咲耶の部屋に集まった翌日、叡正と信はひと月前の火事の現場に向かっていた。
「確かこのあたりだと思うんだが……」
叡正は周りを見渡した。
(通りに面した長屋じゃなかったかな……)
通り沿いの長屋をひと通り見て歩いたが、それらしいところはなかった。
「こっちじゃないのか?」
信が細い路地を指して言った。
「ああ、そうだな。もう一本奥の通りかもしれない……」
叡正は信に続いて細い路地に足を進める。
少し進んだところで、不自然にぽっかりと開けた場所があった。
地面は何かを燃やした後のように黒くなっており、ちょうど長屋一軒分ほどの広さだった。
「ここっぽいな……」
叡正は黒く焦げた跡が残る地面に目を向けた。
(やっぱり何も残ってないよな……)
信はしゃがみ込むと地面にそっと手を触れた。
「この火事で誰か死んだのか?」
信は叡正を見上げて聞いた。
「ああ、ひとり亡くなったらしい。ただこの長屋、もともと誰も住んでなかったらしいんだ……」
叡正は何もない地面を見つめた。
「火はすぐに消し止められたらしいんだが、火の勢いがすごかったみたいで……死体は原形を留めていなかったらしい……。最後まで死んだのは誰かわからなかったってさ……」
叡正は目を伏せた。
「……そうか」
信はそれだけ言うと、叡正から視線を外した。
「あ……」
背後で声が聞こえ、二人は同時に振り返る。
そこには白い菊の花を持った子どもが立っていた。
「あ、もしてかして、このあいだの……」
叡正は思わず呟く。
恭一郎が亡くなった場所に花を供えていた子どもに背恰好がよく似ていた。
子どもはみるみるうちに青ざめていき、少しずつ後ずさりしていた。
信が立ち上がると、子どもの肩がビクッと震える。
「えっと……」
叡正が声をかけようとした瞬間、子どもは背を向けて一目散に走りだした。
「え!? なんで……」
叡正がそう呟いたときには、信も子どもの後を追って走り出していた。
「え、おい……!」
叡正の言葉は信には届いていないようだった。
「おいおい……」
ひとり残された叡正はため息をつくと、しぶしぶ二人の後を追った。
叡正が大きな通りに出ると、信はちょうど子どもに追いつき、腕を掴んだところだった。
抵抗する気はないのか、子どもは腕を取られたままその場に崩れ落ちた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
叡正は急いで子どもに駆け寄る。
「どうして逃げた?」
信は子どもを見下ろしながら淡々と聞いた。
「おい、この子が怖がるだろ」
叡正の言葉に、信は子どもの腕をそっと離した。
子どもはうつむいたまま、ただじっとしている。
「花を供えたかったのか……?」
叡正は子どもの手に握られた白い菊の花を見ながら聞いた。
「…………だ……」
子どもが何か呟く。
「え?」
叡正はしゃがみ込むと、子どもに耳を近づけた。
「全部……僕のせいなんだ……」
叡正を弾かれたように、子どもの顔を見る。
「全部……僕が……」
顔を上げた子どもの顔は涙で濡れていた。
「どういう……」
「おい! うちの子に何してる!!」
叡正の言葉は、男の怒鳴り声によってかき消された。
叡正が顔を上げると、怒りで顔を赤くした男が足早にこちらに近づいてきていた。
着ているものから裕福な商人のようだった。
男は、信と叡正を交互に睨みつける。
「ち、違う……。父さん……」
子どもは涙で濡れた目で男を見上げた。
「おまえは何も言わなくていい」
男は静かな声で言った。
「もう二度と息子に近づくな」
男は二人を睨みながらそう言うと、子どもの腕をとって強引に立たせた。
男は子どもの腕を引くと、呆気にとられている叡正を横目に足早に路地に消えていく。
「何だったんだ……」
叡正はそう呟いた後、信を見る。
信はただ静かに二人が消えていった路地を見つめていた。
(僕のせいっていうのは一体……)
叡正は足元に落ちているものに気づきしゃがみ込む。
こどもが落とした白い菊の花がそこにひっそりと咲いていた。
「確かこのあたりだと思うんだが……」
叡正は周りを見渡した。
(通りに面した長屋じゃなかったかな……)
通り沿いの長屋をひと通り見て歩いたが、それらしいところはなかった。
「こっちじゃないのか?」
信が細い路地を指して言った。
「ああ、そうだな。もう一本奥の通りかもしれない……」
叡正は信に続いて細い路地に足を進める。
少し進んだところで、不自然にぽっかりと開けた場所があった。
地面は何かを燃やした後のように黒くなっており、ちょうど長屋一軒分ほどの広さだった。
「ここっぽいな……」
叡正は黒く焦げた跡が残る地面に目を向けた。
(やっぱり何も残ってないよな……)
信はしゃがみ込むと地面にそっと手を触れた。
「この火事で誰か死んだのか?」
信は叡正を見上げて聞いた。
「ああ、ひとり亡くなったらしい。ただこの長屋、もともと誰も住んでなかったらしいんだ……」
叡正は何もない地面を見つめた。
「火はすぐに消し止められたらしいんだが、火の勢いがすごかったみたいで……死体は原形を留めていなかったらしい……。最後まで死んだのは誰かわからなかったってさ……」
叡正は目を伏せた。
「……そうか」
信はそれだけ言うと、叡正から視線を外した。
「あ……」
背後で声が聞こえ、二人は同時に振り返る。
そこには白い菊の花を持った子どもが立っていた。
「あ、もしてかして、このあいだの……」
叡正は思わず呟く。
恭一郎が亡くなった場所に花を供えていた子どもに背恰好がよく似ていた。
子どもはみるみるうちに青ざめていき、少しずつ後ずさりしていた。
信が立ち上がると、子どもの肩がビクッと震える。
「えっと……」
叡正が声をかけようとした瞬間、子どもは背を向けて一目散に走りだした。
「え!? なんで……」
叡正がそう呟いたときには、信も子どもの後を追って走り出していた。
「え、おい……!」
叡正の言葉は信には届いていないようだった。
「おいおい……」
ひとり残された叡正はため息をつくと、しぶしぶ二人の後を追った。
叡正が大きな通りに出ると、信はちょうど子どもに追いつき、腕を掴んだところだった。
抵抗する気はないのか、子どもは腕を取られたままその場に崩れ落ちた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
叡正は急いで子どもに駆け寄る。
「どうして逃げた?」
信は子どもを見下ろしながら淡々と聞いた。
「おい、この子が怖がるだろ」
叡正の言葉に、信は子どもの腕をそっと離した。
子どもはうつむいたまま、ただじっとしている。
「花を供えたかったのか……?」
叡正は子どもの手に握られた白い菊の花を見ながら聞いた。
「…………だ……」
子どもが何か呟く。
「え?」
叡正はしゃがみ込むと、子どもに耳を近づけた。
「全部……僕のせいなんだ……」
叡正を弾かれたように、子どもの顔を見る。
「全部……僕が……」
顔を上げた子どもの顔は涙で濡れていた。
「どういう……」
「おい! うちの子に何してる!!」
叡正の言葉は、男の怒鳴り声によってかき消された。
叡正が顔を上げると、怒りで顔を赤くした男が足早にこちらに近づいてきていた。
着ているものから裕福な商人のようだった。
男は、信と叡正を交互に睨みつける。
「ち、違う……。父さん……」
子どもは涙で濡れた目で男を見上げた。
「おまえは何も言わなくていい」
男は静かな声で言った。
「もう二度と息子に近づくな」
男は二人を睨みながらそう言うと、子どもの腕をとって強引に立たせた。
男は子どもの腕を引くと、呆気にとられている叡正を横目に足早に路地に消えていく。
「何だったんだ……」
叡正はそう呟いた後、信を見る。
信はただ静かに二人が消えていった路地を見つめていた。
(僕のせいっていうのは一体……)
叡正は足元に落ちているものに気づきしゃがみ込む。
こどもが落とした白い菊の花がそこにひっそりと咲いていた。