――――本邸の厨房では、男鬼の料理長の料理支度の傍ら、桔梗さまと共に私もお手伝いをさせてもらっている。

「じゃぁ……次はこっちをお願いしようかしら」
「はい、桔梗さま」

「こら、そうじゃないでしょう?」
何か、不味いことをしてしまっただろうか……?

「杏子ちゃんは紅緋のお嫁さんなんだから、紅緋の姉である私は、【お義姉さん】でいいのよ?」
「お……お義姉さん」

「そうよ。かわいいじゃない」
なでなでと髪を撫でてくれる桔梗さま……いや、お義姉さんはやはり魅力的な女性だ。

鬼だとか、人間だとか。その種族の壁を越えて。

お義姉さんと共に厨房に立っていれば、ふと、こちらにひょっこりと顔を出してきた女性がいた。

紫の瞳に濃い紫のショートヘアーの年上の女性だが、その顔はお義姉さんによく似ている。

「あら、桔梗?ひょっとしてその子が……?」
「そうよ、お母さま。紅緋がやーっと本家に連れてきた、お嫁さんの杏子ちゃんよ!」
お義姉さんが言った通り……この方が紅緋のお母さま。お義姉さんは珍しい女鬼だったけども、お母さんはよくあるように、鬼に嫁いだ人間の花嫁……だったのか。

「まぁ!やっとなの?あの子ったら、花嫁さんが来たのに離れに囲い込んじゃって。だけど、漆樹(しっき)さんの子だもの。遺伝よねっ!」
確か……漆樹さまと言うのは頭領さまのお名前だったはず。紅緋が頭領の息子なのだから、間違いないだろう。

しかし……遺伝……?
紅緋と同じ事情かどうかは分からないが、しかし同じように離れに囲い込んだのだろうか……?思えばあの離れは、妙に道具や家具が整っていた。中には使い込んだようなものまで。それはご両親の時の名残で……それから紅緋も私との生活に合わせて所々住みやすいように調整してくれたと言うことだろうか……?

「私のことは【お義母さん】って呼んでねっ!もちろん嫁いびりなんてしないから安心して?」
「は……はい……お、お義母、さん……?」
実家では呼んだことすらないから、妙に緊張してしまう。
あのひとたちは私を自分たちの娘とも認めたがらなかったから。

「そうよ~~!あと、オナスも意地悪なんてしないわ?ほら、オナス」
あ、お義母さんが持ってきてくれたのは、ナスだ。

「ナスってね、秋に美味しくなるでしょう?」
「は、はい」
そう言えば菖蒲が秋ナスは美味しいと言って食べてたっけ。

無論私は分けてもらえたことなどないが。あの家では美味しいものは、菖蒲のものだった。

「でもナスって言うのは夏野菜なの。だから夏に合わせて身体の熱をとるようにって、できているのよ。だから意地悪してひとりでオナスを食べまくったら……それは季節の変わり目に痛い目に遭うのよ?」
パチンとウィンクしながら、オナスをサクサク切るお義母さん。
そう言えば……菖蒲は季節の変わり目に調子が悪くなって機嫌が悪かったけど……。独り占めしたから……バチが当たっていたと言うことだろうか。

「風邪ひかないように、生姜入れましょうね」
「はい、お義母さん」
それも生活の知恵なのだろうか。
思えば菖蒲は生姜が嫌いだった。
菖蒲が嫌がらせで私のご飯に大量に入れてきたことがあったし、そう言うことも多かったけれど。
あんな栄養の足りない生活でまともに育つことができたのは……菖蒲が捨てた、本当は身体に必要だったものを必然的に食べてきたからなのだろうか……?

「杏子ちゃんは料理に慣れているわね」
「えぇ、多少は」
食べさせてもらえるかは別として、使用人にもこき使われる生活だった。今思えば……使用人よりも使用人の仕事をしていたのだから、どこかの家の使用人として雇ってもらう道もあったかもしれない。

「紅緋とはど~お?あの子溺愛体質でしょう?鬼って大体そうなのよ」
そう、お義母さんが告げてくる。溺愛……まぁ、そうかも……?
紅緋も、優しくしてくれた。そして薔薇さまもお義姉さんをとても大事に思ってるのは、菖蒲からお義姉さんを守る姿でよか分かった。

「溺愛すぎてオイタが過ぎたら、離れに行っていいのよ?女同士、3人で行きましょうか」
「そうねぇ、お母さま」
え……っ、あの離れって、そう言う……!?だからこそ、普通に使える設備が整っていたのか……?

「それなら私たちも」
「お手伝いします」

「あら、ありがとう」
お義母さんが、厨房に出入りする女性たちに微笑みかける。彼女たちは頭領の家に仕える鬼のつまたちなのだそうだ。
やはり女鬼は少なく、みな人間である。
しかし……みんな離れに来てしまっていいのだろうか……?こちらの飯炊きは……。
その疑問にお義母さんが気が付いたのか、クスリと微笑む。

「だからこその、反省よ!」
あぁ……なるほど。そうまでして反省させられるって頭領さまは一体、何をされたのだろうとも思うけれど。

でも時折厨房に出入りする男性鬼もいるし、本邸の料理長も男鬼である。

「多少の家事は回るわよ。でも料理長もワンオペにはならないわ。女手が少ないんだもの、必然的ね」
うん。そう、なるか。あれ……けれどお義母さんもお義姉さんも、思えば何故厨房に立っているのだろう。
人間の場合、名家の妻や子女は普通家事をしない。菖蒲たちのように。
そしてその答えは、すぐにお義母さんがくれた。私が疑問に持つことすら分かっていたかのように。

「ふふ……。私が厨房に立つのは、愛妻料理のためよっ」
「お母さまったら」
「あら、桔梗もでしょう?」
「うん」
2人がにこやかに笑い合う。自分の夫への……愛妻料理。

「杏子ちゃんの手料理、きっと紅緋も楽しみにしてるわぁ」
「いえ、その……っ」

「離れでは、作ってあげていたんでしょう?」
「……はい、でもお料理は一緒に……です」
紅緋はあの時は使用人を名乗っていたから……特に疑問にも思わなかった。

「あら、それもいいわね」
「薔薇にやらせてみようかしら」
「それいいわね、漆樹にもいいかも。面白そう」
いや……その、いいのだろうか……?頭領さまと、その甥子さま……。いや……思えば紅緋も頭領の息子だった。お料理は……お義姉さんかお義母さんに習ったのだろうか……?

そしてできた料理を居間に運びに行けば。

紅緋と薔薇さま……それから。紅緋と薔薇さまによく似た男性を見付ける。

黒髪、赤い瞳と角。目元に紋はなく、どちらかと言えば薔薇さまに似ている。この方は……どちらの……?

「まぁ、いい。それを置いてしまいなさい。重たいだろう?」
「は、はい!」
その男性のお言葉に甘えて、料理皿を座卓に並べていく。

「顔を合わせるのは初めてだ。主に紅緋のせいだが」
「……父さん」
口を尖らせる紅緋の言葉で、それが誰なのかが確定してしまった。この方が……頭領さま。もっと恐そうな印象を持っていたのだが、紅緋や薔薇さまのように朗らかに笑う方である。いや……父子と伯父なのだから似ていて当然か。

「ですが……伯父上。伯母上との時もそうだったと、私の父から聞きました」
しかし頭領さまが薔薇さまの言葉でむせる。

「げほっ、あ、アイツか……。息子に何と言う兄の秘密を暴露しているんだ」
「いえ、秘密と言うより、父の世代はみな知っているのでは?」
「それは……まぁ、そうかもしれんが……ともかく、今は紅緋の選んだ花嫁に自己紹介でもせねばな」

「こ、こちらこそ……!ご挨拶が遅れました……っ」
頭領の家に嫁いだのならば、頭領さまにまず第一に挨拶に伺うべきところ、私は紅緋さまに冷遇されているものと思い込んでいたから、挨拶もさせてもらえないのだと思い込んでいた。

「私が当代頭領で、紅緋の父である漆樹。君は杏子ちゃん……だったな……?」
「は、はい、よろしくお願いいたします、頭領さま」

「そんな仰々しい呼び方でなくともいい。私のことは【お義父さん】でいい」
「お……お義父、さん」
これもまた、実家ではほぼ呼ぶことがなかったから……少し、照れてしまう。

「薔薇は……私の甥だが今は義理の息子だな」
薔薇さまは紅緋のお姉さんと結婚しているから……。

「お前はどうする?」
「好きに呼んでいいが……まぁ、その、義兄でいい」
「お……お義兄さん……でしょうか?」

「そ……そうだな」
「何か照れてないか?薔薇」
「気のせいだ」
ふいと顔を背ける薔薇さま……お義兄さん。照れ症なのは……どうやら紅緋と似ているらしい。

どうしてか微笑ましくなってしまう。、

「あら、早速仲良くなったの?杏子ちゃんに変なこと教えちゃだめよ?」
そこでお義母さんやお義姉さんと一緒に、厨房に出入りしていた女性たちも料理を運んできてくれる。

「すみません……!私も……っ」
「いいのいいの、絶対捕まると思っていたもの」
お義母さんがいたずらっぽく笑う。それで……私がまずお皿を運んだと言うことか。何から何まで、どうやらお義母さんの予測通りだったらしい。


「さて、ご飯にしましょうか……!」
お義母さんが告げれば、続いて駆け付けた男鬼と女鬼の夫婦に、薔薇さまが両親だと紹介してくれた。薔薇さまのお父さまはお義父さんにそっくりで兄弟なのだとすぐに分かる。
そして薔薇さまのお母さまは女鬼で、鬼の中でも名家に生まれ、薔薇さまのお父さまに見初められて嫁いだのだと言う。

そしてみなで席につき、私は紅緋の隣に座らせてもらえた。

食事が始まると、紅緋がおかずを取り分けてくれる。

「他に食べたいものはあるか?」
「と、取り敢えず、これだけで。お代わりしたい時は、また言うね」
「あぁ」

「あらあら、微笑ましい」
「ラブラブねぇ」
そう告げるお義母さんや薔薇さまのお母さまも……どこか伴侶の鬼となかむつまじげで……。

私と紅緋もああして、いつまでもなかむつまじい夫婦になるのかな……?
そう思いながら紅緋の顔を見つめれば、私の視線に気が付いた紅緋がきょとんとしている。

「どうした……?」
「ううん……、何でもない!」
慌てて首を横に振ってお皿に箸をつけたのだった。

生姜煮のオナス……美味しいな。