――――カランと地面に落ちた仮面。あらわになった素顔は、紅緋さまによく似ていた。黒い鬼角に、焦色の髪、そして赤い瞳。色もだが、顔立ちもよく似ている。しかし違うのは……。
目の回りに赤い入れ墨のような模様があること。
「やだ、恐いっ!紅緋さま助けて!」
悲鳴を上げた菖蒲は紅緋さまに抱き付き、すりすりと胸元に顔を埋めようとするが、紅緋さまは強引に菖蒲を引き剥がす。
「きゃ……っ!?」
菖蒲がものすごい吹き飛び方をして地面に打ち付けられるが、紅緋さまが構わずこちらに駆けてくる……!
「紅緋……!」
はい……?何で紅緋さまが自分の名前を呼んでるの……?
……でもっ。
「あの、やめて下さい!」
咄嗟に赤丹を後ろに庇う。
「いや……あの……っ」
「赤丹は何も悪くありません!」
紅緋さまが赤丹を責めようとしているのかもしれない。けれどこれは私の問題だ。
「あの、何を言って……っ?赤丹とは誰です」
「え、だから赤丹は私の大切な……」
がばっと振り返れば……赤丹が背中を向けてうずくまっている。
「念のため聞いておくが、紅緋。奥方さまに何と説明したんだ」
え……?どうして紅緋さまが、赤丹を紅緋と呼ぶのだろう……?
「赤丹……」
「奥さま、その方の本当の名は紅緋ですよ」
「……え?あなたが、私の旦那さまの紅緋さまでは」
「私は薔薇。あなたの旦那さまはそこにいる紅緋。そして私は紅緋の従兄弟です」
「い……とこ……?」
そして、赤丹が紅緋さま……!?つまりは私の旦那さまである。
私はずっと旦那さまと暮らしていたの……?
「赤丹。いや、紅緋さま……?」
紅緋さまは背を向けたままである。
「……紅緋。いいのか?先ほどの奥方さまの言葉が確かなら、離婚の危機だが」
そう……言えば……っ!私は紅緋さまを顔も知らない夫だと思い、薔薇さまが紅緋さまだと思い込んで……離婚を告げたのだ。
そして薔薇さまの言葉に、紅緋さまの肩がビクンッと震える。
「あの……赤……紅緋さま」
そっと肩に手を触れれば。
「俺が……恐ろしくはないのか」
「え……っと、赤丹なら……恐くはないけど」
「……この顔は人間には恐ろしい」
「そんなことはないと思うけど……。私は赤丹の素顔を見られて嬉しいから」
「……っ」
「あと……赤丹が紅緋さまだったの……?」
「……」
「どうして今まで……」
使用人の振りなんてしていたのだろう。私にとっては家族のような存在だったけれど……。夫……でもあったのよね……?
「仮面を外したら……杏子も俺のことなど嫌いになると思った」
「そ、そんなことないから……っ」
「でも……離婚って……。この顔がバレたんだと……っ」
「いや、違う……!離婚って言ったのは……その、赤丹が紅緋さまだって知らなかったし。このまま結婚している意味もないかと思って」
「意味が……ない……」
ずどんと来てるわね、さすがに。
「でも赤丹は……紅緋さまは私と結婚……していたいの……?」
「……それはっ」
「あの、その……私は……。紅緋さまが嫌なら出ていくから」
出ていく先などないけれど。
「嫌だ……!」
「ふぇっ!?」
がばりと抱き付いてきたふんわりと温かい感触に、一瞬何が起こったのか分からなかったけれど。
「杏子がどこかに行くなんて……嫌だ」
そこまでひとから望まれたことなど……今までにあっただろうか……?
「……行かないで」
「……その……うん」
赤丹が紅緋さまだったならば。
「離婚なんてしない」
「赤丹が……紅緋さまが望んでくれるなら」
「さまなんて付けるな」
ふと、紅緋さまが身体を起こして見つめてくる。
「じゃぁ……紅緋……?」
「あぁ……杏子」
何だか泣き出しそうな表情で見つめてくるのは……あの時みたいだ。もっともあの時は、素顔は仮面に隠れて見えなかったけど。
でも今は……悲しいわけじゃない。
「俺の妻になってくれる……?」
戸籍上はもう夫婦だけれど。でも、紅緋と本当に夫婦になるのは……今この時だ。
「うん」
今までずっと家族のように過ごしてきた。ずっと赤丹が本当の家族ならよかったのにと思った。だから、頷かないはずはない。
紅緋と夫婦になれるのが、この上なく嬉しいの
だ。
そして自然と引き合うように唇が重なりあった。