咲耶の部屋に集まった翌日、吉原の大門の前で叡正は信を待っていた。
 まだ昼前ということもあり、大門の前はひっそりとしている。
(今さら見ても何もわからない気がするが……)
 叡正は信を待ちながら、ぼんやりと考えていた。
 丑の刻まいりに使われた藁人形も釘も縁起が悪いということで、すでに片付けられている。
 丑の刻まいりを見たのも叡正ひとりで、怪しい人間を見たものすらいなかった。
(新しく何かが見つかるってこともないだろうしな……)
 叡正はため息をつく。

「悪い。待たせたか?」
 信が叡正を見つけて声をかける。
「いや、大丈夫だ」
 叡正は簡単に答えると、寺に向かって歩き始める。
 信も叡正の後に続いた。
 二人はただ無言で寺へと歩く。

(き、気まずい……)
 叡正はなるべく背後を気にしないようにしていたが、それほど親しくない二人が一緒に歩くには寺への道のりは長すぎた。
「そ、そういえば、咲耶太夫とはどうやって知り合ったんだ?」
 叡正が気まずさに耐え切れず振り返って聞いた。
 信が視線を上げて叡正を見る。
「ああ、助けてもらったんだ」
「助けてもらった……? ああ! おまえも誰か探していたのか?」
 叡正は信も自分と同じだったのかと、目を丸くする。
「いや、死にかけていたところを助けてもらったんだ」
「死にかけて……?」
(これ、聞かない方がいい話しなのか……)
 叡正は自分の顔が引きつるのを感じた。
「そ、そうだ! か、家族…兄弟とかはいるのか? 珍しい髪と目の色だから家族もそうなのかなぁと……」
 叡正は慌てて話題を変える。
「ああ、姉さんがいた。姉さんも俺と同じ色だ」
「そ、そう……なのか……」
(いたっていうのは、もういないってことか……?)
 叡正は顔色を悪くする。
「な、仲は良かったのか? きょ、兄弟だと小さい頃は一緒に遊んだりするだろう……?」
「そうなのか? 仲は良かったと思うが、姉さんは目が見えなかったから一緒に何かすることはあまりなかった」
「そ、そうか……目が……」
 叡正の顔が一層引きつった。
(なんだ!? 俺は聞いてはいけないことばかり聞いているのか……??)
「じゃ、じゃあ、ひとりで外で遊んだりしてたのか……?」
「ああ、外……。確かにみんな寝静まった頃に小屋を抜け出して、バッタやコオロギを捕まえて食べてたな……。ん? どうした?」
 真っ青になっている叡正の顔を見て、信が聞いた。
「な、なんでもない……。俺は本当にダメな男なんだ……。許してくれ」
 叡正は前を向いて両手で顔を覆った。
 信は不思議そうに叡正を見る。
「そんなことはないと思うが……。前は見て歩いた方がいい」
「ああ、すまない……」
 叡正は顔を覆っていた両手を下ろした。
 二人はそこから寺に着くまで、ひと言も話すことはなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 寺に着くと、叡正と信はすぐに丑の刻まいりが行なわれていた場所に向かった。
 昼間ということもあり、灯りがなくても足元は十分に見えたが、生い茂った木々の陰になって道は薄暗く、奥に進めば進むほどどこか不気味な雰囲気が漂っていた。
「ここだ」
 叡正が釘のあとを確認すると、一本の木に触れながら言った。
 信はその場にしゃがんだ。
 木の周りの草をかき分けて何か残されていないか確認する。
 そのとき木から少し離れた草むらで何かが光った。
 信がゆっくりと近づくと、そこにはくの字に折れ曲がった釘が落ちていた。
 信は釘を手に取ると、じっくりと見つめる。
「何かあったのか?」
 叡正は信に駆け寄った。
「五寸釘か……?」
「ああ」
 信が釘を叡正に渡すと、辺りを見回した。
 遠くで何かが動く気配がした。
「おまえはここにいろ」
 信は叡正にそう言うと、足音を消して気配のした方に走り出す。
「え!? ……ああ」
 叡正が返事をするより早く、信は叡正の視界から消えた。


 信は気配を感じた場所に着くと辺りを見回す。
 木が多く視界がいいとはいえなかったが、そこにあった気配は完全に消えていた。
「いなくなった……か」
 信はもう一度だけ辺りを見回し、何もないことを確認すると叡正のもとに戻った。


「どうした? ……誰かいたのか?」
 叡正が信を見て聞いた。
「ああ」
 信は叡正の手にある釘を見つめる。
「思っていたより厄介なのかもしれないな……」
 信は小さく呟いた。