに、風情ある町並みが出迎えてくれた。
建物はまさに日本建築、瓦の屋根の木造建築、随所に自然と街になじむように石や岩が設置されている。
これぞまさしくといった温泉街の町並みだ。
街の関係者っぽい人に声を掛けてみた。
「すいません、この街の神様はどちらにおい出ででしょうか?」
法被を着た狸の獣人さんだ。
「そうですね、五郎さんならここから真っすぐ行ったところにある、松風旅館にいると思いますよ。松風旅館はこの街で一番大きい旅館だから、直ぐに分かると思います」
と丁寧に教えてくれた。
今直ぐに伺いましょう!
松風旅館の前にいる。
凄い!
これぞ一流旅館といった佇まい。
遠くに鹿威しの音が聞こえる、入口の両側には松の木が植えられていた。
開けっ放しの重厚な両開きの扉。
良い!すごく良い!
両側にならぶ、法被を着た従業員達のお出迎え。
万歳旅気分!
受付に伺う。
素晴らしい笑顔の従業員達に迎えられた。
「五名の宿泊でお願いしたいんですが」
受付も従業員が五名いて、お客様を待たせない心配りを感じる。
「晩御飯と翌日の朝食はいかがなさいますか?」
気持ちの良いテンポでの会話、これぞまさしくプロの受付といった仕事ぶりだ。
「込みでお願いします」
「少々お待ちください」
てきぱきと従業員さんが働いている。その姿すら感動的に見える。
あー、温泉宿に来たって感じが凄くする。
それにしても、日本の温泉宿でもこのレベルのクオリティーは無いのでは?と思ってしまうほど完成度が高い。
「ええと、お部屋が結構埋まっておりまして、少々お高くなりそうですが、如何いたしましょうか?」
ん?
ああそうか、俺達の格好は普通の一般人だからな、そこまで気を使ってくれるんだ。
素晴らしい!
「どれぐらい掛かるんでしょうか?」
「えっと、お一人様金貨五枚となります」
おおー、日本円としては一人五万円ですね、そりゃあ聞きますよね。
「それでお願いします」
懐は温かいので即決した。
受付嬢が軽くお辞儀をした。
「前払い清算となりますが、よろしいでしょうか?」
「もちろん、お願いします」
先ほどハンター協会から貰った袋を『収納』から出して、金貨二十五枚を支払った。
「あっ、ちょっと待ってください。お部屋の数はいくつですか?」
ゴンたちと一緒に寝るのは気が引けるのだが。
「二部屋ご用意しております」
お気遣いありがとうございます。
「そうですか、ありがとうございます」
「では、こちらがお部屋の鍵になります。お部屋までご案内いたしますので、少々お待ちください」
パーフェクトな接客でございます!
いいよ!いいよ!
異世界での温泉旅行、最高です!
部屋は畳敷の和室だ、畳の匂いが鼻をくすぐる。
外が見える窓もあり、街の景色がよく見える。
四台の座椅子に木目のテーブル、中央には茶菓子が置いてあった。
これぞ温泉旅館といった部屋。
そして中居さんの対応も素晴らしかった。
晩飯の時間、翌日の朝食の時間、当日の風呂の使用時間から、翌朝の風呂の使用時間まで、気持ちのよいアナウンスをし、浴衣の場所までそつなくお伝えしてくれた。
まずはどうぞと、おしぼりとお茶まで入れてくれるホスピタリティー。
私し感動でございます!
この素晴らしい対応にチップで銀貨二十枚を渡したら、無茶苦茶驚かれてしまった。
もしかしてこの世界ではチップ文化は無いのか?
チップの意味が分からなかったのか?
金額が多すぎたのか?
チップは少しやり過ぎたかもしれない。
俺も少々浮かれてしまっているのだろう。
いけないいけない、否!こんな時ぐらいいいじゃないか!
中居さんに神様は現在どこにいるのか尋ねてみたところ、この時間であれば、露天風呂にいるだろうとのことだったので、さっそく皆を誘って露天風呂へと向かった。
男女別々になっていることに驚いたゴンとエルに、本来そういうもんだからと話した時には、島での彼女らの風呂での扱いに、少し反省した。
島では水着で一緒に入っていたからね。
まあ海外ではそういうもんらしいけど・・・
当然ここでは水着は着用してはならないことを伝えると、彼女達は顔を真っ赤に染めていた。
女性同士なのに何を照れることがあるのだろうか?
男性の私には分かりません。
ちなみにノンとギルは
「へぇー、そうなんだー」
で解決した。
脱衣所には、木の棚がいくつかあり、大きめの籠が用意されていた。
その籠の中に、脱いだ浴衣を入れていく、部屋の鍵を入れておくロッカーを探したが、さすがに無かった。
タオルを取り出したら、いざ温泉にゴー!
脱衣所から中に入ると。浴場の中心に二つの大きな風呂があった。
そして壁に沿ってL字型に洗面台が並んでいる。
俺は気づいてしまった・・・ない・・・ない・・・サウナが無い・・・
残念!
まぁ温泉があるのだからと、早合点したのは俺なんだが・・・
やはりショックだ!
項垂れる俺にノンが
「主どうしたの?」
と問いかけてきた。
「サウナが無いんだよ」
「えっ無いの?」
ノンもショックだったらしい。
気を取り直して、まずは体を洗う。
全身入念に洗う、やはりこの世界にはまだ石鹸しかないようだ。
自分のシャンプーを取り出そうかと悩んだが、止めておいた。
へたに目立つのは得策では無い。
まずは、室内の内風呂から入る。
一つは温度が高め、もう一つは低めの温度設定になっていた。
俺は低めの温泉から入ることにした。
そういえばと周りを見渡したが、神様らしき人物は見当たらなかった。
となると露天風呂にでもいるのだろう。
はしゃぐギルを窘めて、ゆっくり温泉を味わった。
素晴らしい泉質だと思う。肌にふれる水の感触が柔らかい。
匂いはするが、気にならない程度、なにより水が綺麗だ。
温泉の管理者の拘りを感じる。
はぁー、最高の気分だ。
とのんびりしていたら。
通りすがりのおっさんに呼び止められた。
「お!おめえ、もしかして日本人か?」
見た目の印象としては五十代の男性、引き締まった肉体に、白髪交じりの髪の毛、明らかに日本人の顔立ち。
おお!
温泉街の神様か?
「はい!そうです、日本人です。もしかして、温泉街の神様ですか?」
「おー!そうだ、そうだ、いやー!こっちの世界で同郷者に会えるとは思わなかったぞ!てことはあれかい、おめえも転移者かい?」
「はい、そうです」
俺は、右手を差し出した。
温泉街の神様ががっちりと握り返してくれた。
「俺は島野守と言います、よろしくお願いします、神様」
温泉街の神様がニンマリと笑った。
「儂は山野五郎だ、よろしく頼む。あと儂のことは神様とは言わねえでくれ。五郎で頼む。どうにも神様って呼ばれることが嫌でな。体がくすぐったくなっちまう。ちと用事があるから先に行かせて貰うが、後で落ち着いたら部屋に寄らせてもらうが、いいか?」
「もちろんです!」
と答えて、部屋番号を伝えた。
五郎さん、いぶし銀の温泉旅館の番頭さんといった感じだ。
これは良い出会いをしたと思う、出会う予感はしていたが。
いろいろ話が聞きたいし、いろいろと話がしたい。
ん?頭にチクりとした感触があった。
何だ?またか?まぁいいや。
では、露天風呂に入りましょうかね。
あー、露天風呂も最高!
晩御飯は部屋で五人で頂いた。
これまた最高の料理だった。
温泉卵に釜めし、ほうれん草と胡麻のお浸し、茶わん蒸し、澄まし汁、そしてメインは石焼きのボア肉。
赤身の状態から自分の好みで、熱々に焼かれた石につけて、好みの焼き具合で召し上がる石焼き料理。
絶品だった。
そして、なんと日本酒があった。
せっかくなので冷酒にして、味を吟味させて貰ったが、透き通る感じのなんとも味わい深い日本酒だった。
四人も満足そうにしている。
「どうだ温泉旅館は?いいもんだろ?」
「「「「はい」」」」
「明日の朝も温泉に入ろうな?」
「もちろんです」
とボア肉を頬狩りながら、ゴンが答えた。
「朝も入るの?やったー!」
と喜ぶノン。
「そういえば、お湯の肌触りがいつものお風呂と違いましたの、温泉とはそういうものなのでしょうか?」
エルが肉を石焼きしながら尋ねてきた。
「ああそういうもんだよ、それはそれでなかなかいいもんだろ?」
エルはこくりと頷く。
「温泉はその泉質によって、効果効能が違っていて、中には美容や健康にもいいなんて温泉もあるんだぞ」
エルとゴンが顔を見合わせて、目を輝かせていた。
「あの、具体的には・・・」
「悪いが俺は温泉については一般的なことしか知らないんだ。それに温泉施設には、お湯の効能を解説している看板なんかがあるものだから、施設内をよく見てみるといい」
「「はい」」
二人が嬉しそうに声を揃えて返事をした。
美容に良いが気になっているのだろう。
それにしても、最高の料理だった。
晩御飯を終え、しみじみと一人晩酌をしていた。
朝風呂は五時から使用可能らしい、朝風呂も気持ちいいんだろうなあ。
明日の朝飯はなんだろうか?
などと考えていたところに客人が現れた。
五郎さんだ。
「おー島野、温泉はどうだった?最高だっただろう?」
その手には一升瓶を持っている。
「ええ最高でした!おかげさまで疲れが取れました」
俺は五郎さんに向き直った。
「どれ、一杯どうでい?」
一升瓶を差し出してくる。
「ありがとうございます、いただきます」
お猪口を手にすると、五郎さんが注いでくれた。
五郎さんから一升瓶を受け取り、今度はお返しにこちらが注がせてもらう。
お互い目を合わせ、お猪口で乾杯した。
一口付けると五郎さんが話し出した。
「しかし、何でえ!この世界で同郷者に会えるとは思ってもみなかったぞ。ええ!」
嬉しそうにみえる。
よかった、よかった。
「ええ、俺も考えていませんでしたが、この街のことを聞いた時に、街の名前を聞いて絶対に日本人だ、会いに行こうと思いましたよ」
「そうか、まぁ五郎なんて名前を聞いちゃあ、日本人はピンとくるわな。それに日本人には温泉と聞いちゃあ行かない訳にはいかねえよな、分かるぜ」
日本酒をくいっと煽る。
「しかし、お前えあれだな。どうにも変わった仲間内の様だな。ええ!」
やっぱり『鑑定』されてたか、あの頭にチクっとしたのは妨害したよの合図だったのね。
なるほど、ではタイロンでもどこかの誰かに『鑑定』されてたってことね、こんな感じだから、違和感があるんだよな。
あの国には・・・
「ペガサスはまだしも、フェンリルに九尾の狐、しまいにゃあドラゴンときたもんだ、お前えさん国でも興そうってか?」
さすがに国興しなんて考えてないですよ。
「いえいえ・・・そんなそんな・・・」
「とんでもねえ戦力じゃねえか、小国ならあっちゅう間に滅ぼせるぞ、ハッハッハッ!」
豪快に笑ってますね、俺達の戦力ってやっぱりそんなに凄かったのか、何となくそう思ってたけど・・・
「すまねえが『鑑定』させて貰ったぞ。こちとら客につまらねえ者が混じってやしないか、確かめる義務があるからな。お行儀が悪いってえことは分かっちゃいるが、我慢してくれや」
なるほど、それはしょうがないか。
職務上当然の対応なんだろう。
「それはしょうがないですね。でもこれで身の潔白は証明されたということですね」
「しかしおめえなんでえ鑑定不能って。こんなの初めてだぞ、何やったらそうなるんでえ」
鑑定不能って出るんだ、鑑定妨害は上手く働いているようだ。
「まぁそこは、触れないで頂けると助かります」
五郎さんに頭を下げた。
「そんなこったろうと思ったぞ、儂にもわからあ、訳ありなんだろどうせ?儂も転生者だ、つまらねえ詮索はしねぇよ」
話が分かる人で良かった。
「そうしてもらえると助かります」
俺達の話を四人は黙って聞いていた。
「五郎さん、うちの家族を紹介させてください」
「おう!」
「まずフェンリルのノン、九尾の狐のゴン、ペガサスのエル、最後にドラゴンのギル。よろしくお願いします!」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
全員が頭を下げた。
「おう!よろしくな。しかしドラゴンかー、始めてみるが、人化している分には普通の子供にみえるな、鑑定した時はびっくりしたぞ、ええ!」
「ドラゴンはそんなに珍しいんですか?」
予想はしていたが、やはりドラゴンは珍しいようだ。
「ああ、儂もこちらの世界に来て百年近く経つが始めてみるな。竜種ってのは、神獣の中でも数が特に少ねえって話だ。詳しくは知らねぇがな」
ギルが興味深々に聞いている。
「まぁ、そもそも神獣自体が珍しいんだけどな」
「五郎さん聞いていいですか?」
ギルが五郎さんに問いかけた。
「何でえ?」
「神獣ってのは、何をする神様なんですか?」
単刀直入な質問だった。
だがギルとしては当然の疑問でもある。
「ああ、すまねぇなギル坊。儂はあんまり神様のことは知らねぇんだ。神様をやってはいるけどよ。ただ神獣ってのは、この世界を守る役目を負っている、みたいなことは聞いたことがあるぞ。それも本当かどうかなんてわかっちゃいねえながな」
「そうですか、ありがとうございます」
ギルが何かしら考えこんでいる様子。
五郎さんが、お酌をしてくれながら言った。
「そういやあ島野、日本は戦争に勝ったのかい?」
戦争?もしかして・・・
五郎さんって戦時中からこの世界に来たのか?
「五郎さん、それは何の戦争でしょうか?」
「何のってお前え・・・米軍とに決まってるだろうが」
第二次世界大戦か・・・時間軸がどうなっている?
五郎さんはかれこれ百年はこちらにいるとのことだったが、たしか第二次世界大戦が始まったのは八十五年前のはず。
計算が合わない・・・どういう事だ?
とりあえず今は置いておこう。
「五郎さん、日本は負けました。アメリカに敗北しました。そして戦争は終結しました。俺がこの世界に来る八十年近く前に」
五郎さんは目を見開いたあとに、天井を見上げた。そして少し寂し気な顔をした。
俺には五郎さんの心を慮ることは出来そうも無かった。
「そうか、やっぱり負けたか・・・そうだろうな・・・それで戦争が終わったんなら、いいじゃあねぇか。戦争なんていらねぇもんな」
ぼそりと五郎さんが呟く。
そう戦争なんていらない、あってはならない。
戦争を体験した五郎さんの言葉は、とても重く圧し掛かってきた。
だがこの世界にも戦争はあるということだ、まだ今はその影も見えてはこないのだが。
「戦争なんていらないですよね」
「ああ、いらねえな」
俺達は朝日が昇るまで語り合うこととなった。
そして、俺は五郎さんの壮絶な人生を知ることになった。
儂の名は山野五郎、まぁなんでえ、神様なんてもんをやらせて貰ってる。
柄でもねえが、まあそこんとこはよう、成っちまったもんは仕方があるめえ。
どうにかやるさ、だが神様呼ばわりされるのは、未だに慣れねえもんだな。
どうにも照れちまいやがるし、なんだか体がこそばゆくなっちまう。
まあそんなことはいいとしてだ。
儂は日本の温泉街で次男坊として生まれた。
温泉街とはいっても立派な観光地でな、随分な人で賑わっていたもんよ。
一般人から豪商まで、客は絶えることはなかったさ。
儂の爺さんが言うには、
「お前の産湯は儂が掘り当てた温泉の湯じゃ、かっかっか!」
てなことらしい。
そりゃ誇りたくなるってなもんよ。
儂はこの爺さんが大好きで、大の爺さん子だった。
儂は爺さんが話す温泉の話が大好きで、もちろん温泉にもよく一緒に入ったもんさ。
それになによりこの温泉街は、爺さんが造ったと言っても過言じゃねえらしい。
そりゃ温泉を引き当てたんだから、そうなるわな。
泉源を引き当てた時は、大層な大ごとになったらしく、何かと大変だったと爺さんが言っていたな。
爺さんは相当な温泉好きで、この街以外の温泉地にもしょっちゅう訪れていたそうだ。
その度に婆さんからは口酸っぱく怒られてたもんよ。
爺さんは視察だなんだと、よく言い訳してたもんさ。
一度だけ儂も着いて行ったことがあったが、あれは視察なんかじゃねえ、ただ温泉が好きで行ってるだけだったな。大した温泉馬鹿の爺さんだったよ。
まあそんなこんなで、儂も子供のころからの、根っからの温泉好きになっちまったてな訳だ。
それになにより、この爺さんが造った温泉街が儂は大好きだった。
いつしか爺さんも亡くなり、儂も成人を迎えてからというもの。
儂は温泉旅館の手伝いをするようになっちまってた。
跡取りは兄貴がいたから、儂は気ままなもんで、隙をみては温泉旅行によく繰り出したものさ。
いろいろ周ったなあ、全国津々浦々いろんな温泉に浸かりに行ったさ。
路銀が切れる頃には実家に帰って、温泉旅館の手伝いよ。
手伝いと言っても、儂は旅館の業務のほぼ全てができるってなもんで、兄貴からはいい加減腰を据えて手伝ってくれ、なんて言われたもんさ。
受付から、接客、裏方仕事全般、挙句の果てには料理もできた、板前長さんからは、本格的にやってみないかと何度か誘われたもんさ。
そりゃだって、そうだろう。
小さい頃からこの温泉街の全部を見て来たし、なにより爺さんには、温泉旅館の仕事はみっちり仕込まれてたからな。
儂にとってはできて当然ってなもんよ。
まぁ温泉旅館のこと以外は、何にもできねえけどな。
ハッハッハッ!
儂もそろそろ五十歳を迎えるころ、暮らしは随分変わっちまってた。
戦争だ。
何を日本のお偉いさん方は考えているのか、儂には全くわかりゃしねえ。
だがよ、どうして同じ人間同士が殺し合わなきゃなんねえんだ?
戦争に勝ったからって、何になるってんだい?
儂にはさっぱり分からねえ。
最初は、戦勝戦勝って騒いでいたが、次第に雲行きが悪くなっていったもんよ。
当然温泉旅館なんて、真っ先に煽りを受けちまって、今じゃあ閑古鳥が鳴いてらあ。
そりゃあそうだろう。今や日本国民全員、誰一人として贅沢なんてできやしねえ。
しまいにゃあ食事も配給制だ。
こんなんじゃあ、仮にお客が来たって、ろくな食事も出せやしねえ。
そして、あれはいつだったか。
遠くの空からそいつは急に現れやがった。
B29だ。
街の皆が血相変えて、防空壕に一目散で駆けていったさ。
儂も今まで感じたことがねえほど、恐ろしかったのを覚えてらあ。
今でもたまに夢に見るぐれえだ。
あの恐怖は百年経った今でも忘れねえ。
儂も防空壕にまっしぐらに駆けていったもんさ。
だがよ、本当の地獄はここからだったのさ。
防空壕の中ってのは、そりゃあ狭くて埃っぽくて、人が居れるような場所じゃねえんだ。
だが、そんな贅沢はいってらんねえ、なんたって命が掛かってんだからな。
皆で息を殺して、音だけを頼りに外の気配を感じていたさ。
そしたらな、揺れるは揺れる、轟音はするはで、この防空壕も持たねえじゃねえかって、半ば諦めそうになったもんよ。
結局なんとか凌いだようで、儂は死なずに済んだがこの後がいけねえ。
外に出ると儂は我が目を疑った。
儂の愛した温泉街が、爺さんが造った温泉街が、瓦礫と化した姿を見ちまったのさ。
恐らく儂は何時間も何もせず、その場に立ち尽くしていたと思う。
目の前の光景を受け入れられなかったのさ。
じきに時間が経ち、やっと、考えれるようになった時に、
「いよいよ廃業だな・・・」
いつの間にか隣にいた兄貴が、ぼそっと呟きやがった。
そうか、そうなんだな、儂が愛した・・・爺さんが愛情を持って造ったこの温泉街が・・・終わっちまうのか・・・くそう・・・くそう!くそう!くそう!
儂らが何をしたってえんだい、人様に恨まれるようなことは何にもしちゃあいねえ!
なんなんだよ・・・なんだってんだよ!
畜生!畜生!畜生!
儂は面白おかしく、大好きな温泉に浸かって、温泉街に携わって、楽しく生きていたかっただけだってのに。何がいけねえってんだよ!
終わっちまったのか?・・・本当に終わっちまったのか?・・・諦めきれねえ。
儂にはまだ!
それは突然の出来事だった。
「五郎や・・・聞こえるか?・・・」
ん?なんでえ、頭の中に声がしやがった。
儂はいよいよ可笑しくなっちまったのかい?
「いいや・・・そうではない・・・五郎よ・・・声に耳を傾けるんじゃ」
おいおい何だってんだい?また声がしやがるぞ。
「五郎・・・お前に選択肢を与えたくてな・・・聞く気はあるか?」
なんだってんだい、選択肢?なんのことでえ。
そう思うと儂はなんだが急に、冷静になっていく自分を感じた。
何だか分からねえが聞いてみるか、で、選択肢ってのはなんだってんだい?
「五郎や・・・お前の能力を見越して一つ提案してみたいことがあるんじゃ」
能力?よく分からねえが、聞こうじゃねえか。
「お主、自分の温泉旅館いや、自分の温泉街を造ってみたくはないか?」
はあ?そんなもん、あたりめえじゃねえか、それができるんなら儂は何だってやってやるさ!
「そうか、はっはっはっ、よかろう、ではお主には今から異世界に転移してもらう、よいかな?」
異世界?転移?なんのことだってんだ?
「そのまんまじゃ、異世界に渡って、そこで温泉街を造って欲しいのじゃ、その世界はな、お主の住んどる日本とは全く違う世界なんじゃがな、実は娯楽が少ない世界なんじゃ」
まったく違う世界?娯楽が少ない?何だってんだ。
「そこで、温泉街を知り尽くしておるお主に、その文化を広めて欲しいのじゃ、いかがかな?」
うーん、異世界に行って、温泉街を造れってことか?合ってるのか?
「そう、それで正解じゃ」
そうか、そりゃあ行かねえ理由が無えじゃねえか!やってやるよ!否!やらせて貰うさ!
「そうか、ではよろしくな」
声の主がそう言うと、儂は意識を失った。
目を覚ますと、そこにはまったく知らねえ世界があった。
石造りの城壁に、広がる町並み、道行く彫の深い人間、獣人。
そのありとあらゆる視界から入ってくる物が、儂の知っている世界ではなかった。
知らねえ匂いもした、肌に受ける風の感覚すら違ってらあ。
儂は直ぐに実感する、ここは異世界だ!日本では無い世界。
儂は先ほどの、見知らぬ声の主との会話を振り返る。
ここは異世界・・・娯楽が少ない世界・・・温泉街を造る・・・だったな。
いいじゃあねえか、やってやるよ、やってやるさ。
造ってやろうじゃねえか、異世界で温泉街をよ!
さあ、これからどうしようか?試案のしどころだな。
まずはこの世界を知らねえとな、ひとまず誰かと話してみるか。
周りを見回してみると、たくさんの人が行き来していた。
ここはどうやらどこかの街の通りのようだな、よく見ると人間やら、獣と人が混じったような者や、あれは何でえ?やけに耳の長い綺麗な肌をした姉ちゃんだな、えらい別嬪さんじゃねえか。
こりゃあこの人からって、いやいや、いけねえもっとちゃんと観察しねえとな。
鎧を来た洋式の戦士みたいなのもいるな。
すると肩を叩かれた、振り向くと、鎧を纏った図体のでけえあんちゃんがいた。
「あのー、見かけない顔ですが、この街にはどういったご用件でお越しですか?」
言葉遣いは柔らかいが、その目には決して隙は無え。
儂は考える。
取り繕おうにも何もねえ、というよりまだ何もわかっちゃいねえ、何かしら怪しまれてるのは、目をみりゃあよく分かる、どうしたもんか?手筈は何もねえ、ええい!何を考えてやがる、できることはなにもねえじゃねえか。
「儂はな、先ほど違う世界からこの世界に来たばっかでな、どうしたもんかって悩んでたところでな。そしたらおめえさんが話し掛けて来たってことよ」
え!といった表情で男は仰け反った。
「もしかして、転生者ですか?」
転生者?そういやあ、それらしいことを声の主が行っていたな。
「ああ、そのようだな、で、ここは何ていう街なんでえ?」
「ここは『タイロン王国』の城下町です」
「そうかい、ありがとよ」
「あの、すいません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「儂かい?儂は山野五郎ってもんだ。よろしくな」
「山野五郎さんですか、分かりました。では、私に着いて来ていただけますでしょうか?」
真っすぐな目で見つめられた、それは拒否はさせないという意思に満ちたものだった。
こりゃあ着いて行くしかなさそうだ。さてどうなることやら。
「ああ、よろしく頼む」
誘われるがままに、この男に着いて行った。
聞いてみたところ、このあんちゃんはこの国の警備兵をやっている者だったようだ。
そして、この世界には稀に異世界からの転移者が現れるらしい。
この世界では、異世界人は重宝されるようで、何でもこの世界の人達の知らない知識や知恵を持ってることが、その理由らしい。
まあ儂にその知識や知恵があるのかはさておき、大事にされるってんなら、ありがてえってなもんよ。
このあんちゃんの名前はなんだったかな?
百年以上前のことだからな、覚えちゃあいねえなあ、ああそうだ、エルドラドだったな。そうだそうだ。
そうこうすると、部屋に通された。
「五郎さん、飲み物と食事をお持ちしますので、少々お待ちください」
そう告げて、エルドラドは部屋を後にした。
しっかしまあ、異世界とは恐れ入った、本当に来ちまったな、さてこの先はどうなることか?楽しませて頂こうじゃあねえか。
などと考えていると、エルドラドがお茶を持って来てくれた。
一口飲んでみた。
薄い茶じゃあねえか、もっと香り立つように茶は入れねえと駄目だろうが、と言いたかったが、止めておいた。
そこまで出しゃばるのはよろしくねえな、せっかくのもてなしだ、ありがたく頂こうじゃねえか。
グイっとお茶を飲むも、やっぱり物足りなさを覚えた。
「これから面談を行いますが、中級神様のエンゾ様が行うとのことです」
そうエルドラドが告げた。
はあ?中級神?なんのことでえ、中級神ってことは神様ってことか?この世界には神様がいるってえことかよ?
「なあエルドラドよ、この世界には神様が居るってえことなんかい?」
「ええ、そうですよ」
当たり前のように話すエルドラドに違和感を感じつつも、疑問に思う事を聞いてみた。
「なんでえそりゃあ、この世界には神様が居て、儂らと共に暮らしてるってえことかい?」
「はい、そうです。この世界は神様達の権能無くしては、世界が成り立ちませんからね」
なんでえそりゃあ、どういうことでえ?権能?なんのことでえ。
しかし、神様が普通に一緒に暮らしているって、どんな世界だよここは、こりゃあ今までの常識を全て無くさないと、やっていけそうもねえじゃねえか、儂は氏神様すら見たこともねえってのに、なんなんだよいってえ。
「権能ってのは何でえ?」
「権能とはいわゆる能力です、神様それぞれが持つ力のことです」
神様が持つ能力?訳が分かんねえな。
扉がノックされた。
「どうぞ、お入りください」
と応えるエルドラド。
一人の女性が入ってきた。
その女性はまるで行司の様な恰好をしていた、透き通る肌に、薄っすらと紅が入った唇、切れ長の目、これはまた別嬪さんじゃあねかよおい!
儂の対面に座り、その女性が話し掛けてきた。
「山野五郎さんで間違いないでしょうか?」
声には高い知性を感じさせる風格があり、儂は少し萎縮する自分を感じた。
儂は賢い女は苦手だ。
「ああ、儂が山野五郎だ。してお前さんは誰でえ?」
「申し遅れました、私はエンゾと言います、このタイロン王国の財務大臣をしております」
「てえと、さっきエルドラドから聞いたんだが、中級神様ってやつかい?」
口元を袖で隠して、薄っすらと笑うエンゾ。
「はい、仰る通りです」
「かあー、聞いちゃあいたが、本当に神様が顕現してるんだな。こりゃあ、えれえこったぜ」
儂は膝を叩いて笑った。
これが笑わずにいられるかってんだ。
なんでえこの世界はよ。
その様子に更に微笑むエンゾ。
「我々神が一緒に暮らすのは、そんなに可笑しいことですか?」
「そりゃあ可笑しいってなもんよ、儂がいた世界ではな、神様なんて想像の産物とさえ考えられてるからな、それが直接会って、こうやって会話までしているってんだからよ、これが可笑しくなくてなんだっていうんだい、ガッハッハッハッ!」
「あらまあ、そういった世界もありますのね」
「しかし、なんだな。この世界にきてまだ数時間ってことは、この先も驚きの連続になるかもしれねえな、結構なことだな」
間をおいてから、エンゾが尋ねてきた。
「それで山野五郎さん、どうやってこの世界にお越しになられたんですか?」
「ああ、そうかそうか、まず儂のことは五郎と呼んでくれ、堅苦しいいのは苦手でな。それで、この世界に来たのはな。突然頭の中に声が聞こえてよお、その声の主が言うには、この世界は娯楽が少ねえから、儂にこの世界で温泉街を造ってみねえかと言われてな。まあ儂にとっちゃあ願ってもない話だから、そりゃあやるぜと答えたら、急にこの世界に来ちまったってことよ。分かるかい?」
腕を組んで押し黙るエンゾ、エンゾの後ろで護衛の様に立っていた、エルドラドも何かを考えている雰囲気だった。
「五郎、教えて欲しいのですが、その声の主は誰でしょうか?」
そういやあ、そんなことは何にも考えていなかったな、誰だろう?分からねえな。
「分からねえな、そんなこと考える暇もなかったからな」
「そうですか、あと、温泉街ってなんでしょうか?」
こいつ温泉街を知らねえ?そうか、もしかしてこの世界には温泉がねえのか?
「温泉街っちゃあ、温泉がある街のことさ、温泉って分かるか?」
「温泉ですか?エルドラド、聞いたことはありますか?」
「いえ、私も初めて聞く言葉ですね」
「そうか、そういうことか、面白れえじゃねえか」
この世界にはまだ、温泉がねえってことだな、又は、泉源があってもどうにもできちゃあしねえってことだな、そうなりゃあ儂が造る温泉街は、この世界での第一号ってことじゃあねえか、ありがてえ話だ。
やりがいがあるってなもんだ。
「いいかい、よく聞いてくれや。温泉ってのはな」
温泉と温泉宿、そして温泉街について五郎は熱く語った、温泉なだけに・・・
「話はわかりました、その温泉街を造るのを『タイロン王国』として、全面的に支援しましょう」
エンゾがそう宣言した。
儂は『タイロン王国』の支援のもと、温泉街を造ることになった。
まず最初に行うことは泉源の探索だ。
これが無ければ始まらねえ。泉源なくして温泉は出来ねえ。
そこで儂が考えついたのは、歩き周っても見つけることは難しい。まずは聞き込みを行うことにしてみた。
儂には補助員として、エルドラドが同行することになった。
まずは、エルドラドに酒場に連れて行って貰うことにした。
聞き込みといやあ酒場だろう、当然この国の酒や食事にも興味があったしな。どんなもんか・・・
この世界の酒場は日本のそれとはまったく違う物だった。
そもそも家や建物その物が違った。
屋根は瓦ではなく、レンガが主流、柱も木よりもレンガや石造りが多い、細部には木も使われてはいるが、木造建築は数えるほどしか見かけねえ。
この世界の酒場は、なんというか賑やかが過ぎるな。
どうにも畳が恋しいってなもんだ。
酒や食事の注文はカウンターと呼ばれる受付で頼み、出来上がったら自分で取りに行かなくちゃいけねえ。
そして、各々にテーブルで好きに食えというものだった。
店員が注文を取りに来るということは無えようで、雑多な雰囲気が酒場にはあった。
儂はひとまず適当に誰彼構わず声を掛けることにしてみた。
戦士風の一団を見つけ、エルドラドと共に向かった。
「やあ、あんちゃん達突然すまねえな、ちょっと聞きたいことがあるんだが、ちょいといいかい?」
五郎の方を一瞥すると、その内の一人がどうぞと椅子を進めてくれた。
案外この世界の者達は協力的なんかい?
「ああ、ありがとよ、聞きてえんだがよ、おめえら硫黄の匂いを嗅いだことはあるかい?」
一同は眉を潜めた。
「硫黄ってなんだ?」
一人が他の者達を代表するように言った。
「硫黄ってのはな、火薬の原料にもなる物で、独特な臭いを発している物なんだ」
「独特な臭い?」
「ああ、なんて説明したらいいのか・・・おならのような匂いか?」
「おならの匂い?」
「ああ、卵を食べた後にする、おならの様な臭いだなあれは」
キョトンとする一同。
「でな、そんな匂いのする場所を知らねえか、聞きてえってことよ」
「そりゃあ便所だろ?」
大爆笑する戦士の一団、手を叩いて笑う者もいた。
「いやいや、そうじゃなくてよ、便所以外でそんな匂いのする場所は知らねえかってことよ」
「そんなとこ知らねえな、ハハハ!」
「俺のパンツがそんな匂いがするな!ハッハッハッ!」
こりゃあ駄目だ、埒が明かねえ、だが他の表現がわからねえ、どうしたもんか。
まだ大爆笑をしている一団を無視して、エルドラドと他の客に話し掛けにいった。
だが、他の者達の反応も似たり寄ったりで、まったくもって話しにならなかった。
どうしたものか、聞き込みを続けるか・・・方法を変えてみるか。
ただ、他の方法といったら、もう限られている、まったく爺さんはどうやって泉源を見つけたってえんだい?
結局儂らは、聞き込みを続けるしかなかった、時には、ターゲットを変えて、道すがら商人に話を聞いたり、一件一件家を訪ねて話を聞いたりもした。
まったくもって話は空振りを続けた。結局こんな生活を三ヶ月送ることとなっちまった。
「五郎さん、聞き込み以外の方法は無いんでしょうか?」
困った顔でエルドラドが言った。
「そりゃあ、方法があるにはあるが、そうなると何かと物入りでな」
「お金が掛かるということでしょうか?」
「ああ、そうだ、それに時間もかかるぞ」
「なるほど、お金が掛かるうえに、時間もかかると」
「ああ、時間はいいとして、金がな・・・」
「一度、エンゾ様に相談してみては如何でしょうか?このままでは成果が出るとは思いづらいですし」
そうだわな、手詰まり感があるのは儂も分かっちゃいるんだが、まあ駄目元で相談してみるか?
「そうするか」
エルドラドにエンゾとの会談の用意をしてもらうことにした。
翌日、エンゾは快く会談に応じてくれた。
「エンゾすまねえな、時間を貰ってよ」
笑顔でエンゾが応える。
「いえいえ、温泉街の進捗はいかがでしょうか?」
「いやー、それがな、芳しくねえんだよ」
儂は頭を掻いて、気まずさを誤魔化した。
「といいますと」
「それがな、聞き込みをここ三ヵ月続けたんだがな、まったくもって埒があかねえ、全然泉源の場所のヒントすら掴めねえ状況さ」
儂はすまなそうにエンゾを見つめた。
笑顔を崩さないエンゾ、
「そうですか、それで次なる手はありますか?」
やっぱりそうくるよな、ああ、話しづれえな。
「あるにはあるのだがな、エルドラドよ」
ズルいのは分かっているのだが、エルドラドに振っていた。
「ええ、エンゾ様、在るには在るのです、しかし・・・」
話しづらそうにしている儂らに、エンゾは笑顔を崩さずに言った。
「五郎、遠慮なく話してください、私は全面的に支援すると言ったはずです、それは今でも変わりません」
そうか、そうだったな、駄目元で話してみるか。
ままよ!
「エンゾよ、そこまで言ってくれるなら、話させてもらうがな、次の手はある、だが金が掛かる上に時間がかかるんだ」
「それはどれぐらいですか?」
「正直検討もつかねえ、見つかるまで掛かるってのが、本当のところだ」
「それはどういうことですか?」
「旅に出て、泉源を探すしかねえってことなんだよ」
「なるほど」
「だからな人手もいる、そうなりゃあ当然金も掛かる、いつ泉源が見つかるか分からねえってことよ」
腕を組んで考え込むエンゾ、目を瞑って何かしら考えている様子。
何かを決したのか、正面から儂に目を向けたエンゾが語った。
「分かりました、いいでしょう。出来るだけのサポートは致します。」
「「ええ!」」
儂とエルドラドは口を揃えていた。
「ですから、遠慮なく、進めてください」
「本当かおめえ?」
思わず呟いていた。
「ええ、実はね五郎、私はこの温泉街に望みを感じているのです、あなたが初めて会った時に話していた通り、この世界には娯楽が少ないのは事実なのです、少なからず私はそう感じています。ですが私自身も娯楽という物がどういった物なのか?という本質は掴めてはいないのです、五郎がこの世界に来たのは、創造神様の意思ではないのかと思うのです」
創造神様の意思?何のこってえ。
「創造神様ってなんでえ?」
「ああ、ごめんなさいね、五郎はまだこの世界に馴染みは無いから知らないでしょうけど、この世界の最高神は創造神様なのです、そして私は、創造神様があなたを遣わしてくださったのではと考えているのです」
最高神が儂をここに遣わしたってことなのか?本当にそうなのかい?
えれえ話じゃねえか。
「ですので、その意を組んで私は全力であなたを支える所存です」
そうなのか・・・ああ・・・エンゾが女神に見えてきた・・・あっ女神だったな・・・何だかな・・・今だに慣れねえな・・・
エンゾが最高の笑顔でこちらを見ていた。
この日から、綿密な打ち合わせが始まった。
儂と、エルドラド、そしてエンゾ、三者会談が始まった。
まずは、どこにどうやって旅を行うかということだ。
そして、旅のお供について、当然儂とエルドラドだけというのは、現実的では無え。
そこでお供に考えられたのはハンターだった、残念ながら、国軍を使わせては貰えなかった。
あくまで国軍は国防の為、そして国益の為の組織であって、そこは神様とはいってもどうにかできるものではねえ。
今回の旅は、森を抜けることになるし、獣にも遭遇することは必須だ。だからこそ、人員がいる。
ハンターを雇い入れるには勿論賃金が発生する、それ以外にも旅には費用が掛かる、その費用を『タイロン王国』が肩代わりすることになった。
ほんとすまねえな・・・
ここで大事なのは肩代わりということで、将来的には返済しなければならねえ。
すなわち一日でも早く泉源を探し出し、更に温泉街を完成させて、利益を出さなければいけねえということだ。
儂は思い出そうとしていた、爺さんと交わした温泉に関する会話を。
必ずここに泉源を探すヒントがあると儂は考えた。
爺さんとは数限りなく温泉に関する話をしたもんよ、泉源に関する話もしたはずだ、思い出せ、何かあるはずだ。
「五郎や、温泉の源泉ってのはな、いわば湧き水みたいなもんよ。地球の地熱や地下に流れる溶岩層からの熱を受けて、地下水が温まって出てきたものなんだ、その湧き水が発生している場所を泉源というのじゃ。わかるか?」
「五郎や、泉源にも自然に噴出しているものと、掘削して掘り当てるものとあるのじゃ」
「五郎や、泉源には水と地熱が必要ということだ、わかるか?」
儂は考える、水と地熱、海側か、山側か、いずれにしても、加水する必要がある場合を考えると、川から離れ過ぎない方がいいのかもしれねえ。まずは川岸から始めるか・・・あと儂はこの世界のことを学んだ、なんでもこの世界には魔法が溢れているようだ、土魔法ってのが掘削に役立つかもしれねえ。
「エルドラドよ、ハンターには土魔法を使える奴を何人か加えておいてくれや、あと旅のルートは川岸からだ」
「分かりました、手配しておきます」
「五郎、これを持っていきなさい」
手渡された物は地図だった。
「『タイロン王国』は広いわ、この国の中からその泉源が見つかることを期待しているわね」
「ああ、徹底的にやってやらあ」
自信たっぷりに儂は言った。
こうして、泉源を探す旅が始まった。
旅のお供はエルドラド、他ハンターが七名、人間と獣人とエルフのパーティーだった。
なんでもエルフという種族は、魔法が得意な種族らしく、本来であれば、ハンターは五名体制が一般的らしいが、今回はここに土魔法を使えるエルフがニ名加わったパーティーとなったようだ。
旅の工程は、予定通り川岸から始めることになった。
作業としては、川岸からおそよ百メートルほど離れた場所を中心に森を切り開いていく。そして、地面を十メートルほど掘削する。
これが結構な重労働となった、森の様相によっては、地面が見えていない箇所があり、そういった場所の場合は、草を刈り地面をむき出しにしてから作業を行う必要があったからだ。
更に岩盤層による抵抗もあり、そういった層があった時は時間を有するからだった。
あー、めんどくせえ。
ただ考えようによっては、泉源が見つかった時には、そこが温泉街の中心となる為、将来的にはタイロンの城下町へと街道を繋げなければならねえ。その足掛かりになるのだと捉えればいいってことよ。
そんな作業を含む為、一日に調査出来るのは、五十メートル足らずの範囲となっちまった。
今調査を行っている川の名前は、ヨーラン川というらしく、その川幅は五十メートルほどあり、日本では恐らく一級河川ぐらいの規模の河川だったな。
今は作業を中断し、昼食を取っていた。
食事に関しては、儂の『収納』を使って、タイロンの城下町で買った様々な食材で、現地調理して儂が振舞っていた。
たまに警護がてら、ハンター達が獣を狩ってきてくれていたので、それの肉を振舞うこともしたさ。
儂の料理はハンター達に絶賛された。
それはそうだろう、温泉旅館での手伝いで厨房に立ち、料理長にもその才能を認められていたぐらいだからな。
更に儂は作業がてら、果実や自生しているキノコ類なども、日本で知りえた知識と『鑑定』でもって、食材に加えていた。
逆に儂にしてみれば、自生している食材の多さに驚いたほどだったぞ。
そして、儂は週に一度は休暇を取るようにした、これは儂の拘りでもあった。
儂は知っていたんだよ、作業を続ける毎日を繰り返すよりも、休暇を挟んで行ったほうが、作業がはかどるという事をな。
休暇の過ごし方はそれぞれに一任している。
儂はというと、釣りをして過ごすことが多かったな。
エルフの一人が、釣りをしているのを見かけたのがきっかけだった。
儂は、日本ではほとんど釣りを行ってこなかったが、まさかこの世界で釣りを学ぶことになるとは思わなかったぞ。
釣りとはこんなに面白い物であったのかと、儂は関心した。
そんな具合での旅となった為、旅の期間としては、予定よりも長く続けることができた。
ありがてえ話だ。
ハンター達とも打ち解けて、旅は順調に進んでいた。
たが、難点もあった、それは雨だ。
雨の日は調査がほとんどできねえ。さらに川に近いこともあって、雨量によっては河川の氾濫を見守らなければなら無らねえ。
日本とは違い、河川の護岸には何も対策は立てられていねえ。
自然のままの状態だ。
従って、雨の日はただただ体力を削られる。
しかし、儂は考える。そんな中でも出来ることがあるのではねえかと。
そこで儂は、雨の日は今後のことを考え、料理を作り置くことに専念した。
これも、少しでも早く泉源を見つける為の作業だ。
更に儂は、ハンター達と話しをし、この世界を知ることに専念した。
そうこうしていると、食料が尽きだし、タイロンの城下町に帰らなければならなくなった。これにて旅は一端終了となる。
これまでのルートを地図に写し、以降の旅に向けて今後の旅程を考える。
そんなことを繰り返すこと数十回、気が付けば、既に三年の月日が経っていた。
そして、いよいよ儂に、念願の時がやって来る。
儂はこれまでに何度も行っている作業に取り掛かった。
メンバーは入れ替わりを得てはいるが、概ね変更はねえ。
エルドラドも慣れたもんで、作業に交じっている。
そんななか、儂は懐かしい匂いを嗅いだ。
一瞬にして儂の心が叫びだす。
儂は我も忘れ走り出していた。
木の枝が頬を掠めていたが、そんなことは気にしてられねえ、嗅ぎなれた匂いのする方へ。
そこには自然噴出する泉源があった。
儂は我先にと泉源に近づき、源泉に触れてみた。
「熱っちぃー!」
喜びの叫びだった。
「やったー!、見つけたぞー!」
何があったのかと、エルドラドが全速力で駆けて来た。
「見つけたのですか?」
「ああ、エルドラド!そうだ、源泉だ!触ってみろ。やったぞ!」
儂は両手を挙げてガッツポーズをしていた。
「熱っちぃー!これが源泉、すごい、水が熱い!」
エルドラドも興奮していた。
ハンター達も追いつき、同様の反応をしていた。
やったぞ、遂にやったぞ。儂の温泉、儂の温泉街が出来るぞ。
「遂にやりましたね、これまで三年以上、長い旅でした」
「エルドラド、おめえ何を言ってやがる、忙しいのはこれからじゃあねえか」
「そうなんですか?もういい加減、国軍に帰らせてくださいよ」
そう言いつつも、笑顔のエルドラド。
「おめえさん、そりゃあ本心かい?違うだろう?」
「ハッハッハッ、どうでしょう?」
エルドラドは頭を掻いている。
遂にここまできた、いやこれからだ!
儂は心の中の熱い想いを噛みしめていた。
一度、タイロン王国に帰ることとなった。
ここからは、温泉街の建築に向けて、本格的に動きだすことになる。
建設にはやり直しがきかねえ、と思った方がいいと、儂は考えている。
小さなミスが、大きな時間的金銭的なロスを生むなと。
実際そうであろうな、特に街の根幹となる上下水道に関しては、やり直しは大きなロスとなるだろう。
「エンゾよ、遂にやったぞ!」
儂ははエンゾの目を正面に見て言った。
「そのようですね、おめでとうございます」
というエンゾを遮って儂は
「いや、そうじゃあねんだ、これからが大事なんでえ。嬉しいが、祝いの言葉はまだ待ってくれや」
エンゾは微笑みながら頷いた。
「そうですね、ここからですね」
「五郎さん、それでここからはどのようにに進めていきましょうか?」
エルドラドが先を促す。
「ああ、それだがな、儂なりにいろいろ考えたんだがよ、ここからは人海戦術になりそうだな」
「人がたくさんいるということですね」
そういうと、エンゾは考え込みだした。
「そうだ、それにまずは、この国の建築技術がどれだけのものかを知る必要があるな」
腕を組んでエルドラドは考えている。
「大工を招集した方が、いいですかね?」
「ああ、そうだな、それだけじゃあねえ、建築士が必要だな、設計を間違えることはあってはならねえ、特に温泉は水が命だ、給排水を間違う訳にはいかねえのさ」
「なるほど」
「ちなみにこの国の上下水道はどうなっているんでえ?」
エンゾが応える。
「この国の水道は、まだ発展途上といった方がいいわね。まだ井戸で汲みだしているところが大半よ、というかね、今回を機にその技術を学びたいと考えているわ」
儂は目を瞑って上を向いた。
そうかい、一からってことじゃあねえか、それは指南のしどころってことだな。やってやらあよ。
「分かった、やってやろうじゃねえか、まずはこの国の主だった建築士達を集めてくれや、どうでえ?」
「そうしましょう」
エンゾは儂に向き直ってそう答えた。
ここから儂は、建築に関しての一切を取り仕切ることになった。
インフラとなる上下水道の技術、日本建築の技術、温泉街に必要となる物、ありとあらゆる技術を惜しみなく伝えた。
そのこともあり、タイロンの建築技術やインフラは、この後飛躍的な発展をすることになった。
儂は、爺さんとの会話を思いだしていた。
温泉の構造、温泉街を造った時の話、その仕組みから細部まで、果ては温泉旅館の接客についてまで、全てを際限なく思い出していた。
儂は想う、爺さんとの会話が無ければ、この温泉街の完成は無かったのだなと。
そして、タイロンの国軍まで巻き込み、一大事業が始まった。
なんと完成までおよそ四年の年月が掛かることになった。
異世界に来てからおよそ八年、遂に念願の温泉街の完成と相成ったのだ。
しかし、これで儂は終わらない。
更なる進化を求めて、やっと満足のいく温泉街となるには、その後十年の歳月を有したのだった。
そして、その功績が神達に認められ、儂は温泉街の神様となった。
ちなみに、まだ『タイロン王国』への支援金の返済はまだ続いている。完済までにはあと二十年は掛かりそうだ。
俺は、考えている。
五郎さんとの会話を思い出していた。
五郎さんはあまりにも壮絶な人生を送っている。
だが同時に羨ましいとも思うのだった。
自分の好きなものに熱中し、そしてそれをやり遂げている。
これは、なかなかできることではない。
一説には自分のやりたいことをやっている人は、人類全体の一割にも満たないとのこと、更にそれをやり遂げた人は、更に一割しかいない。夢に生き、夢を叶えた人はわずか1%ということらしい。
自分のやりたいことを見つけられず、人生を終える人がほとんどであるということだ。
俺はどうなんだろうか?
自分が何をしたいのかについて、色々と悩んだ時期も確かにあった。
だが、しかし今は、それすらも超えた何かを見据えようとしている自分がいるの。
上手くは表現できないが、自分を突き動かす何かを感じているのだ。
それにしても五郎さんは凄いな、ほんと感心するよ。
俺もスーパー銭湯でも造ってみようかな?
なんてことはさておき、上下水道に関しては、俺もどうしたものかと考えていた。
やっぱり、インフラを整えるべきなんだろうか?
正直今はそこまでは困ってはいないし、必要性も感じない。だがあったら便利だろうなとは思う。
畑の水撒きや風呂の水、特にトイレが水洗式になるのは嬉しい。
だが、あまりに人手が足りない為、今から上下水道工事を行うには、掛ける時間とのバランスが、合わないように感じる。
即決することでも無い為、今はとりあえず置いておこうか・・・
手元に目をやり、今やるべきことに切り替えることにした。
今から行うのは、なんちゃって家電の作成だ。
造るのは、なんちゃって冷蔵庫。
日本から電力を持ち込むことは容易ではあるが、今は控えている。
太陽光パネルを購入し、家電を持ち込み利用することは可能で、電力を持ち込めなくはないのだ。
若干不便だけど、楽しい生活を満喫したいという想いがある。
詰まるところ、俺は何かを一から作り上げることが好きなのだ。
現代日本の科学力を、極力使わないことを俺は決めている。
まあとはいっても、今はだけどね。
さて、俺の持論はいいとして、作業を開始しよう。
『万能鉱石』を購入し、アルミを作製する。
百センチ×八十センチの板状のアルミを八枚。
八十センチ×八十センチの板状のアルミを四枚。
後は、五センチ×三百六十センチの同じく板状のアルミを四枚と、五センチ×三百二十センチの物を二枚用意した。
残る材料はゴム、畑で育てたゴムの木からゴムを抽出してある。
まずは八枚造ったアルミ板をつがいとして、その周りに五センチ幅のアルミ板を撒いていく。これを四枚分行う。
そして同じ要領で八十センチのアルミ板も、五センチ幅のアルミ板を撒いていく。
撒く作業には『合成』を使い、隙間なく完成した。
これにてアルミの立方体が出来上る。
そして全てのアルミ板に手を翳し『分離』にて、中の空気を抜きアルミ板の内部を真空にする。
冷蔵庫の扉となる部分の内側の縁に、ゴム付ける。
ここから細部の作業が始まる。
蝶番を作製し接地面に『合成』で扉に付ける。
冷蔵庫内部に区切りのとなるアルミ板をはめ込み『合成』で中板を設置する。
あとは勝手に扉が開かないようにヒンジを取りつけて。
なんちゃって冷蔵庫の完成となった。
魔法瓶の構造を利用した、なんちゃって冷蔵庫である。
真空は熱を通さない性質があるらしく。これを利用したという訳だ。
『収納』がある俺は、いつでも冷えた物が飲めるし、食事を保存することができるが、他の家族達はそうともいかない為、便利になるのではないかと造ってみた。
早速、なんちゃって冷蔵庫を開け、区切りのアルミ板の上に『自然操作』にて氷を作成し、お茶やらジュースやらの飲み物を『収納』から移し変えておいた。
最近では、俺がこの島にいないことが多い為、皆には役立てて欲しい。
このなんちゃって冷蔵庫だが、勢いに任せて四台作成した。
いつも島にいるアイリスさんがとても喜んでくれた。
畑の横に置きたいと言われたが、まあ良しとしておいた。
土が混入したり、不衛生になるのではないかと思ったのだが、メインで使うのはアイリスさんなので、許可することにした。
アイリスさんは畑仕事の後に飲む麦茶が大好物らしい、これからはキンキンに冷えた麦茶が飲めると、嬉しそうにしていた。
とまあこんな感じで、文化レベルが更に上がったのだが、これにはピンピロリーンは鳴らない。
鳴って欲しい気分だったので、俺は心の中でピンピロリーンと呟いた。
俺の名前はマーク、人間だ。
俺はハンターをやっている。
俺達のハンターチームの名前は『ロックアップ』俺はリーダーをやっている。
『ロックアップ』は五名編成で、俺は盾役をやっている。
その他のメンバーは斥候役のロンメル、アタッカー役のランド、魔法士のメタン、回復役のメルル。基本的なハンターグループの構成だ。
ロンメルは犬の獣人で、ランドはミノタウロス、他の二人は俺と同じ人間だ。
俺はハンター歴十年を迎える、他のメンバーも大体同じ様なものだ。
このメンバーになってからは約五年になる。
いわゆるベテランの部類に入り、ハンターランクはBランク。
まあ、自分で言うのもなんだが、それなりに顔も売れている。
獣であれば、だいたい狩れる自信がある。
だが魔獣化した獣は別だ、魔獣化した獣は手に負えない。
異常にその強さが増すからだ。
例えば、Dランクのジャイアントボアが魔獣化するとBランクの獣となる。これが、複数体となるとAランクでは利かない時もあるぐらいだ。
まあ魔獣化した獣に会うこと自体が稀なのだが、狩りに出た際には俺は一切気は抜かないようにしている。
ハンターは常に危険と隣合わせの職業だ、これまでにも何人ものハンターが、目の前で死んでいったり、四肢を欠損するところを見た。
その場で死ねれば良いと俺は考えている。
何故ならば、片腕のハンターは使い物にならないと見られるのが、ほとんどだからだ。
それに片腕の仲間に背中を任せるのは正直言って、心もとない。
実際片手を欠損したハンターは引退することが多く、又、再就職先はほとんどないのが現状だ。
そうならない為にも、狩りの最中は決して気を抜けない。
詰まるところハンターとは、狩るか狩られるかという職業だ。
最近の『ロックアップ』は、ハンター活動は控えめとなっている。
というのはメルルが病気がちで調子を崩しているからだ、メルル抜きでも狩りには行けるが、獲物次第では回復役抜きでは厳しいからだ。
ランクの低い獣を狙うという手もあるにはあるが、そこはあまり具合が良くない。
低ランクの獣を狩ってばかりいると、ハンター協会から目を付けられかねないからだ。
紳士協定といったところで、低ランクの獣は新人や、低ランクの冒険者に任せるというのがマナーとなっている。
従って俺達のランクとなると、Eランクの獣のジャイアントラビットに遭遇しても、狩らずにスルーするのがハンターとしての礼儀となっている。
今日はメルルが体調が良いということなので、狩りに出ることにした。
まずはハンター協会に顔を出した所、グレートウルフが出たということだった。
グレートウルフならば、これまでにも何度か狩ったことがある為、狩りを行うことを決意した。
最悪二体までなら何とか出来ると思う。グレートウルフは気性が荒く、つがいであったとしても、連携など取らないことで有名な獣の為、二体同時までなら何とか出来ると考えた。
俺達は狩りの準備を整えて、森へと入っていった。
「メルル、体調はどうだ」
こちらを睨むようにしてメルルが応える。
「だから大丈夫だっていってるでしょ?何回聞けば気が済むの?」
「何度も言ってるじゃないか、こいつの心配性はもはや病気なわけよ、なあメタン」
と同意を求めるロンメル。
「まあそう言わず、リーダーは我々のことを気遣っているのですからな」
メタンがメルルを宥めている。
ほんとにメルルは回復役のくせして気が強いって、なんの冗談だと呆れてしまうが、風魔法も使えるのでそういった面では心強くもある。
まあこれだけ元気ならば今日は大丈夫だろう。
「ハハハ、元気でいいじゃないか」
と、ランドも同意見のようだ。
まあ毎回こんな調子で、もう慣れっこといったところだった。
まだ、遭遇予定先には距離がある為、一旦休憩をすることになった。
各々用意した干し肉を食べ、水を飲んでいる。
「そういやあ、こないだ酒場で聞いたんだがよ、捨てられた島って知ってるか?」
ロンメルが皆を見回して言った。
「捨てられた島?」
「ああ、そうだ」
「なんか聞いたことがあるわ、あっ、百年前に無人になったっていう島があるって、なんか聞いたことがあるような気がするわ」
「そう、その捨てられた島なんだけどな、なんで無人になったか知ってるか?」
「俺は知らないな、そもそもそんな島があることすら知らん」
干し肉を齧っているランド、不味そうに食べている。
「でそれがどうかしたのか?」
話を先に勧めるように促した。
「実はなその島には世界樹があるらしい、だが百年前に世界樹の葉を付けなくなったらしい」
「ほう、世界樹の葉とな」
メタンは興味があるようだ。
「ちょっと待ってよ、世界樹の葉って伝説の回復薬じゃない」
メルルも食いついたようだ。
ロンメルはいつもこの調子で、どこで何をやっているのか、都市伝説や噂話を仕入れてきては、狩りの前にメンバーに話す。
これはこいつの趣味なんだろうか?と思うのだが、これはこれで助かっている面はある。
副リーダーでもあるこいつなりの、気遣いなのだろうと俺は思っている。
緊張感のある狩りの前のリラックスタイムとしては、とても有効なのだ。
副リーダとしての役割をきっちり果たしてくれている。
俺としてもそんなロンメルを頼りにしている。
「世界樹の葉って言ったら、切り傷はもとより、病気や欠損した四肢まで元通りっていう伝説のアイテムなのよ、あんた本気で言ってんの?」
メルルは相当気になるようだ。
「ああ本気だ、それでな、葉を付けなくなってから百年経っている今、葉を付けるようになっていても、おかしくはないじゃないかって話だ」
「それはちょっと安易じゃないですかな?」
メタンは冷静に答えている。
「そうよあんた、適当なこと言ってんじゃないわよ」
メルルが食って掛かっている。
「いやーそうは言うがよ、百年だぞ、そんなことがあってもおかしくないと思うんだがな」
鼻白むロンメル。
「そうは言っても、そもそも何で葉を付けなくなったのよ?」
「そりゃあ・・・分からねえ」
「ロンメルよ、それが分からなくては何ともならんぞ。その理由が勝手に年月で解消することなのかなんて、俺達のような者には分からんだろうが」
ウンウンと頷く仲間達。
「いやー俺にもそんなことは分からねよ、だがよ、もし本当に世界樹の葉があったとしたら、一攫千金も夢じゃねえだろ?」
「まあそうですが、現実味は薄いですな」
メタンがバッサリと言い放った。
「で、その話の出どころは何処なのよ?」
メルルが追及する。
「そりゃあ、酒場の世間話さ」
ニタリ顔でロンメルが応えた。
「やっぱりね、そんなことよりそろそろじゃないのリーダー」
呆れ顔でメルルが促してきた。
「そうだな、そろそろいいか?」
食事を終え、狩りを再開した。
そろそろ遭遇予定地点まで、あと一キロというところから緊張度が増す。
「そろそろ気を引き締めるぞ」
これが俺達の合図である。
その言葉と共に斥候のロンメルが先行して駆け出す。
匂いを頼りに、獣の気配を探る。
ロンメルは、地面に鼻が付きそうなぐらいの態勢だ。
ロンメルの探索には癖があり、尻尾をピンと上に向けている。
その尻尾の揺れ具合でロンメルの緊張感が分かる。長年組んできて分かった癖だ。
その尻尾が、いつになく上に向いているのが俺には気になった。
ここまで緊張したロンメルを見るのは、いつ以来だろうかなどと考えていた。
すると、そんなことは脇に置いとけ、とばかりにロンメルから合図が入る。
その右手には三本の指が立てられていた。
この合図は獲物が三体いるという合図だ、ということはグレートウルフが三体いるということを指している。
グレートウルフが三体、これまでの中で最大の強敵となる。
二体までなら、遭遇した経験があるし、実際狩ったことがある。
三体となれば、撤退も考えなければならない事態だ。
皆の顔を見る、皆が皆どうしたものかと考えているのが分かる。
そんな中、メルルが言った。
「いいんじゃない、いっちゃう?」
強気な発言だ。
「そうですな、行きましょう」
珍しくメタンも強気になっている。
「準備は出来ているぞ、リーダー」
このランドの言葉が、最後の一押しとなった。
「野郎ども行くぞ!」
この決断が、この後の俺達の人生を大きく変えることになった。
俺達は一気に戦闘態勢に入った。
態勢を低くして、各々武器を構える。
俺は左手に大楯を構え、右手に剣を握る。
この剣は、鍛冶の街にわざわざ出向いて買った代物で、詳しくは知らないがそれなりの業物であると、お店の主人のドワーフが言っていた。
現に俺の手によく馴染み、この剣を得てからというもの、狩りの効率も良くなった。
これまで数回は打撃を与えないと倒せなかった獲物が、一撃で倒せるようにもなった。
ロンメルが、斥候の役割を果たして、戻ってきた。
ここからの前衛は盾役の俺が務める、大盾を前に構え、ゆっくりと歩を進めていく。
距離百メートル、グレートウルフを三匹視界に捉えた。
この時俺は違和感を覚えた、それはグレートウルフが等間隔で並んでいたからだ。
本来グレートウルフは連携を取らないはず、何故?と思ったが、一瞬にして考えを変える。
たまたまだろうと。
俺の右後ろには、アタッカー役のランドがアックスを構えて、息を殺している。
そして、左後ろには戻ってきたロンメルが、両手に短剣を持って構えていた。
その更に後方には杖を構え、演唱を始めるメタン、その横でこちらも演唱を始めるメルル。
距離三十メートル、ここで一旦グレートウルフが動きを止める。
ん?何故?と思ったと同時にグレートウルフが動きだした。
真っすぐに動きだしたかと思いきや、三匹が縦一列になり、こちらに向かって来た。
不味い!直感的に思った。
しかし、時既に遅し。
先頭に居たグレートウルフが、真っ先に俺の大楯に突進してきた。
その突進が決まったと同時に、俺を飛び越え二匹目のグレートウルフがランドに飛び掛かる。更に三匹目のグレートウルフが、俺の脇を潜り抜け、演唱中のメタンに向かった。
まさかの連携に動きを止めてしまった俺達。
ランドとメタンに無慈悲な一撃が入った。
その攻撃で、ランドは左腕を噛まれていた。いつものランドなら噛まれたことなど気にせずに、アックスをグレイトウルフに向けて打ち下ろしていただろう。
だが虚を突かれたランドは、一番やってはいけない行動をしてしまう。
左腕を振ってしまったのだった。グレートウルフは腕を振られてもその腕に突き刺った牙を離さない。
更に牙がランドの左腕にめり込む。
ここでランドはもっととってはいけない行動にでてしまった。
アックスをグレートウルフの頭めがけて振り落としたのだ。
まさにそれを待ってましたと言うが如く、グレートウルフが腕から離れた。
グチャ!
嫌な音がした、ランドは自分で自分の腕を切り落としてしまっていた。
グレートウルフは、ランドの体から離れた左腕を口に咥え、後ろに飛び去った。
ランドの腕を咥え、これは俺の物だと言わんかの如く、こちらを睨んでいる。
間をおいて、後ろから悲鳴が聞こえた。
しかし、後ろを振り返る余裕は無い。
俺は目の前のグレートウルフから距離をとってから、後ろを振り返った。
その時、三匹目のグレートウルフが今まさにメルルに飛び掛からんとしていた。
ロンメルの投げた短剣が、そのグレートウルフの腹に突き刺さる。
勢いを無くし、その場に倒れるグレートウルフ。
メルルの表情が目に入った。
その顔は蒼白で、恐怖に引き攣っていた。
「撤退だ!」
ここでやっと事態を把握した俺は、大声で叫んでいた。
ここからの撤退戦は苛烈を極めた。
壁役の俺と、ロンメルが殿を務める。ランドの腕とメタンの顔に回復魔法をかけながら必死に後退するメルル。
一匹を仕留められ逆上した、二匹のグレートウルフが、猛攻を加えてくる。
盾を避け横に回りこんでくる、その上で牙と爪での攻撃が何度も加えられる。
本来両手に短剣を持っているロンメルは完全な防戦一方で、なんとかグレートウルフの攻撃を捌いているが、その体はぼろぼろだ。
まさに死線の上を歩いている俺達。
その時、たまたま居合わせたハンター達がこちらに向かって来た。
やっとグレートウルフが撤退を始めた。
グレートウルフの姿が見えなくなってから、気が付くと俺は尻から地面に座り込んでしまっていた。
結果は散々だった。
俺達は駆けつけたハンター達に介抱された。
やっと緊張が解けた時に、俺は自分の指が三本無くなっていることに気づいたのだった。
何処で間違った。
ロンメルの指が三本立った時に撤退すべきだったのだ、ここが始めの間違いだった。
次にグレートウルフが、等間隔で並んでいた時に違和感を覚えた、ここが最後の撤退の意思を伝えるチャンスだったと思う。
後悔の想いが俺を何度も何度も打ちのめす。
どうしてそんなことをした?
どうして気づけなかった?
いや気づいてはいた、なのに何故?
くそう!
俺の責任だ。
俺の決断のせいであいつらの人生を終わらせてしまった。
畜生!
右手を眺めて見た、小指と薬指、そして中指の第一関節から先が無くなっていた。
「俺は終わったな」
思わず呟いていた。
幸い治癒魔法で欠損した箇所に痛みは無い。
あれから一週間が経っていた。
ランドは左腕の肘から先を失い、メタンは顔に傷を負っただけで無く、視力を失っていた。
更にこの狩りから生還はできたが、メルルの体調は急激に悪化していった。
恐らく今回の狩りで終わりを告げた『ロックアップ』の現状が、メルルの身体を更に追い詰めたのだろうと思う。
幸いロンメルは深い傷は無く、今では何も問題なく過ごせている様子。
だがその表情は暗い。
本来の明るい性格は影を潜め、今ではいつも通っていた、酒場にまで顔を出さないようだ。
俺達は終わった・・・それなりに名前も売れ・・・それなりに稼ぐことも出来た・・・ハンターとしてはこれまで順風満帆に過ごしてこれた。
幸い蓄えもそれなりにあるが・・・ただし再就職となると・・・
気が付くと右手を眺めていた。
多分この先出来ることは限られている・・・貯金を切り崩し、なんとかギリギリの生活をしながら日銭を稼いでいければ・・・畜生!・・・本当にそれでいいのか?・・・本当に俺達は終わってしまったのか?・・・『ロックアップ』は俺の人生その物だった・・・終われない・・・終わらせたくない・・・俺にはあいつらを・・・くそう!くそう!・・・何か手段は無いのか?・・・そういえば・・・いや・・・それは・・・都市伝説だろ・・・でも・・・いいのか?・・・そんなことに望みを抱いて・・・馬鹿げている・・・こんなことは・・・畜生!・・・何だってんだ・・・俺は何で諦めきれないんだ・・・ああ・・・俺はあいつらが・・・『ロックアップ』が好きなんだ・・・そうだ俺の全てだ!
俺はメンバーを集めた。メルルの見舞いに皆で集まろうと。
翌日、俺はメルルの所に行った。
すると、珍しく俺よりも先に全員が既に集まっていた。
こんな珍しいことがあるもんだなと思うと共に、皆の表情を伺う。
皆が皆な、何かしらの想いを秘めているのが分かった。
「お前ら、何だよ」
「何だよって、何だよ」
「何だよって、そんなことより、メルル体調はどうなんだ?」
「また、それ?何回聞きゃあ気が済むの?」
「またそれか・・・」
ロンメルは思わずぼやいていた。
場が一気に重くなる気配がした。
「あっ、いやすまない・・・」
なんだか居心地が悪い空気になってしまった。
「まあよう、それにしても実際どうなんだいメルル?」
ロンメルが言った。
「んーん、どうだろうね?」
明らかに誤魔化そうとしているメルル。
「良くはないわよ」
メルルの体調は明らかに悪くなっているのが分かる。顔色は青白く、痩せてしまっているのが分かる。頬がこけてしまっており、唇の色も悪い。
本当は活発で元気いっぱいのメルルだが、今ではそのかけらも無い。
「それで、お見舞いに来ただけってことは無いわよね?」
メルルが俺に向かって言った。
「まあ解散ってことなんだろ?」
ランドが隣から口を挟む。
「そうなのか?」
ロンメルが嘘だろと言った具合にツッコんだ。
「いや、俺は解散は考えていない」
「何故かな?」
いつもは、話し合いの場ではまず口を挟まないメタンが珍しく口を挟んできた。
その顔には目を覆うように包帯が撒かれている。
「俺達このまま終っていいのか?」
まずは皆に今の気持ちを聞いてみようと思った。
「このまま終わるって、終わらなくていいなら終わりたく無いに決まってるだろ」
吐き捨てるようにロンメルが言う。
「そりゃあそうだ」
ランドが同意する、その無くした左腕は痛々しい限りだ。
「この中でそう思わない者は、一人もいないでしょうな」
今日のメタンは積極的だ。目が見えないせいで、話をして無いと不安なのかもしれない、などと慮ってみる。
メルルを見るとその目が同意を示していた。
「だよな、お前達ならそう言うだろうと思っていたよ」
皆が苦笑いしていた。
「そこで、賭けに出ないか?」
何のことかと、訝し気な表情をしたメルルが聞いてきた。
「賭けってなんの」
途中で言葉を制してロンメルが口を開く。
「おい、リーダーお前もしかして、世界樹の葉を取りに行くってんじゃあ、ねえだろうな?」
「ああ、そのつもりだ」
全員口を閉ざしている。
静寂を終わらせるようにメタンが口を開く。
「でも、リーダー、あれは都市伝説ではないのですかな?」
「ロンメルお前どう思う?」
「どう思うってどういうことだよ」
「話の信憑性はどうなんだってことだよ」
「ああそういうことか、前の狩り以降、実は世界樹の葉のことについては聞き周ってたんだよ」
やはりか、ロンメルの性格上そんなことだろうと思っていた。
「それで、分かったのは、世界樹が捨てられた島にあるってことは、紛れもない事実だ。それに百年前に枯れてしまったことも本当のことだ」
話の一部は事実だと、俺は少し希望を感じた。
「それで、百年経ったいまどうなっているのか・・・ということですな」
静まり返る一同、全員が賭けの意味を理解した様子。
「俺は掛けに出ようと思う、いろいろ考えてみたんだ。俺も利き手の指を三本持ってかれた、正直前ほどの威力で剣を振うことは出来ない。恐らく良くてⅭランク程度だ。ハンター以外の職にもと考えてはみたが、肉体労働には向かないだろう、ハンター協会に事情を話して、ハンターランクを下げてもらうのも一つの手だが、そうはいかないんだよな」
話を受けてランドが言葉を繋ぐ。
「分かるよ、俺もまったく一緒だ」
「私はこんな感じだし、このまま死んでいくぐらいなら、最後に掛けに出るってのもいいんじゃないかな?」
メルルが寂しげに言った。
「今や私は、誰かの手を借りなければ生活できないありさまです。乗らないという選択肢はありませんな」
「ロンメルお前はどうする?」
「はあ?どういう意味だよ?」
ロンメルが食って掛かる勢いで迫ってきた。
「はっきり言うが、お前は負傷者じゃないんだ、こんな賭けに乗らなくてもいいんだぞ」
「ふざけるな!なんだよ、ここにきて、何で俺だけ外様なんだよ!」
ロンメルがいきり立つ。
「そりゃあそうだろう、お前にはメリットが無いんだぞ」
「はあ?メリットってなんだよ、損得で俺は生きてねえんだよ!」
睨みつけてくるロンメルが悲し気に見えた。
「ねえロンメル、言いたいことは分かってるんでしょ?」
優しくメルルが話し掛けた。
天を仰ぎ見たロンメルが、一息つくように、胸を撫で降ろした。
「ああ、言いたいことは分かってるよ、だがな、俺は賭けに乗るぜ。大体よく考えてみろよ。唯一の五体満足の俺が居なくて、そもそも捨てられた島にたどり着けるのか?それに船で行くんだろ?この中で誰が操船できるってんだよ」
俺は、ロンメルならこう言うだろうことは分かっていた、俺はただ確認しておきたかっただけなんだ、優しいこいつは、絶対に俺達を見放したりはしない。
俺達のムードメーカーで、頼もしい副リーダー。
こいつは決して仲間を見捨てない。
「そうだな、そう言ってくれると思ってたよ、ありがとな、ロンメル」
俺はロンメルに面と向かって感謝を伝えた。
「へ、分かってんなら余計なこと言うんじゃねえよ」
頭を掻きながらロンメルは照れている。
「それで、どうやって捨てられた島まで向かう予定ですかな?」
今日は本当に積極的で珍しい、メタンが仕切り出している。こいつ何か変わったのか?とすら思えてしまう。
「ロンメルが言う通り、海路以外は無いな、そこで俺はそれなりに蓄えがあるが、お前達はどうだ?ロンメル、お前には期待していないが」
二ヤリと笑ってロンメルを見た。
「お!分かってんな、リーダー!俺は蓄えなんてあるわけねえよ」
一同が笑いに包まれた。
一気に場の雰囲気が和んだ。
さすがロンメル、ムードメーカーだ。
「で、どんな工程になりそうなのよ?」
「俺が聞き及んだ限りでは、コロンの街から西に向かって進み、中型船で四日ってところかな」
「四日ですな・・・私は船に乗った経験がありませんので、検討もつきませんな」
「でだ、一つの策として、大型船に途中まで便乗させて貰えれば、三日に短縮できるかもしれない。ただ、その分旅費は掛かるぞ」
「それが良いだろう、どうせ賭けに出るんだ、出し惜しみは意味が無いだろう」
俺は、思ったままを口にした。
どうせ片道切符になるぐらいで挑まないと、上手くはいかないだろう。
それぐらい危険な賭けであるということは承知している。
まずは天候、嵐に巻き込まれたら恐らく命はないだろう。
加えて俺達には海戦の経験は一切ない。
聞くところによると、海には海獣がおり、海域によってはSランクの海獣がうようよしているという話だった。
俺は海獣のことは良く知らないが、遭遇したら即死亡と考えていいだろう。戦った経験が無いのだからそう考えて間違い無いだろう、まさに命を懸けた賭けだ。
その後、俺達は全員の蓄えを持ち寄り、綿密な旅の打ち合わせをすることになった。
そして、導き出された答えは、まずはコロンの街に行き、中古の中型船を購入し、大型船に便乗できるタイミングを計るというものだった。あとは行き当りばったりであることは否めない。
そうこうして、俺達は、何とか準備を整えるのに、一ヶ月近い時をかけることになった。
ロンメル曰く、こんなに順調にいくとは思わなかった、とのことだった。
幸運の女神が俺達に微笑んでくれているのかもしれないと思えた。
幸先が良いのは願ってもないことだ。
遂に出航の日を迎えた。
天候は良好。風は微風、出航日和だ。
俺達は自分達の船に乗り込み、大型船の出航を待つ。
大型船に連結し、引っ張って貰う形で、俺達は出航した。
始めはのんびりした旅路だった。
だが次第に、船速を上げ、思いのほか早い速度で航路は進む。
順調にいっていると言っていいだろう。
初日を終え、既に予定の航路より早く進めている。いい兆しであると言える。
この調子でいけば、半日は工程を縮めれるかもしれないペースだ。
旅路のスタートとしてはありがたいとしか言いようがない。
しかし、ここで聞きたくもない一報が届く。
「『ロックアップ』の皆さん、そろそろ約束の海域になりますが、索敵魔法を行ってみたところ、海獣の影がいつくか見えるとのことですが、どうしましょうか?」
顔を付き合わせる俺達、互いの目を見て確認する。
今さら引ける訳がないと、全員の目が語っている。
「このまま行かせていただきます、ありがとうございます」
牽引具を外し、大型船から切り離された俺達の船は、自走を開始した。
この船には動力は無い、帆を使って進むのが基本となっている。
ただ念の為にオールも準備されているが、聞くところによると、風が止むような海域では無い為、おそらく風だけで凌げるだろうということだった。
船の舵はロンメルの役割、帆の向きを変えるのに余念がない。
俺は船頭に立ち海獣がいないかを確認する。
メルルは体調を崩し、今は眠っている。そんなメルルをメタンが看病している。
ランドは大きな銛を片手に、俺の後ろで控えている。
俺達は海獣を知らない、前情報として、漁師の街で育ったロンメルから話は聞いているが、遭遇しないことを祈るばかりだ。
「大型船がだいぶ距離を稼いでくれたようだから、順調にいけば、あと一日半といったところだな」
「一日半か、長いのやら短いのやら」
俺がそうつぶやくと、
後ろからランドが
「既に半日以上稼いでるんだから、御の字ってことだろうな」
と返事をした。
「ああ、だいぶ助かっている、あとは海獣に遭遇しないことを祈るばかりだ」
「違いない」
「それから、俺はこの通り舵に掛かりっきりになるから、索敵は頼んだぜ」
「ああ、任せとけ」
と言い、俺は海岸線を見つめた。
やがて夜を迎えた。
夜は穏やかなものだった。ロンメルからは夜行性の海獣もいると聞かされてていたので、緊張感はあったが、特に海獣の襲撃は無かった。
ランドと二時間交代で見張りを行った。
途中で、ロンメルから操船を教わり、ロンメルにも少し休憩を取ってもらった。
夜が明けた。
上手く行けば、あと一日で捨てられた島に着く。
順調に進んでいる、ロンメルが言うには、風が強く、良い速度が出ているということらしい。
昼飯にと、干し肉を口にした。
ここで吉報と凶報が同時にやってきた。
望遠鏡を覗いていたロンメルが
「島が見えたぞ」
と言うと同時に
船尾で見張りを行っていたランドが
「海獣が出たぞ、シャークが二体だ」
くそっと呟いたロンメルが
「メルル、悪いが付き合ってくれ」
メルルが、何とか起き上がろうとしている、メタンがそのメルルを支える。
俺は急いで船尾に移動した。
そこには二体のシャークがいた、体長はおよそ二メートルぐらいといったところだろうか。
すると、そのシャークが船の周りを時計周りで回りだした。
「リーダー、シャークの弱点は鼻だ、近づいてきたら、銛で突いてくれ」
俺は銛を手に今度は船頭に移った。
「メルル、きついところ悪いが、風魔法で風を帆に当ててくれ。スピードを上げるぞ」
メルルは何とか膝立ちになり、風魔法で風を帆に当てだした。
すると、船の推進力が増した。
「いいか、もう島は見えてんだ、浅瀬までいけば、シャークは襲ってこねえ。二体ぐらいなら、何とかなる。絶対島までたどり着くぞ!」
「「おお!」」
船の上ではロンメルがリーダーだ、的確な指示と、皆をまとめる力を発揮している。
流石だな。まったく頼りになる。
すると、ランドが声を挙げる。
「そりゃ!」
ランドがシャークの鼻先に銛を突き立てた。
血を流して、海中へと沈むシャーク。
「よし、やった!」
俺は思わず声を挙げていた。
喜ぶ俺達を尻目にそいつは、いきなり現れた。
海中から、銛の当たったシャークを口に咥えた。ジャイアントシャークが、海上に現れ、空中に躍り出た。あまりの出来事に俺達は動きを止めていた。
六メートルはあろうかというジャイアントシャークが、海中に戻っていく。
水しぶきが全身を濡らす。
そして船が、大きく傾く。
「気を抜くな!」
ロンメルの一声に俺は我に返る。
「くそう、メルル!」
「分かってるわよ」
メルルが弱弱しく答える。
俺は、グレートウルフの時に感じた、死線以上の脅威を感じていた。
いつの間にか、もう一体いた、シャークはその姿を消している。
海中から、とてつもなく恐ろしい気配を感じる。
俺達の行く手を塞ぐ圧倒的なプレッシャー。
すると、目の前の海面が浮き上がり、ジャイアントシャークが海上に跳ねた。
ジャイアントシャークの無機質な目が、俺達を睨みつけているように見える。
海中に戻ると、また水しぶきが全身を覆い、船が大きく揺れた。
駄目だ、さすがに無理だ、だが、ここまで来たんだ、もう少しじゃないか、弱気になるな!まだやれる!
俺は銛を左手に持ち替えて次の攻撃に備えた。
すると、ジャイアントシャークが、今度は船底に攻撃を加えて来た。
ドン!!!
という強い衝撃と共に、体が宙に浮かんだ。
既に船は推進力を失い、海上に泊まったままとなっていた。
船の動きを止められた、こいつ、慣れてやがる。
そう感じたのは俺だけでは無かった。
ロンメルが呟いた。
「こいつ、分かってやがる」
その一言を聞いた俺は、完全なる敗北を感じた。
それは、俺だけではなく『ロックアップ』の全員が感じていただろう。
ああ、ここまでか・・・
絶望を感じていた。
「やあ、大変そうだね」
それは、何とも言えない、この現状とは違う、まったくもって緊張感のない気の抜けた一言だった。
俺達はその声のする方に目をやった。
そこにはドラゴンがおり、その背には、一人の男性が居た。
そして、その男は万遍の笑顔をしていた。
俺達は収穫作業を行っている。最近はほとんど午前中は、収穫作業に追われている。
実は、更に畑を拡張したのだ。
本当はそうしたくはなかったのだが・・・
そうせざるを得ない出来事があったのだ。
温泉街『ゴロウ』に訪れた帰り、温泉旅館でのチェックアウトを終え、五郎さんに挨拶をしにいった。
「五郎さんお世話になりました」
「ああ島野、また来いよ」
俺達は堅い握手を交わした。
「そういえば五郎さん、話し込んじゃってて忘れてましたが、これ貰ってやってください」
俺は『収納』から野菜セットと、ワインを三本取り出した。
「お土産です、どうぞ」
すると、五郎さんの表情が豹変した。
「島野おめえ・・・」
五郎さんが固まっている。
ん?何か俺間違ったか?
「島野ちょっと待っててくれ、な、頼むよ、な」
必死になって、五郎さんが頼み込んでくる。
「えっ、いいですが・・・」
「すまねえ、待っててくれ!」
そう言うと五郎さんはお土産を抱えてどっかに行ってしまった。
俺は皆と目を見合わせて何事かと確認したが。
全員分かりませんという表情。
そのやり取りを見ていた受付の女性が、よかったらこちらにどうぞと、応接室に誘導された。
結局三十分ほど待たされた。
既に入れて貰ったお茶は空になっている。
すると、扉を興奮気味に開けて、部屋に雪崩れ込んで来た五郎さん。
「島野、お前え野菜を売り歩いているって言ってたよな」
明らかに興奮している五郎さん。
「はい、そうですが・・・」
余りの勢いに俺はちょっと引いている。
「在庫は今どれぐらいあるんだ?」
五郎さんの勢いは止まらない。
「そうですね、先ほど渡した野菜なら、十倍以上はあるかと思います」
五郎さんの目が輝く。
「島野、野菜を全部売ってくれ!」
「「「ええー!」」」
なんですと?全部?
「お前え、なんだよこの野菜はよ、無茶苦茶旨えじゃねえかよ!」
五郎さんの興奮は止まらない。
「あ、ありがとうございます」
褒められて嬉しいが、にしても全部って。
「でよ、これは相談なんだがな、定期的にこの街におめえの野菜を卸しちゃくれねえか?なんならおめえの言い値でも構わねえ」
はあ?言い値でも構わないってどういうこと?
「ちょ、ちょっと待ってください、五郎さん言い値でって、さすがにそれは・・・」
「お前え何言ってやがる、この野菜の価値はとんでもねえんだぞ!」
「いやー、とは言っても」
「じゃあ金額の設定は儂の方でさせて貰う、それでどうだ?」
まあ五郎さんなら買い叩くようなことはしないとは思うが、定期的にってのはちょっと困るな。
「じゃあ価格の設定は五郎さんに任せますが、定期的にってどれぐらいのことなんでしょうか?」
無茶言わないでくれよ、週三以上は無理だからね。
「そうだな、今回貰った野菜の十倍を週に二回ってのでどうでえ、細けえ調整は追々行っていこうじゃねえか」
俺は腕を組んで考えていた。
その量を生産するとなると、今の畑を拡張しなければならないな、それに当分の間、畑に掛かりっきりになってしまう可能性が高い。旅行生活は続けられるか微妙だな。
「うーん、やってやれなくはないですが、うーん」
五郎さんが勢いに任せて言った。
「やれなく無えんだな、よっしゃ、なら任せる!頼んだぞ島野、同郷のよしみだよろしく頼むぜ」
強引に決められてしまった。
五郎さんそりゃないよ、はあ、言葉のチョイスを間違えた俺が悪いんだけどさ、ここで揚げ足取りはないでしょ?
まあ、五郎さんの必死な顔をみる限り、多分俺は最終的には受けただろうし、ひとまずはやってみましょうかね。
やれやれだ。
ということがあり、五郎さんの押しに負けた俺は、畑の拡張をせざるを得ないこととなってしまったのだ。
だが、譲れない点もある。
平日の午前中に皆で畑作業を終える量を限界として、請け負うことにした。
どうしても、仕事に追われる生活だけはしたくない俺としては、これ以上は受け付けない。
既にやり過ぎているとすら感じているのも事実だ。
これが五郎さんの頼みでなければ、絶対に受けない。
サウナ満喫生活を基本とする俺としては、仕事に追われるなんてことはあり得ないのだ。
まあ、その分ありがたくも大口取引先となった『ゴロウ』の街からの収入は大きく、気が付けば、俺の預金高は三千二百万円を超えていた。
何とも微妙な気分だ。お金はあったにこしたことはないが、今はそこまで必要としていない。
今のサウナも十分満足のいく状態だし、強いて言えば水風呂を新たに作り直すかどうかぐらいだけど、今やる必要もない。
午前中の畑作業を終え、皆で昼飯にすることにした。
今日の昼飯は、アイリスさんのリクエストで、野菜炒めとなった。
アイリスさんは本当にこの島の野菜が大好きなようだ。
キャベツ・玉ねぎ・人参・にら・ごぼう・アスパラ・ナス・ほうれん草と何でもありのぶっこみ野菜炒め、アクセントに生姜とニンニクを効かせ、物足りなさを与えない為に、ジャイアントピッグの肉は多めに入れておく。
これを醤油と塩コショウで味を調え、最後に水溶き片栗粉であんかけを加えて調理完了。
あとは、ご飯と味噌汁を添える。
「では」
「「「いただきます」」」
大合唱。
一斉に食事を開始する。
「旨いですわ」
と満足そうなアイリスさん。
他の家族も満足そうだった。
よかった、よかった。
食後にくつろいでいると、ギルに声を掛けられた。
「パパ、昼からどうするの?」
「ああ、釣りでもしようかと思っているよ」
もはや釣りは俺の趣味になりつつある。
今日は何が釣れることやら。
「僕も行っていい?」
珍しい申し入れだった。
「ああいいよ、ギルは釣り竿持ってたか?」
「無いよ」
「じゃあ、造るところからだな」
親子での良き語らいの場になるかもな、などと俺は考えていたのだが・・・
ギルの竿を造り終え、海岸に来た俺達。
最近はそれなりに釣果を得られるようになった。
その要因は『探索』を行うようになったからだった。
さすがに魚のいない海に竿を垂らし続けるほど、暇ではない。
とはいっても、魚もいろいろでエサに食いつかない魚もいるので、釣果はボウズの日もある。
俺がよく訪れる磯では、よく鯛が釣れる。
今日鯛が釣れたら晩飯は、カルパッチョにする予定だ。
オリーブオイルを掛けて・・・美味そうだな。
鯛以外の魚も多くいるので、それ以外の魚が釣れたら、その時考えようと思う。
他にはどんな魚が釣れるのかって?
今まで釣れたのは、サバ、アジ、イワシ、カサゴ、メバル、といったところが多く、後はカレイやキスもたまに釣れる。そういえば一度イカが釣れたことがあったが、あれはなかなかの引きだった。
また出会ってみたいと思える大物だ。
地面に胡坐をかいて、さっそく『探索』を行った。
ん?これは・・・行かなきゃいけないか・・・
「ギル、人命救助だ」
そういうと、察したギルが獣型に変身した。
ギルに跨り、海へと向かった。
『探索』には五名の反応と、大きな海獣の反応があった。
「ギル、こっちの方角だ。なるはやで頼む」
「分かった」
と言うと、ギルは一気に速度を上げた。
目的地に到着した。
どうやら船に乗ったハンターらしき一団が、海獣に襲われている様子。
「やあ、大変そうだね」
と俺は声を掛けた。
ハンターらしき者達は、目を見開いてこちらを見ている。
全員が状況を理解していない様子だった。
ジャイアントシャークが先頭にいる、戦士風のハンターに襲い掛かろうとしていた。
『鑑定』
ジャイアントシャーク 海の荒くれもの 食用可 ただし、ヒレ以外は美味しくない
美味しくないんかよ、じゃあ殺すのは止めておこうかな。
俺は左手の一指し指をピストルにして構えて、神気を放った。
海上に躍り出たジャイアントシャークは神気銃で撃たれて気絶し、海下に沈んでいった。
「パパ、一発だったね」
ギルが笑いながら言った。
「ああ、美味しくないんだって、だからこれでいいだろう。無駄な殺生は趣味じゃないからな」
「そうだね」
船のハンターらしき一団を見ると、全員放心状態で俺達を見つめていた。
よく観察すると、俺は一人の法衣らしき服を来た女性に目が留まった。
顔は蒼白で、唇が紫色をしていた。その目からも生命力を感じない。
他の者達を見てみると、肘から先が無い者や、顔を包帯で覆っている者、指の欠けた者がいた。明らかに負傷者の集団だ。
ということは、世界樹の葉が目的なのは一目瞭然だ。
いつかは、こういう日が訪れるとは予想していたが、案外早く来たな。
そろそろ俺も腹を括らないといけないということだな。
それにしてもこいつら・・・命がけできやがったな・・・追い返すこともできるが・・・そうもいかないよな・・・特にあの女性はまずそうだ・・・命の灯が消えかかってそうだ・・・受け入れるしかないな・・・
俺はもう一度女性に目を向けた。
急いだほうが、よさそうだ。
俺は船に飛び降りた。
「俺は島野守という。どうやら急いだほうがよさそうだ、船を牽引させてもらうぞ」
と告げ、ギルに指示を出した。
リーダー風の男が、何かいいたげだったのを手で制し、
「話は上陸してからだ」
と拒否の意を示した。
その後、操船をしていたであろう犬の獣人に声を掛ける。
「帆が邪魔になるからたたんでくれ」
犬の獣人は頷くと、無言で作業に取り掛かった。
ギルは船頭を後ろ脚で掴み、
「全速でいくよ、揺れるから何かにつかまっててね、おじちゃん達」
と言うと、前傾姿勢を取り飛ぶ勢いで船を引っ張りだした。
彼らを見ると、必死に船につかまり、投げ飛ばされないようにしていた。
俺は『念話』でアイリスさんに告げる。
「アイリスさん、どうやら世界樹の葉目的のお客さんのようです」
一つ間をおいて返事があった。
「そうですか、遂にきましたか。守さんに全て任せますわ」
「分かりました、直ぐ着きますので、他の者にお茶の用意をさせておいてください」
遂にか・・・アイリスさんもどこかでこういう日が来ると考えていたんだろうな。だが今の彼女には俺達が付いている。
悲しい想いは二度とさせない。
「分かりましたわ」
船は猛スピードで、島へと向かった。
海岸に辿りついた。
船は海に流れないように、浜辺まで、ギルに上げさせた。
浜辺で俺達と合流した、ノンとゴンとエルが、ハンターらしき一団の介抱を行っている。
アイリスさんは俺の隣にきた。
目が合うと、軽く会釈された。
アイリスさんも気になるのだろう、法衣らしき服を着た女性の方を見ている。
その女性は手渡されたお茶をゆっくりと飲んでいた。
ハンターらしき一団は全員浜辺に座り込んでいた。
すると、リーダーらしき戦士風の男性が、その女性に話し掛けた。
「メルル、大丈夫か?」
メルルと呼ばれた女性は、かすかに苦笑いをした。
さて、そろそろ始めたほうがよさそうだ。
「先ほども名乗ったがもう一度名のろう、俺は島野守、島野と呼んで欲しい。それで君達は世界樹の葉が目的なんだろ?」
島野一家に緊張が走った。
俺は『念話』でギルに伝える。
「大丈夫だ、俺に任せろ、皆にも伝えてくれ」
ギルから皆に『念話』が伝わり緊張がほどける。
先ほどメルルと呼ばれた女性に話し掛けていた、戦士風の男性が立ち上がり、前に出て来た。
「ああそうだ、話が早くて助かる。それで世界樹の葉はあるのでしょうか?」
不安そうな表情だった。
「世界樹の葉は・・・在る」
安心して力が抜けたのか男性が膝をついた。
そして涙ながらに言った。
「本当か?よかった!ああ、助かる、一枚でいいんだ!お願いだ。俺達に分けてくれないか?何でもする。お願いだ!」
懇願していた。その表情は必至で、周りの目などお構いなしだ。
両手を顔の前で組んで、必死に願っている。
「俺からも頼む、何でもさせて貰う、お願いだ!」
と今度は、犬の獣人が土下座してきた。
他の二人も必死に頭を下げている。
「お願いします!」
「頼みます!」
と口々に懇願している。
仲間想いの一団ってことだな。必死さは充分に伝わってくる。
だがこちらも、はいそうですか、とはいかない。
この決断によって俺達の人生が変わるといっても過言ではない。
特にアイリスさんにとっては大きな決断となる。
答えは分かってはいるが、アイリスさんに『念話』で尋ねた。
「世界樹の葉を分けてもよろしいですか?」
「はいそうしてください、あの女性に使ってください。煎じて飲ませれば大丈夫です、完治しますわ」
そういうと思ってましたよ。
もう一度メルルを見た。
そろそろ潮時だな、いいでしょう。
俺も腹を括るよ。
「分かった、だが本当に一枚でいいのか?」
「ああ、分けて貰えるなら、俺はそれで構わない」
リーダー風の男性が言った。
「ほんとに馬鹿なんだから・・・」
メルルと呼ばれた女性が消え入りそうな声で呟いた。
「分かった、但し、条件がある」
「条件とは?」
犬の獣人が眉を寄せて呟いた。
「とりあえずそれは後でもいいだろう、何でもするって話なんだろ?だったらまずはその女性の治療が先だろう?」
「そりゃそうだ、すまねえ」
と犬の獣人が軽く会釈をした。
「ちょっと待っててくれ」
俺はそう言うと、家の中に急須と湯呑を取りに言った。
台所で世界樹の葉を急須で煎じて、急須と湯呑を持って、女性の所に向かった。
軽く急須を回す。
そろそろ蒸されて、いい頃だろう。
湯呑にお茶を入れる、そのお茶は緑色と金色を纏っており、神々しさすら感じさせるお茶だった。
女性に渡すと、両手で受け取り、軽くお辞儀をしてから飲みだした。
「熱いから、ゆっくり飲むんだぞ」
女性は軽く、コクリと頷いた。
すると身体が光輝いた。
その効果は一目瞭然だった。
紫がかった唇は、薄いピンク色へと変色し、蒼白だった肌色は赤みが増して、自然な肌色になっていった。
アイリスさんを見ると、微笑しており、病が完治したと、その表情が教えてくれた。
ひと先ずはこれで一段落。
さて、これからが大変だと考えている俺をよそに。
ハンターらしき一団と俺以外の家族は、歓喜の渦に巻き込まれていた。
一団は皆、涙を浮かべ、俺の家族達も泣いていた。
ノンとギルは、鼻水を流しながら
「本当に良かった!」
と叫んでいた。
他の者も次々に
「メルル、よかったな」
「すごい奇跡だ!」
「良かった!」
「助かりましたの」
などと口にしていた。
一人冷静な俺は薄情なのか?
なんて思いながらも、若干の疎外感を感じたのだった。
ふん、もらい泣きなんかするもんか。
一つ咳払いをしてから俺は話しだした。
「さて、興奮冷めやらぬところ、申し訳ないが、そろそろ会話を始めたいのだが、いいかな?」
俺はリーダー風の男性に淡々と述べた。
「ああすまない、いやー助かった。本当にありがとう。なんとお礼を言ったらいいのか」
と涙を拭いて立ち上がった。
その顔は万遍の笑顔だった。
「もう少し、余韻に浸ろうか?」
余りの笑顔につい言ってしまった。
「いや、もう充分だ。お前ら、話を再開するぞ」
「「「ああ」」」
座っている者は立ち上がり、俺を中心に集まってきた。
全員が俺に向き直り、姿勢を正した。
「まずは、自己紹介をしてくれないか?」
話を進めた。
「そうさせてもらおう、俺達はハンターチームで『ロックアップ』というチーム名でやっている。俺がリーダーのマークだ」
やっぱりハンターチームだったんだな。
犬の獣人が続けた。
「俺が副リーダーのロンメル、斥候を担当している」
頭に角を生やしたごつい獣人が続く、
「おれはランド、見た通り獣人だ、アタッカーをやってる」
ローブのようなマントを着た髭の男性が続く、その顔に撒かれた包帯が痛々しい。
「私はメタン、魔法士をやっております。以後お見知りおきを」
「私はメルル、この恰好の道り僧侶をやってるわ」
メルルは、まだ少しふら付いている様子。
「ノン、椅子を貸してやってくれ」
椅子を取りに行きがてら
「僕はノンだよー!」
と大声を出しながら、ノンは家の中へと消えていった。
「僕はギル、さっきは大変だったね。ジャイアントシャークに喰われなくてよかったね」
とギルが言うと
「嘘だろ、さっきのドラゴン様かい?」
とロンメルが呟いた。
「ああそうだよ、僕だよ」
「「「ええっ!」」」
とロックアップ一同は驚いていた。
ウン!と咳払いしてからゴンが続けた、
「私はゴンです、今は人化してますが、九尾の狐です。よろしくお願いいたします」
声を失っている一同、何故だかドヤ顔のゴン。
「私しはエルですの、私しも人化してますの」
というと同時にエルは獣型へと変化した。
「「「おおっ!」」」
思わず声を挙げる一同。
てか、こいつらなにやってんの?そんなに驚かれるが楽しいのか?
それを察してか、ノンが獣型で椅子を咥えて帰ってきた。
アホや、こいつらアホや。
「嘘だろ!」
「まじかよ!」
「どういうことだ?」
等と言って言葉を失う、ロックアップの皆さん。
おいおい、こんな初手で躓いてたら、話が進まんでしょうが。
勘弁してくださいよ。
ロンメルが後ずさりしながら言った。
「もしかして、タイロンの英雄?」
あー始まった。こりゃあ収集付くまで時間かかるぞ。
駄目だこりゃ。
「そうだ、聞いたことあるぞ、神獣と聖獣を連れた一団で、タイロンを救ったって」
マークが続ける。
「ああそうだ、俺も聞いたことがあるぞ、何でも魔獣化した、ジャイアントイーグルを十体も狩ったとかって、嘘だろ?英雄に会えたよ」
ランドも続いた。
俺達は羨望の眼差しで見つめられている。
そして、俺以外の家族は全員ドヤ顔をしている。
なんでアイリスさんまで、てか、あなた自己紹介まだでしょうが!
「あー、もうもうもう、そういうのいいから、次行くよ、次」
俺はバッサリと断ち切った。
アイリスさんを肘で突いた。
あらま、とお道化るアイリスさん。
あんた、そんなキャラだったっけ?
「私はアイリス、世界樹の分身体です。よろしくお願いいたしますわ」
しまった!
アイリスさん、ワザと最後まで待ってたな。
やられたー。
案の定、場の空気が凍り付いた。
「い、今なんと?」
言葉にならないマーク。
「ええ、ですから世界樹の分身体です」
『ロックアップ』の皆さんは完全に現状を見失っている様子。
「そうだよ、アイリスさんは凄いんだよ」
と何故か威張るギル。
ウンウンと他の皆も頷いている。
なんだかな・・・
「あのー、島野さん。俺達まったく付いていけないんですけど」
とマークが呟いた。
そうですよねー。でしょうねー。
「すまないが、なんとか飲み込んで欲しい」
と俺は無茶ぶりをした。
それしかないな、うん、うん。
皆さん正気に戻ってくださいな。
俺は手を叩いた。
「はい!随分驚きのこととは思いますが、今は話すべきことがありますよね、皆さん!脱線はこのぐらいにしておきましょうね!」
あえて大声で言った。
すると『ロックアップ』の皆さんは徐々に正気を取り戻しだした。
「とりあえず、場所を変えましょう」
そう、こういう時は場所を変えて、気分新たにってね。
俺はいつも食事をしているテーブルへと誘導した。
俺の隣には、アイリスさんが座り、俺の正面にはマーク、その隣にメルルが座った。
それ以外の者達は適当に、テーブルの周りに立っている。
「さて、世界樹の葉だが、実はまだ数枚持っている」
「「「えっ!」」」
ロックアップの皆さんの表情が一変した、気を引き締め直した様子。
「な、何枚持ってるんですか?」
マークが恐る恐る、質問をしてきた。
実はコロンの街に旅立つときに、念の為にといって、アイリスさんが世界樹の葉を五枚持たせてくれたんだよね。だからあと四枚あるが、正直に言うべきか、言わざるべきか、どうしようか?
「四枚ある」
正直に言ってみた、だってアイリスさんに言ったら、世界樹の葉をもっとくれるに決まっている。
変な駆け引きは無しということで。
「四枚も・・・」
メルルが呟いた。
「そこで、君たちにもう一度問う、あと何枚必要なんだ?」
とここでロンメルが口を挟んだ。
「いや、島野の旦那待ってくれ、その前にさっき言ってた、条件について教えてくれないか?」
旦那って・・・本当に言う奴いるんだな、それに呼ばれてみても嫌じゃないものだな。
でもこいつ結構鋭いかも、いいねえ。ちゃんと副リーダーやってるね。
「この島に全員で働いて貰う」
「働くって何をするのでしょうか?」
メタンが言った。
目が見えなきゃあたり前の質問だな。
自分がちゃんと戦力になる仕事なのか知っておきたいだろうしな。
「主に農作業、後は家畜の世話や場合によっては狩りや、海に漁に出るのもいいかもな。あとはそうだな、明日にでも個人面談をして役割は決めようと思う」
「私に務まるのでしょうか?」
不安を隠さずにメタンが言った。
「それは君次第じゃないかな?」
決して根性論とかで言ってるんじゃないぞ。
「それはいつまででしょうか?」
マークが聞いてきた。
「うーん、もしあと三枚要るってんなら、四ヵ月ぐらいでどうだ?それに片手が無くて、目も見えない、指が無いでは畑作業ができないだろう?」
『ロックアップ』の皆さんは目を見開いていた。
「島野の旦那、あんた本気かい?」
ロンメルは信じられないと言った感じだった。
「本気も本気、住む家と食事はちゃんと提供するし、この際だから福利厚生もちゃんと整えようと思う」
そう福利厚生は大事だ、ケガや病気の保証は当たり前として、他にも風呂やサウナも使っていいし、ビールは二杯ぐらいまででどうかな?
「福利厚生って何でしょう?」
メルルが困惑した表情で聞いてきた。
「ああ、後々教えるよ。あとはそうだなー。働き過ぎは良くないから、交代で週二で休暇を取るようにしよう」
あれ?またロックアップの皆さん固まってるぞ。
もしかして、俺もやっちまった?
「島野さん、ちょっと整理させてください」
マークが上を見ながら言った。
「どうぞ」
「世界樹の葉を三枚くれる」
「はい」
「四ヵ月この島で働く」
「そうです」
「主に農作業を行う」
「そうなるね」
「家と食事を提供してくれる」
「うん、うん」
「週二で休暇を取る」
「その通りだな」
何かおかしいか?
「って、あんた神様ですか?」
まあ似たようなもんだな。
「うーん、実は神様みたいな者なんだよな、ハッハッハッ!」
て、違う意味でだけど・・・あれ?・・・なんだかまたおかしなことに。
あ、完全に終わった。
『ロックアップ』の皆さんは漏れなく気絶していた。
気絶した一同を適当にその辺に寝かせて置き。
ひとまず晩御飯の準備を始めた。
特に準備もしてなかったので、バーベキューにしようと思う。
ジャイアントボアの肉を、醤油とニンニクと生姜に漬けておく。
後は野菜を切り分けて、ウインナーに串を刺しておく。
あと揚げ出し豆腐と果物をいくつか準備しておこう。
とりあえず食材はこんなところかな?
まだ少し早いが、バーベキューコンロに火をつけて、いつでも始めれるようにしておく。
それにしても『ロックアップ』の皆さんは仲が良いようでなによりだ、このタイミングで人が増えるのは、正直言ってありがたい。
こちらとしても助かる。
これで、五郎さんの無茶ぶり注文にも応えられるかもしれない。
ありがたや、ありがたや。
ゴンを呼んで、治療が必要な三人を起こすように指示した。
マークにライドにメタン、皆な治るといいな。
アイリスさんが言うには、欠損やケガは、煎じて飲むよりも、世界樹の葉を直接傷口に擦り込んだほうがいいらしい。
ゴンが三人を連れて来た。
まずはメタン、顔に撒いている包帯を取って貰う。
横一線に痛々しい傷があった。
これは恐らく爪で抉られたんだろう。
俺はそこに世界樹の葉を取り出し、擦り込むように塗ってやった。
すると傷口が光り出し、傷口が塞がっていった。
そしてメタンは目が開くようになった。
「ああ、見える、見えます!島野様ありがとうございます!」
と言ってメタンは涙をこぼした。
よし!目が見えるようになってなによりだ。
次にランド、こいつがある意味一番の重症といっていいのかもしれない。
アイリスさんの言葉通り、左腕の傷口に世界樹の葉を擦り込むと、傷口が光り出し、驚くことに肘から先がどんどん生えて来た。
ランドは手を何度もグッパグッパを繰り返して、その感触を確かめていた。
こいつはもう泣き疲れた様子で、目を輝かせただけだった。
「島野さん、なんとお礼を言ったらいいか」
と感謝された。
うん、泣き疲れたよね、分かる分かる。
最後にリーダーのマーク、申し訳なさそうに俺の前に来た。
ランドの時と同様に、欠損した部分に世界樹の葉を塗り込むと、指が光り出し、見る間に指が生えて来た。
マークもランドと一緒で手の感触を確かめていた。
「島野さん、本当に今日は驚くことばかりで、ついて行くのに必死です、これだけは言わせて欲しい。あなたは俺達の命の恩人だ。本当に感謝する」
とマークは深々と頭を下げた。
まあ悪い気はしないよね、人助けは案外嬉しいもんだな。
「さて、後の二人も起こして、飯にしようか」
と俺はマークに声を掛けて、バーベキューコンロに向かった。
皆ジョッキを片手に俺の号令を待っている。
大事を取ってメルルはお茶、ギルも問答無用でお茶にさせている。
ギル君、君は生後一年経ってないんですよ、まだアルコールはいけません。
他の皆はビールを手にしている。
咳払いをしてから、俺は言った。
「では、新たな出会いと、今後の島の発展を祝って、乾杯!」
「「「「乾杯―」」」」
大合唱が木霊した。
「さあ、皆さん好きに焼いて食べてくださいね」
「ビールは飲み過ぎるなよ」
「野菜は生でもいけますよ」
皆が適当に、焼いては食って、飲んでを始めた。
「いやー、上手い、なんだってんだこのビールってのは、最高!」
ロンメルが有頂天になっていた。
「上手い、上手い、全て上手い」
メルルが野菜やら、肉やらをモリモリと食べていた。
凄い勢いで食べてるけど大丈夫なのか?
この人フードファイター的なやつじゃないでしょうね?
他の皆も同様に
「上手い、最高!」
を連発していた。
こういう姿を見るのってなんだか楽しいなと感じた。
新たな仲間いいじゃないか。
大いに結構!
「さて、縁もたけなわですが、皆さんにはどうしても聞いて欲しい話があるので、食事をしながらでいいので聞いて欲しい」
皆がこちらを向いた。
「実は・・・」
俺は世界樹に纏わる話をした。
俺の家族はもちろんのこと『ロックアップ』の一同も真剣に話を聞いている。
そして最後にアイリスさんが締めくくった。
「私は二度とあの悲劇を繰り返したくは無いのです、どうか皆さん、協力してはもらえませんでしょうか?」
全員から拍手が起こった。涙を浮かべている者もいた。
「俺達はアイリスさんを絶対に守ろうぜ、なあ皆よ!」
ロンメルが声高に言った。
「その通りですな」
「必ずだ」
「違いないわね」
口々に同意の返事であった。
マークがジョッキを上に翳した。
「アイリスさんに乾杯!」
「「「乾杯!」」」
一呼吸おいてから
「ちぇっ!リーダーは直ぐに良いところ持っていきやがる、たまには俺で締めてもいいだろが!」
大爆笑が起こった。
皆一様に笑い、笑いの絶えない食事となった。
幸先良好である。
仲間っていいなと、俺はしみじみと思った。
翌日、まずは朝食後に『ロックアップ』の皆さんを島の施設に案内することになった。
俺の脇にはゴンが控えており、説明のサポートを行ってくれている。
その他の者達は、既に畑の収穫作業を行っている。
「こうして、野菜の収穫作業を行います」
ゴンが丁寧に説明していた。
それを何度も確認しながら『ロックアップ』の皆さんが、質問を交えながら真剣に説明を聞いている。
うん、いいじゃないか、熱心なことだと感心する俺。
次にお風呂へと向かった。
「すげえ、露天風呂まであるのかよ」
ロンメルが喜びながら言っていた。
これで驚いてもらっては困るな。
何せこの島にはサウナがあるからね、サウナが。
フフフ・・・
多分俺どや顔してるな。
「島には露天風呂だけじゃなく、サウナもあるからな、それも塩サウナまでな」
俺はほくそ笑んでいた。
間違いなくドヤ顔してるな俺。
だって自慢したいじゃないか。
サウナだよ!
分かるよね?
「サウナですか?」
やはりサウナを知らないようだな。
「そうかそうか、この世界にはサウナが無いんだったな。いやいやいや、これはもったいない」
と俺は得意げに言う。
「主、自慢は後にしてください。ちゃんと案内しないといけませんので」
ゴンに嗜まれてしまった。
さすが生徒会長、きっちりしてるね。
どうぞどうぞ、次に行ってくださいな。
ちぇっ!
「いやゴンちゃん、せっかくの旦那の申し入れだ。そのサウナってもんを見せてはくれないかい?」
ロンメルが食いついてきた。
お!いいぞロンメル!
「駄目です、後にしてくだいさい。どのみち夕方には皆で入ることになるんですから」
ゴンは堅いな、真面目過ぎる。もうちょとこう、ねえ?
人生遊びがあってもいいと思うんだが、まあでもこれがゴンのいい所なんだよね。
しょうがないな。
「そうなのか?じゃあその時でいいや」
ロンメル食い下がるなよ、と口にしかけて止めておいた。
まあ、ゴンの言う通りだからな。
但し『黄金の整い』は教えませんよ。
そんなこんなで、一通り見学が済んだところで昼飯になった。
本日の昼飯は、昨日の残り物で適当に野菜炒めを作った。どうにも簡単にすると野菜炒めになるんだよな、確かにこの島の野菜は格段に美味いからね。
何でも野菜入りの野菜炒め。うーん、語呂が悪い。
後はご飯に味噌汁。
皆さん適当に召し上がってください。
「しかし島野様、この島で採れる野菜はお世辞抜きで美味しいですな。何か秘訣でも?」
メタンが話し掛けてきた。
「メタン、様は止めて欲しいな、照れちゃうじゃないか」
様は照れる、なんだか擽ったい。
「いやしかし、そう言われましてもな」
譲る気は無さそうだ。
「お前は相変わらず堅いな」
マークがツッコんでいる。
「まあ好きにしてくれればいいさ」
と俺は話を続けた。
「実はなメタン、秘訣はあるんだよ」
「といいますと?」
興味深々のメタン。
「正確には二つかな、まずはなんといってもアイリスさんだな、彼女は植物のプロだからな。肥料であったり、間引きであったり、雑草の処理だったり、後はどの辺に水を撒けばいいかとか、彼女の貢献は測り知れないね」
そうこの島の野菜の美味しさは、アイリスさんの愛情で出来ているのだ。
「さすがは世界樹様と言ったところなのでしょうな」
ウンウンと頷いている。
「後一つはこれさ」
俺は右手に神気を出してみせた。
右手が光り輝く。
「「おお!」」
マークとメタンが慄いている。
「神気ですな!」
メタンが神気を不思議そうに眺めている。
「これを畑の土に定期的にやっているんだ」
これが野菜の成長を促すんだよね。
「なるほど、この野菜はまさに神の野菜なんですな」
神の野菜って言い過ぎでしょ?
でもまぁそうなのか?
「そうだな、ありがたく頂だこう」
と同意するマーク。
なんだか俺のことは神様確定って感じだな。
まあいいや。
もうめんどくさくなってきた。
「それと島野様、ここの野菜は、ただ美味しいだけではなく、元気になりますな。こう身体の中から気力が溢れ出てくるというか、なんというか、力が漲ってきますな」
元気がでるか・・・俺達は普通に腹が減ったから、食べているだけなんだけど・・・
せっかく食べるのなら、美味しく食べたいと、工夫を凝らしているだけなんだけどな。
そう言って貰えるならなによりです。
午後からは個人面談だ、まずはマークから行う。
一人ずつ、俺の書斎に来てもらうことになった。
ドアがノックされる。
「どうぞ」
と声をかける。
「失礼します」
一礼してマークが入ってきた。
マークを椅子に誘導する。
「何か飲むか?」
俺は最近収穫を終えたコーヒーを飲んでいる。
このコーヒーは俺のお気に入りだ、豆をローストするのには結構時間が掛かった。
火加減が難しい。
「では、お茶をいただけるかな?」
横に控えるゴンにお願いした。
マークが話しだした。
「島野さん、まずは本当にありがとうございます。ジャイアントシャークから助けてもらったこと、ちゃんと感謝を伝えていませんでした」
律儀な奴だな、嫌いじゃないよそういうとこ。
「ああ、もういいってことよ、それよりさっそくなんだが『鑑定』してもいいか?」
この際だから全員『鑑定』をさせて貰う、これは健康診断みたいなものだ、まだ流石に全幅の信頼を置くには早すぎる。
それにこいつらの能力を知っておきたい。
「はい、どうぞ」
というと、マークは姿勢を正した。
うーん『鑑定』をするというと皆姿勢を正すんだよな。これはあれか?医者が聴診器を持って、診察しますって時の患者の反応と一緒か?
まあそれは置いといて
『鑑定』
名前:マーク
種族:人間Lv8
職業:ガーディアン
神力:0
体力:1351
魔力:136
能力:パーフェクトウォールLV2 防御力倍増Lv1 鼓舞奮闘LV2
パーフェクトウォールってなんだ?
「マーク、パーフェクトウォールってなんだ?」
「ああそれは、俺の固有魔法の一つでして、五平米の透明な壁を作ることができるんです。三分間限定なんですが、魔法も物理攻撃も全て防ぐことが出来きます。ただ難点がありまして、敵からの攻撃だけじゃなく、こちらの攻撃も通らないんですよ。使い道に困る魔法です」
「完全な撤退時にしか、使えそうも無いってことか」
ここで、ゴンがお茶を持ってきてくれた。
ゴンからお茶を受け取り、話を続ける。
「その通りです、もう一つ難点がありまして、使用後に体力がかなり削られるんです」
「うーん、そうなると、本当の奥の手だな」
「はい、仰る通りです」
あと固有魔法とはなんだろう?
「マーク、すまないが俺はあまり魔法には詳しくはないんだが、固有魔法って何なんだ?」
「そうですか、固有魔法はその個人が持つ特性に合わせて開発した魔法です」
個人の特性に合わせた魔法があるのか、それも開発できるってことか?
隣でゴンが目を輝かせている。
「主、固有魔法は私も初めて聞きます」
もしかしてゴンの場合は『変化』が固有魔法になるんじゃないかな?
「ゴン『変化』は固有魔法なんじゃないのか?」
「どうでしょうか?分かりません、研究のし甲斐があります」
うん、それでいいと思うぞ。
「あとマークはどこ出身なんだ?」
「俺とランドは、大工の街の出身です」
確か歴史的な文化財の家があるとかなんとか、カイさんが言ってたような気がするな。
「ということは、大工仕事なんかもできるのか?」
これ大事なところ。
「はい、俺とあいつは小さい頃から、大工の基本的なことは仕込まれています。あと、土木作業なんかも多少はできます」
おお!これは拾いものかもしれないぞ、いよいよインフラに着手できるかもしれないな。
「マークは、上下水道については知識があったりするのか?」
「上下水道ですか?すいません、そこは分からないです」
俺は知りうる限りの上下水道の知識を伝えた。
「なるほど、面白いですね理屈は分かりました。となると、大事なのは高低差ですね」
おっ!こいつ飲み込みが速いじゃないか、いいねそれなりに賢いみたいだ。
「そうなんだ、高低差が無いと、上下水道は機能しないんだ」
考え込んでいるマーク、新たな知識を得て彼なりに吸収しようとしているんだと思う。
「マーク、ひとまずは畑の作業に尽力してくれ、上下水道に関しては、ランドと相談して決めよう、それでどうだ?」
これで何とかなりそうだな。
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
マークは一礼した。
「じゃあランドを呼んできてくれ」
マークは退室していった。
ランドが大きな身体を窄めながら部屋に入ってきた。
先ほどのマークと同様に飲み物がいるか聞いたが、要らないとのことだった。
「まずは『鑑定』してもいいか?」
「どうぞ、お願いします」
こいつも姿勢を正している。
なんだか医者になった気分。
『鑑定』
名前:ランド
種族:獣人Lv9
職業:重戦士
神力:0
体力:1602
魔力:68
能力:咆哮Lv2 斧ぶんまわしLv2
斧ぶんまわしって、まんまなんだけど・・・
「ランド実はな、さっきマークと話をしたんだ」
俺はマークと交わした会話を説明した。
「なるほど、そうですか、とりあえず俺にもその上下水道ってものを説明してもらってもいいですか?」
お!やる気がありますね、前向きで結構。
「ああ、いいぞ」
俺は上下水道に関する知識を話した。
「なるほど、随分と暮らしが楽になりそうですね、ただ俺にはまだその蛇口という物の構造がいまいち理解できないです」
そこは俺に任せて頂戴な。
「まあそこに関しては俺が造るから、完成物を見て貰ったら分かるようになると思う」
「分かりました」
話が早くて結構。
「あと、一つ質問があるんだがいいかな?」
これ単純な俺の興味です。
「なんでしょう?」
「君は牛の獣人なんだよね?」
「はい、そうです」
「ミノタウロスとの違いってなんなの?」
「違いはないですよ、どっちも同じです」
「えっそうなの!」
そうなのかー、一緒なのね、いやいやこれはいけない、勝手に俺のイメージを押し付けちゃいけないな、こうミノタウロスっていったら、牛の魔人みたいなイメージなんだけど、固定概念はよくないな。
この世界では一緒と本人が言うんだから、それでいいじゃないか。
「何か気になりましたか?」
いや、逆にすっきりしたよ。
「いやいや、気にしないでくれ、じゃあ次はロンメルを呼んできてくれ」
ハハハ・・・
ランドが退室していった。
ロンメルが部屋に入ってきた、ゴンがさっそく飲み物のリクエストを聞いている。
うん、ゴンはよくできた秘書みたいだな。
「ロンメル早速だが『鑑定』をさせて貰うがいいか?」
「ああ、構わない」
おっこいつは姿勢を正さない、案外肝が据わってるのかな?
『鑑定』
名前:ロンメル
種族:犬の獣人Lv10
職業:斥候
神力:0
体力:1203
魔力:201
能力:ムードメーカーLV3 探索LV1 跳躍LV1
「ロンメル、この探索なんだが、どんな能力なんだ」
あえて聞いてみた。
「ああそれかい、多分俺の探索よりも、ノンの鼻の方が数段レベルが高いと思うぜ。俺も基本的には鼻で獲物の数や位置を把握できるが、百メートル先が限界だな」
なるほど、百メートル範囲となるならロンメルの考えは正しい。
ノンの場合は鼻だけじゃなく気配も辿っているからな、精度は格段に違う。
探索は斥候としては必須な能力なんだろう。
「そういえば、ロンメルは船の操船をしてたよな?」
確か帆を畳んでいたような覚えがある。
「ああ、俺は漁師の街育ちなんだ、漁師の街の奴らは操船ができて当たり前、ってことなんだ」
ここでゴンがお茶を持ってきた。
「あの船で漁は可能か?」
できれば、海産物も増やせたら助かるんだが・・・
「うーん、漁に出るにはいくつか手を加えないといけねえな、でも旦那、なんといってもあの船には網が無いんだ」
それぐらいなら簡単に出来るな。
「ああ、それなら何も問題ない。網の形状を教えてくれれば、俺が直ぐに網を造れるから」
「そうかい、旦那、あんた出鱈目だな」
やっぱりそうだよね。
「ああ、自覚はあるよ」
最近何となく芽生えましたよ。
「じゃあロンメルには週に二回漁に出て欲しい、ただしエルとギルをお供に連れていってくれ、飛べるあいつらがいれば、最悪のことは起きないだろ?」
一人で海はきつ過ぎるだろうしな。
「ああ、助かる」
「ただし午前中は畑の作業にあててくれよ、漁はそれ以外の時間で頼む、決して無理はしないで欲しい。安全第一で頼む」
そう安全第一であって欲しい。
「ああ、分かった」
「じゃあ次はメタンを呼んで来てくれ」
ロンメルが退室した。
メタンが部屋に入って来た、いつになく神妙な面持ちであった。
ゴンが飲み物を訪ねたが、
「お構いなく」
とのことだった。
「じゃあメタンまずは『鑑定』させて貰えるかな?」
「いつでもどうぞ」
というと、メタンは両手を広げて待ち構えていた。
こいつなんなの?
熱波でも受けるのか?
『鑑定』
名前:メタン
種族:人間Lv9
職業:魔法士
神力:0
体力:864
魔力:586
能力:火魔法LV6 土魔法LV7 崇拝の魔力化LV5
はあ?なんだこの崇拝の魔力化って?
なんなのこれ?
なんだか怖いんですけど・・・
「メタン、教えてくれ、この崇拝の魔力化とはなんだ?」
なんかやばそうな響きだよね。
「はい、これは創造神様を崇拝することによって、魔法の威力を倍増させる魔法ですな」
目を輝かせながらメタンが説明してくれた。
でも、俺を見るこの羨望の眼差しは何なんだ?
俺は創造神様じゃないんだけど。
「私達魔法を愛する者達にとって、創造神様は唯一無二の神様でございますな」
唯一無二って、この世界にはいろんな神様が顕現してますけど・・・
それでいいのか?
「その創造神様の再来が島野様だと、私は睨んでおります」
髭面のおっさんが、ドヤ顔で俺を見ている。
いやー、勘弁してくれよ。
視線に耐えられないよ、だって俺は創造神様の後任らしいから、あながち間違ってないんだよね。
ていうか、羨望の眼差しを止めてくれっての、髭ずらのおじさんにそんな目でみられても、かえって気持ち悪いんですけど・・・
いけない、気を取り直そう。
咳払いをしてから面談を再開した。
「ところで、メタンの出身地はどこなんだ?」
「はい、魔法国『メッサーラ』でございますな」
ゴンが反応した、魔法が得意な人なら、この国に行けなんていわれてる国だって、カイさんが言っていたな。
「何か特技とかあるか?」
「はい、私はやはり魔法を得意としています。それ以外で言うと、読み書き計算はできます。この世界ではできない人が、結構多いのですな」
なるほど、読み書き計算ね。いいじゃないか。
「じゃあ、午前中は畑作業を行ってもらって、午後からはゴンと一緒に、在庫の管理や数量のチェックなどを行ってくれ、あとゴンがなにかと魔法の研究をしているから、一緒にやってみてくれないか?」
「主、いいのですか?」
ゴンが割り込んできた。
「ああ、お前も一人で考え込まなくても頼れる隣人がいた方が、はかどるだろ?」
「はい、助かります」
ゴンが喜んでいる。
「では、ゴン様、今後ともよろしくお願いいたします」
こいつゴンまで様呼びかよ。
まあいいや。
「じゃあメルルを呼んで来てくれ」
「かしこまりました」
メタンが仰々しくお辞儀をして退室していった。
ドアがノックされた。
「どうぞ」
ゴンが内側から扉を開けた。
メルルが入室してきた。
「もう体調は万全か?」
「ええ、大丈夫です。全ては島野さんのお陰です」
そう言われると照れるな。
厳密にはアイリスさんのお陰なんだけどね。
「座ってくれ」
「早速なんだが『鑑定』を行ってもいいかな?」
「はい、どうぞ」
メルルは少しだけ姿勢を正した。
うん、皆ほどではないが、やはり姿勢は正すのね。
『鑑定』
名前:メルル
種族:人間Lv10
職業:僧侶
神力:0
体力:749
魔力:589
能力:風魔法LV6 治癒魔法LV7 鎮魂歌LV2
鎮魂歌ってなんだ?
「なあ、この鎮魂歌って何なんだ?」
「それは、いわゆるお祓いみたいなものです」
お祓い?なんでかな?
「お祓い?幽霊でもいるのか?」
「いえ、幽霊のお祓いでは無く、土地を清めるであったり、不浄の汚れを祓ったりします」
「不浄の汚れとは?」
「主にアンデットですね」
なにそれ。怖いんだけど。
「アンデットてことは、死体が動いてるってこと?」
「はい、稀に森で出現します。鎮魂歌は聖魔法の一つです」
聖魔法?まあ僧侶だからそうなんだろうな。
「そういえば、島野さん一つよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
なんか気になることでもあるのか?
「私の実感として、お話しさせてもらいます。治癒系の魔法を得意としてますので、昨日の体験は滅多にない良い機会を頂いたと思っています」
世界樹の葉のことかな?
「それで」
「世界樹の葉で私の病気は完治しました、それと同時に少し体力が回復しました。問題はその後なんです」
メルル曰く、世界樹の葉で病気は完治し体力も少し回復したが、その後の食事で通常では考えられないくらい、体力が回復したらしい。なんでも、治癒魔法では傷は治せるが、体力まで戻そうとなると、LV10以上無いとできないらしい。そしてLV10以上の治癒魔法の使い手となると、Sランク以上の者となり、滅多にいないらしい。
島の野菜の体力回復力は、ハンター達の常識を変えてしまうかもしれないとのことだった。
「そうなのか?」
野菜の方だったのね。
「はい、昔から体力回復薬は研究されておりますが、完成したとは聞いていません」
体力回復薬って、いわゆるポーションってやつだよな。いや何か違うな。
「で、この島の野菜は体力回復薬になるということか?」
ならば、新たな収入源となりえるってことか?
「その通りです、ハンター経験者として考えても、体力回復薬があると戦闘内容が大きく変わります、これまでは体力を温存した戦い方を強いられてましたが、体力回復薬があれば始めから全力でいけます」
「そういうことか、ちなみに魔力は回復するのか?」
「いえ、それはありませんでした」
体力回復に限定なのね、となれば魔力の回復手段が次に求められるな。
「魔力の回復方法はどうなんだ?」
「一般的なのは魔石を使います」
魔石なんだ、そういえば一個持ってたな。
俺は『収納』から魔石を取りだした。
「でっか!なんですか?その魔石」
デカいんだこれ。
「ああ、魔獣化したジャイアントイーグルの魔石だよ、見てみるか?」
「是非、お願いします」
俺は魔石を手渡した。
「で、この魔石が魔力の回復方法になるのか?」
「はい、ではやってみますね」
とメルルは言うと、両手で包むように魔石を握り、魔力を込め出した。
魔石が少し光ったように見えた。
「こうやって魔力を込めておくと魔石に魔力が溜まります、逆に魔石から魔力を取り出すこともできます」
なるほど、魔力の出し入れが可能ってことね。
「なるほどね、予め魔力を貯めておいて、必要な時に取り出すということだな」
「その通りです、あと実は魔石にはもう一つ使い道がありまして、魔法を閉じ込めておくこともできます。そして、魔力を流すと魔法が発動するという性質があります」
付与するってことだな、だから高額品として取引されてるってことか。
それでタイロンのハンター協会の会長はニヤけてたのか。
売らなきゃよかったな。
「神力は貯めれないのか?」
「神力を貯めれるのは神石ですね、たしかマークが・・・ちょっと待ってて貰えますか?」
「ああ、いいよ」
軽くお辞儀をしてメルルは退室していった。
その後、マークを伴って入室してきた。
「島野さんこれよかったら使ってください」
マークは手を差し出してきた、手の平には黒い丸い石のような物が三個あった。
手に取ってみる。
感触としては、石よりも少し柔らかい感じがする。
「これがさっき話していた神石です」
「これが・・・」
神石か、いろいろと試してみないとな。
「これも先ほどの魔石と一緒で、神力を貯めておくことと、能力を発動することができるんです」
これは使えるぞ、これはありがたい。なんといっても、これでマイサウナのグレードがまた上がる。
素晴らしい!
「本当に貰っていいのか?」
ありがたい、大いに使わせていただこう。
「ええ、俺達には不要の産物なんで、売ることもできませんし」
「そうか、ありがたくいただくよ」
しめしめ、これで・・・いいね。最高だよ!
さて、話を戻そう。
「メルル、君の仕事は午前中は皆と一緒に畑の作業をしてくれ、午後からは体力回復薬の研究をしてみるってのはどうだ?」
「えっ、いいのですか?」
「ちょっと、体力回復薬ってなんですか?」
「悪いなマーク、後でメルルから聞いてくれ。メルル、この島には野菜は豊富にあるし、僧侶としては興味があるんじゃないか?」
面倒な説明はお任せということで。
「もちろんです、私にとっては夢の仕事です」
メルルは興奮している様子。
「それに、体力回復薬が完成したら、大儲けできるぞ」
おれはニヤリと微笑んだ。
「ですね」
メルルもニヤリと微笑んだ。
ひとり置き去りのマークだった。
個人面談を終えた。
皆で、晩飯の時間。
本日の晩飯は、ミックスサラダに、ジャイアントボアとジャイアントピッグの粗びきハンバーグ、コーンスープ、ご飯かパンはお好みでといったところ。
「では手を合わせて、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
大合唱。
「皆、食べながらでいいから聞いてくれ、これからの仕事内容について、皆と共有させてもらうことにする」
皆な食事を始めながらも、こちらに注目している。
「まず先に家族の皆とアイリスさん、これまでは俺の能力のことは明かさないように努めてきたが、俺もこうなった以上腹を括った。積極的に俺の能力を明かす気は更々無いが、神様の修業中であることを、この島の中では隠すことはしないことにする」
エルが手を挙げた。
「アグネス様にはどうするおつもりですの?」
「ああ、さすがにあの駄目天使も付き合いが長いし、言いふらすような馬鹿なことはしないだろう、方向性を変えるよ。もし言い降らす様なら、もう一回締めてやろう」
「うん、賛成!」
ノンが言った。
ノンのやつ、アグネスを締めるのが楽しくなってないか?
「そうですの」
エルも同意した。
お前もか!
まああれでいて、アグネスなりに気を使ってくれていることは知っているからな。
さて、ここからが本日の本番だ。
「皆な、心して聞いてくれ、まず俺は会社を設立する。さしずめ『島野商事』ってところかな?」
ノンが手を挙げた。
「主、会社って何?」
「営利を目的に経済活動をする組織のことだ、要はお金を稼ぐ組織ってことだよ」
ウンウンと皆が頷いている。
「そこで、各担当を発表します。まずは農場部門の責任者はアイリスさん」
アイリスさんが立ち上がって一礼した。
自然と拍手が起きる。
「島野商事にとって、農業部門は根幹となる部門です、アイリスさんよろしくお願いします。皆、休日以外の者は、午前中はアグネスさんの指示に従って、農作業を行うようにしてくれ」
俺もアイリスさんに軽く一礼した。
「続いて建設部門の責任者は、マークにお願いしたい、サポート役としてランドを任命する」
「お、俺ですか?いいのですか?」
マークが驚いている。
「ああ、よろしく頼むよ。やはりこの島にとってインフラは欠かせない、先ほど話した上下水道は急務と考えている。上下水道が整ったら、その後は各種施設を設けようと考えている。最も体力が必要な部門だ、出来るな?お前達?」
「ええ、任せてください」
「力仕事は任せてください」
二人は胸を張っていた。
いろいろと考えてみた結果、お金は掛かるのは分かっているが、はやりインフラの整備は必要との結論にたどりついた。その一番の理由は、畑の水やり作業が、一定の者に限定されていることにあった。
水魔法を使えるゴンと、自然操作が使える俺しかいない。
この不平等感は解消したい。
それにやはり水洗トイレが欲しい。
人が増えたことだし、文化的な暮らしは必要だと思う。
あとは温泉街『ゴロウ』もインフラが整備されていた。
こう言ってはなんだが、五郎さんにできて、俺にできないとは思いづらい。
「次に魔法研究部門及び管理部門はゴンが責任者で、メタンがサポートをする」
ゴンとメタンが立ち上がった。
「島野様の会社の発展の為、精神誠意努めさせていただきます!」
いきなりメタンが宣誓した。
「おまえ、そんなキャラだったか?」
マークがツッコむと爆笑が起った。
「何を言うリーダー、島野様と出会って私は変わったのですな」
真剣に言うメタン。
更に爆笑が起こった。
だが俺には笑えなかった、勘弁してくれよメタン、お前ちょっとキモいぞ・・・
気を取り直そう。
「次に行っていいか?次に体力回復薬研究部門はメルルに任せる、そして俺がサポートに入る」
「えっ!体力回復薬って、なんのことだ?旦那」
ロンメルが気になったのか、話しに割り込んできた。
「詳しくはメルルに聞いてくれ」
マークの時と同じく、面倒なのでメルルに振った。
細かい話は極力避けたいと思う俺だった。
めんどくさがり屋で、すんません。
「そして漁部門はロンメルに任せる、サポートにギルとエルが付いてくれ」
「ギル坊、エルちゃんよろしくな」
ロンメルが言った。
「ロンメルおじちゃん、ギル坊って言うなよ、それを言っていいのは五郎さんだけなんだぞ」
なんで五郎さんはいいんだ?
ギルの拘りか?
「ギル坊こそ、おじちゃんって言うなよ」
「へん、お返しさ」
また笑いが起きた。
仲が良い事はいいことです。
「そして、狩りと家畜の世話部門はノンをリーダとする」
「はーい」
流石のノン、軽い返事だ。
「ギルとエルは漁の無い日はノンを手伝うように」
「「了解」」
ギルとエルはコクリと頷いた。
「最後に、全てを統括した責任者を俺が務める、いいな?」
俺は皆を見渡した。
「もちろんですな」
「あたりまえだぜ」
「主以外ありえません」
「いいよー」
皆口々に賛成の意を伝えてきた。
「ということで『島野商事』設立です!」
拍手が鳴りやまなかった。
まさか異世界に来て会社を設立するとは・・・人生ってのは驚きの連続ですね。
翌日、俺は五郎さんの所に納品に来ていた。
「五郎さん、こちらでいいですか?」
大量の農産物を、指定された場所に置いた。
「おお、いつも悪りぃな」
「そう言えば五郎さん、一つお願いがあるのですが、聞いてもらえますか?」
俺は改めて相談しようと考えていた。
「おお、何でえ?」
俺にとっては深刻な悩みであった、それは島の野菜の体力回復力だ。
よくよく考えてみると、体力回復薬が無いこの世界にとって、島の野菜は非常に価値の高いものであると考えられた。
ハンターにとっては、在ると無いとでは狩りにおいて雲泥の差となる。
その秘密を知りたいと考える者達は必ず現れるだろうし、場合によっては、国家ぐるみで解明しようと躍起になることも予想できた。
島の安全の為には、慎重にしなければならないと思われたのだ。
「この野菜なんですが、実は体力回復力があるんですよ」
「ああ」
平然と返事をする五郎さん。
「それでその・・・生産者を明かさないで欲しいんです」
「はあ?おめえ今さら何言ってやがるんだ?」
五郎さんが呆れた顔をしていた。
「えっ!」
「お前え・・・まさか・・・この野菜に体力回復力があるって、知らなかったってのか?」
何?何ですと?嘘でしょ?
「ガッハッハッハ!お前え、今さら何言ってやがる、そんなことは始めから分かってらあ、だから取引を申し入れたってのに今更何でえ、ガッハッハ!お前え、案外抜けてんなあー!」
いやー、俺ってそういうところあるんですよねー・・・って、五郎さんはとっくに分かってたってことなんですね・・・あー、やだやだ・・・ちょいちょい俺にはこんなことがありますよ・・・ハハハ。
「いやー、島野、お前え、結構抜けてやがんな。あー、笑わせやがる。大丈夫だ、生産者は明かさねえようにしてるから安心しろや、あー、面白れえ!」
「ハハハ・・・」
もう笑うしかなかった。
島野商事設立から一ヵ月が経った。
今の暮らしぶりを、話しておこうと思う。
建設部門の二人はコツコツとインフラ整備の作業を進めていた。
この村から川岸まで直線距離でおよそ一キロといったところ。
最短距離にて測量が開始され、今は道で繋ぐように、森の樹を切り倒している。
あと数日で川岸にまで到達する、というところまでたどり着いた。
作業はやはり体力勝負で、切り倒した樹の枝を払い、丸太の状態にして、村まで運ばなければいけない。
インフラ完成後に各種施設を造る為には、この木材を使用するからだ。
従って、ただ単に樹を切り倒すだけでは無く手間がかかっている。
打ち払われた枝も、回収できる時は回収させている。
良質な薪になるからね。
俺の能力を持ってすれば、簡単にことは運びそうだが、あえて手を出さずに任せる様にしている。
やはり自分達で造るという達成感は必要だと思う。
何でもかんでも簡単にできればいいという物ではないからだ。
それに圧倒的な力を見せびらかすのは、志気を下げることにも繋がる。
ここは最高責任者として、任せることが重要であるとの考えだ。
それに、狩りの合間にノンやギル達が手伝っていることも聞いている。
いいチームワークが生れているということだ。
順調、順調。
漁部門も週二で海に出ている。
ロンメルの希望する網を能力で作成後、本格的に漁を開始した。
ロンメルやノンの『探索』は、海では通用しない為。
本当は『探索』持ちの俺が同行すれば、魚群を見つけることは容易い。
しかしこれもあえて手を出さずに任せる様にしている。
何度か海獣にも遭遇したようだが、ギルがあっさりと追い払っているようで、護衛としての役割をちゃんとこなしているようだ。
大量に魚が捕れる日もあれば、まったくもって捕れない日もあり、これに関してはどうしようもないと考えている。
ありがたかったのは、カツオが釣れたことがあり、そのほとんどは、藁焼きにして皆で食べてしまったが、鰹節も出来上がった事だ。
これにより味噌汁の味が大幅に飛躍した。やはり出汁は料理にとって重要な要素であると改めて感じた出来事だった。
ちなみにロンメルは漁にでない日は、船の整備とワカメの収穫、そして海苔の作成を行っている。
この世界では海苔は無く、海藻は海のゴミとして扱われていたようだ。
たしか地球でも海外ではそう思われていたような気がする。
この海苔の作成は、アイリスさんが興味があるらしく、暇になると手伝っているようだった。
実にいいことだ。
一番手こずっているのは魔法開発部門だ。
理論派のメタンと本能型のゴン、なかなか噛み合わないようである。
まあじっくり腰を据えて行って欲しい。
魔法に関しては俺は使えないし、理屈も分からないので、当然手出しなどはしない。
ただ、要望だけは伝えておいた。
それは、転移魔法を習得して欲しいということ。
理由は簡単で『転移』は俺しか使えない為、役割が分担できないからだ。
それを伝えると、
「転移魔法ですか?上級の魔法士でも使える者など見たことがありませんな」
とメタンが言っていた。
「だから挑むんじゃないか」
適当に俺が返した所、
「さすが島野様、そうですな、仰る通りです。粉骨砕身努力致します!」
なぜだかメタンが鼻息荒く答えていた。
その横でゴンが呆れた顔でメタンを眺めていたのは記しておこう。
次に体力回復薬部門のメルルだが、ここは俺がサポート役の為、しっかりと手を出している。
というか、いいように使い回していると言っても、いいのかもしれない。
要は料理のお手伝いをさせているのである、理由は簡単、まずは野菜に触れてみるにはこれが一番だからだ。
とはいっても、ただ料理をしているのではなく、ちょこちょこ味見をしながら『鑑定』でどれだけ体力が戻るかを計測しながら行っている。どのように調理したら一番体力が回復するのか?野菜の組み合わせなども変えながら行っている。
あとは裏の理由として、この島では俺以外の者で、料理が出来る者がいない為、役割の幅を持たせるという側面もある。
実は、ギルとエルが料理に興味を持っているのは知っているが、彼らに関しては、今後追々と教えていければいいと思っている。
興味を持ってくれていること自体が嬉しいと感じる。
さて、今日は月末の為、後で皆に給料を払わなければいけない。
内訳としては、正社員の島野一家とアイリスさんには一律金貨十枚。
見習い社員の『ロックアップ』の皆には、一律金貨五枚。
俺は金貨三十枚を頂くつもりだが、あえて公表はしない。
今月の『島野商事』の収支だが、売上のほとんどが五郎さんの所で占めている状態で、アグネス便が重宝されていたころからは、考えられない金額となっており、その額はなんと約金貨五百枚となっている。
仕入れや経費は、万能種をたまに使うぐらいで、ほとんど掛かっていない。
掛かるのは人件費のみだ。
従って今月の利益は約金貨三百八十五枚となっている。
但し、この先インフラの整備等で、どれだけ万能鉱石を必要とするか分からない為、気を抜いてはいけないということはよく理解してる。
社長という立場の俺としては、社員の生活は守らなければいけないのだ。
などど言ってはみたものの、最悪経営破綻しても、衣食住には困らないことはよく分かっている。
だが、余裕のある生活は人生をまた違ったものすることも俺は知っているので、ゆとりのある暮らしを行ってほしいと心から思う。
その為に金貨が必要であるならば、稼ぐ手段を取ればいいと思っているだけなのだ。
生活が豊かになれば自然と心も豊かになるだろう。皆には幸せに過ごして欲しいと切に願っている。
休暇の過ごし方は、本当に人それぞれといった具合だ。
趣味に興じる者、体を鍛える者、何もしないでのんびりとしている者もいる。
そして俺の気まぐれで造った、ビリヤードと将棋が島でブームになっており、皆その研究に勤しんでいた。
ただ休日の過ごし方として共通しているのは、サウナは欠かさないという点だった。
その気持ちは痛いほどよく分かる。
それもそのはずで、遂にサウナにオートロウリュウ機能が追加されたからだ。
マークに貰った神石の三つの内、二つも使うことになったがサウナの新機能搭載を優先させた。
いろいろと神石については実験を行った。その結果として分かったことは、能力を込める際に時間を意識すると、能力の発動から休止までを行えると判明した。それを応用して行ったのが、今回のオートロウリュウ機能追加となった。
一定の時間が経つと神石から自動的に水がサウナストーンに打ち付けられ、その後もう一つの神石から熱風が送られるようになっている。
これがなかなか強烈な熱波であり、皆からの評判もいい。
ちなみに『ロックアップ』の皆さんには、サウナは教えたが『黄金の整い』は教えていない。
創造神様との約束はちゃんと守っている。
俺達が整っている様を見て、
「なんですかそれは?」
と聞かれたことはあったが。
「聖獣と神獣は、サウナで整うとこうなるんだ」
と適当な嘘で誤魔化しておいた。
嘘をつくのは偲び無いが、流石に創造神様との約束を裏切ることはできない、教えてあげたいのはやまやまなんだけどね。
俺の休暇はというと、決まって日本に帰っている。
やはり『おでんの湯』に行きたいとの気持ちもあるのだが、実は不安解消という側面もある。
今は畑の作業で神力をかなり使っていると思われる為、神気の補充ということを考えてのことだった。
まだ一度も計測不能から変化したことはないが、やはり島での『黄金の整い』で得られる神気は薄いので、日本で濃い神気を蓄えたいのだ。
もし、俺の神力が枯れてしまったらと思うと、ゾッとする。
日本との二重生活は当分の間止めれそうもない、というかやめる気もさらさらない。
それになにもサウナに入りたいが為だけに日本に帰っている訳ではない。
今後のことを考えて、ネットで調べ物をしたりもする必要があるし。
能力の開発のヒントも得たいと思っている。
それに俺にとってはこの二重生活も案外楽しいものになっているのだった。
晩飯前に皆を集めた。その理由はこれから給料を手渡しするからだ。
「皆さん、この一ヶ月間お疲れ様でした!」
頷く一同。
「今日は月末です。ですので、これから皆さんに給料を手渡しさせていただきます」
「給料ってなに?」
ノンが尋ねて来た。
「労働で得る報酬のことさ」
「報酬とは?」
エルが疑問を口にした。
「お金だよ」
「へー、そうなんだ」
と無関心なノン。
「金額は島野一家の皆なとアイリスさんは、一律金貨十枚とします『ロックアップ』の皆さんは金貨五枚とします」
「「「おおー!」」」
と、どよめく一同。
「ちょっと待ってくれ島野さん、俺達は貰う訳にはいかないよ」
マークが焦りながら言った。
「そうです。貰う訳にはいきませんな」
メタンが追随した。
ここで俺は手を挙げて場を制した。
「いいか、よく聞いて欲しい。労働の対価を貰うのは当たり前のことだ。そもそも俺はこの島で働いて貰うと言ったんであって、誰も無報酬で働けとは言っていない。それに四ヵ月という期間は見習い期間だから、その後は他の皆と同じ、一ヶ月で金貨十枚渡すつもりだ。もしこの島に残ってくれればの話だがな」
『ロックアップ』の皆さんは苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
そして一転して。
「旦那、あんたって人は・・・」
「まさに神の所業ですな」
「島野さん、俺は一生ついていくぜ」
「この島から離れるなんて考えられないわよ」
などと口々に言いだした。
どうやら『ロックアップの』の皆さんは、この先もこの島から離れる気は無さそうだ。
それはそれでよかった。
「ではまずはアイリスさんから」
アイリスさんが立ち上がって、俺の下に近づいてきた。
「お疲れさまでした、これからは温泉街『ゴロウ』でのお土産は、自分のお金で購入してくださいね」
「あら、そういう風にこれを使えばいいのですね」
アイリスさんは微笑んだ。
アイリスさんは俺が五郎さんの所に納品に行った際に、お土産として購入してくる饅頭が大好物なのだ。
「ノン、お疲れ様」
「はーい」
こいつは金銭の価値をどれだけ分かっているのだろうか?
まあいいや。
ノンに給料を手渡した。
こんな調子で皆に給料を手渡した。
受け取った一同は俺に感謝の言葉を告げた。
俺もちゃんと彼らの労働に感謝の意を込めて、全員に手渡しをさせて貰った。
今後もこういった。良い関係性を続けていきたいものだ。
改めて俺は皆に言った。
「皆聞いて欲しい、今日からはルールを新設することにした」
「ルールって何?パパ」
ギルが疑問を口にした。
「ルールってのはな、ギル、守るべき決め事ってことだ」
「うん、分かった、約束ってことね」
理解が速くてよろしい。
「まず今後の方針として、嗜好品は全て自分で購入するようにします」
数名がなるほどと頷いている。
「嗜好品とは?」
ゴンが聞いてきた。
「具体的に話そう、まずビールは一人二杯まではこれまで通り飲んでくれて構わないし、ビール以外のアルコールが欲しいのなら、同様の分はお金は取らない、三食の食事もこれまで道り提供するし、住む家もこれまで通りに使って貰って構わない、これはすなわち福利厚生だ」
皆が理解できているか皆を眺めて見る。
うん、よさそうだな。
「ルールとしては、ビールは三杯目以降は、一杯につき銀貨五枚頂くし、その他のアルコール類も同様で、飲みたければ自分の金銭で購入して欲しい。基本的にこの島の野菜やその他の収穫物や、製作されている物品は『島野商事』の物となる。従って、それらの物が欲しいときは、自分で『島野商事』から購入して欲しいということだ。購入先は俺かもしくは管理部門のゴンかメタンにお金を手渡して欲しい。ちなみにツケは無しだ。明朗会計のみとする」
「他には何が嗜好品に当たるんでしょうか?」
「そうだなまずは衣服、そして靴だな、後は雑貨や俺が造る物品などかな」
実は靴に関してはとても喜ばれたのが、スニーカーだった。
この世界の靴の基本は革製が主流で、靴底は皮によるものが多かった。
しかし俺の造るスニーカーは、靴底がゴム素材の為、グリップが効いて歩きやすいと評判が良い。
靴は生活における大事な要素なのだ。
「これまで道り作業着や長靴は支給品として扱うが、業務以外の物は自分達で購入することにする」
更に俺の『合成』の技術も相当な物となってきており、今ではありとあらゆる衣服の作成が可能となっていた。
「あとは俺が五郎さんの街に出かけた時に皆に、欲しい物があったら買ってくるから、これも自分たちの稼ぎで買うようにして貰う、今後はこのようなルールを設けます」
「分かりました」
「了解です」
「承知しました」
こうして、島のルールが新設された。
「じゃあさっそくワインを一本買わせてもらおうかな?」
マークがにやけ顔で言った。
「了解!ワインは一本銀貨三十枚、他では銀貨四十枚で売ってるけどな、社員割引きってことだ」
「おっ!良心価格」
と、こうしてルールの運用が始まった。
流石はマークだな、こうやって実践して皆に教えてくれているってことだ。心遣いに感謝する。
『ロックアップ』のリーダーは伊達じゃないね。
出来る部下がいると助かるなと感じる。
ありがたいことです。