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──今まで離婚しなかったのは、俺が弱かったからだ。


弟の方が地位も名誉も全て上になり、自分の両親からも見放された。

親の会社に勤めている俺は会社でも噂のまとになっていた。


「どうして長男が後継がないんだろう」

「なにか問題でも起こしたのかな」


とあっちこっちで噂され、会社にも居場所がなかった。


“親のコネで入って後継者から外されたお前にはもう用はない”

“無能なお前の居場所はもうここにはない”


と言われているみたいだった。
 

もう自分のいる場所(いえ)はここしかない。

愛する妻と愛する娘がいるこの場所(いえ)しか。
 

でも、仕事が立て込み、残業で疲れて帰れば、泣いている赤ちゃん、娘の世話。

そんな日々が続いて精神的に不安定になり始めた。

 
妻は家のことはほとんど何もしなかった。

だからオムツを変えたり、お風呂にいれたり、ミルクをあげたりするのは全て俺がやることに。


でも仕事を休むことはできない。
借金を返さなければいけなかったから。
 

最初の頃はまだ良かった。

でもだんだんお金が無いとイライラして、ずっとなにかの圧に押しつぶされているようなそんな感じがした。

不安でしょうがなかった。


やることはある、そう頭では分かっていてもなかなか手につかない。

それで仕事のミスも増える。


普段なら気にしないことも、なぜか凄く気になって人に当たってしまう。

心の余裕なんてどんどんなくなってくる。

人間関係に卑劣が走る。


不安で、焦りで、何も出来ない自分が悔しくて、憎くて·····どうしようも無い。


お金を貯めたいのに消費したくなることも多々あって、使ったらダメだとわかっているからこそ、それもイライラする原因になる。


ストレスが溜まる一方でしかない。
 

そしてそんな時に妻から、『跡を継ぐと思っていたから結婚したのに·····』と言われた。


それでも俺は跡を継げなくても、愛する家族と一緒にいられるなら、とそう思っていたのに·····。


「·····」


その一言で、ギリギリのところで耐えていた糸がプツンと切れて、壊れてしまった。


自分は今まで何のために働いてきたんだと。

今後何のために働けばいいのか。なにを生きがいに生きていけばいいのかわからなくなった。


そして妻と同じように泣いている赤ちゃん、自分の娘を殴った。


そしたら少しストレスが解消された·····ような気がした。


それからは妻の虐待を止めなくなった。

妻も疲れているんだ。
 
ストレスがなくなれば自分を捨てないでいてくれる。

そう思った。
 

あの日、黒ずくめの人達に娘が連れて行かれたのを見ても、もうなんとも思わなかった。


これで、やっと、どこかモヤモヤしていた気持ちも晴れる。そう思った。


それなのに·····
 

娘が連れて行かれた後、ストレスを発散させるものがなくなり、夫婦の関係はさらに悪くなってしまった。


そして何日か経った後、新聞に、ある場所で銃撃戦があったと書いてあった。

それも子供達がいっぱい監禁されている場所で。


新聞の見出しには

【子供を監禁していた組織、「阿翠組」破滅!!】
 
と書いてあった。

そして、その内容は

 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 [幼い子供を売買する悪徳企業、阿翠組]
 (阿翠組幹部の顔写真)
 1月下旬に、……で銃撃戦がありました。…………。
 (監禁されていた場所の地図など)
 …………。
 そこには100人以上の子供が監禁され………………。
 ………………。
 ……………………。
 ……身元不明の子供がいます。
もし心当たりがある方はこちらにご連絡ください。⤵︎
 連絡先:〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇
 すでに身元がわかっているお子さんについては、警察の方から連絡をしています。
 (子供の顔写真や特徴)
 ※この写真は組織で保管されていたものです。]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 
そこに載っていた阿翠組の顔写真に見覚えがあった。

それはあの日、娘を連れて行った男達の中にいた人物だった。


それなのに新聞には娘の名前がない。
警察からの連絡もない。


 どういうことだ?
 この組じゃなかったのか?
 たまたま名前が無いだけか?
 いや、逃げたのか?
 1人で?どうやって·····

そう色々考えていた。


“抜け出したんだ”


そう結論付けた。
 

本の少しでも、生きていてほしいと、心のどこかで思っていたのかもしれない。
 

それから妻は娘を探すようになった。

そしてショッピングモールで妻が娘を見つけてきた。
本当に生きていたとはびっくりだった。


生きていると分かって、最初に出てきた感情はなんだっただろうか·····。

ホッとしたのか、憎いと思ったのか。


俺は親失格だ。

こう思ってしまったのだから·····。
 

『自分だけ楽しく過ごしているなんて“許せい”。』

『俺は、こんなに苦しんでいるというのに自分だけ何不自由ない生活を送っていて“許せない”。』


娘を殴っている時点で親失格だが·····。

俺はダメな父親だ。


でもあの日、殴られて、気絶して、目が覚めた。
二つの意味で。
 

そこからの行動は早かった。

妻に“離婚しよう”と、言った。


もっと早く行動すればよかった。

そしたら、娘を傷つけずに済んだのに。

俺は馬鹿だ。

こんな簡単なことに今まで気がつかなかったなんて。

取り返しのつかないことをした。


どこかで信じていたんだ。

いつかもう一度、出会ったあの頃のように、仲のいい夫婦に戻れるって。


家族みんな、笑顔でいられる家庭に·····。

憧れていただけかもしれないな。

笑いが絶えない、時には喧嘩したり、困ったときには助け合える、そんな家族に。


あの時、ちゃんと妻を止められていられれば、俺がもっと強ければ、今頃はもっと違う人生を送っていただろう。


もう、二度と娘と会えない。
そういう契約を交わしたから。

妻ともあれ以降連絡が取れない。


俺は1人になってしまった。


この先もずっと1人で生きていく。

1人になって、より思うことがある·····。


信じてもらえないだろうが、でも、これだけは信じて欲しい。


本当に愛していたんだ。


もちろん、今でも愛している。

この先もずっと愛している。

それを忘れることは決してない。


今まで本当にすまなかった。桃子。


·····。
 

俺は·····娘の名前を何回言っただろうか。
 
最後に呼んだのはいつだったろうか。


俺は·····一度でも名前を呼んだことがあっただろうか·····。


·····今更そんなことに気がつくなんて·····。
 

モモコ、ももこ·····桃子。


すまなかった。

痛かったよな。

辛かったよな。

苦しかったよな。

寂しかったよな。
 

抱きしめてあげられなくて、すまなかった。

一緒に遊んであげられなくて、すまなかった。

話を聞いてあげられなくて、すまなかった。

勉強を教えてあげられなくて、美味しいご飯を食べさせてあげられなくて、当たり前のことをさせてあげられなくて·····本当にすまなかった。


新しい家族のもとに行くと聞いた。

俺が言えたことじゃないのは重々承知だが·····

俺たちができなかったことをいっぱいさせてもらうんだぞ。


愛情を、いっぱい注いでもらうんだぞ。


こんな父親ですまなかった。
 

『桃子』その名前は俺がつけたんだ。

俺からの、最初で最後の贈り物。


気に入っていたら·····いいな·····。


「桃子、“愛している”」


直接言ってやれなくてごめんな。


「“産まれてきてくれて、ありがとう”」


桃子がいつまでも幸せに暮らせますように。