一年後。
 レティシアが十七歳になった。
 今日は料理長に頼んでとびきりの料理とケーキを用意してもらった。ごちそうを前に彼女の顔は真っ青だ。

「お誕生日おめでとう、レティシア」
「あ、ありがとうございます……、でもどうしましょう。エレーヌ様が全然姿を見せないなんて……」

 今にも泣きそうな愛しい婚約者に僕は微笑む。

「運命なんて当てにならないんだよ。君の未来予知だって外れることがあるってことさ」
「フレデリック様……」

 僕は彼女の頬に触れた。すべすべの頬がほんの少し赤く染まる。
 とっても可愛い愛しい人。
 ようやく君にキスができる。頬にキスをして、唇に触れた。君は熟れたリンゴのように真っ赤になって、本当に可愛い人だ。

「ヒロイン不在のお話に切り替わった? うーん。でも聖女様が誕生したって噂も聞かないし……」
「待っても来ない相手なんかよりも僕はレティシアがいい。君が僕のお嫁さんになって、ね」
「わ、私なんかがフレデリック様のお嫁さんなってもいいのでしょうか?」
「もちろん。十七歳になっても君を好きでいたし、君以外いらない。ね、だから僕の傍にいて」

 コツンと額を合わせると、くすぐったそうに彼女は微笑んだ。

「わかりました。ヒロインが不在な以上、私がフレデリック様を幸せにします!」
「ふふっ、頼もしいな。嬉しいよ、レティシア」

 彼女はスパッと決意を新たにした。
 こういう思い切りの良いところも好きだ。
 嫌いなところなんてない。
 愛おしくて、好きで、大事で。
 これでやっと僕のものだ。
 閉じた世界だろうと君がいれば何処よりも楽園だと、今度は伝わるかな。

(――それにしてもあの女(エレーヌ)既に四股(逆ハー)しておきながら、王族()まで手を伸ばそうとするなんてね。欲張らずにいれば石化(バッドエンド)なんてしなかったのに。馬鹿な女だ)

 僕の眷族()は何処にでも入り込める。
 国中どこにでも居るし、僕の手足のように動く。
 王の座はいらないけれど、レティシアと幸せに暮らすためにも国の平穏は約束してあげるとしよう。
 ふと彼女は僕をまじまじと見て安堵する。

「どうしたの?」
「……あ、いえ。ヒロインが現れない場合、フレデリック様が闇落ちして魔王になるってシナリオにあったのですが、そちらも回避できてよかったです!」
「ああ、そういうこと」

 彼女がずっとヒロインと結ばれることを望んでいた理由。
 僕が闇落ちして魔王になるのを回避したかったのだと理解する。結局、レティシアは僕のことを一番に考えてくれたのだと嬉しくて、それと同時に勘違いをしている彼女に本来の姿を見せてあげた。

 艶のある菫色の長い髪先が一匹ずつ蛇へと姿を変え、歯の牙が生じて、爪が長くなる。極めつけはコウモリの羽根、人ならざるものへの変容にレティシアは目を見開いた。
 固まっていると言ってもいいだろう。

「闇落ちならとっくにしているよ?」
「そんな。……フレデリック様、……いつから?」

 絞り出すような声に、口元がニヤけた。
 今さら何を言うのだろう。