☆本日の作業用BGMは、『夢想花』(円広志)でした。
デビュー曲なんですよね。印象的な歌詞です。スカッとしたお歌だと思います。
締めは『フィクションのように』(前川清)。
サビの声を聴いて「一体どなたが?」と思ってましたが、なるほどです。
おしゃれな曲だと思います。
ーーーーーー
今日は夏日でしたよ、お母さま。
そんな急に暖かくならんでも、とは思いますが、風に身を竦める必要がないのはありがたいことでございます。
出勤時、青いスーツ姿の若い男女の群れとすれ違いました。会社説明会でも行った帰りなのでしょうか。
来年度の新卒採用は、ここ二年に比べるとかなり改善されるのだそうです。反動というのでしょうか。「売り手市場」というそうですよ、お母さま。
今、夕刊でその記事を斜め読みしております。私には縁の無い話です。
どんな会社も最初は大変でしょうが、まあ精々頑張るがいいですよ(あえて? 上から)。
経験の無い私が偉そうなことを言える筋合いはありませんが。
☆☆☆
夜五ツを回った頃、少し赤い顔をした青年がいらっしゃいました。
ジーンズにトレーナーの軽装。ややふらつきながら、ゆっくりと歩を進めていらっしゃいます。
二十代――後半、という感じ。緩いパーマをあてた黒髪はオールバック仕様です。
なんとなくですが、あまりお似合いに見えません。余計なお世話ですね。
椅子に腰掛け、暫くそのままじっとしておりましたが、思い出したように説明書きを眺め、ぼんやり視線を落としてボタンを押下いたしました。
『こ・れ・も・愛……』というものです。
ああ、あの綺麗な女優さん……なぜかバニー姿が真っ先に頭に浮かびます。
当時としても、わりかし恥ずかし目の恰好だったのではないでしょうか。
少年少女の皆さんには、水中花といへども「目の毒」だったやもしれませんね。
青年が受話器を取り上げ、立ち上がりました。
【……ラーイ】
「?」
【……ラーイ!】
「らーい?」
【……ララ●ラーイ! ラララ●ーイ!】
「待って待ってお客さん、ここでその体操はお止めください。私出来ません」
【……ノリが悪いね慶子さん。話と違う】
「慶子さんではありませんが……話と違うとは?」
【ここを教えてくれた、しがない行政書士がさあ……】
しがない――という言葉がぴったりな、どこぞのお兄様ですねきっと。
何某の意趣返しでしょうか。彼には誠心誠意、優しく接してきたのに。
「ピンきりの『きり』の方ですか? そのGセン」
【お? 知り合い? そうそう、「きり」の人(笑)】
「その方のご紹介でしたか」
【俺、鳥越の新聞販売店の店長やってるんだけど、あ、親父の店ね。アイツとはそこで新聞奨学生の同期だったんだ。それ以来の付き合いでさ。かれこれ十年近いやね……慶子さん、新聞なんて読む?】
「――ウチは○○新聞です」
【おおビンゴ! 俺ンとこそれの専売なんだ、やー現読でしたか。お世話になっとります!】
「いえいえこちらこそ」
店長さん俄然ご機嫌です。良かった、偶然に感謝申し上げます、ゴッド。
【あの、ナンカ飲み物買って来てもいいかな?】
急に気安い。
「ご自由に。側に自販機がございます。コンビニも並びに」
【やっぱビールかなあ】
「アルコールはご遠慮いただきたいのですが」
【? ビールは「水」だよ? 「健康の水」。大●民が言ってた】
「(健康の水?)そんな当然のように……まあ、もうお客さんもいらっしゃらないでしょうから、今日だけ特別で。どうぞ――」
【あじゃっす! ちょっと待ってて!】
先程のおぼつかない足取りとは別人のように、脱兎の勢いで店を飛び出していきました。
☆☆☆
【こないだ、ツイてないことがあったんすよ……】
店長はロング缶を水の如く飲りながら話し始めました。つまみ無し。
私はちょっとハラハラしながらモニタを見詰めます。
ちゃんと自分の足でお帰りくださいね。
ビールの持ち込みをを許した浅はかさを多少後悔しております。
「拝聴いたします」
【高齢のパートさんが一人辞めちゃったんで、思い切って社員を募集したんだ。久し振りに】
「この不景気に豪気ですね」
【いやナンもだよ。ウチの店も一杯一杯だから。長い目で見たら社員の方がいいんだよね。で、一人、地方在住の若い子が上京して来たんだ】
「良かったです。東京に出て来たかったのでしょうか」
【そうみたいね。新聞奨学生も考えたらしいけど、金貯めたいからって社員で】
「なるほど」
【素朴な感じの、穏やかな子でさ。……で、少し落ち着いた頃合いに歓迎会を催したわけ】
「お優しい、店長さん♥」
【いやナンもです……近所の居酒屋でね。けど、誠に残念なことに……】
「――どうされました?」
【……メンバーはきちんと集まったんだけど、肝心な彼が、結局「来なかった」んだ】
「へ?」
【そのまま、所謂「飛んじゃった」のよね】
「飛んじゃった」とはこれ如何に?
【そのまま「蒸発」しちゃったのさ】
「蒸発……」
【飛んで飛んで、回って回る、ちゅう感じかね……】
店長は深い溜息を吐くと、寂しそうに笑いました。
【歓迎会に当の主役が来ない、ってなあ、俺も初めてだよ。なんか一部盛り上がってたけど】
飛んじゃうケースはたまにあるそうで。
【この業界ってさ、世間に疲れ果てたおっさんとか、いろんな店を渡り歩く常連、同じ店に入ったり出たりを繰り返す人とか、大抵そんな感じの人ばっかりやって来るんだ。若い「業界未経験」は珍しいさ。「飛ぶ」のは大概、業界ズレした人だけどね】
「戻っては来られないのですか?」
【見た事ねーなー。大体金持って逃げるけど、集金後の鞄が膨れたタイミングでとんずらする奴もいるよ。帰っては来れないよね、そりゃ。刑法犯だもん】
「……なるほど」
【何人も見てきたよ……。飛んじゃった彼等にも拠所ない事情があるかもだけど……その度にシフトに穴が開いて、損害被ってちゅうのは、やっぱ慣れないちゅうか、切ないやね……】
「腹立たしいですね」
【腹が立つというか………………ひたすら悲しいんだ】
腕を組んで天井を睨み付ける店長は、そのまま沈黙してしまったのでした。
☆☆☆
それから三日後、かの店長さんが再来店いたしました。
椅子に腰掛けるなり、『ぼろアパートの管理人さん(未亡人)』ボタンを押下し、
【やーこの間、ちょっと迷ったんだよなあ。響子さんの声も好きだからさ】
「左様でございますか。今日はどうされました?」
【それがさ……戻って来たんだよ、例の彼!】
「マジっすか?!」
【俺初めて見たよ、戻って来た人。一応、報告しとこうと思ってさ】
店長さん、若干興奮を抑え気味です。
戻った彼が何度も頭を下げるのを、特に怒鳴りつけるでもなく。
【説教ていうもんでもないけど、一応彼と話したよ。働く自由も辞める自由もあるんだ、憲法でも保証されてるんだしさ】
「そ、そうですね」
【しがないGセンの受け売りだよ。……辞める自由はあるけど、しがらみってのがあるんだから、「公の秩序」っての? 周りに迷惑掛けないように、ちゃんと意思は伝えないと、って。そんな、自分から世間狭くしちゃ損だぜって】
「結局、辞めちゃうんですね」
【いやー、続けることになったんだよねぇ】
「えええー……大丈夫なんですか?」
【めちゃ複雑だよね。お互い、イイことナイかもだけど……】
「ハラハラですねぇ」
【まったく。でもさ、戻って来てくれたの初めてだから、俺、なんかすげー嬉しくてさ……アマ甘だよね。つくづく、管理職向いてないよな……】
「……」
自虐的な言葉を口にしながらも、店長さんのお顔には安堵の色が浮かんでおりました。
確かに、ボスとしては如何なものか――一方で、こんな上司もいいなあ、とは思いました。
「ゴッド・ブレス・ユー……」
なるようになりますよ店長。回って回って回って回るのです……。
デビュー曲なんですよね。印象的な歌詞です。スカッとしたお歌だと思います。
締めは『フィクションのように』(前川清)。
サビの声を聴いて「一体どなたが?」と思ってましたが、なるほどです。
おしゃれな曲だと思います。
ーーーーーー
今日は夏日でしたよ、お母さま。
そんな急に暖かくならんでも、とは思いますが、風に身を竦める必要がないのはありがたいことでございます。
出勤時、青いスーツ姿の若い男女の群れとすれ違いました。会社説明会でも行った帰りなのでしょうか。
来年度の新卒採用は、ここ二年に比べるとかなり改善されるのだそうです。反動というのでしょうか。「売り手市場」というそうですよ、お母さま。
今、夕刊でその記事を斜め読みしております。私には縁の無い話です。
どんな会社も最初は大変でしょうが、まあ精々頑張るがいいですよ(あえて? 上から)。
経験の無い私が偉そうなことを言える筋合いはありませんが。
☆☆☆
夜五ツを回った頃、少し赤い顔をした青年がいらっしゃいました。
ジーンズにトレーナーの軽装。ややふらつきながら、ゆっくりと歩を進めていらっしゃいます。
二十代――後半、という感じ。緩いパーマをあてた黒髪はオールバック仕様です。
なんとなくですが、あまりお似合いに見えません。余計なお世話ですね。
椅子に腰掛け、暫くそのままじっとしておりましたが、思い出したように説明書きを眺め、ぼんやり視線を落としてボタンを押下いたしました。
『こ・れ・も・愛……』というものです。
ああ、あの綺麗な女優さん……なぜかバニー姿が真っ先に頭に浮かびます。
当時としても、わりかし恥ずかし目の恰好だったのではないでしょうか。
少年少女の皆さんには、水中花といへども「目の毒」だったやもしれませんね。
青年が受話器を取り上げ、立ち上がりました。
【……ラーイ】
「?」
【……ラーイ!】
「らーい?」
【……ララ●ラーイ! ラララ●ーイ!】
「待って待ってお客さん、ここでその体操はお止めください。私出来ません」
【……ノリが悪いね慶子さん。話と違う】
「慶子さんではありませんが……話と違うとは?」
【ここを教えてくれた、しがない行政書士がさあ……】
しがない――という言葉がぴったりな、どこぞのお兄様ですねきっと。
何某の意趣返しでしょうか。彼には誠心誠意、優しく接してきたのに。
「ピンきりの『きり』の方ですか? そのGセン」
【お? 知り合い? そうそう、「きり」の人(笑)】
「その方のご紹介でしたか」
【俺、鳥越の新聞販売店の店長やってるんだけど、あ、親父の店ね。アイツとはそこで新聞奨学生の同期だったんだ。それ以来の付き合いでさ。かれこれ十年近いやね……慶子さん、新聞なんて読む?】
「――ウチは○○新聞です」
【おおビンゴ! 俺ンとこそれの専売なんだ、やー現読でしたか。お世話になっとります!】
「いえいえこちらこそ」
店長さん俄然ご機嫌です。良かった、偶然に感謝申し上げます、ゴッド。
【あの、ナンカ飲み物買って来てもいいかな?】
急に気安い。
「ご自由に。側に自販機がございます。コンビニも並びに」
【やっぱビールかなあ】
「アルコールはご遠慮いただきたいのですが」
【? ビールは「水」だよ? 「健康の水」。大●民が言ってた】
「(健康の水?)そんな当然のように……まあ、もうお客さんもいらっしゃらないでしょうから、今日だけ特別で。どうぞ――」
【あじゃっす! ちょっと待ってて!】
先程のおぼつかない足取りとは別人のように、脱兎の勢いで店を飛び出していきました。
☆☆☆
【こないだ、ツイてないことがあったんすよ……】
店長はロング缶を水の如く飲りながら話し始めました。つまみ無し。
私はちょっとハラハラしながらモニタを見詰めます。
ちゃんと自分の足でお帰りくださいね。
ビールの持ち込みをを許した浅はかさを多少後悔しております。
「拝聴いたします」
【高齢のパートさんが一人辞めちゃったんで、思い切って社員を募集したんだ。久し振りに】
「この不景気に豪気ですね」
【いやナンもだよ。ウチの店も一杯一杯だから。長い目で見たら社員の方がいいんだよね。で、一人、地方在住の若い子が上京して来たんだ】
「良かったです。東京に出て来たかったのでしょうか」
【そうみたいね。新聞奨学生も考えたらしいけど、金貯めたいからって社員で】
「なるほど」
【素朴な感じの、穏やかな子でさ。……で、少し落ち着いた頃合いに歓迎会を催したわけ】
「お優しい、店長さん♥」
【いやナンもです……近所の居酒屋でね。けど、誠に残念なことに……】
「――どうされました?」
【……メンバーはきちんと集まったんだけど、肝心な彼が、結局「来なかった」んだ】
「へ?」
【そのまま、所謂「飛んじゃった」のよね】
「飛んじゃった」とはこれ如何に?
【そのまま「蒸発」しちゃったのさ】
「蒸発……」
【飛んで飛んで、回って回る、ちゅう感じかね……】
店長は深い溜息を吐くと、寂しそうに笑いました。
【歓迎会に当の主役が来ない、ってなあ、俺も初めてだよ。なんか一部盛り上がってたけど】
飛んじゃうケースはたまにあるそうで。
【この業界ってさ、世間に疲れ果てたおっさんとか、いろんな店を渡り歩く常連、同じ店に入ったり出たりを繰り返す人とか、大抵そんな感じの人ばっかりやって来るんだ。若い「業界未経験」は珍しいさ。「飛ぶ」のは大概、業界ズレした人だけどね】
「戻っては来られないのですか?」
【見た事ねーなー。大体金持って逃げるけど、集金後の鞄が膨れたタイミングでとんずらする奴もいるよ。帰っては来れないよね、そりゃ。刑法犯だもん】
「……なるほど」
【何人も見てきたよ……。飛んじゃった彼等にも拠所ない事情があるかもだけど……その度にシフトに穴が開いて、損害被ってちゅうのは、やっぱ慣れないちゅうか、切ないやね……】
「腹立たしいですね」
【腹が立つというか………………ひたすら悲しいんだ】
腕を組んで天井を睨み付ける店長は、そのまま沈黙してしまったのでした。
☆☆☆
それから三日後、かの店長さんが再来店いたしました。
椅子に腰掛けるなり、『ぼろアパートの管理人さん(未亡人)』ボタンを押下し、
【やーこの間、ちょっと迷ったんだよなあ。響子さんの声も好きだからさ】
「左様でございますか。今日はどうされました?」
【それがさ……戻って来たんだよ、例の彼!】
「マジっすか?!」
【俺初めて見たよ、戻って来た人。一応、報告しとこうと思ってさ】
店長さん、若干興奮を抑え気味です。
戻った彼が何度も頭を下げるのを、特に怒鳴りつけるでもなく。
【説教ていうもんでもないけど、一応彼と話したよ。働く自由も辞める自由もあるんだ、憲法でも保証されてるんだしさ】
「そ、そうですね」
【しがないGセンの受け売りだよ。……辞める自由はあるけど、しがらみってのがあるんだから、「公の秩序」っての? 周りに迷惑掛けないように、ちゃんと意思は伝えないと、って。そんな、自分から世間狭くしちゃ損だぜって】
「結局、辞めちゃうんですね」
【いやー、続けることになったんだよねぇ】
「えええー……大丈夫なんですか?」
【めちゃ複雑だよね。お互い、イイことナイかもだけど……】
「ハラハラですねぇ」
【まったく。でもさ、戻って来てくれたの初めてだから、俺、なんかすげー嬉しくてさ……アマ甘だよね。つくづく、管理職向いてないよな……】
「……」
自虐的な言葉を口にしながらも、店長さんのお顔には安堵の色が浮かんでおりました。
確かに、ボスとしては如何なものか――一方で、こんな上司もいいなあ、とは思いました。
「ゴッド・ブレス・ユー……」
なるようになりますよ店長。回って回って回って回るのです……。