咲耶は部屋に戻ると、鏡台の引き出しから布に包まれた釘を取り出した。
(野風の件は露草太夫に任せておけば大丈夫だろうから、残りはこれか……)
「果たしてどこまで仕組まれているのか……」
咲耶は釘を見つめてため息をついた。
できるならば咲耶はもう手を引きたかった。
この釘を調べなくても、すべてを仕組んだ男が最後にどこに現れるのかは、およそ検討がついていた。
(おそらく信はそちらの方を警戒しているから、私に釘を渡したのだろうが……)
「一体、何をさせたいんだ……。あえて真相を掴めるように仕組んで、それからどうするつもりなんだ……」
咲耶はもう一度ため息をついた。
釘を布で包み鏡台の引き出しに戻すと、咲耶は気持ちを切り替えて夜見世の準備を始めることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後、咲耶は引手茶屋に釘の包みを持っていった。
(おそらく、彼に見せれば何かわかるようになっているのだろう……)
咲耶は座敷の襖の前で、ひと声かけると襖を開けて中に入った。
「咲耶ちゃん! 待ってたよ〜! これ見て見て!」
上座にいた喜一郎は、金魚が描かれた着物を両手で広げるように見せながら咲耶を呼んだ。
咲耶は微笑むと、喜一郎のもとに歩みを進める。
「まぁ、もうできたのですか?」
咲耶は打掛を見ながら言った。
「急いで作らせたんだよ! 早くしないと夏が始まっちゃうからね!」
喜一郎は自慢げな表情を作っていった。
「ふふ、早くしないと衣替えのかき入れ時を逃してしまいますものね」
「そ、そんな! ま、まぁ、儲けたいところではあるけど、咲耶ちゃんに喜んでほしかったのは本当なのに……」
喜一郎は持っていた着物を置いて、少し拗ねたようにうつむく。
咲耶は微笑んで喜一郎の手を取った。
「ふふ、嬉しいです。着物を売るためだけに私に贈ってくださったのかと思うと悲しくて……、少し意地悪してしまいました。ごめんなさい」
喜一郎は目を輝かせて、咲耶の手を握り返す。
「そんなわけないじゃないかぁ! 咲耶ちゃん! 大好き!!」
「私も大好きですよ、喜一郎様」
咲耶はにっこりと微笑んだ。
「早速羽織ってみてもよろしいですか?」
「うん! 着て着て!」
咲耶は着ていた打掛を脱ぐと、金魚の描かれた白い打掛を羽織った。
「うわぁ、似合うね!」
「ありがとうございます。涼しげでいいですね」
「いいねぇ、咲耶ちゃんなら白い肌とも合うし! ほかの人に売り出すときは生地全体に淡い青とか赤とか入れた方が良さそうだな……」
「喜一郎様」
咲耶が笑顔で喜一郎をじっと見つめる。
「いや、つい……。いやいや、ついでだから商売は! ね?」
喜一郎は慌てて、咲耶の手を握る。
咲耶はしばらく喜一郎を見つめた後、やわらかく微笑んだ。
「ふふ、わかっています」
喜一郎は咲耶の顔を見て、ホッとしたように笑った。
咲耶は白い打掛をゆっくりと脱いだ。
そのとき、咲耶の袖口から布に包まれた釘が音を立てて落ちた。
「あれ、咲耶ちゃん、何か落ちたよ?」
喜一郎は布を拾う。
「あ、それは……」
咲耶は少しワザとらしく慌ててみせた。
ゆるく釘を包んでいた布は広がり、喜一郎の手の中から釘がポトリと落ちる。
喜一郎は落ちたものを拾うとじっと見つめた。
「釘……?」
喜一郎はしばらく見つめた後、ある一点を見て目を見開いた。
「これ……なんで咲耶ちゃんが持ってるの……?」
(やはり知っていたか……)
咲耶は戸惑ったような表情を作った。
「え……? これは知り合いのいる寺で丑の刻まいりが行われたらしく……、そこに落ちていたものなんです。私が鍛冶屋で調べようと受け取ったのですが……」
「ああ……、そうだったのかぁ……。ああ……どうしようかなぁ……。これ、調べても何もわからなかったってことにしてくれない……?」
喜一郎は上目遣いで咲耶を見た。
「え!? どうしてですか? ……事情を伺っても……よろしいですか?」
喜一郎はしばらく難しい顔をした後、諦めたように息を吐いた。
「ここだけの話しにしてくれる?」
咲耶は小さく頷いた。
「これ、俺が頼まれて手配した特注品なんだ……」
「どなたに頼まれたのですか?」
「前に咲耶ちゃんにも話しただろう……石川直次のこと……その奥方だよ……」
(そうか、そういうことだったのか……)
咲耶の中ですべてがつながった。
「代々、石川家が刀を打ってもらってる刀鍛冶がいてさ……どうしてもそこで作った釘がほしいって言うから、俺も口添えして特別に作ってもらったんだよ……。ほら、ここにある刻印、これはその鍛冶屋のものなんだ。ああ、丑の刻まいりかぁ……。そうだよなぁ。呪っちまったのかぁ、あいつを……。変な噂が立ったら、娘さん可哀相だからさ……。あの子、本当にいい子なんだ。だから頼むよ、咲耶ちゃん……」
咲耶はゆっくりと頷いた。
「わかりました。この件を心配している者にだけ事情は伝えますが、ほかの方には一切この話はしないと誓います」
咲耶は喜一郎を真っ直ぐに見て言った。
「ありがとう……咲耶ちゃん」
喜一郎はホッとした表情で微笑んだ。
咲耶は目を伏せる。
(さぁ、男の仕組んだ通り真相は掴んだ。ここからどうなるか、だな……)
咲耶はそっと目を閉じた。
(野風の件は露草太夫に任せておけば大丈夫だろうから、残りはこれか……)
「果たしてどこまで仕組まれているのか……」
咲耶は釘を見つめてため息をついた。
できるならば咲耶はもう手を引きたかった。
この釘を調べなくても、すべてを仕組んだ男が最後にどこに現れるのかは、およそ検討がついていた。
(おそらく信はそちらの方を警戒しているから、私に釘を渡したのだろうが……)
「一体、何をさせたいんだ……。あえて真相を掴めるように仕組んで、それからどうするつもりなんだ……」
咲耶はもう一度ため息をついた。
釘を布で包み鏡台の引き出しに戻すと、咲耶は気持ちを切り替えて夜見世の準備を始めることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後、咲耶は引手茶屋に釘の包みを持っていった。
(おそらく、彼に見せれば何かわかるようになっているのだろう……)
咲耶は座敷の襖の前で、ひと声かけると襖を開けて中に入った。
「咲耶ちゃん! 待ってたよ〜! これ見て見て!」
上座にいた喜一郎は、金魚が描かれた着物を両手で広げるように見せながら咲耶を呼んだ。
咲耶は微笑むと、喜一郎のもとに歩みを進める。
「まぁ、もうできたのですか?」
咲耶は打掛を見ながら言った。
「急いで作らせたんだよ! 早くしないと夏が始まっちゃうからね!」
喜一郎は自慢げな表情を作っていった。
「ふふ、早くしないと衣替えのかき入れ時を逃してしまいますものね」
「そ、そんな! ま、まぁ、儲けたいところではあるけど、咲耶ちゃんに喜んでほしかったのは本当なのに……」
喜一郎は持っていた着物を置いて、少し拗ねたようにうつむく。
咲耶は微笑んで喜一郎の手を取った。
「ふふ、嬉しいです。着物を売るためだけに私に贈ってくださったのかと思うと悲しくて……、少し意地悪してしまいました。ごめんなさい」
喜一郎は目を輝かせて、咲耶の手を握り返す。
「そんなわけないじゃないかぁ! 咲耶ちゃん! 大好き!!」
「私も大好きですよ、喜一郎様」
咲耶はにっこりと微笑んだ。
「早速羽織ってみてもよろしいですか?」
「うん! 着て着て!」
咲耶は着ていた打掛を脱ぐと、金魚の描かれた白い打掛を羽織った。
「うわぁ、似合うね!」
「ありがとうございます。涼しげでいいですね」
「いいねぇ、咲耶ちゃんなら白い肌とも合うし! ほかの人に売り出すときは生地全体に淡い青とか赤とか入れた方が良さそうだな……」
「喜一郎様」
咲耶が笑顔で喜一郎をじっと見つめる。
「いや、つい……。いやいや、ついでだから商売は! ね?」
喜一郎は慌てて、咲耶の手を握る。
咲耶はしばらく喜一郎を見つめた後、やわらかく微笑んだ。
「ふふ、わかっています」
喜一郎は咲耶の顔を見て、ホッとしたように笑った。
咲耶は白い打掛をゆっくりと脱いだ。
そのとき、咲耶の袖口から布に包まれた釘が音を立てて落ちた。
「あれ、咲耶ちゃん、何か落ちたよ?」
喜一郎は布を拾う。
「あ、それは……」
咲耶は少しワザとらしく慌ててみせた。
ゆるく釘を包んでいた布は広がり、喜一郎の手の中から釘がポトリと落ちる。
喜一郎は落ちたものを拾うとじっと見つめた。
「釘……?」
喜一郎はしばらく見つめた後、ある一点を見て目を見開いた。
「これ……なんで咲耶ちゃんが持ってるの……?」
(やはり知っていたか……)
咲耶は戸惑ったような表情を作った。
「え……? これは知り合いのいる寺で丑の刻まいりが行われたらしく……、そこに落ちていたものなんです。私が鍛冶屋で調べようと受け取ったのですが……」
「ああ……、そうだったのかぁ……。ああ……どうしようかなぁ……。これ、調べても何もわからなかったってことにしてくれない……?」
喜一郎は上目遣いで咲耶を見た。
「え!? どうしてですか? ……事情を伺っても……よろしいですか?」
喜一郎はしばらく難しい顔をした後、諦めたように息を吐いた。
「ここだけの話しにしてくれる?」
咲耶は小さく頷いた。
「これ、俺が頼まれて手配した特注品なんだ……」
「どなたに頼まれたのですか?」
「前に咲耶ちゃんにも話しただろう……石川直次のこと……その奥方だよ……」
(そうか、そういうことだったのか……)
咲耶の中ですべてがつながった。
「代々、石川家が刀を打ってもらってる刀鍛冶がいてさ……どうしてもそこで作った釘がほしいって言うから、俺も口添えして特別に作ってもらったんだよ……。ほら、ここにある刻印、これはその鍛冶屋のものなんだ。ああ、丑の刻まいりかぁ……。そうだよなぁ。呪っちまったのかぁ、あいつを……。変な噂が立ったら、娘さん可哀相だからさ……。あの子、本当にいい子なんだ。だから頼むよ、咲耶ちゃん……」
咲耶はゆっくりと頷いた。
「わかりました。この件を心配している者にだけ事情は伝えますが、ほかの方には一切この話はしないと誓います」
咲耶は喜一郎を真っ直ぐに見て言った。
「ありがとう……咲耶ちゃん」
喜一郎はホッとした表情で微笑んだ。
咲耶は目を伏せる。
(さぁ、男の仕組んだ通り真相は掴んだ。ここからどうなるか、だな……)
咲耶はそっと目を閉じた。