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親から蹴られても殴られても私は何も思わなかった。
これが当たり前だと思っていたから。
それが家族の在り方だと思っていたから。
そんな親でも親は親。
そう信じたかった·····。
黒ずくめの人達が私を連れて行こうとした時、抵抗さえしなかったものの、私は少し、ほんの少し、期待をした。
もしかしたら、私を連れて行かないでと庇ってくれるんじゃないかと。
それがもし、ストレス発散するものがなくなるからとか、そんな理由でもよかった。
どんな理由でも、私を少しでも必要と思ってほしかったから。
でもあの目を見て確信した。
本当に私のことが·····邪魔で、嫌いで、憎いんだと。
絶望なんかしなかった。
だって、最初からわかってたこと。
少し、ほんの少しだけ·····期待しただけだから。
黒ずくめの人たちに連れて行かれた時、檻の中で助けてと泣いて叫んでいる子供達を見て、私は羨ましいと思った。
助けて、ここから出してと、そう思うのは、思えるのは、帰る家があるから。
ここよりももっといい場所、いい環境、いい人たちに囲まれていたということだから。
私はここと同じ、いや、もしかしたら、ここよりも酷い環境にいたから。
ここの人たちは暴力を振るったりはしなかった。
売るために、私たち商品に傷をつけるわけにはいかなかったのだろう。
トイレも水道も、とても綺麗とは言えないが、檻の中に一つずつついていた。
トイレはもちろん個室ではなかった。
座った時に顔が見えるくらいの高さの隠し壁がついているくらいだった。でも特に気にしなかった。
もうどうでもいいから。
少し経ってから小さい女の子が入ってきた。
名前はえみちゃん·····。
えみちゃんはずっと泣いていた。
かと思ったら今度はずっと私に質問ばかりしていた。
『おねえちゃんは怖くないの?』
別に怖くなんかない。
逆になにが怖いの?
暴力を振るわれるかもしれないから?
今まで数えきれないくらい暴力を振るわれた。
いまさら怖くなんかない。
それとも死ぬかもしれないから?
今まで何回死にかけたか。
『おねえちゃんは喋れないの?』
喋れないんじゃない。喋らないの。
喋っていいことなんてない。
私が喋れば喋るだけその分何倍もの後悔が返ってくる。
あそこで声を上げなければ今日はビンタをくらうだけで済んだかもしれないのにと。
何回思ったことか。
『おねえちゃんは寂しくないの?』
寂しい?
それはどういう感情なの?
私にはわからない。
母親に殴られ、罵倒されるのは寂しい感情?
誕生日に殺されそうになるのが寂しい?
学校にも行かずただひたすらしずかな家でひとりぼっちでいるのが寂しい?
親の代わりに水仕事をするのが寂しい?
褒められたことも優しい笑顔を向けられたこともないのが寂しい?
·····親に捨てられたことが寂しい?
わからないよ。
どれが、なにが寂しいの?
教えて欲しいよ。
『会いたい人はいないの?』
いない。
『助けてくれる人はいないの?』
いない。
『おうちで待ってる人はいないの?』
いるわけない。
『兄弟は?』
·····いない。
『おねえちゃんは、ママとパパに会いたくないの?』
その質問には答えられなかった。
自分にはもうわからなかった。
悔しいなぁ。
期待しても裏切られるだけなのに、無駄だって何度も思い知らされたのに、私はまだ期待してるんだなぁ。
会いたくないと、言えなかった·····。
一日に一度食べられるパン。
一日に一度でもいいと思ってた。
食べなくてもいいとさえ思っていた。
でも、体は正直だった。
時間が経てばお腹がなる。
だから、本当に一口一口大切に食べていた。
その大切に取っておいたパンをお腹がすいたと泣いていたえみちゃんにあげた。
私もお腹がすいていたけど、気づいたら体が勝手に動いていた。
えみちゃんはすごく喜んでくれた。
私はそれが嬉しかったんだと思う。
初めて人から笑顔を向けられた。
初めてありがとうってお礼を言われた。
今こうやって色々なものが食べれている、食のありがたみがすごくわかる。
えみちゃんの家庭環境。
血の繋がらないお父さん。
血の繋がる妹しか可愛がっていなかったお父さん。
きっとそれは·····えみちゃんのことを·····。
でも、それでもえみちゃんは最後まで家族に会いたがっていた。
ひどいこと言ったのを謝りたいと思っていた。
帰りたいと願っていた。
私が最初に撃たれていれば、ここにいるのはえみちゃんだったかもしれない。
家族のもとに帰れていたかもしれない。
ごめんなさいと謝れていたかもしれない。
家族仲良く暮らせたかもしれない。
運命の日、それは突然だった。
破裂音、発砲音を聞いて、子供の鳴き声が消えていく意味に私は気づいた。
えみちゃんはずっと私の腕を掴んでいた。
でもそれがだんだん弱くなって私の腕から離れた。
そして何も聞こえなくなり、お前で最後と先ほどから発砲音を出していたものを私に向けた時、私はこれで、やっと、やっと楽になれると思った。
何からも解放されるとおもった。
空腹からも、この、何かわからない感情からも。
これでやっと、静かに“ねむれる”と。
目を瞑った。
安全装置が外された後、発砲音。
でもそれは私には当たらなかった。
不思議に思い、目を開けると·····
そこには派手な髪色の男の人たちがいた。
私でも見惚れるほど整った顔だった。
初めて男の人をかっこいいとまぶしいと思った。
赤い髪の男の人が私の目線に合わせてしゃがんでくれた。
その行動で、その行動だけで私は思った。
この人達は、少なくとも私が出会った人たちの中では、一番いい人だと。
今まで人が話す時は私はその人を見上げて、向こうは見下すような、憎いようなそんなめで見られていたから。
主に親から。
たまに母親に連れられ、外に出る時もあったが、その時に会う人達はかわいそうな目で私を見ていた。
でもこの人の目は、それとは違う。
その赤髪の男の人は私を檻から出そうとしてくれた。
でも横で倒れているえみちゃんを見て自分だけ外に出たらダメだと思った。
えみちゃんの方が帰りたいと思う家があったのに、会いたいと思う家族がいたのに。
私だけ、のうのうと生きて·····。
「おねえちゃん、それは違うよ。」
「え·····?」
「えみが死んじゃったのを知ったお父さんがね、えみのためにいっぱい涙を流してくれたんだ。
ごめんっていっぱい謝ってくれたんだ。
残った家族には悪いけどえみは嬉しかった。
亡くなる前に気づいて欲しかったけど、亡くならないと気づいてもらえなかったと思うから。」
「だからおねえちゃん!えみのことは気にしなくていいの、嬉しかったから!だから前を向いて!おねえちゃんが元気でいないと、えみまた泣いちゃうよ?」
·····えみちゃん·····ありがとう。
私は元気にやってるよ。
会いたい人、助けてくれる人、私にもできたよ。
ありがとう。ありがとう。
「よかったぁ。おねえちゃんにも大切な人ができて。
あの時、おねえちゃんもお腹すいてたはずなのに、えみにご飯を分けてくれてありがとう。
ちゃんとお返しできたかな。
またどこかで、また会えたらいいな。おねえちゃん──」
夢のなかでえみちゃんがそう言ったのを最後に、悪夢を見ることは無くなった。