「おまえ、暇なのか?」
 新助は叡正を見ながら聞く。
 今、叡正は新助から話しを聞くために新助が暮らしている長屋に向かっていた。
「そもそもおまえは何なんだ? 歌舞伎役者なのか?」
 新助は叡正を上から下まで見ながら言った。
 叡正は苦笑する。
「一応、僧侶なんだ」
 新助は笑った。
「おいおい、そういう冗談はいいよ! おまえみたいな僧侶がいてたまるか! 顔がいいから商人ってのもありそうだけど……」
「いや、本当に僧侶なんだ……」
 新助は目を丸くする。
「……最近の坊さんは堕落してるとは聞いてたが……今は頭も丸めなくてよくなったのか……?」
「いや……世話になってる住職に丸めるなと言われて……」
 叡正は困ったように頭を掻いた。
 新助は首を捻る。
「まぁ、よくわからねぇが……。僧侶なら無駄に色気は振りまかない方がいいんじゃねぇか……?」
「色気を振りまく……!?」
 叡正は愕然とした表情で新助を見た。
「顔が綺麗なのは、まぁどうしようもないだろうが、隙があるというかなんというか……、うまく言えねぇけど……下手したらおまえ男に襲われるぞ」
 新助は心配そうな顔で叡正を見た。
「あ、ああ……気をつけるよ」
 叡正は引きつった笑いを浮かべる。
 襲われたばかりだということは言わないことにした。
「まぁ、それは置いといて、おまえタッパもあるし、ちょっと細身だが肉付きも悪くない。火消しにもなれそうな体格なんだがなぁ」
 叡正は目を丸くする。
「そんな! 俺なんかは……。火消しは町の英雄なんだから」
 新助は苦笑した。
「英雄……ね……」

 そのとき叡正と新助の横を子どもたちが駆け抜けていった。
 一瞬だったが、叡正は子どもたちが棒のようなものをいくつも持っているのを見た。
「懐かしい……手持ちの花火か……。今も禁止されてるはずだけど、やっぱりまだ売ってるんだな……」
 叡正は子どもたちを目で追いながら呟く。
 花火は火事の原因になることも多いことから禁止されていたが、叡正の子どもの頃から夏になると密かに花火売りが来て子どもたちに売っていた。

「花火をするのはいいんだがな……」
 新助はため息をつくと、大きく息を吸い込んだ。
「おい!!!」
 新助は遠ざかっていく子どもたちに向けて声を張り上げた。
 叡正が突然の大声にたじろぐ。
 遠くにいた子どもたちも一斉に立ち止まって振り返ったのがわかった。
「気をつけてやれよ!!!」
 子どもたちは顔を見合わせた後、手を振って返事をした。

 新助はそれを確認すると子どもたちに背を向けて、また歩きだした。
 叡正が慌てて新助の後を追う。
「夏の火事は、放火以外だと花火が原因になってることが多いんだ……。楽しむのはいいんだがな……」
 新助はため息をついた。
「そうか……。確かに、夏あたりから火事は増えてる気がするな……」
 叡正が新助の言葉に頷きながら歩いていると、右手の前方に黒く焼け焦げて崩れた長屋の跡が見えた。
 隣の長屋も半分以上が崩れてしまっている。
「あれは……」
 叡正の呟きを聞き、新助は叡正を振り返った。

「つい最近火事があったんだ……。あそこで…………恭一郎は死んだ……」
 新助は目を伏せた。
 叡正は崩れた長屋に目を向ける。
「あの長屋で……」
 叡正がそう呟いたとき、ひとりの子どもが焼け焦げた長屋に近づいていった。

 叡正の視線に気づき、新助もそちらを見る。
 二人がいる場所から長屋の焼け跡までは距離があったため、子どもは二人に気づいていないようだった。
 少年は焼け焦げて崩れた長屋の前まで行くとしゃがみ込んで何かをしていた。
「何してるんだろうな……」
 叡正は新助に向かって聞いた。
「さぁ……」

 その場でしゃがみこんでいた子どもは、しばらくすると立ち上がり、二人に気づかないまま細い通りに消えていった。
 叡正と新助は顔を見合わせると、ゆっくりと子どもがいた場所に近づいていく。
 そこには、一輪の白い菊の花が置かれていた。

「花を……供えていたのか……?」
 叡正が呟く。
「恭一郎さんの知り合いなんじゃないか?」
 叡正が新助を見る。
 新助は子どもが消えていった方向を見つめていた。
「どうなんだろうな……。あいつにも想ってくれるやつがいたってことか……」
 新助はそう呟きながら悲しげに菊の花を手に取る。
 菊の花は汚れひとつなく、白く美しくただ静かにそこにあった。