「源さん! これ見てくれよ! カッコいいだろう?」
 新助は誇らしげに背中を見せる。
 そこには、龍と舞い散る桜の刺青があった。
「おお! いいじゃねぇか!」
 源次郎は新助の背中を見て笑った。
 しかし周りで見ていた鳶の男たちは顔を見合わせて、顔を青くした。
「だろ? これから腕の方も刺青入れてくんだけど、背中ができたから一番に見せたくてさ!」
 新助は振り返ると、源次郎の顔を見て満足そうに言った。

「いやぁ、すげぇ、いいよ! 恭一郎とお揃いなんだろう?」
 源次郎がそう言った瞬間、時が止まったような静けさが訪れた。
「……は?」
 新助は一瞬にして真顔になる。

「げ、源さん……! お揃いなわけないじゃないですか!? あんなに仲が悪いのに……!」
「そうですよ! 源さん……」
 鳶の男たちが慌てて、源次郎の肩を掴む。
「え? そうなのか? だって、恭一郎も龍と桜の刺青だっただろう? おまえたちも見てたじゃねぇか……」
 源次郎は不思議そうな顔で二人を見た。
 男たちはますます顔を青くする。
「げ、源さん……! だから、それを言っちゃダメなんですよ……!」
「嫌がるに決まってるんですから……!」
 男たちは恐る恐る新助を見る。

 新助は地面の一点を見つめたまま、固まっていた。
「恭一はどこにいる……?」
 新助が低い声で呟くように言った。
「……え? えっと……あっちの現場で足場を組む手伝いをしてたけど……」
 鳶の男が戸惑いながら答える。
 
 それを聞いた新助は走り出す。
「え……!? おい! 待てよ、新助!」
 鳶の男が止める間もなく、新助は行ってしまった。
「源さん……、どうするんですか……。ありゃ、揉めますよ……」
 男は頭を掻きながら、源次郎を見た。
 源次郎は豪快に笑う。
「いいじゃねぇか! 仲のいい証拠だ!」
 鳶の男たちは顔を見合わせる。

「源さん、そんなんだから嫁さんのひとりもいないんですよ」
 男のひとりが呆れたように呟く。
「お、おい! それは禁句……!」
 もうひとりの男が慌てて止めようとしたが、すでに遅かった。

「……なんだと!? 誰がモテないって!!?」
 源次郎が男の胸ぐらを掴む。
「モ、モテないなんて言ってませんよ……。無神経だから嫁さんが来ないって話しで……」
 男が苦しげに呟く。
「お、おい! おまえ、さらに余計なこと言うなよ……!」
 
 源次郎は怒りで顔を真っ赤にする。
「なんだとぉ!?」
 胸ぐらを掴まれていた男は一瞬の隙をついて、源次郎の手から逃れると走り出した。
「おい、待て! てめぇ! 一発殴らせろ!!」
 源次郎が男の後を追って走り出す。

 ひとり残された男は頭を抱える。
「まったく……。どいつもこいつも短気なんだから……。そろそろこっちも作業始めなきゃなんねぇのに……」
 男はそっとため息をついた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「恭一!! 降りてこい!!」
 鳶の男たちと、長屋を建てるのに必要な足場を組んでいた恭一郎は、名前を呼ばれて下を見た。
 声を張り上げている新助の姿が目に入り、恭一郎はため息をつく。
「なんだ、あいつ……。何の用だよ……」
「どうした? 恭一郎」
 一緒に作業をしていた男たちが、恭一郎と同じように下を見た。
「ああ、おまえの兄貴じゃねぇか」
「兄貴じゃありませんよ! 血もつながってないし、同じ年だし……」
「まぁ、どっちでも一緒だ! おまえのこと呼んでるみたいだし、行ってこい。ここは大丈夫だから」
 男はそう言うと恭一郎の頭をなでた。
「え……、ああ、はい……。じゃあ、ちょっと行ってきます」
 恭一郎はそう言われ、しぶしぶ下に降りた。


「おい、何の用だよ! おまえも今、向こうで作業のはずだろう? サボってないでさっさと戻れよ」
 恭一郎は面倒くさそうに言った。
「おまえ……今すぐ脱げ……」
 新助が低い声で呟く。
「は? なんだって?」
 恭一郎は眉をひそめる。
「今すぐ脱げって言ったんだよ!!」
 新助はそう言うと、新助の半纏に手をかける。
「はぁ!? 何言ってんだよ!? やめろって……!」
 強引に恭一郎の半纏を脱がせると、新助は恭一郎の背中を見た。
 そこには龍と桜の刺青があった。
 新助は膝から崩れ落ちる。
「お、おい! 何やってんだ……」
 恭一郎は慌ててしゃがみ込む。
「おまえ……なんで龍と桜なんだよ……」
 新助が小さな声で呟いた。
「は?……そりゃあ、龍は雨を呼ぶって言われてるし、火消しになるんだったらみんな入れるだろう……。桜は……ところどころ火傷の跡があってどうしてもデコボコになるから、桜吹雪みたいにした方がいいって言われて……」
 恭一郎は戸惑いながらそう答えた。
「火傷……そうか……。そこは一緒だもんな……」
 新助は乾いた声で笑った。
 新助は半纏を脱いで、恭一郎に背中を見せる。
「な!? なんで一緒……!?」

 そのとき、鳶の男たちも順番に下に降りてきた。
「お! なんだおまえら、お揃いの刺青なんて仲いいな!」
「刺青お揃いにするやつなんて、なかなかいねぇぞ」
 男たちが笑う。
 二人は恥ずかしさでうつむいた。

「火傷がひどいから、俺もう直せないって言われてるのに……」
 恭一郎がうつむいたまま呟く。
「俺だってそうだよ……」
 新助も呟く。

「あ、でもこれ、お揃いっていうより、桜でつながってるように見えるから、二人で一枚の絵みたいじゃねぇか?」
 男のひとりが二人の背中を見比べて言った。
「『双頭の龍』ってやつだな!」
「そうとう……?」
 新助はうつむいたまま、視線だけ男に向けた。
「頭が二つある龍のことだよ。二人でひとつの龍を彫ってるって感じだな!」
「ああ、確かにそう見えるな! でも、それはそれでなんか気色悪くないか!?」
 男たちは大笑いした。
 二人はうつむいたまま赤くなる。
 
「おまえのせいだぞ……」
 新助は恨みがましい目で恭一郎を見た。
「それはこっちが言いたいよ……」
 恭一郎も横目で新助を見る。

 新助と恭一郎はその日一日中、お互いの作業場で男たちに刺青についていじられ続けた。