「おい! 待ってくれ!」
 新助に追いついた叡正は、新助の斜め前で立ち止まると声をかけた。
(デカいな……)
 叡正は新助を見上げた。
 叡正も背は高い方だったため、同じように立った状態で叡正が顔を上げなければ目が合わないのは珍しいことだった。
「おまえ……さっきの間夫か……」
 新助は叡正を見ると眉をひそめた。
「あ、いや……間夫ではないんだが……」
 叡正は困ったように笑うしかなかった。
「さっきは悪かったな。あいつも……悪気があったわけじゃないんだ……」
(まぁ、あえて怒らせてたようだから、悪気はあったんだろうが……)
 叡正は言葉を選びながら、新助に謝罪した。
 新助は叡正を鼻で笑う。
「悪気しかなかっただろうが。あの女、太夫だと思って偉そうに……」
 叡正は苦笑した。
「まぁ、確かに口は悪い気がするが、いいやつなんだ」
(いいやつ? ……うん、いいやつなのは間違いない……か)
 叡正は自問自答しながら言った。

「まぁ、おまえにとってはいいやつなんだろうな。顔がいい男には優しいんだろうよ。もう行っていいか?」
 新助はそう言うとまた歩き始めた。
「あ、ちょっと待ってくれ」
 叡正は慌てて新助と並んで歩く。
「何か……力になれることはないか……?」
「はぁ? おまえに何ができるってんだ」
 叡正の言葉に新助は馬鹿にしたような視線を向ける。
「何もできないかもしれないが……。俺も真実が知りたいと思ったんだ……。火消しは俺の子どもの頃の憧れだから」
 新助はじっと叡正を見た。
「憧れ……ね……」
 新助は呟く。
「まぁ、友人を亡くしたあんたほどの想いはないが……」
「友人?」
 新助は眉をひそめる。
「友人だったんだろう?」
「友人なんかじゃねぇよ」
「……? じゃあ、大切な仲間ってことか?」
 新助は鼻で笑う。
「大切? 気色悪ぃ……。いけ好かないやつだったよ、あいつは」
 叡正は不思議そうな顔で新助を見る。
「考え方も、味の好みも、女の趣味も、何ひとつ合わねぇ。ただの腐れ縁だ。……ああ、特に女の趣味は最悪だった……」
 新助はそう言うと額に手を当てて、ため息をつく。
「それでも……悔しいが、間違いなくあいつは江戸一の火消しだった……。そんなやつが火付けなんて汚名を着せられて死んでいいわけがねぇ。俺はひとりでも調べる。だから……」
 新助は横目で叡正を見る。
「手伝いたかったら手伝え」
 新助はそれだけ言うと、ふんと鼻をならして前を見た。
 叡正は微笑む。
「ああ、手伝わせてくれ」

 新助は前を向いたまま「ああ」とだけ口にした。
 しかし、少しして気まずそうに叡正に目を向ける。
「ちなみに……、俺はそっちの趣味はないからな……。そういうのは勘弁してくれよ?」
「は……?」
 叡正は意味がわからず、新助を呆然と見つめる。
(そっちってなんだ……)
 新助は叡正から視線をそらす。
「おまえは確かに綺麗な顔してるが、俺は女が好きだから……」
 叡正は言葉を失う。
(なんでそうなるんだ!? 俺は……そんなふうに見えるのか……?)
 肩を落とす叡正に、新助は慌てる。
「そう落ち込むな! おまえみたいな男が好きな火消しもたくさんいる!」
「え!? いや、それは……違うから……。俺も女が好きなんだ。ほら……咲耶太夫の間夫だから……」
 叡正は諦めて咲耶の間夫で通すことにした。
「ああ、女も男もどっちもいけるのかと……。違うのか?」
 新助は意外そうな顔で言った。
「違う! 女だけだ……」
「ああ! そうなのか! 勘違いして悪かったな! それなら安心だ!」
 新助は叡正を見て笑った。
(何が安心なんだ……)
 叡正はため息をつく。
(当分、あいつの間夫って言い続けることになりそうだな……)
 咲耶の迷惑そうな顔がありありと目に浮かび、叡正はもう一度ため息をついた。