(俺……もうダメなのかな……)
 新助は意識が朦朧とする中で、重いまぶたをなんとか開けた。
 靄がかかったようにぼんやりとした視界の向こうで、生き物のような炎が揺らめいている。
 全身が焼けているように熱い。
 うつ伏せになっているため、熱い板の上で焼かれているようだった。
(焦げ臭い……。俺、死ぬのかな……。父ちゃんは無事なのか……?)
 ときどき背中が擦り切れたようにヒリヒリと痛む。
(やばい……眠い……。俺なんでこんなときに……)
 まぶたが閉じる寸前、新助は揺らめく炎の向こうに人影を見た気がした。

 まぶたを閉じた新助は夢を見た。
 父親に背負われて川辺を歩く夢だった。
 その夢は懐かしくて温かくて、新助は父親の首にギュッとしがみつく。
 父親は首に巻きついた新助の腕にそっと手を当てた。
 新助はその手から伝わる温もりに安心し、より深い眠りに落ちていった。


 新助が目を覚ましたとき最初に目に入ったのは、舞い上がる龍だった。
「龍……?」
 新助がそう口にすると、龍がビクッと動く。
「目、覚めたか?」
 見知らぬ男の声が響く。
 新助はその声で完全に目を覚ました。
 龍は男の背中に入っていた刺青だった。
 見知らぬ男は振り返って新助を見る。
「ここは……?」
 新助は自分がうつ伏せで寝ていることに気づき、ゆっくりと腕の力で起き上がろうとした。
 背中にピリッとした痛みが走る。
「ッ……」
「おい、無理するな! 背中のやけどは結構ひでぇんだ」
「やけど……?」
 新助はようやく自分が火の海にいたことを思い出した。
「俺の……家は……?」
 見知らぬ男は目を伏せる。
「……全部燃えちまったよ……」
 新助は体の力が抜けていくのを感じた。
 腕の支えを失って、新助は再びうつ伏せの状態で布団に倒れる。
「……父ちゃんは……?」
 男の顔が苦し気に歪む。
「すまねぇ……。助けられなかった……。俺たちが着いたときにはもう……」
 新助の見開かれた目の端から涙が流れ、布団が濡れた。
 新助の顔が歪む。
「……父ちゃ…………」
 新助は布団に顔をうずめた。

「ごめんな……」
 男はそっと新助の頭をなでた。
「これからは、俺たちがおまえの家族だ。俺がおまえを守ってやるから」
 新助は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を男に向けた。
「あんた……誰なの……?」
 男は微笑む。
「俺は源次郎だ。や組って火消しの組頭で、普段は鳶頭(とびがしら)をやってる。俺には嫁さんもいないから俺たち三人、むさ苦しい男所帯になるが、そこはまぁ、我慢してくれ」
「三人……?」
 新助は鼻をすすりながら問いかけた。
 源次郎は視線を動かす。
 新助は源次郎の視線を追った。
 そこには新助と同じようにうつぶせで寝ている少年がいた。
 ピクリとも動かないため、起きているのか寝ているのかもわからなかった。
「あいつもこの火事で家族を亡くしてな……。母親、父親、弟、みんな死んじまったんだ……」
 源次郎の言葉を聞き、新助は源次郎に視線を戻した。
「おまえと同じくらいの年だ。二人仲良くやってくれよ」
 源次郎はそう言うと、もう一度新助の頭をなでた。

「おまえ、名前は? 年は十くらいだろう?」
「新助……。年は十一だ」
 新助は涙と鼻水を手で拭いながら答えた。
「新助か、いい名前だ。これからよろしくな、新助。あっちで寝ているやつは恭一郎って名前らしい。もう意識は戻ってるんだが、ずっとあの調子でな……。傷が良くなったらおまえも声をかけてやってくれ」
 源次郎はそう言うと微笑んだ。
「喉、渇いただろう? 今、水を持ってきてやる」
 源次郎は立ち上がり、長屋を出ていった。

 新助は視線を動かして、うつ伏せで寝ている恭一郎を見る。
「家族……か……」
 新助はそう呟くと、考えるをやめて静かに目を閉じた。