あれから一週間が立った。お父さんの過去について、私は結構真面目に考えていた。叔父さんがあんな風に怒鳴ったり、あそこまで回りを気にして話す話が、そこら辺のやらかしエピソードには到底思えなかったからだ。何かある。直感的に私の心がそう告げていた。けれども、考えたところでなにも分からないし、私の考えは臆測の域を出ず、まさに机上の空想であった。「あの人」と言っていたからには、人間関係の話だと思うが、「あんなことを言うようになった」とも、言っていたためお父さんの精神面にも関係する話。しかし、私が知る限りでは病んでいる素振りは見せなかったため、既に解決している話。いや、でも「言うようになった」ってことはいまでも言っていたのだろうか。あぁ、ダメだ考えてるだけじゃやっぱりまとまらない。
「おい、おいって、おいコラ!きいてんのか?おい!唯愛!」
「へ?」
まとまらない思考の渦に突如として響いた声に私は驚きを隠せず、辺りを見渡した。
「へ?じゃないでしょうが!お前、今授業中だぞ!」
ポカンとしながら辺りを見回す私に再び叫び声が飛ぶ。その時やっと、自分が今授業を受けている真っ最中だと言うことに気づいた。
「はぁ。全く、大丈夫か?もういいから、テキスト35ページ、読んでみろ。」
「はい。えっと、Xの2乗かけYの式に、」
「それ数学!今国語でしょ!あとなぁ、数学でテキスト読むときねぇからな。ったく。」
罰の悪そうに席に座る私をクラスメイト達が、またか、と言いたさ気な、そんなあきれた目で見る。考え事をし始めると完全に自分の世界に入り込んでしまう私の癖を、もう何度もこのクラスでは晒してきたせいだろう。そのくせ一度気になると考えるのをやめられないのだから、余計にたちが悪いのだ。その後も授業なんかそっちのけで、悩み続けていた。もちろんその度に先生からの熱い指導を受けるのだが、その言葉全て右から左へ、左から右へ、聞く耳を持たず、理解する脳すら捨てて1日を終えようとしていた。
「ちょっ、唯愛!?それ、針!」
希琴(きこと)の声で我に返った。どうやらまた物思いにふけっていたらしい。まさか部活中も考えていたとは。流石に生活に影響を及ぼしかねない。私は一度お父さんのことを頭から振りほどき、希琴が止めなければ自分の指に突き刺さっていたであろう針を針山に戻した。
「え?あぁごめん。ちょとボーっとしてた。」
「はぁ。ほんとに危ないからやめてよね。てか、何か今日やっぱり変よ?考え事しだしたら授業聞かないのはいつもの事だけど、テキスト間違えることは、流石に無かったじゃない。なに悩んでんのよ?」
「い、いや。そんなたいしたことじゃないから。」
学校には親族の葬式、としか伝えていないし、友達にも遠い親戚だと言っているから、まさか、父親でした。何て言い出せず、口ごもってしまった。別に言っても良かったのだが、そうなると腫れ物扱いされることは必須となり、それは避けたかったための判断だった。世の中には、知らない方がいいこともあるのだから。友達は友達、家族干渉は出来るだけ、避ける。下手に気を遣われればこっちが更に落ち込んでしまうのだから。
「あー、なるほど。そういうことね。なんとなくわかったなぁ~。ウンウン。そういうことね。」
しかし、希琴のこの気遣いが多分、いや、間違いなく善意から出たものではないことは分かった。
「いや、勝手に分かられても困るんだけど。何だと思ってんのよ。」
「いや~?ただ、唯愛も女の子なんだなぁとおもって。」
ねぇ、とニヤニヤしながら喋る希琴の考えていることが何となく分かったのだが、
「で、誰?」
やはりそうだったことに呆れを隠せなかった。
「いや、そう言うことじゃないから!もう。すぐそうやってそう言うこと考えるんだから。」
「え~。でも唯愛はちゃんと可愛いんだから、もっと恋しないと!あ、それともアタシが相手になろっか?」
「いらないわよ!ちょっ、その目で見るのやめなさいってば!」
明らかな獲物を見る目。ここまで人をからかえるのだから、ほんとに演技派だなぁと思いながら、もし演技じゃなかったらと、縁起でもないこと考えて少し、いや結構、ゾッとしながら騒いでいると、
「は~い。そこまで。あまり先生を興奮させないでくださいね~。」
「や、弥生センセ!?」
後ろからかけられた声にビックリして振り向くと、我が手芸部の顧問兼、保健室の先生である、弥生先生が立っていた。顧問なら驚くことはないだろうと思うかもしれないが、何せ彼女は
「帰ってらしてたんですか!?確かアメリカにいってらしたんですよね!?え、いつですか!?」
希琴も、驚いたのか矢継ぎ早に質問する。
「落ち着いてくださいね~。因みにアメリカじゃなくて、イギリス。米国と英国の違いくらい分かるようになりなさい。それと、先生の話はまた明日。下校時刻、とっくに過ぎてますから~。」
「あ、ほんとだ。すいませんでした。」
「また明日ですからね!」
そう言って帰路に着く、私たちを見て、
「はいさようなら~。それにしても、唯愛ちゃん、また変わったなぁ。さてさて、どうなるんですかね~。」
そんなことを言ってることに、私が気づくはずもないのだった。

それから校門をでて希琴と分かれて、一人で帰っているときだった。
「あれ?後ろから、誰か着いてきてる?」
さっきからやけに足音がすると思っていたら、後ろから小走りしてくる男の子が、カーブミラーに写っていた。それも、一度じゃなく何度も何度も。恐怖を感じた私は走り出した。それに気づいたのか、後ろの少年もスピードをあげ、どんどんどんどん近付いてくる。足音は近くなり、まだ夕方だというのに周りが暗く見え、呼吸は荒く、心音は高くなっていく。追い付かれる。追い付かれ、
「すいません!」
声をかけられ、恐る恐る振り向くと、そこには、
「僕、別に怪しいものじゃないです!いや、怪しいよな、コレ。」
いたって普通の少年がいた。少年はぶつぶつと何かを呟き、それから、
「いや、あなたが、その、綺麗だったもので。つい、」
「え?」
「いや、すいません!めっちゃ怪しいですよね!?ハハハ。なにやってんだろ僕。すいません。でも、名前だけでも。いや、だ、駄目ですよね!」
何が起きているのか、状況がつかめなかったけれど、なんとなくわかった。
ナンパだ。コレ。めっちゃしどろもどろだけど、ナンパだ。コレ。
いや、え?嘘でしょ?でも、ビックリしたけど、不思議と悪い気はしないな。なんでだろう。
「すいません!僕キモイですよね!そ、それじゃ!」
そのとき、何故か、この人をいかせてはいけない気がした。何故かは分からないけど、この、ふざけたナンパ野郎と、なにも喋らず別れてはいけない気がした。いや、逃げてはいけない。そんな気がした。
「ゆ、唯愛です。」
「へ?」
「唯愛って言います。私の名前。」
こうして、私と彼は出会った。お互いに、なんとも言えない懐かしさを、感じるやり取りの末に。