これは、いつか交わした約束。

『あなたも一人なの?』
 雑木林の傍らに置かれた、今にも朽ち果てそうなお(やしろ)
 その隣にぽつんと立っている、長い黒髪の……顔はよく見えない青年に、少女はそう喋りかけた。
 青年はゆっくりと少女の方を見たが、何も言わなかった。
『あなたも鬼ヶ華家(おにがばなけ)の人? ここも確か鬼ヶ華家の私有地のはず』
『……いいや』
 青年の声は暗く、どこか絶望的だ。
 何にそんなにも絶望しているのかわからない。けれどその声音だけで、少女は胸が痛くなった。
『どこか痛いの?』
『……何故?』
『だって……なんだか辛そう』
『………』
 青年の沈黙が返答そのものだった。
 それだけで少女は何とかしたくなる。何故なら少女もまた同じ気持ちでここにいるからだ。
 そんな少女の気持ちを察してなのか、青年はそっと口を開いた。
『オレは、そろそろ消えてなくなるから』
 突拍子の無いその言葉に少女は言葉を失う。
 青年のその横顔は、とても嘘や冗談を口にしているようには思えなかった。
『消えるって……どういうこと?』
『その言葉の通り。この社で祈り、信仰する者が居なくなったからね』
『祈り? 信仰? まるで神様みたい……』
 青年は目を細めて微笑する。
 まるで自分自身を嘲笑するかのような笑い方だった。
 前髪の向こう側にある青年の紅い瞳は、もう全てを諦めている。
 だが、その瞳が大きく見開かれた。
『何を……している?』
 そう問いかける青年の前で、少女は、手を合わせて社に祈りを捧げていた。
 十歳にも満たないであろう少女のその祈りは、とても神聖なものとして青年の目に映る。
 しばし祈りを捧げた少女は、一礼し、そして青年の方を向いた。
『これで大丈夫?』
『………』
 途端に青年は活力が戻ってくるのを感じた。
 久しく感じていなかったその力に、思考が追い付かないでいる。
『どうして……』
 思わず口に出た青年の問いかけに、少女は笑って答える。
『私もずっと一人だったから。でも今はあなたがいてくれて一人じゃないから。だから、何か恩返しができたらな、って思って』
 それだけのために、という気持ちと、しかし少女の誠実な善意が本物であること青年はその身でもって感じている。
 青年は、改めて少女の方へと向き直った。
『キミ……名前は?』
『名前? 朱音(あかね)。鬼ヶ華朱音』
『朱音……』
 その名を、青年は大事そうに繰り返す。
 その時、遠くから誰かが呼んでいる声がする。それに反応したのは少女の方だった。
『いけない。そろそろ戻らないと……』
 その顔は暗に戻りたくないと語っている。
『待って』
『え?』
 立ち去ろうとする少女の腕を掴み、青年は告げる。


『朱音のお陰であと十年ぐらいすれば力を取り戻せるから。だから待ってて。絶対に待っていて。迎えにいくよ、オレの朱音』


 執着を感じる物言いと、独占欲の込められた笑み。
 それを残し、青年の体は風に吹かれた砂のように消えていく。
 完全にその姿が消え去っても、掴まれた腕の感触はしばらく残っていた。
『迎えに……?』
 青年の言った意味を理解することはできなかった。
 問い返そうにもその姿はもう無い。

 そうして少女は青年からの約束を胸に、自身を呼ぶ家の方へと帰っていくのだった。