「おまえ……また来たのか?」
 長屋の戸を開けた新助は、そこに立っていた叡正を見て呆れた顔で言った。
「ああ……、ちょっと聞きたいことがあって……」
 叡正は引きつった笑顔で応える。
 信と叡正は子どもが連れていかれた後、その足で新助の長屋にやってきていた。
 叡正としてはついこのあいだ来たばかりのため、行くことに抵抗があったが、信が子どもについて聞きたいと譲らなかった。
 正確に言うと、聞きたいと言った後の信の無言の圧に耐えられず、叡正がしぶしぶ案内することになっていた。

「いや、別にいいが……隣にいるのは誰なんだ?」
 新助は叡正の隣にいる信を見た。
「えっと、こいつは……」
 叡正は信を見て言葉に詰まった。
(誰って聞かれると……。俺もよくわからないんだよな……)
「えっと、信っていうやつで……。……咲耶太夫の知り合いだ……」
「はぁ?」
 新助が訳がわからないという表情で信を見る。
「なんで咲耶太夫の知り合いがうちに来るんだよ……。一体何の用なんだ?」
「えっと……」
 叡正が言葉に詰まっていると、信が一歩前に出た。
「十くらいの子どもに心当たりはないか?」
 信は新助を真っすぐに見つめる。
「はぁ?? なんだ?? 何の話しなんだ?」
 新助は困惑した顔で頭を掻きながら、叡正を見た。

「あ、いや、このあいだ火事の現場で花を供えていた子どもがいただろう? その子どもにまたさっき会ったんだ……その……恭一郎さんが火付けを疑われた火事の現場で……。その子が『僕のせいだ』って言ったんだ。あのときの子どもに心当たりはないか?」
 叡正が慌てて説明する。
「僕のせい……? あの子が火付けに関係あるってことか……?」
 新助は目を見開く。
「いや、まだ何もわからないんだが……。何か知ってはいるんだと思う」
 叡正の言葉に、新助は腕組みをして考えているようだったが、しばらくして諦めたようにため息をついた。
「悪ぃな……。思い当たる子どもはいない。そもそも、そんなに子どもと関わることなんてねぇからなぁ……」
「そうか」
 信はそう言うと、礼だけ言って去っていこうとした。
「お、おい! ちょっと待てよ! ああ、突然訪ねてすまなかった! また何かわかったら知らせる!」
 叡正も早口で新助に言って信を追いかけようとした瞬間、こちらに向かってきた男と目が合った。

「あれ? 叡正さん? また来たんですか?」
 男は叡正を見て、目を丸くした。
 先日長屋で話した火消しの男だった。
 信も男を見て足を止める。

 声を聞いた新助が慌てて長屋の外に出た。
「どうした? 何かあったのか?」
「あ、いや、火事とかじゃないです」
 男は慌てて首を振ってから、新助の元に駆け寄った。

「あの、お頭と話しがしたいって子が……」
 男はそう言うと、遠くで佇んでいる子どもを指さした。

「あ!」
 叡正は思わず声を出した。
「どうした?」
 新助は叡正を見る。
「あの子だ。さっき会ったのは……」
 叡正の言葉を聞き、新助は子どもを見つめた。
「確かにこのあいだ見た子どもに似ているような……」

 子どもはゆっくりと新助たちに近づいてきた。
 先ほどと同じで子どもの顔は相変わらず真っ青だった。
 子どもは信に気づくと少しだけ頭を下げ、その横を通り過ぎて新助の前に立つ。

「……すべてお話しします」
 子どもは新助を見上げた。
 顔色は悪く唇も少し震えていたが、新助を見つめるその眼差しには強い決意の色があった。