「また最近麻疹が流行り始めてるそうだよ……」
「え!? また!? どうりで最近客が減ったと思った……」
「私たちも気をつけないとね……」
遅い朝食をとりながら、遊女は皆ため息をもらした。
「はしか……?」
野風が不思議そうに夕里を見た。
「そういう流行り病があるのよ。最初は風邪みたいな症状なんだけど、かかると高熱が出て死ぬことも多いの。熱が出た後に赤い小さい発疹が全身にできるんだけど、うつりやすい病気だから、そういう発疹があるお客がいたら気をつけるんだよ」
「赤い発疹……? それなら俺、かかったことあるかも。小さい頃だけど……全身に赤いブツブツができるやつだろ?」
「ああ、そうなの? それなら野風は心配ないわね」
夕里は微笑んだ。
「麻疹は一度かかると、二度とかからないらしいから」
「そうなの?」
「う~ん、私もくわしくはわからないけど、そうみたいよ」
「そうなのか……。姐さんはかかったことないの?」
野風は不安げな顔で夕里を見た。
「私はないのよ。だから、気をつけないとね」
夕里は野風を見て微笑んだ。
「何? 私のこと心配してくれるの? もうすっかり大人になったのねぇ」
「な!? 子ども扱いするなよ! 心配ぐらいするよ! 姐さんのことなんだから……」
野風は顔を赤くして、拗ねたように夕里から目をそらした。
(本当に可愛いわね……)
夕里は小さく微笑んだ。
「そ、そんなことより、客が来ないと困るんじゃないのか?」
野風は話題を変える。
「そうね……。今はまだそこまで広がっていないみたいだから、来てくれているお客もいるけど……、今よりひどくなったら厳しいわね……」
「みんな薄情なんだな……」
野風が低い声で呟く。
「え……?」
「姐さんは客に夢を見せるのが仕事だって言って客のこと大事にしてるのに、客は夢だけ見て、病が流行ったら来なくなるんだろう? 薄情だよ……。本当に俺たちのこと想ってたら心配して来るのが普通だろ? 姐さんのこと身請けしたいって言ってたやつだって、どうせ口先だけで来なくなるに決まってる! 姐さんはどうしてそんなやつら大事にするの?」
「野風……」
野風の言葉に、夕里はかける言葉が見つからなかった。
病が流行れば客足は遠くのが普通で、遊女を心配して客が来ることなど滅多になかった。
「そんなお客ばかりじゃないのよ……」
夕里はなんとかそれだけ口にした。
野風が疑うようなまなざしを夕里に向ける。
夕里は苦笑いすることしかできなかった。
朝食を終えた夕里は自分の部屋に戻ると、小さくため息をついた。
(どうしたものかしら……)
野風はいまだにお客を信用していなかった。
それはお客にのめり込み過ぎないという意味ではよかったが、素直な性格ゆえにそれが言葉や態度に出てしまうことは問題だった。
だからこそ、客足が遠のくことでお客はみんな薄情だと思い込むことだけはなんとしても避けたかった。
夕里は再びため息をつくと、鏡台の引き出しから硯箱を取り出した。
硯に水を入れ、墨をする。
(野風はときどき鋭いこと言うのよね……)
夕里は苦笑した。
直次の身請け話が口先だけなのは、夕里が一番よくわかっていた。
(ああいう男は、遊女にちやほやされるのが好きなだけだから……。病なんて流行ったら真っ先に来なくなるのよね……。別にもう来なくてもいいと思ってたけど、そうもいかなくなっちゃったな……)
夕里は墨を置くと、紙を広げた。
筆を手に取り、筆先を墨に浸す。
「え~と、何から書こうかな……。『桜が散って、新緑が美しい季節となりましたね』と……」
夕里は思いつくままに紙に筆を走らせた。
「うん、こんなものかな! どうでもいい相手にだと、すらすら書けるわね」
夕里は手紙を両手で持ち、ひとり頷いた。
「あとは仕上げに……」
夕里は手紙を机に置き、引き出しから小刀を出すと、髪をひと房だけ手に取って切った。
「最近傷んでたからちょうどいいわ。傷んだ髪でもあの男ならわからないでしょうし……」
夕里は小刀をしまうと、いらなくなった布を取り出し髪を丁寧に包んだ。
「これだけ想われていると勘違いすれば、あの男もまだしばらくは見世に来るでしょう!」
夕里は満足げに微笑んだ。
「え!? また!? どうりで最近客が減ったと思った……」
「私たちも気をつけないとね……」
遅い朝食をとりながら、遊女は皆ため息をもらした。
「はしか……?」
野風が不思議そうに夕里を見た。
「そういう流行り病があるのよ。最初は風邪みたいな症状なんだけど、かかると高熱が出て死ぬことも多いの。熱が出た後に赤い小さい発疹が全身にできるんだけど、うつりやすい病気だから、そういう発疹があるお客がいたら気をつけるんだよ」
「赤い発疹……? それなら俺、かかったことあるかも。小さい頃だけど……全身に赤いブツブツができるやつだろ?」
「ああ、そうなの? それなら野風は心配ないわね」
夕里は微笑んだ。
「麻疹は一度かかると、二度とかからないらしいから」
「そうなの?」
「う~ん、私もくわしくはわからないけど、そうみたいよ」
「そうなのか……。姐さんはかかったことないの?」
野風は不安げな顔で夕里を見た。
「私はないのよ。だから、気をつけないとね」
夕里は野風を見て微笑んだ。
「何? 私のこと心配してくれるの? もうすっかり大人になったのねぇ」
「な!? 子ども扱いするなよ! 心配ぐらいするよ! 姐さんのことなんだから……」
野風は顔を赤くして、拗ねたように夕里から目をそらした。
(本当に可愛いわね……)
夕里は小さく微笑んだ。
「そ、そんなことより、客が来ないと困るんじゃないのか?」
野風は話題を変える。
「そうね……。今はまだそこまで広がっていないみたいだから、来てくれているお客もいるけど……、今よりひどくなったら厳しいわね……」
「みんな薄情なんだな……」
野風が低い声で呟く。
「え……?」
「姐さんは客に夢を見せるのが仕事だって言って客のこと大事にしてるのに、客は夢だけ見て、病が流行ったら来なくなるんだろう? 薄情だよ……。本当に俺たちのこと想ってたら心配して来るのが普通だろ? 姐さんのこと身請けしたいって言ってたやつだって、どうせ口先だけで来なくなるに決まってる! 姐さんはどうしてそんなやつら大事にするの?」
「野風……」
野風の言葉に、夕里はかける言葉が見つからなかった。
病が流行れば客足は遠くのが普通で、遊女を心配して客が来ることなど滅多になかった。
「そんなお客ばかりじゃないのよ……」
夕里はなんとかそれだけ口にした。
野風が疑うようなまなざしを夕里に向ける。
夕里は苦笑いすることしかできなかった。
朝食を終えた夕里は自分の部屋に戻ると、小さくため息をついた。
(どうしたものかしら……)
野風はいまだにお客を信用していなかった。
それはお客にのめり込み過ぎないという意味ではよかったが、素直な性格ゆえにそれが言葉や態度に出てしまうことは問題だった。
だからこそ、客足が遠のくことでお客はみんな薄情だと思い込むことだけはなんとしても避けたかった。
夕里は再びため息をつくと、鏡台の引き出しから硯箱を取り出した。
硯に水を入れ、墨をする。
(野風はときどき鋭いこと言うのよね……)
夕里は苦笑した。
直次の身請け話が口先だけなのは、夕里が一番よくわかっていた。
(ああいう男は、遊女にちやほやされるのが好きなだけだから……。病なんて流行ったら真っ先に来なくなるのよね……。別にもう来なくてもいいと思ってたけど、そうもいかなくなっちゃったな……)
夕里は墨を置くと、紙を広げた。
筆を手に取り、筆先を墨に浸す。
「え~と、何から書こうかな……。『桜が散って、新緑が美しい季節となりましたね』と……」
夕里は思いつくままに紙に筆を走らせた。
「うん、こんなものかな! どうでもいい相手にだと、すらすら書けるわね」
夕里は手紙を両手で持ち、ひとり頷いた。
「あとは仕上げに……」
夕里は手紙を机に置き、引き出しから小刀を出すと、髪をひと房だけ手に取って切った。
「最近傷んでたからちょうどいいわ。傷んだ髪でもあの男ならわからないでしょうし……」
夕里は小刀をしまうと、いらなくなった布を取り出し髪を丁寧に包んだ。
「これだけ想われていると勘違いすれば、あの男もまだしばらくは見世に来るでしょう!」
夕里は満足げに微笑んだ。