「じゃあな、野風」
「はい、お気をつけて。また……近いうちに来てくださいね」
野風は上目遣いでお客を見た。
見つめられたお客は目を丸くする。
「……な、なんだ? そんな可愛いことを突然……。あ、ああ、わかった。近いうちに必ず来るよ……」
お客は戸惑いながらもまんざらではなさそうに言うと、何度も野風を振り返りながら、見世を後にした。
(まだまだ全然ダメね……。姐さんのようにはできないわ……)
野風はお客が振り向くたびに手を振りながら、心の中でそう思った。
(夜のうちに帰られているようでは、姐さんの足元にも及ばない……)
お客の姿が見えなくなると野風はため息をついた。
この時間はまだ大門が開いており、お客は大門が閉まる前にと急いで身なりを整えて帰っていったのだ。
(一緒に朝までいたいと思ってもらえるようにならないと……)
野風はもう一度ため息をつくと、見世の中に戻ろうと身を翻した。
そのとき、ひとりの男が野風の視界に入った。
慌てて男が見えた方に視線を移すと、去っていく男の後ろ姿をじっと見つめた。
(あの着物……、それにあの後ろ姿は……)
確信は持てなかった。ただ、仕返ししてやろうと持ちかけてきた庄吉によく似ている気がした。
野風はそっと見世を出て、男の後を追った。
(あのときは怖くなって何も聞けなかったけど、今なら聞ける……! どういうつもりであの手紙を書かせたのかちゃんと聞いて、あの男のことも含めてすべてをみんなに話さないと……)
野風は急いで後を追ったが男の足は速く、その背中は遠ざかっていく。
男を完全に見失ったところで、野風は足を止めた。
(普通に歩いていて、なんであんなに速いの!?)
野風は自分の息が上がっているのを感じて、呼吸を整えた。
「仕方ない……戻ろう……」
野風が来た道を引き返そうと後ろを向いたとき、暗闇から現れた手が野風の首に伸びていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
突然、後ろから突き飛ばされた野風は膝をついて前に倒れた。
「え……!?」
野風には何が起きたのかわからなかった。
慌てて振り返ると、野風のすぐ後ろには暗闇でも目立つ薄茶色の髪の男が背中を向けて立っていた。
野風が呆然と男を見ていると、ぼんやりとその向こうに庄吉がいるのがわかった。
庄吉の手首を薄茶色の髪の男が掴んでいる。
野風は息を飲んだ。
見世の提灯に照らされた庄吉の顔は笑っていたのだ。
それは、野風が見てきた庄吉の微笑みとはまったく違ったものだった。
目は見開かれ、今すぐ声を上げて大笑いし始めるのではないと思うほど口角は上がり歯が剥き出しになった異様な笑顔だった。
「帰れ」
薄茶色の髪の男が視線だけ野風に向けて、口を開いた。
髪と同じ薄茶色の鋭い瞳に、野風の背筋に冷たいものが走る。
「今すぐにだ」
呆然としていた野風は男の言葉でハッと我に返り、慌てて立ち上がると見世に向かって走り出した。
ここにいてはいけない、本能的にそう思った。
「はい、お気をつけて。また……近いうちに来てくださいね」
野風は上目遣いでお客を見た。
見つめられたお客は目を丸くする。
「……な、なんだ? そんな可愛いことを突然……。あ、ああ、わかった。近いうちに必ず来るよ……」
お客は戸惑いながらもまんざらではなさそうに言うと、何度も野風を振り返りながら、見世を後にした。
(まだまだ全然ダメね……。姐さんのようにはできないわ……)
野風はお客が振り向くたびに手を振りながら、心の中でそう思った。
(夜のうちに帰られているようでは、姐さんの足元にも及ばない……)
お客の姿が見えなくなると野風はため息をついた。
この時間はまだ大門が開いており、お客は大門が閉まる前にと急いで身なりを整えて帰っていったのだ。
(一緒に朝までいたいと思ってもらえるようにならないと……)
野風はもう一度ため息をつくと、見世の中に戻ろうと身を翻した。
そのとき、ひとりの男が野風の視界に入った。
慌てて男が見えた方に視線を移すと、去っていく男の後ろ姿をじっと見つめた。
(あの着物……、それにあの後ろ姿は……)
確信は持てなかった。ただ、仕返ししてやろうと持ちかけてきた庄吉によく似ている気がした。
野風はそっと見世を出て、男の後を追った。
(あのときは怖くなって何も聞けなかったけど、今なら聞ける……! どういうつもりであの手紙を書かせたのかちゃんと聞いて、あの男のことも含めてすべてをみんなに話さないと……)
野風は急いで後を追ったが男の足は速く、その背中は遠ざかっていく。
男を完全に見失ったところで、野風は足を止めた。
(普通に歩いていて、なんであんなに速いの!?)
野風は自分の息が上がっているのを感じて、呼吸を整えた。
「仕方ない……戻ろう……」
野風が来た道を引き返そうと後ろを向いたとき、暗闇から現れた手が野風の首に伸びていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
突然、後ろから突き飛ばされた野風は膝をついて前に倒れた。
「え……!?」
野風には何が起きたのかわからなかった。
慌てて振り返ると、野風のすぐ後ろには暗闇でも目立つ薄茶色の髪の男が背中を向けて立っていた。
野風が呆然と男を見ていると、ぼんやりとその向こうに庄吉がいるのがわかった。
庄吉の手首を薄茶色の髪の男が掴んでいる。
野風は息を飲んだ。
見世の提灯に照らされた庄吉の顔は笑っていたのだ。
それは、野風が見てきた庄吉の微笑みとはまったく違ったものだった。
目は見開かれ、今すぐ声を上げて大笑いし始めるのではないと思うほど口角は上がり歯が剥き出しになった異様な笑顔だった。
「帰れ」
薄茶色の髪の男が視線だけ野風に向けて、口を開いた。
髪と同じ薄茶色の鋭い瞳に、野風の背筋に冷たいものが走る。
「今すぐにだ」
呆然としていた野風は男の言葉でハッと我に返り、慌てて立ち上がると見世に向かって走り出した。
ここにいてはいけない、本能的にそう思った。