美しい、かわいい、そう言われ続けて育った菖蒲は自分の容姿に絶対の自信を持っていた。けれど彼女を見た瞬間、菖蒲の中でガラガラと何かが崩れ落ちる音がした気がする。

「桔梗!」
薔薇さまが、そう呼んだ女性の鬼はにこりと微笑む。
その名の通りの妖艶な紫の瞳に角、濃い紫のロングヘアーの美女だった。しかも……胸元が豊か。
菖蒲が完全敗北するほどの容姿に、洗練された美しさが滲み出ているような女性だ。

「どうしてここまで」
「なかなか戻って来ないんだもの。心配になるでしょ?それに……紅緋まで。そちらはもしかして……あなたの……?」
桔梗さまが紅緋にらちらりと目を向ければ、何故か紅緋が私を抱き締めてくる。

「ふふ……っ。とらないわよ」
軽く微笑むだけでも、輝いて見えるのはどうしてだろうか。

そして敗北を来しつつも、負けるのは嫌だとばかりに菖蒲が再び立ち上がる。
ちょっと……今度は何をするつもり……っ!?

「私の紅緋さまよおおおぉぉぉ――――――っ!!!」
今度は対象を変えて、桔梗さまに……!?
しかしそんなことは傍らにいた薔薇さまが許さなかった。

「桔梗に何をする気だ!」
「ぐほぁっ」
何かがボキッと折れた音が響く。

「イイイイイダイイイイイイイイ――――――ッ」

絶叫しながら地面に寝転がって叫ぶ菖蒲の手首があり得ない方向を向いている。

「あら……大丈夫?その子……」
自分に掴みかかろうとした菖蒲まで心配するだなんて、桔梗さまは相当いい方なのかもしれない。

「関係ない!かつて紅緋に酷いことを言っておいて、さらにまた……化け物だなどと……っ」
「あぁ、例の子ね。鬼と人間は分かりあえないこともあるわ。別々の種族だもの」
「だが、桔梗」
「大丈夫よ、薔薇。幼い頃は本能の方が勝るから仕方がないとは言え……さすがに弟を何度も傷付けるのは看過できないわ」
ん……?弟……?

「もう自分で反省できる年齢でしょう?」
桔梗さまの言葉に、菖蒲はカッと目を見開く。

「私は悪くない私は悪くない!紅緋さまを誑かすお前がぁぁぁぁっ!」
菖蒲の言葉に桔梗さまが首を傾げる。

「この女は私が本当の紅緋だと思い込んでいるんだ」
「あらあら……」
それにはさすがの桔梗さまも苦笑いをするしかなかったようである。

それから、桔梗さまが呼んだ増援により、菖蒲は無理矢理その場から退場させられる。

「わ……わだじの手゛、なお゛じでぇ……っ」
しかしそれを聞く鬼はいない。さらには。

「あなた、きれいな顔!あなたもよ!私の間男にしてあげるううっっ!だから私を助けなさいいいぃぃっ!」
いや……イケメンバイキングではないのだが……。

「あの……菖蒲は」
どうなるのだろう……?

「相応の罰は与える。鬼社会にはそう言った場所はあるから。あれにはとても合っている場所だ」
ふむ……菖蒲が反省をできるのなら……いいのかな。

「心配するな。あの女は二度と杏子の前には現れないようにする」
「二度と……?」
ちゃんと反省させると言うことだろうか。

「でも実家が何か言ってくるかも……」
何せ菖蒲はあれでも彼らの自慢の娘である。

「そんなことはさせない。鬼の頭領一族を怒らせたのだ。今度こそあの家は終わりだ」
「……そう」
思い出も何もなかった家だが……いや、紅緋と出会えた思い出はあるけれど。

「杏子が望むものがいれば、助けてやってもいい」
「え……それは特にいないけれど……?」
「……そうか」
「……うん?」
「もっと早く……強引に連れてくれば良かった」
――――はい!?

「それでアンタ、ずっと離れに引き籠るつもりだったの……?でも、何だか和解した……と思っていいのかしら。そろそろ本邸に戻っていらっしゃい。もう隠しておくものもないんでしょう?」
「……それは」
紅緋が俯く。

「いいから!とにかく来なさいな?お父さまとお母さまも待っているのよ」
そう言えば紹介されたこともなく嫁いだのは、冷遇されているからとばかり思っていたけれど……。でも紅緋はずっと私の側にいてくれたわけで……。

「また離婚だのなんだの言われたらどうする?」
薔薇さまの言葉に、紅緋がびくんと肩を震わせる。
「あら……」
桔梗さんも驚いたように紅緋を見る。

「何がどうなればそうなるのかしら?」
「自分のことをちゃんと話していなかったようだ」
「全くこの子は」
桔梗さまが紅緋の額をコツンと小突く。

「せっかく迎えた花嫁に離婚を提案されるなんて、鬼の沽券に関わるわ……?」
「……分かった」
紅緋も折れたようである。
やはり離婚は……相当ショックだったのだろうか……。

「あの、ごめんね……?知らなかったから」
「杏子……」

「ちゃんと話してなかったあんたが悪いわよ」
しかし桔梗さまの言葉に、紅緋はどこか悔しげに顔を背けた。