明け方、大門まで客を見送った咲耶は視線に気づき、大門の外側に目を向けた。
「何かわかったのか?」
大門にもたれかかるように立っていた信に、咲耶が声をかける。
「ああ」
信は短く応えた。
咲耶はわずかに目を見開く。
「誰が火をつけたのかわかったのか……?」
「ああ」
咲耶は言葉に詰まった。
(こんなに早くわかるとは思わなかったな……)
「子どもだった」
「子ども……?」
咲耶は眉をひそめる。
「ああ、子どもの花火が原因だ」
咲耶は目を見開いた。
「じゃあ、火事自体は事故だったのか……」
「いや」
咲耶は再び眉をひそめる。
「……違うのか?」
「その子に花火を売ったのは、狐のような顔の男だそうだ」
咲耶は息を飲んだ。
(火事は仕組まれたものだったのか……)
咲耶は目を伏せて、ため息をついた。
「それで、これからどうするんだ?」
「子どもの家に行く」
咲耶は信を見つめた。
「……子どもが何か関係あるのか? 火をつけるのに利用されただけなのかと思ったが……」
信も咲耶を見た。
「わざわざ家から花火売りのところまで誘導されているようだった。おそらくあの子が火付け役に選ばれたのは偶然ではないはずだ。何かある」
「……そう……なのか……」
(それが本当なら、思った以上に複雑だな……)
「それで、子どもの家はどこかわかるのか?」
「ああ、大文字屋という油問屋だと聞いたからすぐわかるはずだ」
「大文字屋……?」
咲耶はつい昨日聞いたばかりの名に、動揺を隠せなかった。
胸の奥で嫌なものがじんわりと広がる。
(喜一郎様はなんと言っていた……? 大文字屋が最近暗い……花火の話しをするのも嫌そうだった、か……。花火の話しを嫌がったってことは子どもの起こした火事のことを知っていたのか……? 知っていた、知っていたかもしれない……ただ、喜一郎様がした花火の話しは両国の川開きのことだったはずだ……。そうだとすると……)
「どうした?」
信はもたれていた大門から背中を離し、咲耶に近づく。
「すまない……。大丈夫だ」
(信に心配されるほど、私の顔色は悪いのか……?)
咲耶は苦笑した。
「目的が火付けそのものではなかったとすると、子どもの罪を利用して父親に何かさせるのが狙いなのか……。いや、むしろもう……させたのか……」
咲耶は信に話すというより、自分の頭の中を整理するように呟いた。
信はただ静かに咲耶を見つめていた。
「信、急いだ方がいいかもしれない」
咲耶は信を真っすぐに見つめる。
両国の川開きは明日に迫っていた。
「もしかすると、狙いは花火なのかもしれない」
「花火?」
咲耶は静かに頷いた。
「大文字屋は両国の川開きの花火に金を出している。花火師のもとに出入りできる数少ない人間だ。子どもを利用して大文字屋を動かして、花火に何か仕掛けるのが目的だったのかもしれない……。そうだとすると、明日……最悪の事態になる……」
信は理解したというように頷いた。
「何かわかれば、すぐ教えてくれ。明日の夜見世には頼一様が来ることになっている。確かなことがわかれば頼一様に動いてもらえるはずだ」
「ああ、わかった」
信はそれだけ言うと、咲耶に背を向けて去っていった。
咲耶は目を伏せた。
両国の川開きの花火が目的というのは、咲耶の憶測に過ぎなかった。
何の根拠もない段階では頼一に動いてもらうこともできない。
(すべて思い過ごしならいいが……)
咲耶は不安をすべて吐き出すように息を吐くと、重い足取りで見世に戻っていった。
「何かわかったのか?」
大門にもたれかかるように立っていた信に、咲耶が声をかける。
「ああ」
信は短く応えた。
咲耶はわずかに目を見開く。
「誰が火をつけたのかわかったのか……?」
「ああ」
咲耶は言葉に詰まった。
(こんなに早くわかるとは思わなかったな……)
「子どもだった」
「子ども……?」
咲耶は眉をひそめる。
「ああ、子どもの花火が原因だ」
咲耶は目を見開いた。
「じゃあ、火事自体は事故だったのか……」
「いや」
咲耶は再び眉をひそめる。
「……違うのか?」
「その子に花火を売ったのは、狐のような顔の男だそうだ」
咲耶は息を飲んだ。
(火事は仕組まれたものだったのか……)
咲耶は目を伏せて、ため息をついた。
「それで、これからどうするんだ?」
「子どもの家に行く」
咲耶は信を見つめた。
「……子どもが何か関係あるのか? 火をつけるのに利用されただけなのかと思ったが……」
信も咲耶を見た。
「わざわざ家から花火売りのところまで誘導されているようだった。おそらくあの子が火付け役に選ばれたのは偶然ではないはずだ。何かある」
「……そう……なのか……」
(それが本当なら、思った以上に複雑だな……)
「それで、子どもの家はどこかわかるのか?」
「ああ、大文字屋という油問屋だと聞いたからすぐわかるはずだ」
「大文字屋……?」
咲耶はつい昨日聞いたばかりの名に、動揺を隠せなかった。
胸の奥で嫌なものがじんわりと広がる。
(喜一郎様はなんと言っていた……? 大文字屋が最近暗い……花火の話しをするのも嫌そうだった、か……。花火の話しを嫌がったってことは子どもの起こした火事のことを知っていたのか……? 知っていた、知っていたかもしれない……ただ、喜一郎様がした花火の話しは両国の川開きのことだったはずだ……。そうだとすると……)
「どうした?」
信はもたれていた大門から背中を離し、咲耶に近づく。
「すまない……。大丈夫だ」
(信に心配されるほど、私の顔色は悪いのか……?)
咲耶は苦笑した。
「目的が火付けそのものではなかったとすると、子どもの罪を利用して父親に何かさせるのが狙いなのか……。いや、むしろもう……させたのか……」
咲耶は信に話すというより、自分の頭の中を整理するように呟いた。
信はただ静かに咲耶を見つめていた。
「信、急いだ方がいいかもしれない」
咲耶は信を真っすぐに見つめる。
両国の川開きは明日に迫っていた。
「もしかすると、狙いは花火なのかもしれない」
「花火?」
咲耶は静かに頷いた。
「大文字屋は両国の川開きの花火に金を出している。花火師のもとに出入りできる数少ない人間だ。子どもを利用して大文字屋を動かして、花火に何か仕掛けるのが目的だったのかもしれない……。そうだとすると、明日……最悪の事態になる……」
信は理解したというように頷いた。
「何かわかれば、すぐ教えてくれ。明日の夜見世には頼一様が来ることになっている。確かなことがわかれば頼一様に動いてもらえるはずだ」
「ああ、わかった」
信はそれだけ言うと、咲耶に背を向けて去っていった。
咲耶は目を伏せた。
両国の川開きの花火が目的というのは、咲耶の憶測に過ぎなかった。
何の根拠もない段階では頼一に動いてもらうこともできない。
(すべて思い過ごしならいいが……)
咲耶は不安をすべて吐き出すように息を吐くと、重い足取りで見世に戻っていった。