──10年前
「オギャーーーッギャーー」
「おめでとうございます!男の子と女の子ですよ!」
「お、男の子·····よかった·····」
そう安心した矢先、
(ピッーーピッーーピッーー)
何かを知らせるアラームがなった。
「な、なに?どうしたんですか?」
桃子の母親は何が起こったのかわからなくて意識朦朧としながら助産師に聞くが、慌ただしく
「大丈夫ですよ」
「先生を呼んで!」
とバタバタして赤ちゃんの周りに助産師が集まって何かしているのだけは見えた。
「え·····なに·····?」
でも、赤ちゃんの様子は見えなかった。
「──を用意──がんば──おか──·····っ!」
先生が来てからだんだん意識が遠のいていくように、目の前が歪み真っ暗になった。
次に目が覚めた時、そこは病室の天井だった。
あれからどのぐらい時間が経っただろう。
頭がぼーっとする。
「·····ん·····ハッ!赤ちゃんは!?」
そこにちょうど桃子の父親が母親のいる病室に入ってきた。
ものすごい暗い顔をして。
「あなた、赤ちゃんは?」
嫌な予感がした。
「亡くなった·····」
小さく呟くようにそう言った。
「えっ·····」
母親は固まる。
「死んだんだ!片方だけ」
「片方·····」
片方だけ、その言葉にわずかな望みをかけた。
亡くなったのが、女の子でありますようにと。
しかし父親から出た言葉は
「男の子だけ亡くなった」
「なっ·····」
母親は絶望した。
しばらく2人は泣くでもなく、ただただずっとぼーっとしていた。
そして数日が経ち、看護師に言われて赤ちゃんの様子を見に言った。
そこには可愛らしい生まれたばかりの赤ちゃんが入ったコット(新生児用のキャリーベット)がずらっとと並んでいた。
もちろん桃子もその中にいる。
ただ、母親は桃子の方を見向きもせず、他の子の男の子の赤ちゃんばかりを見ていた。
あれが本当の自分の子ではないのか、そう思うようになってた。
それからと言うもの桃子に会いに行くのではなく、他の子の男の子の赤ちゃんを見に来るようになった。
「元気にしてた?」
「かわいいわね」
「少し大きくなったかしら」
そう語りかける。
そんな様子を見て看護師はこれはやばいと思い精神科を受診するように言った。
しかし
「私どこも悪くないわ」と言い張って拒否した。
しかしまだ入院中なので病室に精神科の先生が来てくれるようになり、なかば無理やり受診させた。
父親も母親の異変に気づいていたので、精神科の先生に協力していた。
しばらくして、容態が回復し、赤ちゃんと退院してもいいと診断され、桃子と一緒に家に帰った。
それが間違いだった。
亡くなった赤ちゃんは、入院中一日だけ外出許可が下り、赤ちゃんのお葬式をした。
葬儀は夫婦2人だけでやった。
祖父母は行かないと言い張り、次男に後を継がせると言った。
家に帰り、見えないところにミニ仏壇を置いた。
まだ信じたくなかったのだろう。
不妊治療してやっとの思いでできたのが桃子と後を継ぐはずだった子。
「·····」
「どうしてこんなことになったの·····」
まだまだ小さい桃子の方を向いて
「あんたが何かしたんでしょ、お腹の中で何したのよ·····」
「あんたが代わりに死んでくれればよかったのに」
「っ·····」
とブツブツ呟く。
当然まだ赤ちゃんの桃子は、お腹がすけば泣くし、機嫌が悪いと泣く、夜泣きだってする。
それが当たり前。
しかし桃子の母親はそれが鬱陶しくてしょうがなかった。
ずっと耳を押さえて聞こえないように、見ないようにしていた。
そんな日々が続いたある日·····。
ついに、手を出してしまう。
もう限界だと。
父親は最初こそは止めていた。
母親の代わりに育児もしていた。
しかし
「あなたと結婚したのはね、あなたが会社を継ぐと思っていたからよ!こんな事になるなら結婚なんてしなかった!」
そう言われ何かの、どこかの糸がプツンっと切れた。
そこからと言うもの、父親までもが虐待するようになった。
「お前が代わりに死んでいればこんな目に遭わなくてよかったのに」と。
母親も父親も壊れてしまった。
家には不妊治療をした際の借金がある。
祖父母は厳しい人達。
お金なんか貸してくれない。
この家も全て自分達で手に入れた。
ローンだってある。
この先どうすれば·····
弟にお金を貸して欲しいなど言えない。
そんなプライドだけが残っていた。
それから何年もたった。
借金は働いてなんとか少しずつ返していた。
しかし完済には何年も、何十年もかかる。
その分の利子もかかり全然減らない。
「あんた、七瀬さん?」
休日出勤だったので午前で仕事が終わり、駅から歩いて帰宅していた。
そこで声をかけられた方向に目を向けると目の前には黒ずくめの、あの男達が立っていた。
「そ、そうですけど·····あなた達は·····」
そして桃子が連れて行かれたのだ。
「生まれてくる子供が死んだのは、もものせいだって思ってんだろ」
「そんな·····ももちゃんのせいじゃないのに」
「誰のせいでもないのに」
「·····」
静まり返る中、青葉が口を開く。
「あの親、またももに近づいてこないですかね?」
また桃子が危険な目に遭わないか心配でしょうがない。
「忠告はした。もしそれでも接近してくるようだったら女でも、ももの母親でも容赦しない。」