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───9年後




3月、桜の花が咲き始める時期。



お昼前の11時頃·····
 

あるカフェで、2人組の女性が朝から話をしながら勉強をしていた。
 

「──ってこの字そう書くよね」

「あー、うん。そうだね」

「なんで?今時珍しくない?親がそう書くとか?」


女性の書いていたノートを覗き込むようにしてもう1人の彼女がそう聞いていた。


「えっと、なんでだろう·····」


自分が書いたその文字を見つめながら、なんでだろうと思い出そうとしていた。


しかしなかなか思い出せないよう。


「うーん、思い出せないや」

「えーー笑」


と彼女は止めていたてをまた手を動かす。
しかし数文字書いてまた手を止めた。

勉強に飽きたのか、机の上でうつ伏せになって、まだ勉強を続けている女性にまた話しかけていた。
 

「はぁー、うちらももう4月から大学生だよ?早くない!?大丈夫そ?この前高校入ったと思ったのに」

「フフ、そうだね」


よく飽きずに集中できるなと、感心しながら勉強をしている女性の様子を見ていた。

そして壁にかけてあった時計に目を向け、


「あっ、もうこんな時間じゃん!!私行かないと!彼氏が待ってる」

「ああ、そうだね!」


と広げていた参考書やノート、筆記用具などをカバンにしまう手を動かしながら、おしゃべりな彼女は口も動かす。
 

「──も早く彼氏作りなよ」

「·····私は·····そいうのはいいかな」

「モテるのに」

「モテないし」


「これからまた写真撮りにいくの?」

「うん!今桜が満開なんだ〜」

「ほどほどにね、じゃあまたねっ」

「うん!またね!」


2人の女性は手を振って別れた。


桜を見にいく途中で彼女は少し考え事をしていた。


「·····“誰”なんだろう·····」
 




今日はとても天気がいい。絶好のお花見日和。
 

(カシャカシャッ!)


桜をカメラで撮る女性がいた。


そして周りを見渡し、景色や、行き交う人々をみる。

どの構図で撮れば一番よく見えるのかを考えているのだろう。


すると、ある男性に目が留まった。
といっても後ろ姿。


周りの人達は桜を見ているのにその男性は、桜よりもピンク色で一足先に満開になっていた“桃”の木だけをジっと見ていた。


後ろ姿で顔も見えないその男性になぜか女性は惹かれる。


何だかずっとこの人を待っていたような。懐かしいような。

·····顔が見たい。


そして桃の木をジっと見ている男性の後ろ姿と桃の木を一緒に、カメラのレンズにとらえた。

そして一枚


(カシャッ!)


もう一枚撮ろうとした時、男性が後ろを振り向いた。

レンズ越しにその男性と目が合った。


「·····」

「·····きれ·····に·····なった·····」


と女性には聞き取れないくらい小さく呟き、その男性はゆっくりと女性に近づく。


その男性はスーツを纏っていた。

がっしりした体型がスーツ越しにでもわかる。


全てオーダーメイドなのだろう。

丈の長さ、色、全てにおいてこの男性に似合っている。
着せられてる感が全くない。似合いすぎている。

素人の目でもわかる。
艶の違い。体型とのフィット感。立体感。

それでもって程よくラペルピンなどのアクセサリーなどもついていて遊び心もある。


そもそもスーツは海外で生まれたもの。

そのため、日本人の体形にはマッチしにくいと言われている。

欧米人の体形は、日本人に比べて、肩幅が広く、胸板や背中に厚みがあり、足が細くて長い。

しかしそれに比べて、日本人は身長が低く、肩幅が狭い。さらに上半身の厚みもあまりないという人がほとんど。
 

それなのに、それなのにだ、この男性はどうだろうか。
どうしてこれほどまでに似合うのだろうか。

誰でも見入ってしまうだろう。


この男性を他の女性達がほっとくはずがない。

それなのにこの男性は、他の人達は風景と同化しているように見えているのか、目の前にいるその女性しか瞳に入れようとしない。


そしてだんだん2人との距離が近づく。


するとどんどん顔がはっきり見えるようになる。

綺麗に鼻筋が通った、端正な顔立ち。
 

その男は一歩一歩を大事に、期待、願望、欲望を含ませながらピカピカに磨かれた革の靴でゆっくり、ゆっくり、地面を踏む。


右手にはどこか見覚えのある少し古そうなカメラを持っていた。


すると急に小さい頃の記憶がフラッシュバックしてきた。


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「勉強始めようか」

「今日は算数のドリルをしようか」

「うん」

「前の続きのここからだね」


そう言ってページを開いて渡してくれる男性。
それを受け取ってからすぐに解き始めた。


「·····(カキカキ)」


途中まで書いて手が止まった。


「·····これ、どうやってやるの?」

「ん?あー文章問題か。途中まで出来てるね。これはね、この間に·····」


そう言って説明しながらドリルにやり方を書いてくれた。


その時に【間】という字を【间】と書いてあった。

他の時もこの【间】の略字を使っていた。


そこからかっこよく思えて、真似をして同じ字を使うようになった。


「、っ·····そっか、それでか·····」


自分でも気づかないうちにそれが染み付いていたのだろう。
 

視界が歪み、目からは今にも涙が溢れ出しそうになっている。
 

小さい頃、私の人生を変えた出来事があった──。


2ヶ月間、一緒にいたお兄さん達。

そのことを思い出しては、あれは夢だったのだろうかと思うようになっていた。

すごい濃い時間を過ごしていたはずが、だんだんそのことを思い出せなくなっていた。

新しいお父さん、お母さんができてから学校にも行って、友達もできて、毎日楽しく充実していたから·····。


今、目の前の人物を見るまで私は、声も、顔も、名前も·····忘れていた。


なんで忘れていたんだろ。
こんな大事な、大切なことを。


魔法が解けたように全てを思い出した。
 

私の人生を変えてくれた人──。


男性はさらに彼女に近づく。


 どうしよう、心臓の音がうるさい。胸が苦しい。心臓が口から飛び出そう。


私に感情を教えてくれた人──。

 
「この後一緒に、ハンバーグでも食べに行きませんか?」


 ハンバーグ、それは私の大好物。


まるでどこかの王子様みたいな優しい笑みを浮かべ、懐かしい大きな手を差し伸べる。


私のヒーロ──。


 そんなの·····答えは一つだよ。


彼女もまた手を差し伸べ、懐かしい彼の大きな、男らしい手をとる。


私を助けてくれた人──。

 
「はいっ!」


女の子の、幼い可愛らしい笑顔から

女性の、優しく少し色気のある、でもどこか、あの頃を思い出させるような、幼い無邪気な笑顔を見せた。


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たまに誰かわからない、男の人が出てくる夢を見ることがあった。


その男の人は喋らないし、顔もぼやけて見えなかった。


ただ手を繋いだり、頭を撫でたりしてくれるだけ。
その手が大きくて、暖かくて、好きだった。

それでなぜかその人のことが気になって気になって、好きな人もできなかった。


でも·····その理由が今わかった。


もうすでに、私は恋をしていたんだ。
 

初恋は叶わないものだと誰かが言っていた。
でも、叶ってしまった。
 

私の“初恋の人”──。


大きな桃の木の下で再開した2人。
 

「会いたかった·····」


もう2人に距離なんてものは存在しない。

懐かしいな。この匂い。この体温。


私を“一番最初”に見つけてくれた時から、私はもうあなたに救われていた。


 
『地獄から救ってくれたのは極道の人達でした。』

 

知ってる?


あなたの後ろで満開に咲いている花。

あなたがいつもつけているラペルピンに描かれている花。


“桃”の花言葉。


ずっと言いたくて言えなかった·····。

 

“天下無敵”

 
“私はあなたのとりこ”



「“大好きだよ──……”」
 


 end.