「んぅ……?」
ぼんやりとした思考が徐々にクリアになっていく。
気付くと朱音は、レッドベルベッドで仕立てられたロココ調の一人掛けソファに座っていた。
いつまでもここで惰眠を貪っていたいという心地良さを打ち払いながら目を開けると、ガラステーブルを挟んだ向かいに同じソファの三人掛けタイプが置かれている。
その中央に、一人の少年が座っていた。
水干という平安時代の男児のような装束を身にまとい、前のめりになって朱音を見つめる青黒い髪の少年の頭頂部には、小さな角がちょこんと生えている。
「起きましたか?」
少年にそう問われ、朱音は頭を抱えながら姿勢を正した。
「ここ……クロの屋敷?」
「正解で御座います」
「……あなたは?」
「申し遅れました。忌神様に仕える邪鬼の遊鬼と申します」
ぴょこんっとソファから下り、ぺこりと頭を下げた彼……遊鬼は、その大きな瞳をキラキラと輝かせて朱音を見つめている。
「今すぐに忌神様を呼んできますので、お嫁様はこちらで少々お待ちください」
「お、お嫁様?」
驚きと訂正したい気持ちとで思わず声が出たが、遊鬼はそんな朱音を気にも留めず、ニコニコと笑顔のまま縁側を伝って何処かへ行ってしまった。
以前クロは、自分に仕えたいという者が屋敷にいると言っていたが、たぶん遊鬼はその一人なのだろう。
自己紹介とあの角からして『鬼』のあやかしなのがわかる。
「クロ……またいきなり私をこの屋敷に連れてきたんだ……」
今頃、残された蒼亥が心配しているに違いない。
だが自分一人ではどうやって此処から帰ればいいのかわからない。
まさに『神隠し』にあっている状態なのだ。
「……真衣」
此処から帰ることは一旦隅に置き、朱音は真衣のことを思い浮かべた。
まさか右腕の包帯の理由が、『呪い返し』によるものだったなんて。
そしてその証明のように、屋上では右腕に狐面と同じ炎が宿り、全身へと燃え移っていた。
もしもあの時クロがいなかったら……そう思うとあまりにも恐ろしく、そしてクロに改めて感謝を述べなければならないと感じた。
「ん……?」
不意に、朱音は誰かから見られているという視線を感じた。
その視線を辿ってみると、少しだけ開かれた扉の隙間に誰かが立ち、こちらを見ているではないか。
「え、えっと……」
バッチリ目が合ってしまったため誤魔化すこともできず、朱音は引き攣った顔のままそちらを向いた。
しばし沈黙。
観念したのか意を決したのか、扉がゆっくりと開かれる。
そこに立っていたのは陰のある青年だった。
暗い紫色の前髪で右目の隠れたその青年は、視線を泳がせながらも朱音の前に立ち、一礼する。
「……どうも。紫龍と申します」
なんとか聞き取れるぐらいの声量だった。
彼もおそらく、クロに仕える者の一人ということだろうか。
一応朱音も挨拶をすると、紫龍はその不健康な色の肌をわかりやすく赤くさせ、もじもじと胸の前で指を絡める。
「私に挨拶までしてくださるなんて……花嫁様は想像以上にお優しい方だったんですね」
「は、花嫁様っ?」
さっきの『お嫁様』と同じように驚きと訂正したい気持ちで声を上げたが、紫龍の耳には全く届いていないようだった。
「素敵な方です。もしも忌神様の花嫁様でなかったら、私はきっと……」
「きっと、何?」
ひんやりとした声音は縁側の方からやって来た。
星空色のケープを夜風に舞わせ、陶器のように白い肌に漆黒色の着物をまとわせた男がそこに一人。
「忌神様……」
紫龍が恍惚とした表情で呟いた通り、忌神クロがそこに立っていた。
クロは鋭い眼差しを紫龍へと向けていたが、朱音からの視線に気付くとすぐに柔和な笑顔を見せる。
「起きたんだね、朱音。よく眠れた?」
「まあまあ」
「もっと寝てても良かったのに」
ふわり、と。
舞うような所作で縁側から中に入り、音も無く朱音の前に立ったクロは、愛おしそうにその頬を撫でる。
そんな彼を追うように、縁側からはひょっこりと遊鬼の姿があった。
「クロ、彼らは……」
「ああ。なんか勝手に仕えてるあやかしたち」
朱音の関心が自分に無いことが嫌なのか、実に適当に遊鬼と紫龍についてクロはそう説明した。
それに対して嫌な反応どころか嬉しそうな反応を見せている遊鬼と紫龍は、それぞれ礼をするや否や、二人のお邪魔をしないよう部屋からそっと出て行ってしまう。
「朱音。あいつらのことはいいでしょ?」
腰に手を添え、ワルツでも踊るような軽やかな足取りで、クロは三人掛けのソファへ朱音を誘導する。
互いに見詰め合うように腰掛け、クロは微笑する。
「やっぱり朱音にはずっと此処に居てほしいなぁ。誰の目にも届かない、この屋敷に、ずっと」
薄ら恐ろしいことを口にするクロに、朱音は苦笑いを見せる。
「クロ。真衣のことなんだけど……」
「うん?」
また第三者の名が出てクロはやや口を尖らせた。
「屋上であの子を助けてくれてありがとう」
だが朱音から感謝を述べられ、クロはすぐに機嫌を取り戻す。
クロは優しく朱音の頭を撫で、そのまま髪の毛を指先に絡めて遊ぶ。
「朱音の頼みだからね。しかも有償だし」
ニンマリと口角を上げるクロに、朱音は頬を引き攣らせた。
確かに朱音はあの時クロと約束を交わした。
真衣を助ける代わりに、口付けをする、という約束を。
「やっぱり覚えてたか……」
「朱音とのことなら忘れないよ」
恐らく本心であろうクロのその言葉に、朱音はますます頬を引き攣らせる。
「………」
改めて、朱音はクロを見た。
ウェーブのかかったフワフワの長い黒髪。白い肌の上に影を作る長い睫毛を従えた赤い瞳。陶器で造られた美術品のように整ったその顔立ちは、文字通り人間離れした美しさがあった。
言動はもちろんだが、見た目だけでも十分に人外である。
これまで誰かと口付けなどしたことのない朱音は、今からこんな美しさと恐ろしさを持った男と口付けするのかと思うと、今にも恥ずかしさで卒倒してしまいそうだった。
と、そこで朱音は名案を思いつく。
「……じゃあクロ。口付けするから、目をつむってほしいの」
「えー」
「そこは妥協してよ」
「可愛い朱音の頼みだからね。いいよ」
どこまでも機嫌の良いクロは、微笑と共に目をつむった。
「………」
目をつむり、月光に照らされたクロのその顔は、どこか神聖だった。
「んっ!」
そんなクロのほっぺに……そう頬に、朱音はチュッと口付ける。
「……え」
目を開けたクロは、珍しくキョトンとした表情を浮かべていた。
「はい、口付けた!」
「え?」
「ば、場所の指定は無かったし! それに言っておくけど、ほっぺにだって凄く恥ずかしいんだからね!」
「えぇ~?」
忌神とは思えないほど残念そうな表情を浮かべ、クロはジト目で朱音を見つめる。
朱音は顔を赤くしつつ、クロからの視線に負けないよう必死だった。
しばらくクロは納得いかなそうにしていたが、不意にその顔に微笑を浮かべて改めて朱音の方を向く。
「……でも、しょうがないか。朱音はつまり、唇に口付けたこと無いってことだよね?」
「そうだよ。悪かったね」
「悪くないよぉ。オレ以外の誰かと口付けてたら、とっくにそいつの存在を消してたところだし」
「恐いこと言わないでってば」
「あはは。でもだからさ……」
「ん?」
朱音が気付いた時にはもう遅かった。
クロが手ほどきするままに、朱音はソファの背もたれに上半身をしっかりと抑えつけられる。
そして真正面には、作り物のように美しいクロの顔。
「オレが教えてあげる」
「は?」
「全部」
「え?」
優しく告げられたと同時に、唇に、柔らかいものが当たる。
月明かりに照らされながら、朱音はクロから優しく口付けられていた。
「……はい、おしまい」
そっとクロは距離を取る。
その目はまだ物足りなそうではあるが、それ以上をするとさすがに朱音が怒るだろうと見極め、ここまでにしておく。
一方、朱音はポカンと口を半開きにしたまま固まっていた。
ヒラヒラと目の前でクロが手を振って、ようやく魂が戻ってきたかのように動き出した。
「く、クロ……今……」
「うん。キスしたけどどうしたの?」
「どうしたのじゃないよ! な、な、な、一体何をッ!」
「あはは、落ち着いて落ち着いて。慌ててる朱音も可愛いなぁ」
「ふざけないでよ! 一体何考えて……」
「ふざけてないよ」
パニックになりかける朱音の手を取り、その甲に口付けながらクロは告げる。
「ふざけてなんかない。ずっと……会えなかった十年間、ずっと朱音のことだけを考えてた」
「………」
「本当にね、無理矢理にでも朱音をこの屋敷に閉じ込めて、オレと二人きりで永遠にここで暮らしたいぐらいなんだ。でもそれをしないのは朱音に嫌われたくないから」
「クロ……」
「朱音がこの先、友人や知り合いを作るのも黙って見てる。だけど、できるだけ朱音の『初めて』はオレのモノにしたいんだ」
「だ、だからっていきなり……」
「いきなりじゃなきゃ、イイ?」
美しく顔の整った男が……神様が、上目遣いでそんなことを問うてくる。
そんなの反則じゃないかと朱音は心の中で悔しくなった。
「朱音は、オレのこと嫌い?」
「……嫌いじゃないよ」
「じゃあ好き?」
「好きか嫌いかの二択なら好きだよ。でもクロが私に向けているほどの好きかというと、それはちょっと違うと思う」
「それでも朱音からの好意は凄く嬉しいよ」
嬉しそうにそう告げたかと思うと、流れるような動作でクロもまた、先程の朱音と同じように頬へ口付ける。
「ちょっ!」
「ふふふ、隙アリ」
暴れそうになる朱音の両手を取り、クロはどちらも恋人繋ぎにして動きを封じてしまう。
文字通りどこまでもクロの手の平の上で嫌になると、朱音は口をへの字に曲げた。
「朱音、怒らないでよ。代わりにいいこと教えてあげるから」
「どーせたいしたことじゃないんでしょ」
「どうかな。朱音のお友達の話だけど」
そこで朱音の表情が変わる。
「真衣の……?」
「そう」
「なに? 真衣がどうしたの?」
今度は朱音の方からクロへと詰め寄る。
クロは嬉しそうに笑った。
「今回の『呪い』は、他に黒幕がいると思うんだよね」
ぼんやりとした思考が徐々にクリアになっていく。
気付くと朱音は、レッドベルベッドで仕立てられたロココ調の一人掛けソファに座っていた。
いつまでもここで惰眠を貪っていたいという心地良さを打ち払いながら目を開けると、ガラステーブルを挟んだ向かいに同じソファの三人掛けタイプが置かれている。
その中央に、一人の少年が座っていた。
水干という平安時代の男児のような装束を身にまとい、前のめりになって朱音を見つめる青黒い髪の少年の頭頂部には、小さな角がちょこんと生えている。
「起きましたか?」
少年にそう問われ、朱音は頭を抱えながら姿勢を正した。
「ここ……クロの屋敷?」
「正解で御座います」
「……あなたは?」
「申し遅れました。忌神様に仕える邪鬼の遊鬼と申します」
ぴょこんっとソファから下り、ぺこりと頭を下げた彼……遊鬼は、その大きな瞳をキラキラと輝かせて朱音を見つめている。
「今すぐに忌神様を呼んできますので、お嫁様はこちらで少々お待ちください」
「お、お嫁様?」
驚きと訂正したい気持ちとで思わず声が出たが、遊鬼はそんな朱音を気にも留めず、ニコニコと笑顔のまま縁側を伝って何処かへ行ってしまった。
以前クロは、自分に仕えたいという者が屋敷にいると言っていたが、たぶん遊鬼はその一人なのだろう。
自己紹介とあの角からして『鬼』のあやかしなのがわかる。
「クロ……またいきなり私をこの屋敷に連れてきたんだ……」
今頃、残された蒼亥が心配しているに違いない。
だが自分一人ではどうやって此処から帰ればいいのかわからない。
まさに『神隠し』にあっている状態なのだ。
「……真衣」
此処から帰ることは一旦隅に置き、朱音は真衣のことを思い浮かべた。
まさか右腕の包帯の理由が、『呪い返し』によるものだったなんて。
そしてその証明のように、屋上では右腕に狐面と同じ炎が宿り、全身へと燃え移っていた。
もしもあの時クロがいなかったら……そう思うとあまりにも恐ろしく、そしてクロに改めて感謝を述べなければならないと感じた。
「ん……?」
不意に、朱音は誰かから見られているという視線を感じた。
その視線を辿ってみると、少しだけ開かれた扉の隙間に誰かが立ち、こちらを見ているではないか。
「え、えっと……」
バッチリ目が合ってしまったため誤魔化すこともできず、朱音は引き攣った顔のままそちらを向いた。
しばし沈黙。
観念したのか意を決したのか、扉がゆっくりと開かれる。
そこに立っていたのは陰のある青年だった。
暗い紫色の前髪で右目の隠れたその青年は、視線を泳がせながらも朱音の前に立ち、一礼する。
「……どうも。紫龍と申します」
なんとか聞き取れるぐらいの声量だった。
彼もおそらく、クロに仕える者の一人ということだろうか。
一応朱音も挨拶をすると、紫龍はその不健康な色の肌をわかりやすく赤くさせ、もじもじと胸の前で指を絡める。
「私に挨拶までしてくださるなんて……花嫁様は想像以上にお優しい方だったんですね」
「は、花嫁様っ?」
さっきの『お嫁様』と同じように驚きと訂正したい気持ちで声を上げたが、紫龍の耳には全く届いていないようだった。
「素敵な方です。もしも忌神様の花嫁様でなかったら、私はきっと……」
「きっと、何?」
ひんやりとした声音は縁側の方からやって来た。
星空色のケープを夜風に舞わせ、陶器のように白い肌に漆黒色の着物をまとわせた男がそこに一人。
「忌神様……」
紫龍が恍惚とした表情で呟いた通り、忌神クロがそこに立っていた。
クロは鋭い眼差しを紫龍へと向けていたが、朱音からの視線に気付くとすぐに柔和な笑顔を見せる。
「起きたんだね、朱音。よく眠れた?」
「まあまあ」
「もっと寝てても良かったのに」
ふわり、と。
舞うような所作で縁側から中に入り、音も無く朱音の前に立ったクロは、愛おしそうにその頬を撫でる。
そんな彼を追うように、縁側からはひょっこりと遊鬼の姿があった。
「クロ、彼らは……」
「ああ。なんか勝手に仕えてるあやかしたち」
朱音の関心が自分に無いことが嫌なのか、実に適当に遊鬼と紫龍についてクロはそう説明した。
それに対して嫌な反応どころか嬉しそうな反応を見せている遊鬼と紫龍は、それぞれ礼をするや否や、二人のお邪魔をしないよう部屋からそっと出て行ってしまう。
「朱音。あいつらのことはいいでしょ?」
腰に手を添え、ワルツでも踊るような軽やかな足取りで、クロは三人掛けのソファへ朱音を誘導する。
互いに見詰め合うように腰掛け、クロは微笑する。
「やっぱり朱音にはずっと此処に居てほしいなぁ。誰の目にも届かない、この屋敷に、ずっと」
薄ら恐ろしいことを口にするクロに、朱音は苦笑いを見せる。
「クロ。真衣のことなんだけど……」
「うん?」
また第三者の名が出てクロはやや口を尖らせた。
「屋上であの子を助けてくれてありがとう」
だが朱音から感謝を述べられ、クロはすぐに機嫌を取り戻す。
クロは優しく朱音の頭を撫で、そのまま髪の毛を指先に絡めて遊ぶ。
「朱音の頼みだからね。しかも有償だし」
ニンマリと口角を上げるクロに、朱音は頬を引き攣らせた。
確かに朱音はあの時クロと約束を交わした。
真衣を助ける代わりに、口付けをする、という約束を。
「やっぱり覚えてたか……」
「朱音とのことなら忘れないよ」
恐らく本心であろうクロのその言葉に、朱音はますます頬を引き攣らせる。
「………」
改めて、朱音はクロを見た。
ウェーブのかかったフワフワの長い黒髪。白い肌の上に影を作る長い睫毛を従えた赤い瞳。陶器で造られた美術品のように整ったその顔立ちは、文字通り人間離れした美しさがあった。
言動はもちろんだが、見た目だけでも十分に人外である。
これまで誰かと口付けなどしたことのない朱音は、今からこんな美しさと恐ろしさを持った男と口付けするのかと思うと、今にも恥ずかしさで卒倒してしまいそうだった。
と、そこで朱音は名案を思いつく。
「……じゃあクロ。口付けするから、目をつむってほしいの」
「えー」
「そこは妥協してよ」
「可愛い朱音の頼みだからね。いいよ」
どこまでも機嫌の良いクロは、微笑と共に目をつむった。
「………」
目をつむり、月光に照らされたクロのその顔は、どこか神聖だった。
「んっ!」
そんなクロのほっぺに……そう頬に、朱音はチュッと口付ける。
「……え」
目を開けたクロは、珍しくキョトンとした表情を浮かべていた。
「はい、口付けた!」
「え?」
「ば、場所の指定は無かったし! それに言っておくけど、ほっぺにだって凄く恥ずかしいんだからね!」
「えぇ~?」
忌神とは思えないほど残念そうな表情を浮かべ、クロはジト目で朱音を見つめる。
朱音は顔を赤くしつつ、クロからの視線に負けないよう必死だった。
しばらくクロは納得いかなそうにしていたが、不意にその顔に微笑を浮かべて改めて朱音の方を向く。
「……でも、しょうがないか。朱音はつまり、唇に口付けたこと無いってことだよね?」
「そうだよ。悪かったね」
「悪くないよぉ。オレ以外の誰かと口付けてたら、とっくにそいつの存在を消してたところだし」
「恐いこと言わないでってば」
「あはは。でもだからさ……」
「ん?」
朱音が気付いた時にはもう遅かった。
クロが手ほどきするままに、朱音はソファの背もたれに上半身をしっかりと抑えつけられる。
そして真正面には、作り物のように美しいクロの顔。
「オレが教えてあげる」
「は?」
「全部」
「え?」
優しく告げられたと同時に、唇に、柔らかいものが当たる。
月明かりに照らされながら、朱音はクロから優しく口付けられていた。
「……はい、おしまい」
そっとクロは距離を取る。
その目はまだ物足りなそうではあるが、それ以上をするとさすがに朱音が怒るだろうと見極め、ここまでにしておく。
一方、朱音はポカンと口を半開きにしたまま固まっていた。
ヒラヒラと目の前でクロが手を振って、ようやく魂が戻ってきたかのように動き出した。
「く、クロ……今……」
「うん。キスしたけどどうしたの?」
「どうしたのじゃないよ! な、な、な、一体何をッ!」
「あはは、落ち着いて落ち着いて。慌ててる朱音も可愛いなぁ」
「ふざけないでよ! 一体何考えて……」
「ふざけてないよ」
パニックになりかける朱音の手を取り、その甲に口付けながらクロは告げる。
「ふざけてなんかない。ずっと……会えなかった十年間、ずっと朱音のことだけを考えてた」
「………」
「本当にね、無理矢理にでも朱音をこの屋敷に閉じ込めて、オレと二人きりで永遠にここで暮らしたいぐらいなんだ。でもそれをしないのは朱音に嫌われたくないから」
「クロ……」
「朱音がこの先、友人や知り合いを作るのも黙って見てる。だけど、できるだけ朱音の『初めて』はオレのモノにしたいんだ」
「だ、だからっていきなり……」
「いきなりじゃなきゃ、イイ?」
美しく顔の整った男が……神様が、上目遣いでそんなことを問うてくる。
そんなの反則じゃないかと朱音は心の中で悔しくなった。
「朱音は、オレのこと嫌い?」
「……嫌いじゃないよ」
「じゃあ好き?」
「好きか嫌いかの二択なら好きだよ。でもクロが私に向けているほどの好きかというと、それはちょっと違うと思う」
「それでも朱音からの好意は凄く嬉しいよ」
嬉しそうにそう告げたかと思うと、流れるような動作でクロもまた、先程の朱音と同じように頬へ口付ける。
「ちょっ!」
「ふふふ、隙アリ」
暴れそうになる朱音の両手を取り、クロはどちらも恋人繋ぎにして動きを封じてしまう。
文字通りどこまでもクロの手の平の上で嫌になると、朱音は口をへの字に曲げた。
「朱音、怒らないでよ。代わりにいいこと教えてあげるから」
「どーせたいしたことじゃないんでしょ」
「どうかな。朱音のお友達の話だけど」
そこで朱音の表情が変わる。
「真衣の……?」
「そう」
「なに? 真衣がどうしたの?」
今度は朱音の方からクロへと詰め寄る。
クロは嬉しそうに笑った。
「今回の『呪い』は、他に黒幕がいると思うんだよね」