忌神様の溺愛花嫁 〜独占欲の強いヤンデレ神様に溺愛執着されながら学園の怪事件を解決します〜


「真衣!」
 勢いのままに、朱音は屋上の扉を開けた。
 放課後ということもあり、お昼のように生徒の姿は無い。
 あるのは、フェンスの前に立つ真衣の姿だけ。
「……朱音」
 包帯の巻かれた右腕を痛そうに擦りながら、真衣はゆっくりと振り返る。
「ごめんなさい、朱音……私……」
「そんなことはいいから! 大丈夫なのッ?」
「だめ、かも……」
 弱々しい声だった。
 そして朱音には見えた。
 真衣の右腕に、赤い炎が宿っていることに。
「っ……!」
「真衣!」
 痛そうにうずくまる真衣の身体ごと、炎が広がっていく。
 まるで人体発火してしまっているかのようなその光景に、朱音は体が震えた。
「なんとか……なんとかしなきゃ……っ」
 呪いの真相についてはまだ何もわからない。
 真衣が犯人なのか。クロが言う通り右腕が呪い返しならば、真衣が呪いを開始したのか。
 わからないことばかりだが、それでも朱音にとって、真衣が友達であることは変わりない事実だった。
 だから今、ただ思うのは真衣を助けたいということだ。
「……っクロ!」
 背後にいる蒼亥ではなく、朱音はクロの名を口にした。
 途端にクロは、朱音の隣に立つ。
「どうしたの?」
 今がどういう状況かわかっていながら、クロは笑顔のまま朱音を見下ろした。
「真衣を助けるにはどうすればいいのか教えて……っ」
「『呪い返し』は呪いを行使した者に絶対にやってくるものだからなぁ。まあ、所詮は『狐』だから、少し脅かせば一時的に逃げ出すかもね」
 他人事のようにクロはそう告げた。
 正直言って『狐』はあやかしの中でも上位種に当たる存在だ。
 それに対しそう軽々と言ってのけられるのは、クロが『神』であるからだ。
 そしてその『神』に頼むには何をすればいいか。朱音はここに至るまでにそれを学んである。
「クロ……何をすれば真衣を助けてくれる?」
 朱音は、真っ直ぐとクロの目を見ながらそう告げた。
 その目は覚悟が決まっている。
 途端にクロは、うっとりとした恍惚混じりの笑顔を浮かべた。
「あぁ……本当に朱音は素敵だね。『(オレ)』に対してそんなに美しい眼差しを向けてくれるだなんて。誰もが忌み嫌うこの『(オレ)』を必要としてくれるだなんて。愛しているよ、朱音。……じゃあ、お代はキミからの口付けにしようか」
「なっ……」
 クロの言葉に驚きの声を上げたのは蒼亥の方だった。
 当の朱音は無言のまま一つ頷く。
「わ、わかった。だからお願い、真衣を助けて」
「承知した」
 ずるり、と。
 朱音の影からクロは分離する。
 カラコロと下駄が鳴り、美しい夕日の光は影色の黒い着物とトンビコートの輪郭をくっきりと映し出した。
 その光景は一枚の絵画のように幻想的で、それでいてどこか退廃とした不気味さがあった。
「………」
 クロは、痛みでうめく真衣を見下ろす。
 その体からできた影が真衣をすっぽりと覆うと、真衣を包んでいた炎が怯えるように揺れた。
矮小(わいしょう)な呪いだね。そこの女から離れてもらおうか」
「……っ!」
 クロが、青白い腕を黒い着物の裾から伸ばし、包帯の巻かれた右腕を強く掴む。
 途端にギャンッという獣の鳴き声が……おそらく狐と思われる鳴き声が響き渡り、それと同時に真衣を包む炎が消えていった。
 そうして真衣は、力無くその場に倒れ込んだ。
「真衣!」
 慌てて真衣の元へと駆け寄った朱音は無事を確かめる。
 ぐったりとしてはいるが、呼吸は続いているし鼓動もある。気絶しているようだった。
「良かった……」
 もしあのまま『呪い返し』を喰らい続けていたらどうなっていたのだろうか。
 考えただけでも恐ろしくなる。
「姉さん。真衣さんは俺が保健室へ運ぶよ」
「ありがとう蒼亥」
 気が利く蒼亥はすでに行動に移っており、真衣を労わりながらその体を背負った。
 蒼亥の背中にその身を預ける真衣を見て、前に真衣が蒼亥を凄くカッコイイとかときめく美男子だとはしゃいでいたことを思い出した。
 後で蒼亥に背負ってもらったことを伝えたら、一体真衣はどんな反応を示すだろうか。
「………」
 そんなことを考える一方、この『呪い』の騒動の中心に真衣がいるという事実が朱音の顔を曇らせた。
 妖力が一切無く、家でも椿姫を筆頭に役立たずの出来損ないとして扱われていた中で、仲良くしてくれた友人。
 学園でも妖力の無さで馬鹿にされていたが、代わりに怒ってくれた真衣。
 そんな真衣が、『呪い返し』を喰らうほど誰かを呪っていたのは隠しようが無い事実だ。
「っ……」
 気付けば朱音は涙を零していた。
 そんなにも追い詰められていた真衣のことを何にもわかっていなかった自分の不甲斐なさに、朱音はポロポロと涙を零す。
 少し前を歩く蒼亥は気付いていない。
 だが、隣を歩くクロは違う。
「……おいで」
 優しく誘う声。
 着物の裾で朱音の涙を拭ったかと思えば、そのままギュッと抱き締める。
「クロ……」
 ざあぁっとノイズのような音が響き、闇が、朱音だけでなくクロも一緒に包み込む。
「……姉さん?」
 そうして振り返った蒼亥は、クロだけでなく朱音の姿もいなくなっていることに気が付くのだった。