「あなたの演奏、とても素敵ですよ」
さりげないこの一言は、いつも私の心を温める。
幸せそうに、私の演奏を聴いている、彼の表情は優しい。私の演奏が終わると、ふと彼の顔は真剣になる。そして言う。
「僕に、君だけの曲を作らせて欲しい」
私は答える。
「もちろん!」

素直に、そう答えていれば、どれだけ良かったのだろう。しかし、そう答えていたとしても、この約束が、果たされることはなかった。彼の記憶の中に、私の姿は、欠片も無いのだから。

ついにこの時がやってきた。
舞台の上に立ち、深呼吸をする。観客の中に、目当ての人物を見つけ、驚きと緊張で、手に汗がにじむ。
私は楽器をかまえ、大きく息を吸う。私の視界は彼を捉え、そこから動かなくなる。お願い、気づいて。
そう思ってしまう理由は、きっと自分でも、心の奥底ではわかっている。
もう一度、彼に私を見つけて欲しいから。