◆◇◆
水面に体を横たえているような浮遊感。
その心地良さに身を委ねていたいと思う一方で、早く目覚めなければという自分自身の声。
「ん……」
朱音がゆっくりと目を開けると、まず先に視界に入ってきたのはあの男の美貌だった。
先程はあまりにも急展開だったために気が付かなかったが、男の顔は驚くほどに整っている。
切れ長の瞳に添えられた長い睫毛も、見惚れるほどの目鼻立ちも、薄く鮮やかな唇も……まるで芸術家が理想をぶち込んで仕上げた作品のようだ。
「朱音、起きた?」
男はニコニコと笑いながら朱音にそう訊ねる。
そこで朱音は、ようやく自身が男の膝の上で横抱きにされていることに気が付いた。
「えっ……え!」
今度こそハッキリと覚醒した朱音は、慌てて辺りを見回した。
そこは広い一室だった。
和洋折衷、様々なアンティークや家具によって仕上げられたその部屋は、唯一『モダン』というモチーフでのみ統一されている。
そして広々とした黒いソファの上で、朱音は男の膝の上に乗っている。
一体何がどうしてこうなったのか。
困惑のまま、朱音は真っ先に訊ねる。
「あ……あなたは、誰?」
「ああ。やっぱり覚えていない?」
男は少しだけ寂しそうに笑いながら、それでも朱音が自分を見てくれていることを喜んでいた。
「十年前、朱音の家の近くで会ったんだ。壊れかけの社の前で、朱音はオレのために祈ってくれた」
「十年前……」
言われて、本当にうっすらと記憶がよみがえってくる。
確か家に居場所が無くて、家の外れまで歩いたのだ。
そこで誰かと会話をしたような……そんな記憶があった。
「ボロボロのお社があって……そこで祈ったような覚えは、ある」
途端に、男は口が裂けんばかりの勢いで笑顔を浮かべた。
「覚えててくれたんだ! 良かった朱音……オレの朱音」
「ちょっ……!」
男は、人懐っこい態度で朱音を抱き締めた。
驚く朱音を余所に、その細長い指で朱音の頬を優しく撫でる。
「本当はあの時、すぐにでも朱音とこうしたかった。だけどオレの力がギリギリだったから十年も待たせちゃったけど……ようやく花嫁として迎え入れられる」
「は、花嫁ッ?」
あまりにも予想外の言葉に声を上げた朱音だが、男の方は少しも動じていない。
「うん、花嫁。だって……オレ以外の誰かが朱音を手に入れるなんて、許せないもん」
ニッコリと笑う男のその目は、少しも笑っていない。
その表情にゾッとしながら、朱音は、改めて彼が人間ではないことを思い出した。
学園でのあの騒ぎの際に見せたあの挙動は、どうあっても人間ではなく……
「あなたは……あやかしなの?」
男は、口端を持ち上げる。
「そうだね。かつて、忌神と呼ばれていたよ」
水面に体を横たえているような浮遊感。
その心地良さに身を委ねていたいと思う一方で、早く目覚めなければという自分自身の声。
「ん……」
朱音がゆっくりと目を開けると、まず先に視界に入ってきたのはあの男の美貌だった。
先程はあまりにも急展開だったために気が付かなかったが、男の顔は驚くほどに整っている。
切れ長の瞳に添えられた長い睫毛も、見惚れるほどの目鼻立ちも、薄く鮮やかな唇も……まるで芸術家が理想をぶち込んで仕上げた作品のようだ。
「朱音、起きた?」
男はニコニコと笑いながら朱音にそう訊ねる。
そこで朱音は、ようやく自身が男の膝の上で横抱きにされていることに気が付いた。
「えっ……え!」
今度こそハッキリと覚醒した朱音は、慌てて辺りを見回した。
そこは広い一室だった。
和洋折衷、様々なアンティークや家具によって仕上げられたその部屋は、唯一『モダン』というモチーフでのみ統一されている。
そして広々とした黒いソファの上で、朱音は男の膝の上に乗っている。
一体何がどうしてこうなったのか。
困惑のまま、朱音は真っ先に訊ねる。
「あ……あなたは、誰?」
「ああ。やっぱり覚えていない?」
男は少しだけ寂しそうに笑いながら、それでも朱音が自分を見てくれていることを喜んでいた。
「十年前、朱音の家の近くで会ったんだ。壊れかけの社の前で、朱音はオレのために祈ってくれた」
「十年前……」
言われて、本当にうっすらと記憶がよみがえってくる。
確か家に居場所が無くて、家の外れまで歩いたのだ。
そこで誰かと会話をしたような……そんな記憶があった。
「ボロボロのお社があって……そこで祈ったような覚えは、ある」
途端に、男は口が裂けんばかりの勢いで笑顔を浮かべた。
「覚えててくれたんだ! 良かった朱音……オレの朱音」
「ちょっ……!」
男は、人懐っこい態度で朱音を抱き締めた。
驚く朱音を余所に、その細長い指で朱音の頬を優しく撫でる。
「本当はあの時、すぐにでも朱音とこうしたかった。だけどオレの力がギリギリだったから十年も待たせちゃったけど……ようやく花嫁として迎え入れられる」
「は、花嫁ッ?」
あまりにも予想外の言葉に声を上げた朱音だが、男の方は少しも動じていない。
「うん、花嫁。だって……オレ以外の誰かが朱音を手に入れるなんて、許せないもん」
ニッコリと笑う男のその目は、少しも笑っていない。
その表情にゾッとしながら、朱音は、改めて彼が人間ではないことを思い出した。
学園でのあの騒ぎの際に見せたあの挙動は、どうあっても人間ではなく……
「あなたは……あやかしなの?」
男は、口端を持ち上げる。
「そうだね。かつて、忌神と呼ばれていたよ」